エンゲル
*《原始悪神》セント
レア度:☆0(‐)
神属性:悪神
コスト:4
属性:悪
声優:若頭御大
イラスト:RICK!!
ステータス
筋力D 耐久E 敏捷B 魔力EX 幸運E 神判B
保有権能
純粋悪EX:悪神が保有する基本スキル。原始の悪の象徴であった彼はこの権能を高いランクで保有する。この世に人類がいる限り、その心中に宿る悪の心を増幅し、そこから無限の魔力を供給させる。
悪の極限A++:カリスマが変質した特殊スキル。悪党に対して高いカリスマを発揮し、悪属性の攻撃をことごとく無効化する。
禁錮EX:本人のスキルではなく外付けのスキル。ある理由による彼は神封じの鎖によって縛られており、自力での移動が困難。また、基本ステータスに高いマイナス補正がかけられている。
神判解放:《善悪狂った悪徳の都》
詠唱「やれやれ、まったく。困ったもんだ。この失策を再びさらすことになろうとは」
かつてセントが支配し統治した、漆黒の都。
この都の中では人の属性は反転する。
正義は悪に、悪こそが正義に。
より正しい思念を持てば持つほど、中に入ったものはその惨状に悲鳴を上げるだろう。
さぁ、惨劇を始めよう。常識は外に捨ててこい。
戦場など生易しい。ここは悪のユートピア。
奪って、殺して、犯して、死ね!
それこそが、この町の正しいルールなのだ。
マテルアル
1:原初の悪の一人にして、幾柱か存在する《悪神》の原型。おおよそ悪徳の限りを尽くした、極限の悪党。それこそがセントの本性である。
2:《守護神霊》として現界した彼は、意外なことに常識人。話も通じれば、人並みの道徳も持っており、その価値観は極めて一般人に近いと言えるだろう。
ゆえに、彼は己の《神判》を失策と罵る。
悪徳を美徳とする都市など、彼は求めてはいなかったのだから。
3:つまり、常識人とはいえ気を許していいわけではない。油断をすれば、彼はいつもと変わらぬ気さくさで、いつもと変わらぬ言動で、君の喉笛を食いちぎってくるだろう。
裏切りは悪であり、すなわち彼の領分である。
殺人は悪であり、すなわち彼の領分である。
呼吸をするように悪を無し、それを悪と罵られることこそが、彼の存在意義であり、存在する理由なのだ。
4:最大の特徴である権能《禁錮》は彼の仇敵である《封緘神》マルアトによるもの。神話の時代、彼の神との激闘により対神神判《天に輝く白亜の監獄》に封印された彼は、召喚された後でもマルアトの監視を受けている。
それがあるからこそ、彼はかろうじて人類のために戦うことを了承したのだ。その戦いのさなかに、マルアトの監視が緩むことを期待して……。
油断するな。気を許すな。
彼はいつでも……君の命を狙っている。
5:幕間物語『悪の定義』クリア後解放
悪とは己自身であり、己自身が悪である。
その定義を神々に示すために、彼は純粋なる悪となった。
ゆえに、彼は己が都を許さない。悪を良しとした愚か者たちを、心底毛嫌いする。
悪とはすなわち人が忌避するものであり、人に望まれるものではないと、心の底から考えるがゆえに。
どうしようもない悪党ではあったが、彼には彼のプライドがあったのだ。
自分こそが、自分だけが、《悪の極限》であるという事実に対するプライドが。
そんな自分を王とあがめ、つき従ったソドミニアの民たちは……皮肉な話ではあるが、彼にとっての最大の《悪》であった。
…†…†…………†…†…
ソーシャルゲーム《《守護神霊》コレクション》wiki『セント』の記事より。
砂塵舞い飛ぶ荒野を、マルアトは淡々と進み続けた。
すべては、己が怨敵を探すために。
すべては、我が罪を注ぐために。
自身が生み出してしまった悪を滅ぼすために、マルアトはただ進み続けた。
そして、彼はとうとう到達する。
「あれが……《悪徳の都》ソドミニア!」
小高い丘を越えた先に見えた、漆黒の岩によって作られた巨大な城塞都市。
街一面が艶やかな漆黒によって彩られたその街を見て、マルアトは鋭かった瞳をさらに細め、怨敵の気配を探り続けた。
…†…†…………†…†…
「おい、ついちゃったよ……。ついちゃいましたよ!? 大丈夫なのコレ!?」
「大丈夫じゃないと思うが……」
そんな彼の背後を、コソコソと付け回す不審な人影が二つ。
その不審者たちはマルアトに気付かれない、付かず離れずの距離を維持しながら、常にマルアトの行動を監視していた。
というか……ソートと、U.Tだった。
「《浄罪官》。シャマル直属の罪を裁く一人裁判所か……。やっていることはちょっとあれだったが、あいつは基本的に悪党にしか手を出していないみたいだし、悪い奴じゃないとは思うけど……」
「人間の頭をためらいなく柘榴に変える奴が悪い奴じゃないのかと言われると、微妙なラインだと思うけどな」
「BSOマニアのお前にだけは言われたくないだろうよ!」
