戦の後
翌日。
避難していたエルク・アロリアの住民たちも無事帰還し、ジグラッドの神官たちの指揮の元、被害を受けた街の復興が開始された。
そんな中、真っ先に行われたのは戦死した近衛兵たちの供養である。
彼らは激戦区であった外壁北西部に集合神殿を作られ、街を守った英霊として奉られることとなった。
そして、壊滅的打撃を受けたその北西部門は、修復を受けると同時にその頂上に一対の石像が安置されることとなった。
二本の双剣を腰に刺し、獅子頭のメイスを背負った、聖剣を掲げる一人の英雄の像が。
無数の石工たちが、神官たちの魔術を借り、外壁頂上へと持ち上げた巨石。それが、英雄の石像になる予定の岩だ。
その前では現在、神官を辞めた一人の少女が祈りをささげており、彼女を守るように雨外套を纏った男が背後にたたずむ。
「……すまなかった」
「…………」
「死なせないと、約束したのに……」
「いいんですよ。あの人らしい最後だと思っています」
外套の男――ソートの謝罪に、少女――ネフィティスは祈りのために組んでいた手をほどき、ゆっくりと立ち上がった。
「最後の最後まで、みんなを守るために行動する人でした。私は、そんなあの人だからこそ、職をなげうってでも応援したいと思ったんです」
この世界の人々にとって職とはすなわち天命――神に与えられたその人間が生涯を賭して行うべきものだ。
それを失うということは死刑に匹敵する恥ずべき罰であり、少女をこれから待ち受けるのは、その罰を受けた罪人としての生涯だ。
それでもいいと、思った。たとえその罰を受けたとしても、たった一人の男のためにすべてをささげたいと少女は願ったのだ。
だが、その男はもういない。
「でも……でもね……」
「…………」
もう、どこにもいないのだ。
「最後の最後に、私と一緒に生きてくれることを選んでくれなかった……。いけないことだと分かっているのに、それがどうしようもなく悲しい」
「……ネフィティス」
「また現れるだろう冥府の女主人よりも、女主人が現れたとき犠牲になる人たちよりも、私を選んでほしかったと思ってしまった! そんなこと、あの人が望んでいないと知っているのに、私は……私は、選んでもらえなかったと。そんな、身勝手な理由で悲しんでしまった! もう私に、あの人に恋する資格なんて!!」
「それは違うっ!」
悲しみに震える彼女の背中を見て、ソートは思わず大声を上げた。
ネフィティスはその声に驚き振り返る。
美しい顔に浮かんだ大粒の涙に、ソートは歯を食いしばりながら、ネフィティスにだけ、ザバーナの最後の言葉を教えた。
シェネから届けられた、ザバーナの真の目的を。
「アイツは、最後の最後に世界のことなんて考えてなかった!」
「……え?」
「お前のことだけだった。お前が何の憂いもなく過ごせる世界をつくるために、あいつは冥府の女主人を抑えに行ったんだ!」
一瞬だけ、ネフィティスの目から涙が枯れた。それは、瞬きの間の出来事だったが、
「まったく。お前ら似た者同士の身勝手野郎だよ。たった一人の女のために、あいつは自分の命をなげうったんだ。それが、たまたま世界を救っちまっただけだ」
「……あぁ。あぁ……なんて、なんて」
涙が出る理由を変えるには、十分な時間だった。
「私は、私は悪い女です。私のためにあの人が死んだのだと聞いただけで、こんなにうれしく思うなんて……」
「……いいじゃないか。惚れた男が最後まで自分に惚れてくれていたと分かったんだ。嬉しくないわけがない」
「……トーソ様は、ずいぶん俗なお方なのですね?」
「創世神らしくないと、よく言われるよ」
止まらない涙をぬぐいながら、ネフィティスは笑う。もうきっと会えない最愛のために、
「なら、私も前を向かないといけません。あの人が守ろうとしてくれた、私の幸せを勝ち取るために」
「あぁ、そうしろ」
冥府であいつも、そんなお前を見守っているだろうさ。
その言葉を最後に、ソートの体はほどけて消えた。
光の粒子となり天へと昇っていく彼を見送った後、ネフィティスは歩き出す。
きっと忘れないと胸に誓いを抱きながら、最愛に護ってもらった明日を生きるために。
…†…†…………†…†…
海の天界へと戻ってきたソートに対し、シェネはややおどおどした様子で話しかけた。
「あ、あの……ま、マスター? お疲れでしょうから今日は」
「いや、すぐに試練の改訂を始めるぞ、シェネ。もう二度とあんなこと、起こさせはしない!」
「で、でもですね」
「それは早計というものでござろうよ、ソート殿」
「…………?」
突如かけられた声に、ソートは胡乱げな視線を向ける。
そこに立っていたのは、終戦と同時にこちらに帰ってきていた査察に来た創世神の一人――万次郎だった。
どうやらほかの創世神はすでに帰っているようであり、残っているのはこの万次郎一人だけのようだった。
「まだいたのか?」
