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境界領域

「ぷっ……くくくくく」

「おい……いつまで笑っているつもりだ?」


 無事知恵の果実を与え終えたソートは、シェネが待っている場所へとふたたび舞い戻った。が、一仕事終えた彼に待ち受けていたのは、必死に笑いをこらえるシェネだった。


「だって、マスター。滅茶苦茶グダグダだったじゃないですか。プーックスクス。今度からはやっぱりこのシェネさんがサポートに入ってあげないとだめですかね?」

「うるせぇ! 神様らしい態度なんてとったことなかったから、土壇場でどうすりゃいいかわかんなくなっちゃったんだよっ! ていうか、失敗してないし! 最後の最後できちんと畏怖してくれたろうが!」

「はいはい、そういうことにしてあげましょう。で、一日三回のお祈りの約束は取り付けられたんですか?」

「……あ」

「え?」


 しまった。と言いたげに固まるソートに、流石のシェネも思わず氷結した。


「え? 嘘ですよね? 言いましたよねっ!? お祈りしてもらわないとGPたまらないって言いましたよねっ!?」

「だ、大丈夫だ心配するな。神様って名乗ったんだから自然にお祈りくらいしてくれるはず……」

「その《祈る》っていう概念そのものが、まだ存在しない世界に何期待しているんですかバカマスター!? どうすんですか!? 残り一千ポイントしかない状態で収入ゼロとか詰んでますよっ!?」

「もとはと言えばお前が説明もなしに知恵の果実をっ!」

「あれは今後のために絶対必須だと前に……」


 ギャーギャーワーワーと二人がお互いを罵り合う声が響き渡る。そんな醜く卑小過ぎる神々の争いに、「獲物か?」と思い顔を出した数頭の肉食動物たちは、呆れたように彼らを見つめた後その身をひるがえした。

 あんな性根の汚い奴ら、食ったら腹を壊しかねないと判断されたようだった……。

 それから数分後。


「はぁはぁ……やめましょうマスター。済んでしまったことでもめるのは。不毛だということに今気づきました」

「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ……」


 一しきり互いへの文句を言い終えた二人はようやく冷静になったようで、一時休戦条約を締結した。


「とにかく、収入がない以上新たな奇跡を起こすためにGPを稼ぐ必要があります。倍速ぐらいに世界の流れを設定して、ちょっと金策に行きましょう」

「金策? できるのか?」

「ここはオンラインゲームだといったはずですよ、マスター」


 なにもPVPだけが交流方法ではありません。と、シェネは言いながら、メニュー画面を開いた。


「では、ひとまず世界の外側へと行きますか。マスターもメニューを開いて《解脱ログアウト》のボタンを押してください」

「了解」


 シェネの指示を受けたソートは、おとなしく画面を開き、二人は同時に創世した世界から脱出した。



…†…†…………†…†…



 世界の外側に飛び出したソートは、変わっている周囲の風景に首をかしげた。


「あれ?」


 そこは真っ白だった根源領域とは違う、蒼い空間――水の中だった。

 とは言え呼吸が苦しいわけではなく、息はふつうにできた。気泡もたたない。ただ浮遊感と水にまとわりつかれる感覚だけがあり、流れもないはずなのに水の中で神様っぽい白い衣装がたなびいた。


「世界の外側って《根源領域》じゃないのか?」

「あたりまえじゃないですか。あそこはグランドクエストを攻略した人のみが訪れることができる世界ですよ? チュートリアル以外ではあそこに入ることすら許されません。此処はいわゆる天界――マスターが創造した世界における神々が住まう領域です。今は《天界ってこういうところ!》という下界の信仰はないため、初期状態の《原始の海》状態ですが、天界という概念が確立し、神々が住まう場所に対する信仰が芽生え始めれば、徐々に変貌していく予定です」

「へぇ~、このゲームはマイルームシステムも変わっているんだな。ん? 待てよ。神々が住まう領域って、要するにここ……新しく神様が増える予定が」

「ありますね。とはいえ、天界の確立方法にもよりますが、基本的には各宗教の天界には《天の境界ヘブンズホライゾン》というものが存在し、それを超えられる存在はまれみたいですよ? すくなくともβテストにおいては、プレイヤーの天界に訪れられた創世された世界出身の神は片手で足りる程だったとか」

