《創世銃》の成長
お待たせしました!
「やっぱり、あの術具――討伐した相手の躯を憑代に、疑似的に相手を復活させるための触媒だったみたいだな」
『私の予想は大的中ですねッ! 褒めてくれてもいいんですよマスター!』
――いや、お前上にいるなら普通にステータス読み取れるだろ?
脳内に響き渡るシェネの自慢げな声に呆れながら、ソートは自らを見下ろす巨体を見上げ、ため息をついた。
シェネ曰く、どういうわけか神性を得ているらしい腐った死体の巨人を見上げながら……。
「というかこいつ……どんどん輪郭がまともになってないか? さっきまではただの趣味の悪い屍骸オブジェだったのに」
『後ろの冥府の女主人の眷族。その属性がはっきりしてきて、冥府を管理する神格としての信仰を得始めているからでしょうね。それだけでかけりゃ避難しているエルク・アロリアの人々からも見えるでしょうし。その人たちから与えられた畏怖や恐怖が、神の素体であったその巨人に力を与えているようです』
「そんな設定あったの!?」
『マスターだって人に信仰をもらって力を得ているじゃないですか。下界の神様だって、強くなるシステムは一緒ですよ?』
――つまり、こいつは俺と同じようにGPを常に貰っている状態であり、それを常時自身の強化に回しているということか。
シェネの言葉に、相手の力の源を知ったソートは舌打ちを漏らす。
そして現状それは非常にまずい。
「要するに、時間をかければかける程、こいつは強くなっていくわけだな」
『そうですね』
「神霊の杯の状態で、こいつがまだ倒せる時間はどのくらいだ?」
『試算の結果、最大で五分』
「ムリゲーだな」
――俺以外には。
と、ソートは不敵な笑みを浮かべながら、あくまで自信たっぷりに言い放った。
別に、彼とて本気で自分が特別だと思っているわけではない。実際のところ、神殿まで引っ張って行って万次郎あたりに任せれば、自分よりうまく解体してくれる可能性はあった。
だがしかし、ソートは思い出していた。彼がゲームをする際にいつも掲げる心得を。
ゲームをやるからには全力で楽しむべし。同時に、理想の自分を形作っているからこそ、
「弱気なところは、見せられないだろうっ!」
――いつだって前のめり! 自分こそが最強だと笑って見せろっ!!
そんな言葉を自らに言い聞かせ、ソートは巨人に向かって吶喊する!
集合した死体が見えた巨人の表面は、既に薄い皮が張り始めており、見る見るうちに人の肌と変わらないものへと姿を変えつつある。
同時に、それによって肉体強度が増したのか、崩れる心配はなくなったといわんばかりに、巨人は先ほどとは違った思い切りのあるスイングで、ソートに向かって手を振り下した!
が、
「おせぇっ!」
その攻撃はソートもすでに予測済み。
天を覆い尽くすほどの巨大な掌に向かい、浄化の水弾をティアードロップから発射。
ソートの読み通り、掌にあいた大穴に身をくぐらせ、ソートは巨人の殴りつけから見事逃げ切り、そして、
「跳ぶぞっ!」
ライフマッドの弾丸によって制御した大地を変形。穴の内部を突き上げる形で隆起した大地に乗り、そのまま掌の上へと躍り出た!
「――――――――――っ!?」
突如として掌にあいた大穴に痛みを感じたのか、人の顔に近づきつつある巨人から悲鳴が上がる。
下手をしなくても鼓膜を破りかねない大音量だったが、神霊の杯は頑丈だ。ビリビリ震える鼓膜はかろうじて破れることなく、ソートの躊躇いのない一歩の阻害をしなかった。
「シェネっ! アシストっ!」
『なにを?』
「どうせ登っている間に妨害なしなんて都合のいいことないだろうがっ!」
ソートの指摘通り、自らの掌に飛び出してきた不届き者に対し、屍骸の巨人は怒りに満ちた瞳を向け自らの体に指示を出した。
己の体を構成する、無数の死骸たちへと!
――殺せっ!
声にならない殺意に呼応し、生まれ始めていた皮膚を突き破り、無数の白骨の腕がソートをとらえようと生えだした。
だが、その程度で止まるようならソートはBSOでトッププレイヤーの座を勝ち取っていない!
「この程度……BSOPVP第四位の地雷原に比べればっ!」
『前から思っていたんですが、BSOってゲーム殺意高すぎません?』
え、FPSってそういうゲームだから。とソートはシェネの呆れたような指摘に目をそらしつつ、シェネが視覚に送ってくる回避すべき白骨の手を次々と銃撃で打ち抜きながら、巨人の腕の登攀を開始した!
