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少女の恋唄

 エルク・アロリアは寝ている間に地獄絵図に変わっていた。


「こりゃ完全にやるゲーム間違えたな……」


――グロが苦手でBSOから引退したのに、何でここでバイオせにゃならんのだ……。


 と、意外と冷静な心中に驚きつつ、ソートはとりあえず走り出した。

 休憩用の家屋から出た瞬間、一瞬でぎょろりとこちらに目を向けてくる無数の動く死体共に。


「死んどけ」


――もうすでに死んでいるが、動いている敵がいる以上その言葉が正しかろう。


 引き金を引き、水弾を打ち出し、眼前の敵を浄化する。

 同時に、両脇から襲いかかってきた人型の敵に対して、呪いの感染がしない肉体をフルに生かし、拳骨で対応。

 右の敵の武器である歯を全力殴り下り、左からやってきた敵に対しては持ち直したティアードロップの弾丸を叩き込んだ!

 それでもなおひるむことなく押し寄せてくる死骸の山に対し、ソートが選んだのは疾走。

 全力で眼前の敵に向かって駆け抜け、同時に狙ったところまで相手との距離を詰めた瞬間、力強く大地を蹴り跳躍!

 戦闘にいたゾンビの肩を踏み砕きながら、そこを足場にさらに跳躍し、ゾンビのいない家屋の屋根へと飛び移った!

 標的を見失っても、進むことはやめられなかった鈍いゾンビどもは、先程ソートがいたところで一様に激突。

 互いの肉との屁を混じらせながら、先頭にいた死体共が一色たんに潰れるのを眺めつつ、ソートは止まることなく疾走を継続し、北西部へと移動を開始した。


「シェネ! 報告よこせ! 現状どうなっている!」

『今回のボスが攻城兵器型のゾンビを制作したようです。現在北部門と西部門は陥落。シャノンさんは西部防衛戦にて討死されました』

「――っ! それは……」


 無数の死骸にたかられ、食われるという光景。リアルに近いVRだからこそトラウマになること確実な経験をさせてしまったことに、ソートは僅かながらに罪悪感を抱く。

 いくら気に入らない男の娘プレイヤーであったとしても、自らの世界のために戦ってくれた相手を死なせてしまったのだ。

 ソートの胸に後悔の念が去来するのも仕方ないと言えた。が、


『現在こっちに帰って来てます』

『ソート君……これちょっと難易度鬼畜すぎない? いくらダメージ通さないからって、《神霊の杯》の場合はノーダメってわけにはいかないんだけど? おびただしい量の死骸にたかられて食われるのってさすがにちょっとトラウマだよ……』

「……………………」


 通信越しに、いつもと変わらぬあっけらかんとした声を届けられては、その後悔もすぐに霧散してしまうが……。


「あんた仮にも創世神だろっ!?」

『私は戦闘が苦手な創世神なのさっ!』

「いばるなっ!?」


 取りあえず、ボーナスステージとまで言われた敵を相手に、一方的にボコボコにされたらしいシャノンを罵りつつ、ソートは家屋の屋根から跳躍。

 一度エルクアロリアの空中へと飛び上がり、北西部全体を俯瞰しながら敵の進行速度を見極める。


「いまんところ、こいつらが進行しているのは、兵士達が駐屯していたエリアまでか。流石に昼間になっているから、移動速度自体は落ちているみたいだけど……」

『あの……マスター。あとなんですけど』

「なんだ?」

『北部西部陥落の折、少なくない数の兵士に被害が出ています。あと、ザバーナが防衛していた北西部門は、攻城兵器の数も多く、防衛していた近衛兵は全滅。現在戦っているのは、月光の加護を失い神器の攻撃範囲が縮小されてしまった、ザバーナ様だけです』

「………………………」


 すなわち、被害が出たということ。

 死人が出たということ。

 その報告がシェネから届けられ、違う屋根に着地したソートの体は思わず震えた。

 仕方ないことだと、いずれ出るものだといわれて……理解はしていた。

 こんなに早く出てしまうとは思っていなかったが、それも遅参した己の責任だろうと、自らに言い聞かせる。

 そして、だからこそ、


「シェネ……」

『はい……』

「これ以上は絶対に死なせたくない。現状ほかの連中はどうしている?」

『……え?』

「……なんだ?」

『い、いいえ』

「はぁ……俺が絶望して喚き散らしでもすればよかったのか? こんなはずじゃなかったって」

『…………』

「これはシミュレーションなんだ。自分が思い描いていたこととは違うことくらい起こるだろうさ。一から十まで自分の理想通りに行けば、それはもうシミュレーションゲームじゃないだろう? ただのできの悪い小説だ」


――だからこそ……だからこそだっ!


