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ゲーマー基本事項

 眠っていた創世神たち……正確にいうと疲労した脳の回復のために、ゲームにある休息機能を使い、一時的に脳を休めていた創世神たちを叩き起こしたのは、地響きを伴う激震だった。


「な、なんだ!?」


 グレムリンが疑似的に再現していたノンレム睡眠から覚醒し、キッドは悲鳴を上げて飛び起きる。

 同じようにルミアと万次郎も眠たそうに目をこすり起きるのだが……。


「ソート殿は?」

「まだ寝ているノラ……」

「あぁ、昨日はいろいろあったしな。一番敵を引きつけていたのもソート殿でござるし」

「どこかの誰かさんのせいで、精神的負担もデカかったノラッ☆」

「お前らだって賛成していたよね!?」


 可哀そうに。と、うなされるソートの頭をなでる三十路魔法少女に怒号を上げつつ、キッドは即座に神器を顕現。戦闘態勢に移行した。


「とにかく、外で何が起きているのか確認するぞ! 場合によっちゃ……」

「ソート殿をおいて逃げるでござるか?」

「うわ、最低」

「そこまで言ってないだろうっ!?」


 たたき起こすってだけの話だっ! と、右手を振りメニュー画面を開きながら、三十分ほどで疑似睡眠を強制的に遮断するアラーム設定を、キッドはソートに施した。


「とはいえ、こんなところでデスペナ食らうのも馬鹿らしいしな。不利だと思ったら逃げるのも視野に入れといた方がいいだろう」

「ふぅ~っ。流石現役大学生。擦れっぷりが半端ないでござる」

「最近の子供はだいたいこんな感じなノラッ? 斜に構えてりゃカッコイイなんて考えは、中学二年生だけの特権だよ?」

「黙ってろ、三十路夢追い人どもっ!」


 いい大人が最強と魔法少女目指すのはいいのかっ!? という、叫びの残響を残しながら三人は休憩に使っていた家屋から飛び出した。

 うなされ続けるソートを置いて。



…†…†…………†…†…



 三人が、最も近かった北部の外壁上に到着すると、そこは修羅場になり果てていた。


「何があった!?」


 昨日は一匹も外壁の上に上がっていなかった腐った死体たちが、うめき声をあげながら外壁上を闊歩していたのだ。

 取りあえず出会いがしらに目についた死体の脳天に風穴を開けつつ、引火した酒をまき散らしながら、外壁上にいるゾンビたちを焼き払うマスターに、キッドは詰問をぶつける。


「キッド殿。いやぁ~まことに参りました。まさかあのような武装を敵さんが組み上げてくるとは」

「武装?」


 あれあれ。とマスターが指さした先に、キッドたちが目を向けると……そこには!


「なんだありゃ……」


 はるかに離れた北西部の平原に設置され、唸りを上げ、巨大な岩のような何かをこちらに投げつけてくる投石器。

 マスターが焼き払ったと思われる、いくつかの残骸を横に従えながら、おびただし数のゾンビどもを外壁上に送り込んでくる櫓。

 そして、キッドたちがたたき起こされる原因となった破城鎚型の自走ゾンビが、轟音とともに外壁門へと激突する!


「攻城兵器だとっ!? ソートの話じゃまだ開発されていないはずだろう! 壁がある町なんてここくらいのもんなんだから!」

「だからこそ今作り上げたのでしょうな。敵の頭目はなかなか頭がいい様子」

「のんきなこと言っている場合かよっ!?」


 キッドが悲鳴を上げた瞬間だった。

 天から飛来した巨大な星が、健在であった櫓を瞬時に粉砕し、

 外壁から飛び降りた万次郎が、突撃をかまそうとしていた破城鎚を擦れ違い様に一閃。破城鎚を動かしていた百近い骨の足を切断し、地響きとともに破城鎚を沈める!

 それによって外壁門の被害は若干歪んだ程度で収まり、外壁上に際限なく送り込まれていたゾンビたちはひとまず補給される心配はなくなった。

 それにより、押され気味だった近衛たちも何とか巻き返しを開始し、次々と外壁上のゾンビたちを駆逐していった。

 が、


「あれがある限り、ここはもはや放棄するしかないでしょうな……」


 一番の問題である投石器は、おびただしい数のゾンビたちが埋め尽くす平原の向こう側に設置されており、破壊することは困難だった。

 おまけにあれが投げつけているのは、ただの岩ではない。


「なんだありゃ……」


 キッドが顔を引きつらせる中、飛来した投石は空中で分解。無数のゾンビとなって、エルク・アロリア中に降り注いでくる!


