悪の試練:幼少詰問
某日。とある学校にて。
「ちょっと、玉造くんどうしたの? 口から魂でてるわよ?」
「こっちが聞きたいよ。朝来たときからあんな感じだ」
ひそひそとクラスメイト達がささやきながら、視線を伸ばす先には、自らの席に座り、ぽかんと口を開けて呆ける玉造創人の姿があった。
昨日エアロにいくつかの機能を奪われてから、彼はだいたいこんな感じだった。
世界を護ろうと試練を作り、何人かのNPCと共に試練を潜り抜け、やはり試練には犠牲がつきものだと思い知らされ、それを何とかしようとしたら自分が作ったNPCに反逆を食らったのだ。
お前のやったことは間違いだらけだと突きつけられた結果に、創人が呆けてしまうのは無理のないことだった。
普通なら「このクソゲーがっ!」とブチギレて、コントローラーを投げ出しているところだろう。
だが、もともとはNPCの不当な扱いに切れてシャルルトルムに喧嘩を売ったソートに、それはできない。あれだけ人間的なNPCを見なかったことにして、このままゲームを投げ出すという選択肢は絶対に取れなかった。
というわけで八方塞がり。試練改訂による悲劇の緩和もできなければ、ゲーム放棄による現実逃避すら自らの意志で叶わないのだ。創人が呆けるのも当然と言えた。
そんなときだった。
「よぉ、創人! ちょっとWGOで聞きたいことあるんだけどさっ!」
いつもよりかはちょっと遅めに参上した、勇太が隣の席に荷物を降ろしつつ、軽快な口調で創人に話しかけたのは。
「「「「「ちょ!?」」」」」
クラスメイト達が慌てふためく中、来て早々に話しかけたため創人の異常事態に気付いていない勇太は、ぽかんと口を開けている創人の肩をバシバシ叩き、昨日の間に探しておいたWGO攻略サイトを端末で開きながら創人にいろいろ尋ねてくる。
「俺アンチマテリアルライフルの神器造りたいんだけどさ、どうせなら強い奴で作りたいじゃん? というわけで、素材ガチャの排出率聞きたいんだけど、実際どんなもんよ?」
「ゴミカスだな……。よほど運がよくないといいのは当たらない。ただ課金で購入する専用アイテムがいるわけじゃないから、GP稼げるようになったらいくらでも引ける……」
「マジかよおい、良心的だなっ! あとさ、サポーターメッチャ可愛い女の子だったから、ちょっとぎくしゃくしちゃっててさ……。なんかうまく仲良くなる方法とかない? というかおまえ、俺と同じ童貞なのによくあんな美人ちゃんと一緒にゲームできるね?」
ガタリ。と、クラスメイトの男子の何人かが一斉に立ち上がり、女子たちから白い目で見られるが、
「野郎にチェンジとかできねェ?」
「……サポーターは基本的に異性から選ばれるらしいから、男のサポーターをもらえるのは女の人だけだぞ。あと、女のサポーターからもわかるように、男のサポーターもそれ相応にイケメンだ。顔面偏差値で敗北している相手を常に横に置く勇気があるなら、境界領域でほかのプレイヤーから購入することができんわけではないらしいが」
「……遠慮しておきます」
立ちあがった男子たちを白い目で見ていた女子たちが一斉に立ち上がり、男子女子間の戦争は回避されることとなった。
「というか、お前どうしたの? なんかさっきから心ここに非ずって感じだけど?」
――やっと気づいたか!