 固い決意を胸にひめ、あの時の標語を心に掲げ……ソートは走り続けた。ここでやるべきことは、絶望して崩れ落ちることではないと知っていたから。


「こういったゲームで自分の理想を追いかけるのは、楽しいんじゃないか!」

『……マスター』

「だから、ここから先は一つたりともゆずらんぞっ! 全部根こそぎ救ってやる! だからシェネ、今すぐ現状の情報をよこせ! 近衛の生き残りは何人だ! 他の創世神はどうしている!? ザバーナの戦況はどんな感じだっ!」

『お待ちを。今マップデータと、戦況を記した画像をそちらに転送します』


 いつもとは違う、きびきびとしたシェネの返答に満足しつつ、ひとまず目指すのは確実に孤立しているザバーナが戦う場所。

 そこをめざし、放たれた矢のように一直線に、ソートは地獄絵図の中を駆け抜けた!



…†…†…………†…†…



「まったく! とんだ貧乏くじだ!」

「そう言いつつも、生き汚く戦っておられますな、キッド殿」

「不利になったらさっさと逃げるんじゃないノラッ☆?」

「こんな状況でトンズラなんぞできるかっ!」


 エルク・アロリア中心部――ジグラッド。

 それを囲む塀越しに、次々とゾンビどもを打ち抜いていくキッドの怒号を聞き、隣にて同じようにゾンビを焼き払い、粉砕していたマスターとルミアは、互いに顔を見合わせて肩をすくめた。

 なんやかんや言いつつ、この西部馬鹿もお人よしの類だと。

 彼らの背後には、命からがらこの神殿に逃げ込み、巫女たちにゾンビの呪詛を解呪をしてもらっている傷付いた近衛たちが横たわっている。

 その様はさながら野戦病院。まともに動ける兵士も五十人ほどいるのだが、その兵士たちの顔には色濃い疲労が浮かんでおり、キッドたちの援護に矢を放てていることが奇跡としか思えない状態だ。


「とはいえ、このままではここも長くはもちますまい。交代の隙を狙われたのか、今ここにいる連中は夜通し戦っていた夜戦班ばかりです。このままでは我々もシャノンさんみたいに」

「わかっている!」

「じゃぁ、さっさと撤退するノラ?」

「それは……ッ!!」


 ルミアの問いに、キッドは無意識のうちに背後を振り返った。

 傷だらけの兵士たちと、その間を射機械筆紙に傷の快癒を祈る巫女たちを。

 普通の人間と変わらぬように、傷だらけの兵士たちに安寧をと祈る巫女たちを。


「……………」

「まさか巫女さんたちが意外と美人だからつられたわけじゃ……」

「ち、ちげ!」

「いやぁ、キッド殿若いですなぁ。私もあと三十年若ければ、あの巫女さんたちにモーションかけていましたとも。恥ずかしいことじゃありませんよ? えぇ、口先で冷徹なことを言おうとも、所詮男は美女に勝てませんから!」

「テンション高いなマスター!?」

「万次郎様よりかはましかと?」

「ふははははは! 解体祭りでござるゥウウウウウウ!」


 斬り放題殺し放題の戦場に突貫し、爆笑しながらゾンビどもを三枚おろしにしていく斬撃の嵐の声が聞こえ、キッドの顔は引きつった。


――そりゃあれよりかはましだろうけど。果たしてあれの比較対象にできる、テンションの高さがほかにあるのかと言われると、はなはだ疑問だな!