「嫌がらせにもほどがあるだろう!?」

「おそらくは岩の代わりに、寄り合わさったゾンビたちの塊をあの投石器で投げているのでしょう。こうもやすやすと外壁を越えられ市街地に侵入されては、近衛側としても対応しかねるようでして」

「どうしてもっと早くに起こさなかった!?」

「この状況で? たった一人の伝令兵が駆け抜けたところで、囲まれて食われるのがオチでしょう。とはいえ、ザバーナ殿もさすがに何も手を打たないわけにはいかないはず、おそらくあなたたちを起こすために兵士を派遣したはずですが……結局あなたたちは自力で起きた。それが答えです」

「クソがっ!」


 次々と残党のゾンビどもを打ち抜きながら舌打ちを漏らしたキッドは、視線操作でメニュー画面を開き、この場にログインしている面子を確認する。

 案の定、


「西部は落ちたのか?」

「シャノン殿の末期の言葉は……《ゴメン。これは無理》でしたな」

「爆死しても神器は強力なの集めておけって言っとけ!」


 案の定、ソートの世界にログインしているプレイヤーリストから、シャノンの名前は消えていた。



…†…†…………†…†…



「おぉおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 夜が明けるのを見計らい、突如として現れた見なれぬ兵器たち。

 それによって城壁が容易く蹂躙されてしまった状況を見て、ザバーナは怒号と共にメイスを振るった。

 最も激しい死骸どもの猛攻を受けた外壁門北西部は、既に死骸が山となって積みあがっており……動いているのはザバーナのみとなっていた。

 そう、ザバーナだけ。立っているのは、彼だけだった。


「リシュオン……オルファス、シュロダン、メシューリ……」


 死骸の山に埋もれ、もはやどこにいるのかもわからない、自らの同胞たち。

 自分の不出来が招いた被害の大きさに、ザバーナは目から大粒の涙をこぼす。


――油断していた。このまま勝てると慢心していた。それがこの結果を招いた。招いてしまった!


「俺を、俺を信じてついてきてくれたお前たちを……俺は、俺はっ!」


 一人の英雄の慟哭が響き渡る。

 されどゾンビたちは彼の嘆きなど知ったことではないといわんばかりに、淡々と自らの主の命を執行するため、生きとし生ける者たちに自らの呪いを振り撒くため、侵略行動を継続する。



…†…†…………†…†…



 エルク・アロリア南東部。

 この世界で最も安全と言われた都市の出入り口は今、その都市から逃げ出そうとする人々であふれかえっていた。

 地響きが響き渡るたびにびくりと震える民衆は、その不安そうな表情とは裏腹に落ち着いた雰囲気で、周囲で彼らを先導する巫女たちに従い、行儀よく門から並んで出て行っている。

 それは、天空神エアロが座すジグラッドのひざ元にすむという矜持ゆえか。

 とにかく、緊急避難はパニックが起こることなく、順調に進みつつあった。が、


『それが終わるまでに敵を押しとどめることはかないそうもないな』

「エアロ様」

『まったく。忌々しい小娘よ……』


 巫女長は、天空から届けられるエアロの言葉に打ちひしがれながら、戦塵上がるエルク・アロリア北西部を見つめた。


「この都市はもう終わりですか?」

『戯け。どちらにしろあれは小娘の癇癪だ。気が住めばすぐに死骸どもはひく。引いた後に残るのは特に荒らされることもなく残る都市だ。立て直すこと自体は難しくはあるまい』


 奴らが求めているのは、盗賊などが求める金銀財宝などではなく、人の命その物。

 逆説的にいえば、人の命以外ゾンビどもは興味がないのだ。町が荒らされることは絶対なく、そのため人さえ残っていれば立て直すことは難しくない。

 だが、


『とはいえ、このまま敗北の歴史が刻まれるのもいただけない。我は神々の長にして天空の神だ。その加護が死の女神ごときに敗北したとあっては、今後の国の運営に支障が出よう』