「それはそれでなんかさびしい事実だな……」


 要するに、基本的にこの世界に入れるのはプレイヤーとサポートAIのみということなのだから。


「さびしいなんて言っている暇はありませんよマスター!」

「ん?」

「言ったじゃないですか! 金策するって! さぁ、行きましょう!」

「行くってどこに?」

「決まっているでしょう!!」


 そういうと、シェネは再びメニュー画面を開き《交流》とかいてあるボタンをタップする。


「プレイヤーたちの交易の場――《境界領域ボーダーワールド》ですよ」


 瞬間、まばゆい光と共に再び景色は一変した。



…†…†…………†…†…



「おぉ、これは!」

「マスターと同じ初期ログイン組の方々が早速やっているようですね」


 変わった周囲の光景に驚きつつも、楽しげに笑うソート。そんな彼を傍らに置きながら、シェネは早速儲け話はないかとあたりを見廻す。

 そこは、多数の気泡が漂う海に沈んだ町並み。そこを、メイキングしたと思われるプレイヤーアバターたちが闊歩し、中には店のようなものを開き何かを売っているプレイヤーもいた。


「ここは交流用に作られた世界と世界の境界線――《境界領域》です。プレイヤーたちはここで平和的な交流を行い、自分の世界の特産品などを、GPを使って売買するわけです」

「要するにプレイヤー同士の憩いの場ってことか?」

「どちらかというと、商売や情報トレードといった意味合いが強いですが……。それに、ここで異世界侵略の宣戦布告が行われる場合もありますね」

「予想以上に物騒だな」


 変なの絡まれないように注意してください。マスターの世界はまだ生まれたばかりなのですから。と、注意勧告をしてくるシェネに、ソートは思わずげんなりする。

 一つの世界を運営する以上、侵略に対する備えはしておくべきというのは分かるのだが、せっかく目新しい世界に来てテンション上げているのだから水差すのはやめてほしいと。


「さてと。やはりねらい目は水ですか……」

「水?  それがお前の言う儲け話か?」

「はい、そうです」


 雑談を交わしながら、水中だというのに特に支障を感じない歩行に驚きつつ、ソートとシェネは店が開かれている一角へと足を向けた。


「基本的にここで売買されるのは、自らの世界でとることができるものです。珍しい果実や香辛料。特別な金属に、珍しい幻想種の素材や……珍しい人型種等……それぞれオリジナルな世界をつくるがゆえに、他の世界にはない様々な物品がここでは売買されます。とはいえ、WGOの正式サービスが始まったのはつい先ほど。どの世界も今はほかと比べて大した差異はないはずです」

「じゃぁダメじゃないか。他の世界にはないモノを売り飛ばして利益にするんだろう?」


 人の売買と聞いて明らかに不快そうな顔をするソートに、「優しい人ですね」とほんの少しだけ微笑みを浮かべながら、シェネは自慢げに人差し指を立て説明をする。


「いいえ。実はそうではないんですよ。初回だからこそ人々がこぞって買い求めるものがある。それこそが」

「水……あるいは海水だよニュービー」

「ん?」


 だが、そんなシェネの説明は見事に途中で遮られた。

 驚いたソートが目を向けると、そこには水の入った球体のフラスコを並べる粗末な露店テントと、そこのオーナーをしている桃色髪の美人女性プレイヤーが!


「あぁっ! 私が、私がせっかく説明していたのにっ! なんてことするんですかこのっ!」

「こらこら。変なのに絡まれるなって言ったのはお前だろうが。お前が変なのになってどうする!」


 せっかくの説明が不意にさえぎられたのがよほど気に入らなかったのか、頬を膨らませながら女性プレイヤーに掴みかかろうとするシェネの襟首をつかみながら、ソートは話しかけてきた女性プレイヤーに一礼する。