 そのような無駄話をし、かろうじて戦意を保っているキッドたち。

 こうでもしなければ、かれらはとっくの昔に敵の数に絶望していただろう。

 そして、その悪あがきが、


「あ、あの……スイマセン! トーソ様と同じ占い師の方々ですか!」

「あぁ? そうだけど、あんた一体……」

「教えてください! ザバーナ様は、ザバーナ様は今どこにおられますかっ!?」



…†…†…………†…†…



 ソートがそこにたどり着いたとき、そこは今まで以上の地獄絵図と化していた。

 無数の死体が山となって積み上がり、外壁頂点まで到達する坂道と化していた。

 その頂点では一人の男が、空中に浮遊する二本の剣を従え、次々と登ってくるゾンビの軍勢を惨殺している。

 今は全力を出せない聖剣で敵を焼き、飛来する爪で敵を断ち、従える牙で敵を食う。

 ザバーナ。百獣の王の名。その名を冠するにふさわしい獣じみた戦いの光景に、ソートは一瞬立ち止まり。


「止まっている場合か!」


 その凄烈な背中を飛び越えるように跳躍し、ザバーナの眼前へと着地した。

 同時に頭上に放った弾丸は再び雨雲を呼び、戦場を豪雨のカーテンで覆い尽くす。

 聖水の雨に撃たれ、かれらに迫っていたゾンビたちは悲鳴を上げながら死骸の坂道を転げ落ちて行った。

 同時に雨に濡れたその坂は、見る見るうちに溶けていきその高さを縮めていく。


――これでひとまず直接乗り込まれることはなくなった。


 ソートが安堵し、ため息を漏らした。そして、


「ザバーナ……」

「…………………」


 眼前から敵がいなくなり、カラリという音を立てて剣を取り落した大英雄を振り返る。

 彼の周りに兵士はいない。あれだけ彼を信頼し、彼の声にこたえ、故郷を守るために戦った益荒男たちは、この場にはもういない。

 その事実が、この男を打ちのめした。

 ソートの目の前にいる大英雄は……もはや大英雄などではない。

 絶望に膝を屈した、ただの弱々しい男がそこにいた。


「俺の……せいだ」

「違う。俺だって予想していなかった。敵があんなものを用意してくるなんて、だれが想像できるかってんだ」

「いいや。俺のせいだ。俺がおごり高ぶりすぎていた。月光の加護がある限り一人でどうとでもできると思ってしまった。夜が明けたとしても、少しの間なら持ちこたえられると思ってしまった……。奴らが引きつれてきた攻城兵器(あれら)を、わけのわからん死骸どもの御遊びだと切り捨て、見下してしまった……。私が……私が油断していたからっ!」


 自責の念と共に、涙を吐き出す大英雄の背中は、昨日見た時よりもはるかに小さく感じられた。

 悔やんでも悔やみきれない。仲間を失い、街をまもれず、今現在も守るべき人々を危険にさらしている。

 その絶望は、同じ護れなかったソートには痛いほどよくわかった。

 しかし、


「だからもう戦えないってか? まだ何一つ終わってすらいないのに? ここでかけらほどの成果も出さない戦いを惰性で続けて、いずれ仲間たちと同じように食い殺されるのが、お前のできることだっていうのか?」

「……………」

「立ち上がれよ大英雄。最善の未来が得られないのは誰だって同じだ。誰だって妥協と諦めをいだいて、生きて行っているんだよ! だがな……だからって、それでも今できる最善を目指すことを辞めちまったら、人はもう前に進めねぇだろうがっ!」


 だからソートは胸ぐらをつかんで、ザバーナを無理やり立ち上がらせた。

 まだ守るべき人はいると。

 まだ、戦いは終わっていないと。


「答えろ大英雄! もうお前には守りたいものはないのかっ! テメェを奮い立たせるに足る理由は……命を懸けて守りたいものは、もう全部零れ落ちちまったのか!」

「………………」


 ソートの問いかけに、ザバーナの瞳がわずかに揺れた。その時だった。


『――――――――――――――――――♪』


 エルク・アロリア全土に、澄んだ歌声が響き渡ったのは。



…†…†…………†…†…



 最近の創作物において、ゾンビどもは音に反応することが多いらしい。

 まぁ、目玉が腐って零れ落ちている連中が多いゾンビだ。確かに視覚に頼れる個体は非常に少ないだろうとは思われる。

 今回のゾンビどもも、視神経を真っ先に腐らせて、目玉を落としてしまっているやつらが大半だった。そのため、聴覚、あるいは嗅覚に頼る連中が多いのも、当然と言えた。まぁ今回は呪的存在に作られたゾンビであるため、魂を感じ取る第六巻も持っているようだが……。


 さて、ここで問題である。

 そんなゾンビどもが群がる町の中にて、町中に響き渡る歌声を響き渡らせたらどうなるだろうか?