あの物騒なFPSゲームで、自分と並び称された《殲滅屋》のU.Tの発言に眉をしかめながら、ソートはU.Tが持ってきていた双眼鏡型の神器を使い、今度は漆黒の都へと視線を向けた。
「あ、真ん中のダイヤルまわしたら透視までできるすぐれもんだぞ! 有効視野は、約4000メートル!」
「何で新人のお前が、俺よりも便利そうな神器造っているんだ……」
俺もアシスト用の神器の一つぐらい作っておくか。と、ちょっとだけ自分のプレイスタイルを見直しつつ、ソートは言われた通り真ん中のダイヤルを回し、城壁を透視し街の中を見つめた。その結果、
「うっ!」
見なきゃよかったという後悔が生まれてしまった。
「どうした?」
「……中に入ることになるだろうから遅いか早いかの違いだろうが、あれはひどい」
「ん?」
吐き気をこらえるように口元を抑えたソートの言葉に、U.Tは首をかしげながら双眼鏡をうけとり同じように町の中を覗く。
そこにあったのは、ぼろきれのように転がる人間たちや、遊ぶ金欲しさに殺された子供。
そして、そんな死体から臓器を抜き取り、堂々と店で売りさばく鬼畜の所業を行う肉屋などだった……。
「ソート、この世界を作ったお前の正気を疑うわ」
「俺は知らないってのっ! 何だあれ!? いますぐ最高神権限で滅ぼすとかできない!?」
『あの、あんまり大規模な干渉はエアロに気付かれて妨害される可能性が高いかと。街のステータスを読みましたが、あの街は《悪徳都市》ソドミニアと呼ばれる街だそうです。あの街は《悪の試練》の挑戦者であるセント・ソドムが作りあげた街だそうで、すべての悪行が善行として認識される、善悪が反転した街だとステータスには記載されています』
「悪の試練の挑戦者だと!? なんの冗談だそれは!?」
いままでの試練の挑戦者たちは、高潔な人間ばかりであった。
人々の暮らしを守るために立ち上がったニルタ。
世界の秩序を守るために法の制定に貢献したシャマル。
人民を守るために立ち上がったザバーナと、かれらは皆一様に誰かのために戦うことができる存在だった。
だが、あれは違う。
あんな街を作り上げる者が試練の挑戦者などと、神々となった英雄たちと一緒に戦ってきたソートには、断じて認められることではなかった。
『おそらく、《悪の試練》は今までの試練とは毛色が違うものなのでしょう』
「というと?」
『多分、人に《悪》という概念をより正しく、鮮明に理解させる存在を作るための試練なんだと思います。人は悪を知らないと、その正反対である善を認識することが難しいですから』
「なるほど、性善説と性悪説の関係みたいなもんか。対立存在が生まれて初めて、人は正しい生き方を知ることができると……皮肉の利いた話だな」
「言っている場合か! とにかく、あの街をさっさと終わらせるぞ!」
一刻の猶予もない。そう言いたげに、マルアトよりも先に町へ向かって飛び出そうとしたソートを、シェネの一言がとめた。
『待ってください! いまエアロから何らかの加護が街に飛んだのを確認しました!』
「はぁ!?」
『詳細は不明ですが、神様の正体をばれやすくする認識強化の術式なようです。そのまま突っ込んでいけば、速攻で身バレしてこっちに強制送還されますよ!?』
「何考えてんだ、あの天空神は!? あいつだってこんな都あっていいとは思ってないだろう!?」
『多分……まだ悪の試練が終わっていないんです!』
「はぁ!? あんなものを作り上げておいて、悪の鮮明化ができてないなんて、そんなわけあるはず」
「そうか!」
あまりに凄惨過ぎる町の光景に冷静さを失ったソートの代わりに、ソートよりも長くBSOにいたため、ああいったR15指定の光景になれていたU.Tが先にあることに気付いた。
「シェネさん。あの街では悪行が正しいことになるって言っていたよね?」
『はい? え、えぇ。その通りですが?』
「つまり、あの街にいる限り、そのセントとかいうやつは悪党じゃないんだよ!」
「なに!?」
わけのわからないことを言い始めたU.Tに、ソートの苛立たしげな声が飛ぶ。
「いいかソート。あの街にとって、セントは自分たちの楽園を作ってくれた神様だ。人を殺していい、人から奪っていい、人を犯していい楽園を作り上げた偉大なる正しい人なのさ。それゆえに、《悪の試練》の攻略はあの街では進捗しない。何せセントは『正しいこと』をしているだけだ。それが悪だと断じてくれる人間がいない限り、セントが悪として鮮明化されることはないんだよ!」
「なっ!?」
その事態が、セントにとっても想定外であったことなど知る由もない。ただソートは、そんなでたらめな事態に陥っている町の状態に絶句していた。
「なんだ……それ。つまりあの街じゃ、セントってやつはやりたい放題できるってことか!?」
「まぁ、そうなるな」
「そんなの……」
――認めるわけにはいかない!