と、慌ててネット通販でWGOのソフトを買いあさろうとするクラスメイト達はツッコミを入れる。
とはいえ彼らの心中を知らない創人は、ため息と共に友人に向かって相談を持ちかけた。
「実は……」
…†…†…………†…†…
世界が止まる。《悪の試練》開始時期まで加速が完了したのだ。
幸いなことに昨日出資金をもらえたから、加速に使う分のGPは十分にたまった。この貯蓄があれば、一日二つ三つの試練をこなし、一週間後の決戦へと間に合わせることは難しくないだろう。
だが、その状態になってなお、海中の神界を守るサポーター――シェネの表情は晴れなかった。
『浮かない顔をしているな母上』
「……勝手に話しかけるなと言ったはずだけど、エアロ」
『なに。ソートの命打を名乗って、母上がいくつかの啓示と予言で情報操作してくれたおかげで、出世させてもらったからな。奪い取ったいくつかの権能の使い勝手を試す意味も込めて、こうして挨拶をさせてもらっているわけだ』
「ぬけぬけと。有難いなどとは微塵も思ってないでしょうが」
今回、エアロがソートから奪った権能は三つ。
『試練の創造・改訂』『啓示による干渉』『死者蘇生権限』
と言っても、死者蘇生権限はソートの神器であるティアマトが固有に保有してしまったため、奪ったところであまり意味がない機能に成り下がってしまったが……。
ともかく、その奪った権能のうちの一つ――『啓示による干渉』を用い、エアロはソートとシェネが住まう海の天界へとハッキングを行い、シェネに話しかけているのだ。
『とはいえこれで一安心である言もまた事実だ。攻め入ってくる外国の神がどの程度の物かは知らんが、このままぬるい試練に切り替えられては困るのだろう?』
「…………」
『ならばゆるりと我に任せればいい。我とて己が世界を蹂躙されるのは業腹だ。それを守るためならば、かがり火のまきとして幾人の人をくべようが躊躇いはすまい。創世神殿には、せいぜいそのうえで被害を減らしてもらえるよう頑張っていただくとしよう。その方があの愚物としてもやりやすかろう』
「…………………」
『世界を救うため、無為に人間をくべる我に対抗する正義の創世神殿の誕生だ。いやはや、世の中というものはよくできているものだな、母上』
「黙りなさい」
『…………………………』
「それ以上、マスターを侮辱することは許しません。私はあなたの創造主だ。持っている権能をこちらから剥奪する力はまだ残っているのですよ?」
『心得ているさ、母上。何とも見事な三すくみが出来上がったものだ』
ククク。と楽しげな笑い声を残し、エアロの声は天界から消えた。それを確認したシェネは、地面から足を離しゆっくりと膝を抱え丸くなる。
「すいません、マスター。でも、私はやっぱり……」
――マスターが、あんな屑に頭を下げるところなんて、見たくないんです。
そんなつぶやきとともに目を閉じた彼女を、暖かい海水が包み込む。
ゆっくりと海の中を回転しながら漂う彼女を、目覚めさせるものはいなかった。
…†…†…………†…†…
「うわ、自分が作った下界の神様に信仰とられて下剋上されたとか、ダッサ」
「うるせぇっ!?」
「まぁ、わからんでもないけどな。日本でも結局おもに信仰されているのは、創世神のコトアマツカミじゃなくてアマテラスだし。ギリシャじゃクロノスぶっ殺したゼウスが主神。北欧でも創造神ユミルはぶっ殺されてその殺害犯であるオーディンが主神になったしな」
「よくよく考えたら親殺し多くねぇ主神……」
――命があっただけでもありがたいのか。
と、少し黄昏る創人に、その通りだといわんばかりに頷きながら、
「で、この後どうするつもりだよ」
「どうするって?」
今後の方針について尋ねてみた。
帰ってきたのは情けない疑問だけだったが……。
「おいおい、しっかりしろよ。まさかこのまま泣き寝入りってことはないだろう」
「でも、俺があんな試練を作ったから下界の連中は怒ってエアロに信仰を移したわけだろう? いまさら何したって……」