「では、どうされるおつもりで?」

『どうするも何もない。対策はすでに打ってある』


――あとは、あの大英雄次第だ。


 と、天空神は巫女長と共に北西部の外壁上をねめつけた。

 自らの全霊を加護として与えた、獅子殺しの大英雄を。



…†…†…………†…†…



 ソートは夢を見ていた。

 いや、夢というのはいささか語弊があるだろう。ソートが今とっている睡眠は、グレムリンが睡眠用の脳波を再現し、脳を休息させる睡眠もどき。レム睡眠による記憶の整理時に見るといわれる夢とは、また種類が別のものだ。

 あくまでこれはソートの記憶の繰り返し。今彼が一番思い出したいと思った記憶を、ダイジェストで流すだけのものだ。

 それはまだソートが現役BSOプレイヤーだった時の記憶だった。


「おぉっ! あなた方が盗賊を退治してくださる傭兵の方々ですか! お待ちしておりました!!」

「いや……」

「どうも……」


 その時のソートと、友人の勇太ことU.Tは盗賊退治の依頼を受けて、とある寒村にやってきていた。

 いたって普通な善行。後ろめたいことなど何一つない、BSOでは珍しいクリーンな依頼である。

 だが、それでもソートたちの顔色はさえない。なぜなら、


「奴らはこのあたりを根城にしている、厄介な大盗賊団でしてな。周辺の村々もしょっちゅう襲われ困っていたのです」

「そうですか……」

「他の村も傭兵を雇ったはいいものの、どうしても奴らの根城までは突き止めきれなかったとか……まったく忌々しい奴らですよ」

「………………」

「ですが、あなた方は最近名が知られ始めている腕利きだとギルドの方が言っていました! これで……これでようやくあいつらとの戦いが終わる。あの子の仇をとることができる。ありがとうございます! ありがとうございます!!」


 プレイヤーサイトにおいて、ソートたちが今回撃退する盗賊に対して暗黙の約定が結ばれていたからだ。

 曰く、撃退するのはいいが、根城までは壊すなと。

 そんなプレイヤーの暗黙の了解を知らずに、涙を流しながら何度も何度も礼を言ってくる村長に、二人はただ黙っていることしかできなかった。



…†…†…………†…†…



 人を殺した時の光景がリアルすぎるということからわかるように、BSOとはリアル準拠を旨とするゲームだ。

 ヘッドショットすれば脳みそははじけ飛ぶし、殺した盗賊が復活するなんてこともない。

 つまり、取得経験値や報酬が高い盗賊討伐クエストは、一回こっきりのサービスクエストなのだ。

 だが、ここでとある大盗賊団が出現したことで、その事情は変わった。

 それはあるプレイヤーがその事実に気付いたときから始まった。そのプレイヤーは依頼を受け、盗賊襲撃の予兆を感じ取った村から護衛を依頼され、その盗賊団を迎撃したという。

 とはいえ、そのプレイヤーはソロプレイヤーだったらしく、村に相当な被害を出しつつ辛くも盗賊団を撃退しただけ。

 当然追撃などできるわけもなく、盗賊被害を根元から断つことはかなわないまま、依頼報酬をもらってその時は不完全燃焼で終わったのだという。

 それからしばらくして、同じ盗賊団からの襲撃が別の村で起こった。

 今度こそっ! とそのプレイヤーは意気込み武器をとったのだが、その時依頼報酬が上がっていることに気付いた。

 それは、一度撃退に失敗の報告を受けたがゆえに、傭兵ギルドが脅威度判定を上げ、報酬の増額がされたのが原因だったのだが……それをみて、そのプレイヤーは思いついてしまったのだ。

 悪魔のごとき考えを。


――まてよ? このまま盗賊を撃退するだけして、根城は突き止めずに放置すれば、またあいつらの襲撃が起こった時、さらに高額の報酬と共に依頼が出されるんじゃないかと?