「扱いがぞんざい!? 人がせっかく査察の結果を教えようと思ったのに」
「……不合格だっただろう。あんな様を見せつけたんじゃ」
「いやいや、その逆でござるよ」
「……なに?」
どういうことだ? と、首を傾げるソートに、万次郎は満面の笑みを浮かべながら告げる。
「此度の英雄は軍神となったが、あれほどの英傑が生まれる世界に、あの苛烈な試練を潜り抜ける下界の人々。これは今後生まれるであろう英雄にも期待が持てるということで、出資を続けることが決まったでござる」
「…………」
「いやぁ、拙者も今回の試練では大いに稼がせてもらったが故、今後もドシドシああいった試練を起こすがよかろう。というわけで、このGPは今後の運営資金に使ってくだされ。なんなら今回みたいに、拙者たちを呼んでくださっても」
そう言ってアイテムボックスから具現化したGPの入る革袋を、
「悪いが、こいつは受け取れない」
「おや?」
ソートはそっと突き返した。
「なにゆえ?」
「俺はこれから試練の改訂に入る。もう二度とあんな悲劇は御免だ。なんで好き好んで自分の作った世界で、あんな胸糞の悪い光景を何度も見ないといけない。今後は危険の少ない試練を中心に」
「それではシャルルトルムには勝てんぞ?」
「――っ!」
先ほどまでの軽い雰囲気とはまるで違う、笑うことによって細められた目を見開く万次郎の鋭い指摘に、ソートは思わず息をつまらせた。
さすがは《幻戦》のトッププレイヤーと言ったところ。さっきに似た気迫が、万次郎の体からは発せられている。が、
「アイツには……詫びを入れる。最近大人しいようだし、そう悪いようにはならないだろう」
ソートとてBSOのトップを張っていたのだ。その程度の気迫で怯むほど、ゲーム慣れしていないわけではない。なにより、今回の犠牲は……ソートの腹を決めさせるのにふさわしいモノであった。
ゆえに、外から何を言われようがソートが揺らぐことはない!
「そうでござるか。ソート殿は、他の創世神たちよりも自分の世界の安寧をとると」
「そうだ」
「まぁ、それでいいなら構わんが……。このゲームはそう言った自由度の高さも売りでござる。戦わぬと決めた御仁に、無理に戦えというほど野暮ではござらんよ」
だが、それでも万次郎はソートの手に革袋を戻した。
「なっ! おいっ!」
「いやいや、これは今回稼がせてもらった分の報酬として受け取って下され。実際今回の試練に参加した創世神たちも、大なり小なり神器の覚醒を促せたのだ。そのくらいは報酬として当然でござる。それに」
慌てて帰そうとするソートに背を向け、万次郎は自らの世界につながるゲートを開いた。
そして、最後にいつものような穏やかな笑みを浮かべながら振り返り、
「ソート殿が考えているよりも、このゲームは少々厄介でござるぞ?」
「はぁ?」
「一般人を守りきった天空神と、英雄を死なせてしまった創世神。どちらの加護が強くなるかは……まぁ、自明の理でござろうからな」
試練改変。うまくいくと良いでござるな?
そんな不穏な言葉を残し、万次郎はソートの海から姿を消した。
その背中を、シェネが冷や汗を流しながら見つめていたことを知りながら。
…†…†…………†…†…
深い深い大地の底。
それでもなお、世界を支える神には届かぬ、地の果て。
そこに降り立った大英雄は、自らにまとわりついてくる少女に閉口しながら歩を進めていた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん! どこ向かっているの?」
「本当にこの世界に果てがあるのか確認したくてな。特にやることもないんだ。冒険ぐらいはさせてくれ」
「流石はお兄ちゃんだねっ! 私が考えもしなかったことを平然とやってのける、してのけるっ! でもお兄ちゃん、たまにはエシュレイと一緒に遊んでくれるとうれしいな」
「あぁ、あぁ。時間はたっぷりあるんだから、これが終わったら遊んでやろう」
「やった! 私ねぇ、お兄ちゃんの腸ぶちまけたいな! あと骨を丁寧にすりつぶして、お肉をひき肉にしてオママゴトを」
「はははは! お兄ちゃんもうちょっと大人しい遊びの方がしたいかなぁ!?」
幼いころより死体を玩具に遊んできた少女の猟奇的お遊戯にドン引きしつつ、大英雄――ザバーナは足を止めない。
その背後にはいつのまにか青々と茂る芝生ができており、草原の覇者たる彼に有利な世界へと、地の底をつくりかえつつあった。
――これが神霊の世界か。エアロ様がおられる天界とはまた違う世界のようだが、どちらにしろ規格外ということには違いないか。
ならば、その世界にやすやすと到達し、あまつさえその世界をつくりかえている自分はなんなのだと思うが、深く考えても無駄そうなので、ザバーナはただ黙々と歩き続ける。
やがて軍神たる彼の足は、変貌した草原の力の手助けも借り、とうとう地の底の果てへと到達した。
