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《悪徳都市》ソドミニア

 砂塵舞い飛ぶ広大な荒野。

 そこに、一条の青い光が出現し砂塵を舞い上げる風を薙ぎ払いながら拡散する。

 そして、光が収まったころには、そこには二人の人間の姿があった。


「ペッ! ペッ! なんだここ! 砂だらけだな!」

「見たことある荒野だ……」

『シャマルさんが当てもなく彷徨っていたあそこですよ』

「どうりで見覚えがあると思った」


 二人の男――U.Tとソートは口を開いたとたんに、遠慮なく口の中に入ってくる砂塵に閉口しながら、周囲を見回す。


「で、なんだってこんなところに俺達を出現させたんだ、シェネ?」

『私の意志じゃありませんよ! 創世神の《神霊の杯》による降臨は、手助けが必要な人間の近くにされるように設定されています。マスターたちがそこに現れたということは、恐らく近くに助けを必要としている人物がいるということでしょう』

「なるほど」


 シェネの解説にソートが一つ頷くと、何も言わずにU.Tがその場に座り込み、背負っていた鉄塊を地面に転がす。

 それはあまりに武骨すぎる鉄の塊。現実世界ではバレット M82と呼ばれる対物ライフルに酷似したそれに取り付けられたスコープを使い、周囲の確認をするつもりなのだろう。

 ソートはその傍らに立ち、周りに危険がないかを素早く確認。

 いつでもいいぞとハンドシグナルを送る。U.Tはそれを確認した後、黙ってスコープを覗き遠距離の確認を開始した。


『なんというか、お二人とも手馴れていますね?』

「まぁ、こいつとの連携は死ぬほどやったしな……」


 文字通り死ぬほどである。何回も繰り返したというのもあるが、実際何回か死にながら練習したのはいい思い出だ。


「まだお前が手馴れて無いころは、周辺環境確認にミスって、俺が食われたんだよな……」

「仕方ないだろ!? あの機械ミミズの掘削能力があんなに高いなんて、知らなかったんだから!」

「言い訳乙」

「お前だって遠距離索敵ミスって真後ろからロケラン叩き込まれたろうが! 俺があの時かばってやらなかったらどうなったことか!」

「あぁ! あぁっ! それ言っちゃいますか! 俺の生涯唯一の赤っ恥シーンを暴露しちゃいますか!」

「安心しろ、お前の赤っ恥ならおまえが自覚していないだけで大量生産されているから!」

「どういう意味だコラッ!」

『あの、お二人とも。いちおう助けを必要としているということは、戦闘に巻き込まれている場合もありますから、できるだけ静かにした方がいいんじゃ』

「「シェネは黙ってろっ!」」

『ひどい! 人がせっかく心配してあげたのにっ!』


 声がよく響き渡る平地に、ソートとU.Tの怒号が響き渡り、のけ者にされたシェネは天界にていじけた。

 だが、やること自体はやっていたのか、すぐさまU.Tは言い争いを切り上げ、


「おい、見つけた」

「なに? どこだ?」

「南西1500メートル先。だいぶん遠いな」

「行けるか?」

「俺を誰だと思ってんだよ。現実でもコイツの有効射程距離は2000メートルだしな。にしても」


 スコープから届けられる現場の様子に、U.Tは僅かに首をかしげる。


「どっちが敵だ?」


 彼が見つめるスコープの先では、明らかにならず者としか思えない粗末な服を着た男たちが、石板に革ひもをくくりつけた鈍器を振り回す男に、一方的に蹂躙されていた。


 ……助けが必要なのは、明らかにならず者たちの方だった。



…†…†…………†…†…



 盗賊たちは死ぬほど後悔していた。

 いや、そんな言葉すら生ぬるい。


「ハンムラビ経典において、窃盗とはすなわち神の財を盗むと同義。よって『目には目を』の精神にのっとり……お前たちが浄罪を行うためには、盗もうとしたものに匹敵する物を、神にささげねばならない」

「わ、わかった! 捧げる! 捧げるからっ! 命だけは」

「それはできない。なぜならお前たちは俺を殺して金品を奪おうとした。すなわちお前たちは、俺の金品と、俺の命を盗もうとしたのだ。よってお前たちは、お前たちが持つ俺の金品に匹敵するものと、自身の命をささげなくてはならない」