「すいません。こいつちょっと変わっていて」

「元気のいいサポーターじゃないか。大変結構。うちのは少し大人しすぎて物足りないくらいだったんだ」

「申し訳ありません。ですが、主を立てるのが執事の務めですので」


 そう言って露店の奥から顔を出したのは、スーツ姿のシェネとは違った執事服を纏う長身の美男だった。

 美男美女と栄える組み合わせに、ソートが内心「イケメン爆発しろ」とつぶやく中、女性プレイヤーはフラスコを片手に説明の続きを開始した。


「私の名前はシャノン。とある海没世界の創世神さ。こちらはサポーターのアルバ。こう見えて女の子だよ?」

「よしなに、新たな創世神よ」

「あぁ、これはこれはご丁寧に……って!?」


――女!? 嘘だろうっ!? と、ソートはどこからどう見てもイケメンにしか見えないアルバに度肝を抜かれる。そんな彼を放置し、シャノンは話を進めた。


「さて、どうして海水が儲け話につながるのかというと……答えは単純。世界設定で海を作らなかったプレイヤー連中が、盛大に後悔しながら買い求めにやってくるからさ」

「海水がない世界では生命の誕生が困難ですからね。生まれたとしても人形創世神とまともに意思疎通が可能な存在であることは珍しい」

「あぁ、噂のガス系生物みたいなもんか」


 二人の話でソートが思い出したのは、シェネが言っていた木星ベースの世界で生まれたといわれるガス生命体だ。体がガスでできている以上発声がコミュニケーション方法ではなかったのだろうが、いったいどうやって意思疎通を行っていたのだろうと、ソートはいまさらながら不思議に思う。


「初回で時間加速を行われたと思いますが、あの加速だって上限があります。その上限を超えてしまった場合は、自らのGPを支払って加速を行わなくてはならないのです」

「それってどれくらいなんだ?」

「限界値に到達した報告がリアル世界の掲示板で上がっていますが、だいたい三十億年ほどだそうです」

「それだけ加速しても生命が生まれないってどんだけだ……」


 よほど環境が悪かったのか……。と、上限に到達したらしい運の悪いプレイヤーに同情しつつ、ソートはフラスコに目を向けた。


「そこで生命の源である海の水を売っているわけか」

「あったりー!」

「シャノン様の世界は世界総てが海水でおおわれた水没世界です。その海水量はリアル世界のおおよそ十倍。それゆえに水という資源には困っておらず、こうして世界創成に失敗した方向けに海の水を売っているわけですね」

「水没世界を作ったのは初めからこれが目的だったしね。βテストでも結構高値で取引されていたし、私と同じことを考える人は結構多いよ?」


 そう言ってシャノンが指差した先には、血走った眼で海水を買っていくプレイヤーたちと、ニヤニヤ笑いながら海水を売りさばくβテスターたちの姿だった。

 情報の大切さを思い知らされる彼らの姿に、思わず顔を引きつらせるソート。そして同時に、


「ということは、海水市場はもうかなり占有されていると?」

「まぁ、そうだね。そろそろ海水目的のお客さんもはけてきたし、私は目標GP稼いだから、あとはオークションに任せて自分の世界運営にさっさと戻る予定だけど」

「我が世界の海水も凡そリアルワールドと同等量まで下げられましたしね。これでようやく生命が活動可能な陸地ができてくれることでしょう」

「初めから売りさばく目的で海水量を多く設定していたのか……」


 なかなか抜け目ない人だな。と、ソートは感心しつつ、


「そしてうちのサポートAIは見通しが甘すぎるな……」

「そんな……今だけの、今だけの商機だったのに……」


 両膝をつきうなだれるシェネに半眼を向けた。


「おい、どーすんだ。もう海水は売れそうにないぞ」

「も、もとはと言えばマスターがきちんと信仰手順を教えないから!」

「あぁっ! それ言い出したらお前だって、知恵の果実作るときにGPどれだけ使うかとか言わなかっただろうがっ! いいのか!? また不毛な争いを今度はほかのプレイヤーたちの前で演じることになるぞ、いいのかっ!?」


 ふたたび揉め始めた主従に苦笑しつつ、シャノンはフラスコをアイテムストレージに片付け、アルバに撤収の準備を支持しつつ一言。


「いやぁ、仲がいいね君たち。そこまで気安い関係になっているサポーターとプレイヤーは珍しいんだけど」

「「仲がいい!? どこがっ!?」」


 いよいよつかみ合いになり、シェネはソートの襟首を、ソートはシェネの髪の毛を握り締めあってうなり合う。まるで兄妹ような揉め方をする二人の姿に、シャノンが本格的に声をあげて爆笑しかけたときだった。


「はぁ? 売れないってどういうこと? この僕が、この僕がっ! お前の安っぽいサポーターを買ってやるって言っているんだよ!」

「…………」


 その表情は瞬時にしかめられた。

 背後に、無数の刺青を施した長身細見の長剣を持つ男を従える、とあるプレイヤーのがなり声によって。


お待たせっ!

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