 物は試しと、プレイヤーは自らの考え通りに立ち回り、最終的に盗賊団を放置した。

 そして撃退報酬だけをもらい再び元の拠点へと戻った。

 それからしばらくして……再び盗賊団の襲撃が起こり、報酬はまた増額された。

 その時のプレイヤーの顔は、まさしく悪魔が如き歪んだ笑みを見せていたことだろう。


――これは美味しい商売になる。


 と、プレイヤーは確信したのだ。

 やがてこの話はプレイヤーサイトによって各プレイヤーに拡散され、無限に報酬が上がるボーナスクエストとして、プレイヤー間でささやかれるようになった。


 幾人ものプレイヤーが挑んでなお倒せないという風分だけが広がり、天井知らずに上がっていく報酬たち。

 しかし、襲撃を仕掛けてくる盗賊たちは皆一律にザコ仕様のまま。それはそうだろう。来たやつらは基本皆殺し。盗賊団を潰さないようこっそり定期的に活動資金を渡すこともあったが、その時以外は鏖殺確定である。死線をくぐった盗賊として、盗賊団のメンツが成長する理由はなかった。

 やがて、あるプレイヤーと盗賊団の頭目が秘密裏に接触し、このような約定がプレイヤーサイト内で発表されるに至ったのだ。


『一、プレイヤーたちは盗賊の撃退依頼を受けても良いが、頭目とその周辺幹部には手を出さないこと。

 一、盗賊頭目は、基本的に送り込んでくるメンツを新人盗賊にのみ限定し、自らは戦場に出てこないこと(盗賊の質を上げないため)

 一、プレイヤー側は定期的に盗賊団頭目に活動資金をわたし、盗賊団がつぶれないよう尽力する事』


 こうして、盗賊たちとプレイヤーの秘密協定は結ばれ、暗黙の了解のもと互いにうまい汁をすすり合う、腐った約定が交わされることになったのだ。



…†…†…………†…†…



 ソートたちは現在、その盗賊団の撃退依頼を受けてしまったのだ。

 新人……というほど弱くはなく、ベテラン……というほどこなれてもいなかった二人にとって、高額報酬の難易度イージー依頼は願ってもないもので、仕方ないと言えば仕方ないのだが……。

 だが、かれらにこの依頼の紹介をした先輩から、かれらはきちんと言い含められていた。


「絶対にこの盗賊団だけは根絶やしにするな」


 と……。


「あの村長さん、嫁いだ娘夫婦があの盗賊団の襲撃で殺されたんだと……」

「そうか~。だからあんなに感謝していたんだな」

「……なぁ」

「ソート。言いたいことは分かるが、やめとけ。これにかかわっているのはBSOの全プレイヤーだぞ? 上に居座るトップ連中たちは大体このクエストのうまい汁の恩恵にあずかっているんだ。そんな奴らが守る連中の額を、無断でぶち抜いてみろ。先輩連中に何されるかわかったもんじゃない。なにより、間違いなく掲示板で晒される」

「わかってるけどさ……」


 気分が悪いことに違いはないだろう?