「そ、そんな!?」


 横暴だ! と、ある盗賊は叫んだ。

 だが、そんな叫びなど無意味だと、もう一人の盗賊は知っていた。

 だから、片目を失っている浮浪者だと思い込み、襲ったりしなければよかったと後悔する。

 奴があの名乗りを上げた時点で、自分たちはケツをまくって逃げ出すべきだったのだと。


『お前たちは、俺を知ったうえで襲ってきているのか? 俺を《浄罪官(シャーメネ)》と知ったうえで襲ったのか?』


 《浄罪官》

 すなわち、罪を洗い清めるもの。

 エルクアロリアの威光が届きにくい辺境に派遣され、その武力をもってして、罪人たちを粛正して回る処刑人。

 現状確認されているだけで十二人いるといわれる彼らは、過酷な任務に身を置く故か、それぞれ特殊な技能や魔術を用いるという。

 その戦闘能力は一騎当千。つい最近でも、あるオアシスの街が街ぐるみで行っていた追剥を摘発し、街の住人を皆殺しにしたらしい。

 そんな敵が眼前にいる。

 それを知った時点で、自分たちは逃げ出すべきだったのだと、生き残った盗賊は腰を抜かしながら涙を流した。

 だが、《浄罪官》に慈悲はない。


裁定神に帰依し奉る(エート・シャマル)。哀れな罪人たちの、浄罪をお認め下さい」


 フルスイングされた、ハンムラビ経典が刻まれた石板が、絶叫した盗賊の頭部を柘榴のように粉砕する。

 その石板はやがて腰を抜かした盗賊にも迫り、


浄罪法(シャメニア)……死罪(デメネ)


 まばゆいまでの輝きと共に、最後の生き残りであった彼の意識を刈り取った。



…†…†…………†…†…



「助けいるか?」

「俺に聞くな……」

『ステータスを読む限り、一応あの人が今回助けるべき人物みたいですが……』


 荒野の土を赤く濡らした罪人たちの屍のど真ん中で、振り回していた石板を地面に打ち立て祈りをささげる神官をスコープ越しに眺めながら、ソートたちは顔をひきつらせた。



…†…†…………†…†…



 時は、十年前にさかのぼる。


「エアロっ!」

「シャマルか。そろそろ来るころだとは思っていたが……」


 エアロジグラッドに響き渡った怒号を聞き、天空神エアロは、閉じていた瞳をゆっくりと開いた。

 彼の視線の先では、憤怒に顔を赤くしたシャマルが第二段の座へと帰還し、玉座に悠然と座るエアロを睨み付けている。


「どういうつもりだ!」

「どうとは?」

「あの男の天命についてだ!」

「異なことを言うな、シャマル。あれのまともな適正は悪党(あれ)しかなかった。ならば天命を与えるものとして、それを教えてやるのが我の役目であろうが。それとも貴様は何か? この我に、人間ごときに虚偽を弄せと、そう言いたいのか?」

「それが、人に害成すものであったとしてもか!」


 エアロに掴みかかろうと、シャマルはエアロジグラッドの段差を乗り越えようとする。

 だが、


「そうだ」

「っ!?」


 シャマルの足が段差を乗り越えかけた寸前、見えない壁が彼の足に触れ、微細な電流がその壁を這い、シャマルの足を弾き返す。

 驚いたシャマルが一歩下がるのを眺めながら、エアロは鼻を鳴らして傲岸不遜に、シャマルを見下した。


「いずれにせよあのようなものは生れ落ちていた。人は善性のみでは生きては行けぬ。それは貴様が一番よくわかっているだろう。あとは遅いか早いかの違いにすぎぬ。そして、そやつにまともな天命を与えて見ろ。そいつはその天命を隠れ蓑にし、ばれぬように罪を重ねていくはずだ。そうなれば摘発は難しく、摘発できたとしてもそれまでに犠牲になる存在は見殺しとなる。ならば天命に《悪党》という概念をくれてやり、追いやすく、警戒しやすくしたほうが人のためであろうが」

「それが、あいつの両親と、神官の命をささげたうえでもかっ!」

「たった三人だ。あいつにまともな天命をくれてやった時の予測と比べれば微々たるもの。悪党のほかに奴がかろうじてつけそうな天命は医者であったが、それに付けたとき、奴は日に五人殺していたぞ?」