…†…†…………†…†…
「ヌアビスっ!」
「――っ!」
草原の中央に置いて、二頭の巨獣がにらみ合う。
一頭は、死骸が寄り集まり造られた黒毛のジャッカル。先ほどまで鋭く尖っていた瞳は睨み付けただけで他者に死を与える魔眼だったのだが……眼前の敵には通用せず、寧ろ敵の睨み付けを受け怯えたように尾を股の間にしまっている。
対するは、黄金の鬣を持つ巨大な獅子。その振る舞いは王と呼ばれるにふさわしい堂々としたものであり、自らに相対するただデカいだけの獣を見て鼻を鳴らしていた。
「やり合う前から戦意喪失とは……ずいぶんと上等な使い魔を持ったらしいな、冥府の女主人」
「う、うるさいっ! 私のヌアビスはスッゴク強いんだからっ!」
ガタガタ震えるジャッカルの背中の上で、バシバシ不満げにその体を叩きながら駄々をこねる少女。
そんな彼女の態度に半眼になりつつ黄金の獅子は、自らの額に乗る主へと視線を向けた。
「で、ザバーナよ。俺はいったいどうすればいいんだ?」
「あの少女とジャッカルを同時に相手にするのは俺でも少々手に余る。ジャッカルの押さえを頼みたい」
「べつにかまわんが……。お前今獲物持ってないだろう? どうする気だ」
「決まっている!」
さすがに受肉した神霊相手に獲物無しはきつかろう。と、一応自らの主を心配してやる獅子。
打倒され、名前と爪と牙と頭を奪われ、情けなくも従僕として従えられている身だが……いや、従えられているからこそ、自らの主の敗北など断じて認めるわけにはいかない。
まかり間違っても、自ら主が、神霊とは言え一人の少女に負けることなど、あってはならないのだ!
だが、そんな獅子の心配など知ったことではないといわんばかりに、ザバーナはケロッとした顔で右の拳を左の掌にたたきつける。
「獲物など不要! 古今東西、オイタをしたガキには拳骨をくれてやると相場が決まっている!」
「……ははっ、そうかよ!」
――獲物のあるなしなど、お前にとってはさしたる問題ではないか。流石は俺を打倒した大英雄だ。
そんな笑みを浮かべながら、黄金の獅子は咆哮する!
「ならば存分に暴れてこい! 下は任せろ。怯えた犬畜生風情など、俺の敵ではないわ!」
「応ともっ! お前も存分に暴れろ! 真に人類を滅ぼしかけた獣よ。それは己の役割だと、死骸の腐った脳みそに刻みつけてやれっ!」
たがいにかける言葉は無事を祈る言葉などではない。自らの強さの証明である好敵手にあたえる、敗北は許さぬという脅迫の言葉。
この上ない鼓舞となるその言葉を胸に、二人は生まれたての神霊と激突する!
…†…†…………†…†…
それはまさしく暴風雨だった。
常に自らの体力を奪ってくる浄化の雨の中、体から湧き出る無数の白骨死体を、とんでもない速さで駆け抜けながら蹴散らし続ける暴力の風。
水弾が、礫弾が、氷弾が、砂弾が!! 行く手を阻む白骨たちを見る見るうちに穴だらけにし、浄化され風化するのを待たず突進によって粉砕する!
――なんだこの男は?
生まれて初めて感じる恐怖に死骸の巨人――ネルルガルはあからさまな怯えの表情を浮かべていた。
自らの巨体と比べればハエのような小ささの男に、
自らの体に比べれば、砂粒が如き打撃しか与えられない豆鉄砲相手に、
死の巨人は――生まれて初めて恐怖を覚えていたのだ。
『―――――――――----------!』
ゆえに、彼は手を振り回す。それは手に張り付いた蜘蛛を払うがごとき動き。生理的嫌悪感を覚える虫を、少しでも遠ざけようとする人間が如き動きだった。
だが、敵はその程度で離れてくれるほど、たやすい存在ではない!
「ひどい扱いしやがって!」
『そろそろ神器機能解放条件が達成できそうです! マスター! 目標天罰付与数まで、あと五体!』
「了解だ!」
盛大にフルスイングされる死骸の手から蜘蛛――ソートは一瞬だけ盛大に投げ出される。
だが、その目にはすでに迷いはない。ただためらうことなく離れた腕に向かって銃口を向け、
「《弾頭変換:ワイヤーショット》!」
つい先ほど解放された新機能を用い作られた、氷によって構成されたハーケン弾頭と、そこから延びる水のワイヤー。武骨すぎるそれらを間髪入れずに発射し、ネルルガルの腕へと氷のハーケンを突き立て、水のワイヤーを縮めながら振り回される腕を一周。
まるでサーカス芸人のように宙を舞い踊り、再びネルルガルの腕の上へと復帰した!