 与えられた寝床で、唸り声を上げながら転がり、不満の意を表すソートに、U.Tはため息を漏らした。

 彼とて、このような依頼に気分を良くするわけはない。無類の銃撃狂いではあるのだが、人として超えてはいけない一線くらいはきちんと守れているつもりだ。

 だが、VRMMOFPSは法律の及ばぬ無法地帯である。

 すべての法はプレイヤーが決め、NPCの事情など前時代ゲームのフレーバーテキスト程度にも考慮されないことがざらであった。

 そのような世界を知るからこそ、U.Tはただただ当たり前のことを言うように、ソートを諭すしかなかった。


「犠牲になるのはただのNPCだ。たかがゲームに、そんなに熱くなるなよ」

「……そうだな」


 たかがゲーム。この時のソートも、大多数の人間と同じように、そんな考えの元自分の不快感に蓋をした。



…†…†…………†…†…



 翌朝、盗賊が攻め入ってくる当日。

 村の中にて迎撃の準備をしていたソートたちは、盗賊が来る方向とは反対の方向の村の入り口から、ひとりのプレイヤーが入ってくるのを見た。

 それは、スレッジハンマーを背負い、デリンジャーを袖口に仕込んだ、ひとりの老兵。


「お~い。討伐依頼を出した村はここかのう?」

「あんたは?」


 一応盗賊の仲間かと警戒したソートたちは、ソートを前衛に置き、U.Tを狙撃手として村で一番高い建物の屋根に潜ませながら、老人を迎え入れる。

 幸いなことに、老人の頭上に輝くカーソルがプレイヤーを示す青だったため、老人に対する疑いはすぐに晴れた。


「悪いがこちらも入用でな。ギルドに紹介されてここに来た。参加させてくれんか?」

「ということだが?」

『渡りに船だろう? 俺達は二人しかいなくてちょい人手不足気味だったんだ。一人くらい増えてくれた方がありがたい』

「いや、有難い!」


 そう言ってカラカラ笑う老人に、ソートたちは基本的なことを聞かなかった。

 この依頼の裏を知るのか? 暗黙の了解を知っているか?

 それがこの後の大騒動につながることなどつゆしらず、ソートたちはただ当たり前の挨拶をし、


「ところで爺さん。あんた名前は?」

「おぉ、名乗るのが遅れたのう……。ワシの名前は《GGG(じーさん)》という!」

「まんまじゃねぇか!」

「凝った名前を考えるのが苦手でのう……。それにこれならだれとも被らんじゃろう?」


 互いの名前を交換し合った。ただそれだけで共同戦線の締結を結んでしまった。



…†…†…………†…†…



 老人が来てから数時間後。盗賊たちは予想通り村にやってきて、そしてあっさりと蹴散らされた。

 その時から才能を見せていたソートとU.Tの活躍もあってこそだが、それ以上に猛威を振るったのは、FPSという概念そのものに喧嘩を売っているとしか思えない、ジジイのハンマー捌きだろう。

 まさしく鬼神が如く。

 薙ぎ払われた鉄槌は情け容赦なく盗賊どもの頭蓋や肋骨を粉砕し、不意打ち気味に襲ってきた盗賊たちには、袖口に隠されたデリンジャーで対処を行う。

 どっしりと腰を据えあまり動かない地味な戦法であったが、それゆえに安定感があり、危なげなど一切感じない手慣れた戦闘風景だった。


『ありゃ、MMORPGでハンマー使いの経験をしているな。そうじゃなきゃあそこまで殺人カナヅチを綺麗に操れる理由がわからん』

「そうだな」


 そんな老人が討ち漏らした盗賊たちを、狙撃で沈黙させるU.Tの通信に返答しながら、老人とは対照的に、動き回りながら盗賊の頭蓋や心臓を撃ち抜き、確実に沈黙させていくソートは口笛を吹いた。

 爺さんのくせにやるじゃないかと。

 そんな三人の活躍によって盗賊たちの殲滅は、ごくごく短時間で終了した。

 唯一でてきた問題はというと、


「待てぇええええ! お、お前ら、プレイヤーだろう! おれはこの盗賊の幹部だっ! 約定で決められた定期報酬をもらいに来たんだよっ!」

「あぁ……」

「先輩め。はめやがったな?」


 最後の生き残りが逃走したのを見て、村を離れ近くの森で追い詰めた時、追い詰められた盗賊が、突如そんなことを言いながら喚き始めたことだろう。

 先輩曰く、この依頼では定期的に盗賊相手に報酬を支払うことが約束されていると言っていたが、まさかそれが今日だったとは、二人にとっては寝耳に水すぎる話だった。


「そういや最近、さすがに盗賊に金払うのはどうなの? という意見が噴出してきて、報酬の払い渋りが起きているとか言っていたな。報酬に関しては、月一で払っているが、払う人間はその支払日に依頼を受けた冒険者が、成功報酬から支払うってことになっているみたいだし」