「これは……」
「うわぁ、おっきい穴だねお兄ちゃん!」
そこにあった虚ろにあいた巨大な穴。
いや、より正確にいうのなら、果てにある断崖絶壁に沿って展開される、巨大な溝と言った方がいいだろう。
上部が見えない絶壁に沿うよう展開したその崖の下からは、火山のような黒煙と赤い光が漏れ出ている。そして、
『助けてくれ……助けてくれぇ!』
悲痛な悲鳴も聞こえてきていた。
不気味すぎるその崖にザバーナは眉をしかめながら、この地の主である少女――エシュレイキガルに問いただした。
「普通亡者どもはこの世界の一つ上の世界に収納されるのだったな」
「そうだよ? もしかしていくつもり? やめておいたら? あの世界はこことおんなじくらいつまらないよ? 一度見に行ったことあるけど、何にも言わない元人の魂の青い火の玉がフヨフヨしているだけだもん。おまけに無意味に眩しいし。今は、あんまり眩しかったから、私が骨檻に火の玉を捕えて光を抑えているの!」
「なるほどなるほど。ところで、俺はなぜその下であるお前の居城に到達できたのだ?」
「知らない。でもお兄ちゃんからは空にいた神様とおんなじ気配がするようになったから、それが原因じゃないかな?」
エアロ様と? なんと不遜な。と、ザバーナは一瞬思ったが、自分が聞きたかった疑問はそれではないと思い至り、話を元に戻す。
「では……この下で苦しんでいるものはいったい何者だ?」
「さぁ? 私こんなところ来たことないからわかんない」
「ふむ」
冥府の女主人すら知らぬ苦悶の声を上げる声の主。いったい何者だ? とザバーナが首をかしげたときだった。
『だれか……いるのか?』
「っ!?」
地の底から、声が聞こえる。
『助けてくれ! 助けてくれ! いいや、助けろ! 私を……私を誰だと思っている!』
冥界すら激震させる憤怒があふれる声。それを発する声の主に、大英雄たるザバーナは臆することなく問い掛けた。
「何者だ! 助けるにしても名を明かしてもらわねば、助けていいのかわからん!」
『おぉ、私を知らないと。この私を知らないと抜かすのか! 我が名はマルドゥック!! 天地を作りし、英雄神マルドゥックである!!』
「!?」
響き渡る怒号と苦悶の悲鳴に、ザバーナは思わず息をのんだ。
…†…†…………†…†…
《規制・同階級存在によりそのサーバーへのアクセスは禁止されています》
「………………」
システムから告げられたその言葉に、海中の天界にいたソートは愕然とした。
「同階級存在からサーバーのアクセスを禁止って……なんだ? バグか?」
「あの……マスター。言いにくかったんですが、《軍の試練》終了後、こんなイベントが発生してしまって」
「ん?」
ソートがシェネから提示されたシステムアナウンスに目を通すと、そこにはこんなことが書かれていた。
『突発イベント発生!
下界神の反逆:創世神特有の顕現とされてきたいくつかの機能が、下界の神様のうばわれてしまった!!
創世神はできるだけ多くの人々の信仰を取り戻し、下界の神様から権限を奪いなおすのだ!
現在の創世神と、《下界神》エアロの信仰比
ソート・20/エアロ・60』
「な、なんじゃこりゃぁああああああああああ!?」
どうやら、十二の試練の改編は、簡単にはいかないようだった。
ようやく軍の試練終了。そしてトンデモイベントが発生しました……。
次回からはGPを得たことにより時間を飛ばす余裕が出たので、一日二試練で行く予定?
まぁ、といっても話の内容が短くなるわけではないので、ソート君にハードワークを強いるだけですが……。
次回予告!!
「浮気ではないぞっ! 失礼、軍神ザバーナである!
恋人ではなくおにいちゃんだからセーフである! 誰に言っているのかって? 気にするだけ野暮なのだっ!!
それにしてもエアロ様も粋なことをしてくださる。自らの神官から解雇したネフィー(ネフィティス愛称)を俺が奉られた神殿の巫女にしてくださるとは! ありがたい話だ……。これで俺もエシュレイキガルの相手を心置きなくできるというものだ……。
浮気ではないぞっ! 大事なことだから二回言った! 浮気じゃないから、いやほんとまじでっ!!
なに? そんだけ念押しすると逆に怪しいって!? バカな!? では俺はいったいどうすれば信じてもらえるのだ!? わかった! ロリではあそこはたたないと(自主規制)
では次回!
大いなる試練を乗り越え、人々は己が力不足を痛感した。
そして人々はとうとう都市ではなく、本格的な国つくりを行い始める。
軍強くし、警吏を増やし、人はやがて他の獣を寄せ付けぬ大いなる力を手に入れた。
その力が、やがて悪しき者へと自らを変容させる愚か者を生むとも知らずに。
次回《世界創生オンライン ~神様はじめてみませんか~》第四章悪の試練。
奮い立て英傑。正義はなくとも、汝の道は正しかろうよ」