「ぐっ!!」


 エアロの言葉に、シャマルは隠すことなく歯をきしませる。

 だが、そんな彼の敵愾心すら、今のエアロにはどうでもよかった。

 もとより、エアロジグラッドの階層は、天と地ほどの隔絶をエアロとほかの神にもたらす。

 ゆえに、たとえ第二階層を支配するシャマルとは言え、エアロの敵にはなりえない。


「それよりもだ、貴様にはやるべきことがあるだろうシャマル」

「…………」

「奴はエルク・アロリアから逃げ出した。暫くは辺境に潜みいくつかの罪を重ねながら機をうかがうだろう。それを黙って見過ごすわけにはいかん」

「わかっている!」

「以前言っていた《浄罪官》を選定せよ。罪を憎み、罪を追うものを、再び作り出せ」

「わかっていると言っているだろうがっ!」


 以前の己と同じ経験を、他の人間にさせたくない。そういって、シャマルが見送っていたエアロの命令。

 それをエアロは急がせた。

 エアロとて、じつは内心焦っていたのだ。

 彼が作り出した悪党は、それこそ純粋悪の化身――《悪の試練》の挑戦者であり、


「急げよ、シャマル。貴様の怠慢が、そのまま被害者の数につながると知れ」


 後に人が最も恐れ忌避する罪の象徴――《悪神》と成長を遂げると知っていたから。


――人は、善を知るばかりでは罪を恐れぬ。もっとも醜き罪のみが、人間を罪から遠ざけるのだ……。


 そんな意志を発する《天命の書》に、エアロの肩が僅かばかりに震えた。



…†…†…………†…†…



 時は巻戻り、現在。

 荒野にて祈りをささげ終えた浄罪官は、次は墓となる穴を掘りだした。


――たとえ罪人とは言え、死んだ人間は冥界に送らねばならぬ……か。ダリィ。


 昔からの教えがうかがえる、ひどく細やかな礼儀作法がちりばめられた墓づくり。

 これをしておかねば、『送り届けられた死者の状態が悪い!』と、憤ったエシュレイキガルが、死体に活力を与え動かし始めるというのだから性質が悪い。


――一応シャマル様に仕える神官としての役割を与えられてはいるから、こういった宗教作法をすることは苦ではないけど、こればかりは何時も面倒だな。


 こんなことをしている暇があるのなら、すぐにでも次の街へと赴きアイツの足跡を追いたいというのが、この浄罪官の本音だった。


「数日前の追剥の街で会った同僚もあいつの情報は知らなかったしな」


 あいつは今でも墓を掘っているのだろうか? と、オアシスにて土にまみれながら、街全体を巨大な墓所に改造していた女浄罪官の顔を思い出しつつ、浄罪官は黙々と穴を量産していく。

 そして、すべての盗賊の死体を地面に埋め終った彼は、ゆっくりと目的地がある南の方へと視線を巡らせ、砂塵舞い飛ぶ大地に目を凝らした。


「まだ、噂の城壁は見えないか……。さてさて、この調子じゃたどり着くのはいつになることか」


 彼が目指すのは、風のうわさに聞いた悪徳の都。

 そこに住むものは、呼吸をするように人から物を奪い、まるで当然かのように女を犯し、遊び感覚で人を殺すのだという。


「そこに奴はいる。およそ罪の極限……悪の究極と言わんばかりの街を作り上げ、俺を待ち構えているのだろう?」


 奥歯がギシリとなる感覚が、浄罪官の口から響く。


――待っていろ。待っていろ。待っていろ。待っていろっ!!