ソートが歯を食いしばる音が、ソートの内心を如実に表した。
それはU.Tも同じなのか、さすがに不快そうに眉をしかめている。だが、同時にこの世界の神様ではない彼はソートよりも冷静だった。
「だが、希望はある。だからエアロってやつも、あの男を派遣したんだろう」
「? あ、そうか! 浄罪官!」
『なるほど。今回の試練の流れが見えてきましたね。浄罪官は《裁定神》シャマルの直属の神官。この世のありとあらゆる人間の行いに、正義と悪に振り分ける権限を持つ裁判官です。彼らであるならば、たとえ正邪が反転した街の中であったとしても、悪行を悪行だと断じることができます。セントの悪の鮮明化も恐らくは可能でしょう』
「つまり俺達は、あの浄罪官の仕事をサポートして、セントを《悪》として確立させ、悪の試練を終わらせる。それが終わればあの街を解体してもいいってことか!」
そうと決まれば話は早い! 早速接触を! と考えるソートは、つい先ほどエアロが飛ばした加護を思い出し、
「あ……」
「どうしたソート?」
今度は同じように腰を浮かしていたU.Tに疑問をぶつけられた。
「まずい。今回は同行できない!」
『そうですね。今回はエアロの術式のせいで、姿を見られただけで正体がばれかねません。以前の試練で会ったザバーナさんたちの反応を見る限り、神官たちの間には、創世神を見たとしてもその名前を呼んではいけないという教えがあるようですが……。あの街の悪党たちにそれを守る理由はありません。マスターたちはできるだけ姿を隠して潜伏しないと。いつものように、事件解決にあたる人に同行するというのは論外です』
「クソッ!」
要所要所で、こちらが確実に嫌がる妨害を挟んでくるエアロに舌打ちを漏らしながら、ソートは短い神様経験や、現実世界の神話をもとに何かいい案はないかと考え始める。
何かいい手段はないかと。
こちらが姿を見せずに手助けができ、確実にあの浄罪官をセントの元へと連れて行く手段はないかと。
そして、彼の眼前を偶々通り過ぎた一匹の蛇を見て、ソートは思いつく。
「蛇か? 毒ないよな?」
『一応は大丈夫なようですけど。毒があったとしても殺さないでくださいよ? 地母神ティアマトの姿が蛇だったという伝説が残っちゃっているので、こっちの世界では割と蛇は神聖視されていて、神様の使いだ! なんて言われているんですから。蛇の他殺体なんて見つかろうものなら縁起悪いって一騒動起こりますよ』
「マジでか!?」
変わってんな、お前の世界。と、U.Tが呆れた時、
「そうだ! 神様の使いだ!!」
「うおっ!? 何だびっくりした!?」
『いい案が思いつきましたか、マスター?』
「あぁ! お前のおかげでバッチリだ! というわけで、シェネ!」
そう言ってソートはある命令を下した。
「ガチャを回せ! レア度は適当でいい! 俺の使いになる、神器を作るぞっ!!」
…†…†…………†…†…
ただ真っ直ぐに、迷いなど見せることなく、マルアトは漆黒の街を目指し続ける。
道中に人はおらず、邪魔するものは何もない。
それほどこの町は恐れられているということだろう。
近づけば殺される、近づけば奪われる、近づけば囚われる。
そういう街だと、彼にこの町の存在を教えた行商人は言っていた。
――望むところだ。そういうところでもないと、奴は寄り付かないだろうからな。
マルアトは不敵に笑い、己が仇敵の背中を思い浮かべる。
血にまみれながら、己の日常を壊した、忌まわしい幼馴染の背中を。
すると――
「うわぁ~。もうだめだ~。し、ん、じゃ、う~」
仇敵の背中にかぶさるように、見慣れぬ白い背中がマルアトの眼前を通り過ぎた。
その背中の持ち主――腰まで届く真白な髪をした十二、三歳ほどの少女は、そのままばたりと倒れふしマルアトの進路を妨害する。
「お、お水がほしいよ~。ひもじいよ~」
おまけに、プルンプルンとした艶やかな肌を見せつけながら、そんなことを言いつつ仰向けになり、感情が見えない赤い瞳で完全な無表情をつくり、棒読みで苦悶の言葉を届けてきた。
――なんぞ? これ?