 A(こたえ)――


「あんのクソ巫女オオオオオオオオオオオ!」

「仕方ないでノラッ☆ 惚れた男を元気づけたいって言う理由じゃ!」

「それを止めるのは野暮という者でしょう。幸い我々には力がありますので!」

「いいでござるぞ巫女殿! もっと歌って下され! カモン!」

「斬撃狂は黙ってろぉおおおおおおおお!!」


 死骸狂喜乱舞(ゾンビフィーバー)

 殺意満点のオーディエンスの群がられる、ジグラッドの頂上。

 その上にたたずみ、澄んだ音色で唄を奏でる巫女――ネフィティス。


 そんな彼女の周囲では、涙目になったキッド率いる創世神たちと、かろうじて動ける近衛兵たちがさきほどまでの絶望を感じさせない勢いで、攻め寄せてくるゾンビどもを薙ぎ払っていた。


「くっそ、ソートの奴! 出資どころかあとで特別報酬用意してもらうからなっ! というわけだ野郎ども! アイドルとられて業腹なのはわかるが、今だけは祝福してやれっ! 可愛い子ちゃんの一世一代のエールだ! 何人たりとも邪魔をさせるなっ!」

「「「「「応っ!!」」」」」


 星が降り注ぎ、斬撃が寸断する。

 銃弾がつらぬき、劫火が翻った。

 剣や矢が乱舞し、たった一人のための舞台を整える。


 その舞台に立つネフィティスは、今はもうエアロの巫女などではない。本来エアロにしか降臨が許されぬジグラッドの頂上に立った時点で、そのような位は巫女長に返上した。

 この場に立つのは普通の女の子。最愛の男の無事を願う、恋する少女だ。

 ゆえに、その歌声はどこまでも高らかに、天空神の座る神界にすら響き渡り、



…†…†…………†…†…



「――――――――――――っ!」


 地面が割れるほどの力を、砕けた英雄の足に宿らせた。


「……いけるな。大英雄?」

「……誰に口をきいている?」


 舞い戻る二本の剣をしたがえ、取り落した聖剣を拾う。

 背中に担いだメイスを確認し、大英雄は豪雨の先にいる敵をねめつけた。

 同時に、彼の傍らに立ったソートに連絡が入った。


『マスター。投石器の後方20メートルほどの位置に大型ゾンビの存在を確認。その背中に、一体の神霊が座っています。おそらくは彼女が今回の件の首謀者かと』

「了解だ。いい仕事したなシェネ。あとで、試練について、伝え忘れていたことがあったことを含めて、たっぷり話をしてやる」

『ふぇっ!? い、いや忘れていたわけじゃないですよっ!? 本当ですよ!? 今まではまともな被害者出てなかったから、まいっかって思っただけで』

「なお悪いわっ!」


 変わらぬ軽い口調の相棒にため息をつき、「まぁ、今は説教してやる余裕はないがな!」と捨て台詞を残し、通信を切断した。


「親玉の位置がつかめた。じゃぁいくか、大英雄。先導は必要か?」

「無用だ。むしろ占い師殿こそ、俺の進軍についてこれるか?」

「抜かせ。ついていくどころか置き去りにしてやるよ」


 たがいに軽口をたたきながら、二人は外壁の上に立つ。

 眼下に見下ろすのは聖水の雨にもだえ苦しみながら、それでも進軍を辞めない死体たち。

 彼らを見下ろす二人の顔には、


「では、いざ」


 凶悪な笑みが張り付けられ、不安の色など微塵もない。

 ゆえに彼らはためらうことなく、


「参るってか!」


 外壁の上から、その身を躍らせた!


軍の試練――ようやくクライマックス!

ところで思ったのですが、軍の試練なのに軍勢同士の激突ってあんまりしてないよね?(冷や汗

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