「セント……。お前の罪は俺の罪だ……俺がお前を、裁かねばならない!」


 《浄罪官》マルアトは、荒野の砂塵に決意の言葉を乗せながら、再び歩き始めた。

 輝く瞳に、揺らがぬ決意をひめながら。



…†…†…………†…†…



 嬌声が響き渡る。

 悲鳴が聞こえる。

 苦悶の呻きが満ちる。

 快楽におぼれた高笑いが天を衝く。


 漆黒の岩石を切り出すことによって作られた、白亜の城ならぬ玄石の城。

 その眼下に広がる粗末な家々と、そこから聞こえてくるこの町の人々の営みを聞きながら、一本のナイフを首飾りにして胸元に掲げる男は、ため息をついた。


「そうか。人間なんてものはこの程度か」


 その声は諦観していた。その声は呆れきっていた。その声は蔑みきっていた。


「もっと綺麗な物だと思っていたけどな。善なんて、悪なんて、所詮は環境によって変動するまがい物でしかないのか」


 この町は悪徳の都である。

 呼吸をするように物を奪い、

 当然のように人を犯し、

 殺傷を遊戯として楽しんでいる。


 だが、この町の人間には『悪いことをしている』という自覚が一切なかった。

 むしろ、その行いこそがこの町では善であり、正しいこととして扱われていた。


「つまらないなぁ……」


 彼が望んだのはこんな町ではなかった。

 彼は、人がためらいなく悪を成せる街を作りたかっただけであり、悪行が善行になる町を作りたかったわけではなかったのだ。

 いくつかの街で子供をさらい、勝手に集まってきたならず者たちに教育を施させたのが失敗だったか。それとも、人間の醜さを、自分が見誤っていたのがそもそもの間違いか……。


「笑える話じゃないか」


 悪党が悪を成し遂げて作り上げたのが、悪行が正しくなる街だなんて。これでは悪行を成すことがかなわない。

 そんな悲しみを男が抱く中、男に長年仕えてきた美女が、にっこり笑いながら彼の背後に立つ。

 男は知っていた。彼女の懐には、人一人を殺せる刃物が忍ばせてあることを。

 その刃物が、ためらいなき引き抜かれ、自分の背中につきつけられていることを。


「セント様」

「なんだい?」

「町の長の椅子を譲ってもらおうっ!」

「何のために?」

「贅沢をするためだ! この町の長になれば、いい男を好きなだけ侍らせて、浴びるように贅沢な食事をして、好きなだけ人を殺せるからだ!」

「そうかい。ちなみに君、それって罪深いことだとは思わない?」

「どうして!? それが当然だと教えてくれたのはあなただ! だから私は、あなたを殺して、あなたが作った国をもらう!」

「あぁ……そうか。残念だ」


 ナイフは、ためらうことなく男――セントの背中に差し込まれた。


――勝ったと女は思っただろうか? それも当然かな?


 と男は他人事のように独りごちる。

 ご丁寧にナイフには毒まで塗ってある。普通の人間なら死は免れない。

 だが、


「残念なんだけどね……」

「っ!?」

「俺に《殺人》は通じない」


 およそ、悪の極限。思いつく限りの悪行をこの町で行った男には、もはや悪行は通用しなかった。


「君がどれだけ正しいと思って行った行為であっても、それはやっぱり悪いことだ。悪いことをしていては、俺は殺せないよ」

「ど、どうして!? し、死なないなんて!」

「エアロ様曰く。俺を倒せるのは正義の味方だけだってさ」


 結局そいつはまだ来ないわけだけど。と、内心でため息をつきながら、セントは首飾りを引きちぎり、胸元のナイフを手に取った。

 背中に刺さったナイフが、盛り上がった肉によって押し返され、澄んだ音を立てながら床に落ちる。

 女は怯えた様子で後ずさり、こちらに迫ってくるセントから逃げようとした。


「や、やめて! 殺さないで!」

「それは君の望みかい?」

「は、はい! こ、心を入れ替えて、あなたにお仕えします! だからどうか!」

「つまり……君を殺さないことが、君にとっての正義なわけだね?」

「――あ、あたりまえじゃないですか、そんなの! あ」

「よろしい」


――では、悪を成そうか?


 その言葉が女のきいた最後の言葉となった。



…†…†…………†…†…



 一応玉座の間となっている漆黒の部屋に、赤い山河ができた。

 この部屋を黒くした他の原因と同じように、むせ返る錆の匂いを放ちながら。

 山は肉と骨。河は血潮。

 人体を使った風景画となり果てた、元女性だった何かは、不思議なことにまだ生かされているのか、声にならないうめき声を、肉の体からあげている。

 そんな彼女に興味なさそうに背を向けながら、セントは町を眺めていた窓へと戻り、退屈そうに頬杖をついた。


「あぁ、早く来ないかな、正義の味方」


 誰か早く、俺を悪だと断じてくれ。

 そんな願いを胸にひめながら、ソドミニア国王――セント・ソドムは、己が作り上げた街を睥睨し続けた。


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