マルアトの思考が、思わず氷結する。
…†…†…………†…†…
「なんぞ……あれ?」
「お前が言うのか!」
同じ言葉を、遠巻きに彼らを見ていたソートが漏らした。
「あれがお前の作った天使ちゃんだろ?」
「たとえそれが事実だったとしても、認めたくないけどねェ!?」
罪人を虐殺する時すら動じなかったマルアトが、エンゲルのど素人丸出しの演技に見事なまでに氷結したのを見て、ソートは思わず頭を抱えた。
「どういうことだ、シェネ!」
『そう言われましても。自意識を保有するタイプの神器の性格は基本的にランダムですよ? そりゃ、『正義を導き悪に染まらない』という天使の基本プロトコルを守るために、強固な感情プロテクトは施されたようですが……』
「それが主な原因じゃね!?」
感情がプロテクトされたということは、感情の起伏が少ないということ。すなわち無感情になるということだ。
そりゃ演技も大根になる。芝居というものはそこにどれだけ感情をこめられるかが、真に迫るカギになるのだから。
『で、でも演技が下手だからって大した問題にはなりませんよ! 何せ私はまたレアな概念結晶――《無垢なる心》を引きましたからね! おかげで彼女の神器等級は堂々の《ビナー》。上から三つ目のSRランク神器となったのですから!! 多少の欠点があったとしてもおつりが来ますよ!』
「いいなぁ、サポーターの幸運補正。俺なんか今の《コクマー》の神器造るのにどれだけGPつぎ込んだか……」
「とはいいつつ、何気にお前の狙撃銃、うちのティアマトと同じランクかよ」
――いったい何を素材にしたんだ。
物騒な輝きを放つ、黒光りする鉄塊に一瞬視線を走らせながら、ソートはため息とともにエンゲルたちへと視線を戻した。
「と、とにかくファーストコンタクトはできたんだ。あとはきちんとアイツが俺達の使いであることを説明できるかなんだが……」
『大丈夫! 私の演技指導は完璧です!!』
「わ~い、一気に不安になってきたぞ~」
『どういう意味ですかそれっ!?』
シェネのやかましい抗議を聞流しつつ、ソートは固唾をのんでエンゲルの次の発言を待つ。
『というわけで、じゃじゃん。そこの道行くあなたにラッキーチャンス。今ならこの可哀そうな女の子に水を上げるだけで、創世神様の加護が得られます。お水を与えますか? Yes or OK?』
「シェネぇえええええええええええっ! お前帰ったら覚えてろよっ!!」
『何でですか!? 今回はまじめにやりましたって! 本当ですよっ!?』
「今回は、ってどういうことだ、テメェ!?」
天に向かって猛り狂う相棒に、U.Tはやれやれと肩をすくめながら、黙ってエンゲルとマルアトの様子を観察した。
…†…†…………†…†…
――な、なんなんだこれは?
突如目の前に現れた意味不明すぎる少女の存在に、マルアトの思考は何度かループしていた。
つまり混乱していた。
とはいえ、先程聞き逃せない言葉があったのもまた事実だ。
「創世神と言ったか? お前に水をやるとソート様の加護を得られると?」
「そういう設定になっています」
「……嘘なのか?」
「ウソではありません。そういう設定になっていますが、その設定は嘘ではありません」
「ややこしいな!?」
浄罪官は基本的に、シャマルの加護によって嘘を見抜くことが可能である。高度な精神隠蔽魔術を使える相手には少し心もとないが、こんな幼い少女相手なら十分すぎるほどの効果を発揮してくれるだろう。
結果、マルアトにはこの少女が嘘をついているようには見えなかった。
見えなかったのだが……。
「……正直胡散臭すぎる」
「なぜですか?」
「なぜってお前……」
――そんなにつやつやの肌をした脱水症&飢餓状態患者がどこにいる?