…†…†…………†…†…
創世神が作り上げた神器は実を言うとアイテムという分類ではなく、特殊能力――権能として分類される。
たとえそれが器物であろうと、神が振るう武器は皆等しく神の特殊能力として扱われるのだ。
それゆえに、神器は創世神と同じく、一定手順を踏むことによって成長する。
たとえば、シャノンの蛇口のように作り出せる数が増えたり、
たとえば、万次郎の《天・地・開・闢・斬》のように攻撃範囲が拡大したりと、その成長の仕方はさまざまだ。
そして、成長の条件は作り出された神器によってそれぞれ違うらしいのだが、武器系の神器は、それをすることによって絶対に機能が拡張される、王道的条件が一つあった。
それは、
「神器を用いて、敵討伐数を増やすこと!」
『幸いなことに、その敵はあふれかえるほどにエネミーを湧かせてくれますからね! ボーナスステージとほかの創世神たちが言っていた理由もわかるってもんですよっ! あ、千体討伐来ました! 第三機能解放されますっ!』
「おっしっ!」
シェネの発言を聞くと同時に、ソートはさらに加速。早速目覚めた新機能を叩き起こし、二丁拳銃を、スクラムを組むように行く手を阻む白骨死体たちに向かって向ける!
「《銃口複製:デュアルガトリング》!!」
「「「「「―――――――――っ!?」」」」」
突如として《ティアマト》の銃口周囲に展開された六つの銃身。それを見て本能的に恐怖を覚えたのか、白骨死体たちはガクリと顎を外してしまうが、ソートはそれを気にかけている余裕はない。
どれほど自信たっぷりであろうが、千体単位の討伐数が軽々と稼げる戦場にいるのだ。明らかに笑いを取りに来ている敵の反応に付き合っている余裕などあるわけがなかった。
引き金を引く。
スクラムが消し飛ぶ!
そして、粉じんと化した敵防衛陣にためらうことなく突っ込みながら、おびただしい量の弾丸をまき散らすガトリング銃と化した二丁拳銃を用い、先が見えない敵のスクラムを一直線に消し飛ばした!
それはさながら白い大地を切り開く蒼い弾丸の如し。本気となった創世神を、止められる死体などあるわけがなかった。
やがてソートは到達する。
「よぉ、デカブツ」
『――――――――――――――――――っ!』
二の腕を踏破し、骨どもを蹴散らし、とうとう目的地へと到達した!
「もう一度死に治す覚悟はできたか?」
その顔は、もうすでに人の物と全く同じであった。
それは、ネルルガルが神として完成しかけている証。まだ肉体のあちこちがひび割れており完成はまだ遠そうだったが、その整えられた顔だけは、誰かに見せつけるようにすでに出来上がっていた。
だがしかし、端正に整えられた彼の顔には如実な恐怖が浮かび上がっている。
「ぴったり五分になりそうでな。悪いが、末期の言葉を聞いてやる余裕はない」
彼はつい先ほど見ていたからだ。ソートが解放した第二権能が、自らを殺しうるものである光景を。
機能が解放されたとき躊躇いなくぶっ放されたそれが、敵をここまで寄せ付けてしまう理由になってしまったのだと。
だから彼は悲鳴を上げない。
それよりも前に敵を叩き潰すべく、反対の手を振り上げ自らの肩に向かって振り下す!
未完成な体にそんなことをすれば、腕が崩壊する可能性すらあったが、知ったことではない。
――そんなことよりも、ただ死にたくない!
その一心でネルルガルは手を振り下ろす。が、
「死にたくないって顔しているな? だがひとつ言っておこう」
弾丸相手に、その動きはあまりに緩慢すぎた。
「お前らが殺した奴らも、みんなそう思っていたんだよ!」
引き金は、あまりにあっさり引かれた。
構えられた二丁拳銃から莫大なエネルギーがあふれかえり、それは一つの弾丸となった。
神話の時代に語られた生命を生み出したすべての母。
それを想わせる、巨大な竜を模した弾丸へと。
「《弾頭変換:ティアマト》!」
音を引き裂き飛来したその竜は、一瞬にして巨人の頭部を食いちぎり天高くへ消えて行った。
頭を失った巨人は当然の摂理と言わんばかりに崩壊をはじめ、莫大な量の塵となって消え始める。
ティアマトが雨雲にあけた大穴から降り注ぐ太陽光を浴びながら砕け散るそれは、まるで光の粒子が如く輝いていた。
そして、崩落に乗じて、ソートはそのままスカイダイビングの体勢になり、眼下で激突する二頭の巨獣めがけて落下を開始した。
「戦いはまだ終わってねぇ! あの歌姫に頼まれた以上、あいつも必ず生かして帰すっ!」
冥府の女主人と一人激突する、今代の大英雄を助けるために。
その時だった。
「ん?」
ソートの眼前に、システムからアナウンスが届けられたのは。
『《創世銃:ティアマト》の隠し成長条件開放
条件内容:10000体の迷える魂を導く――クリア!!
解放権能:《弾頭変換:魂魄再納》
権能内容:魂が剥落した肉体に元の魂を戻すことができる。本来有償である死者蘇生権能が無料で使用することが可能になる』
「……しょっぺぇ」
隠し権能という割には、結局のところGP節約に使える程度の力で落ち着いてしまったその権能に、ソートは辛口評価を下した。
その権能が、今後の彼のゲームプレイを大きく左右することなど知らずに。
今回はティアマトさん成長回になりました。
次回決着の予定……未定だけど。
つくといいな、決着つくといいな……軍の試練、何気にとんでもなく長くなっているし……。