「バッカおめぇ、やり直しができない人生なんてないよ? 今の総理大臣見てみろって! 四五年ほど前に『国会からの突き上げが苦しい! もう耐えられないよっ! 胃に穴が開くわ!』とかいって勝手に辞職した癖に、いまさらになってシレッとした顔で戻ってきたあげく『国有地の売り払いに関して? 確かに値段の交渉はあったけど、その交渉に同意した証拠はないんですけど? はぁ? 証拠もないのに不正とかいうのやめていただけません不愉快なんですけど~。証拠となる書類の隠滅は役人勝手にやったことですしお寿司ぃ~』とかいってるだろう! あれは俺たち国民に『ネバーギブアップ! 大丈夫大丈夫、ほとぼり冷めるまで粘れば全然行けるって、やり直しなんて余裕余裕』ということを伝えたいが故の行為なんだよ!」
「いや、あの人そこまで言ってないだろう。というかお前の言いぐさには悪意を感じるんだが」
「ともかく、お前は創造神なんだからもっと堂々としてりゃいいんだよっ!」
ぐっとサムズアップをしながら適当に笑う勇太の姿に、創人はようやく苦笑いをうかべ、やれやれと頭を振った。
「まぁ、お前の言うとおりか。起きちまったことは仕方ないしな。何とかしてみるよ」
「そのいきだ!」
「でもお前はもうちょっと責任感というものを覚えるべきだと思うがな。いちおうお前も俺と同じ創世神だろう」
「藪蛇だった!」
あちゃーと額を叩く勇太の背後では、ソフトを買えたクラスメイトたちがガッツポーズをし、買えなかったクラスメイト達が膝をつきうなだれている。
――いったいあいつらに何があったんだ?
と、ここしばらく心ここにあらずだった創人がその光景に驚く中、「そうだ! いいこと思いついた!」と、勇太からある提案が行われた。
「そんなに苦労してんなら俺も手伝ってやるよ! ちょうどさっき指示をした素材がチャでレアが出たって報告があったし!」
「メール登録してんのかお前?」
そう言って勇太が見せたスマホではメールアプリが開いており、『報告:ガチャが終了しました。この素材を使って作る神器を指定してください(ドヤッ』と、どこかか誇らしげな文面で送られてきた、勇太のサポーターからのメールが提示されている。
「聞いた話じゃお前のところの試練はこのまま苛烈路線まっしぐらだろ! 神器の機能解放にはちょうどいい」
「人の不幸をなんだと思ってんだお前は……」
「それに」
「それに?」
「ガチャで今あるGP全部使い切っちゃったから、ブッチャケまたたまるまで何にもできないしねッ!」
「…………………」
本当にこんな無計画な奴連れて行って大丈夫だろうか。と、そこはかとない不安を覚えながら、それでも創人は頼れる相棒であった彼を、自分の世界に招待することを決めたのだった。
…†…†…………†…†…
「ねぇ? どうして人を殺しちゃいけないの?」
幼い子供の問いかけが響く。
「ねぇ、どうして人の物を盗んじゃいけないの?」
「どうして、人を傷つけちゃいけないの?」
「どうして人を脅しちゃいけないの?」
「どうして?」
「どうして??」
「どうして!?」
「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」「どうしてっ!!」
問いに対する答えはいつも決まっていた。
「神様がそう定められたからだよ」
「……………………」
子供の無垢なる疑問は、いつもその一言で閉ざされた。神様がそう決めたから、そう決めたこと以外のことはしてはいけないよと。
だが、人は強くなった。
強くなりすぎた。
おおよそ脅威と呼べるものがなくなり、人間は強大になりすぎたのだ。
その余裕が、その幸福が、新たな敵の温床をはぐくむとも知らずに。
「神が定められたから? 下らん……」
少年であった男は言う。神の定めた理を切り捨てる。
「それで思考を放棄してしまっては、それこそ人は人として生まれた意味がなくなるだろうよ」
考えよ。思考せよ。演算せよ。予想せよ。
それこそが、神が与えたもうた人の特権であるのだから。
「では、とりあえずはじめようか?」
なぜ人を害してはいけないのか? 実体験をもとに、試行錯誤を開始しよう。