と、至極まっとうなツッコミがマルアトから入った。
そのマルアトのツッコミをきき、そうなのと少女は首をかしげる。
頭上にいるはずの創世神の眷族にも質問の視線を向けてみるが、返事はなかった。青い空が広がっているだけだ。
だから少女はフムと一つ頷き。
「ではプランびぃですね」
「まて」
「おたすけください~。つい数分前に両親が盗賊に襲われてエンゲルちゃん大ピンチ」
「本人の目の前で堂々と新しい嘘をつくな!」
おまけにその嘘に対して術式に反応がなかったがゆえに、なおのことマルアトの猜疑心は深まった。
「貴様、シャマル様の虚言感知の魔術を誤魔化すとは……。いったい何者だ!」
「虚言?」
「おう!」
「虚言とはなんですか?」
「…………………」
そして、生まれた猜疑心はすぐに霧散した。
術式が反応しない理由がわかったからだ。
「ソート様からの指示を頂き、あなたに接触し、ソート様の意志を告げながら、安全な旅を提供するように言われたのですが……《虚言》というものが、あなたと接触する際の壁になっているのですか? ならば私はその《虚言》を排除する必要があります。その《虚言》とやらはいったいどこにあるのですか?」
「あぁ、いや……いい。術式が反応しなかった理由がわかったから、気にするな」
「……つまりどういうことですか?」
「お前の言うことはとりあえず信じようということだ」
虚言感知術式には、一つだけ、精神隠蔽魔術以外の抜け道がある。それは、
「お前……ひょっとして生まれたばかりか?」
「? 当英雄支援用神器――《エンゲル》は、ソート様に製造されてから約五分の稼働時間を記録しています。生まれたばかりという言葉の基準が明確ではないので、確かなことは言えませんが、分単位での稼働実績がある以上、『生まれたばかり』という言葉には語弊があるかと愚考いたします」
「わかった、わかった。理解したよ、エンゲル殿」
虚言を発した本人が、嘘をついているという自覚がないときには反応しないのだ。
「とにかく、あなたの言葉を信じよう。それほど無垢な状態で、今まで生きてきたとは、到底考えられないしな。神器でもなければあり得まい」
「つまり、エンゲルはあなたとの接触に成功したと考えればいいのですか?」
「それで構わん。不敬を承知で申し上げるが、シャマル様の加護のみでは、あいつの相手は厳しいと思っていたところだ。ソート様の支援があるのであれば大歓迎だよ」
神話曰く、創世神ソートは、困難に立ち向かう者の前に現れ共に戦ってくれるのだという。
だがしかし、今回の敵はあの悪党だ。
「神を穢れさせるわけにはいかないしな。むしろ、眷族の方が来てくれただけでもありがたい」
「さようですか」
マルアトの言葉を聞き、とりあえず受け入れてくれたと判断したのか、白頭の少女はピョコリと立ち上がり、ゆっくりとお辞儀をした。
「では英雄マルアト様。現時刻を持って、支援神器エンゲルが、あなたのサポートを務めさせていただきます。今回が初仕事の若輩者ですが、どうぞご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「…………………はぁ」
あくまで機械的かつ無表情な彼女に、「こんな何も知らない女の子をあんな物騒な街に連れて行って大丈夫か?」と、少しだけ不安を覚えつつ、それでもマルアトは止まらなかった。
これから行く街に奴がいるかもしれないというだけで、一分一秒が惜しいのだから。
…†…†…………†…†…
「役者はそろったか」
天空の神殿にて、エアロは薄目を開く。
彼が見据えるは漆黒の街。その頂上に居座る退屈そうな男。
そんな悪の王に敵対するのは、ソートの手によって作られたエンゲルに導かれる『正義の味方』――にはなれなかった男。
結果は決まりきっている。
あれほどの純粋悪に勝てるのは、純粋な正義の化身に他ならない。
復讐と罪の意識で心を濁らせたマルアトでは、決してセントには勝てないのだ。
だからこそ、エアロはソートの接触を嫌った。
甘いだけの、正しいだけの、信念も覚悟も薄っぺらいあの創世神も、マルアトと同じ。
悪の極限たるセントには届かない。
だからこそ、彼は待ち続けたのだ。
「天の御使い……か。ずいぶんとまぁ、安直な名前が付けられたものだ」
正義の味方となりうる、純粋無垢な存在を。
「さて、十二人の浄罪官を使い潰さなくてよくなりそうなのは行幸だが、果たして今回で討ち果たせるかな?」
すべては、純粋悪にも、純粋正義にもなりえる、あの赤ん坊に懸っている。
その事実に内心ため息をつきながら、それでもエアロは不敵な笑みを顔に張り付ける。
彼は、この世界を統べる王なのだから……自信のない言動など、あってはならない。