「先輩それを嫌がって今回の依頼を俺達に紹介したわけか。クソッ!」


 舌打ちを漏らしながら、とにかく払わないわけにもいくまいとソートとU.Tがメニュー画面を開き、互いの所持金を確認し始めたときだった。


「ん? こやつは倒さんのか?」

「「え?」」


 心底不思議そうな老人の質問が二人に届いたのは。



…†…†…………†…†…



「えっと……爺さん。この依頼の暗黙の了解って知ってる?」

「知らん!」

「盗賊連中とうちの傭兵連中が約定を結んだっていうのは?」

「初耳じゃっ!?」


――あちゃー。


 それが老人の驚嘆の声を聴き、二人が思い浮かべた言葉だった。

 要はこの老人、プレイヤーを通さずギルドから直接この依頼を受けたらしく、この依頼の裏事情について一切知らなかったのだ。


「参ったなこりゃ」

「ソート、説明頼む」

「えぇ……オレェ?」

「仕方ないだろう。ちょっと所持金が報奨金に足りてねぇんだから。暫く待てって俺は盗賊と交渉してくる」

「仕方ないな……」


 そしてソートは、この依頼の裏事情を老人に教えることになった。

 初め聞いているうちは、下らんことを考える輩がおったもんじゃと、爺さんは呆れていたが、事がすべてのプレイヤーに波及し、公然の秘密となっていることを知ると、見る見るうちに不機嫌になり黙り込んだ。


「つまり、なんじゃ……おぬしらは頼まれた仕事をいいかげんに攻略したうえで金をもらいつづけたいからと、この盗賊たちを見逃すというのか?」

「そりゃ……まぁ」

「此の村の村長は確か、この盗賊団たちに娘夫婦を殺されたと言っておった気がしたが? ワシに依頼を頼んだギルド職員も、故郷をこの盗賊たちに焼き払われ、家族を失ったというておった。これほどの被害が出ておるのに、おぬしらはこれを見逃すというのか? それでいいと、おぬしは本気で思っておるのか?」

「……そりゃ」


 放たれた老人の問いかけに、ソートの奥歯がギシリとなった。

 いいわけがない。

 だが、所詮被害はNPCのみ。現実世界には何ら影響もない、ゲームの中で起こったただの物語だ。

 小説で非道を働く盗賊に憤ることはあったとしても、それを直々に討伐してやろうなどと考える人間は少ない。

 なぜか? 決まっている。どれほど真に迫ろうが――ゲームや小説で起こる事件は、所詮は作り話だからだ。

 本気になる方がどうかしている。対岸の火事どころか二次元の火事。それに憤ることがどれほど格好悪く、滑稽かくらい中学になれば理解している。

 だからソートはこの時確かにこういった。

 誰もが言い放ち、憤る者を嗤ってきた言葉を言ったのだ。


「所詮ゲームだろ。熱くなるなよ、爺さん」

「戯けっ! ゲームだからこそ熱くならずしてどうするっ!」

「!?」


 だが、その諦観の一言は老人の一喝によって封殺された。

 突如響き渡ったその怒号に驚いたのか、縛り上げた盗賊と交渉していたU.Tも驚いたようにこちらを振り返っていた。


「ゲームの先達が怒るからなんじゃ! こっちの方が楽に儲けられるからどうしたっ! 見たところお主らまだ若いじゃろう! なら、諦めや、割り切りはこれから現実世界でいやというほど思い知らされることになる! だからこそ……理想の自分になれるゲームだからこそ、熱くなって、理想を貫いて、自分のやりたいことをやるべきじゃろうが!」

「………………」


 その怒号に、ソートとU.Tは反論することができなかった。

 突然の怒りの発露に驚いたわけではない。


「おぬしら……こんな非道なことを行うために、このゲームを始めたのかっ! 嘆き悲しむ人々を食い物にするために、その銃を手に取ったのかっ!」

「……………………」


 その通りだと、老人の憤りに納得してしまったから、かれらは反論できなかった。

 その後、固まる二人を無視し、老人は盗賊を脅しつけて、彼らの拠点へと一人乗りこんでいった。

 その老いた……しかし、怒りと覇気にあふれる背中を見送ったソートとU.Tは、ゆっくりと顔を見合わせた後、


「……どうする?」

「どっちにしろ爺さんが乗り込めば、約定違反で盗賊たちが暴走するだろうな……。今迄みたいなうまい汁はすえなくなるだろう」

「先輩方キレるよな……」

「爺さんに罪をなすりつけるか?」

「流石にどうよ。あんな正しい説教食らっちまった相手に罪をなすりつけて、鬱憤を晴らすなんてしたら、親父とお袋に顔向けできねぇんじゃねぇ?」

「うちのオトウとオカンは、ゲーム内の事件なんて気にしないとは思うが」


 とはいえだ。

 あの説教を食らって、割と不快な気分にさせられたのは事実だった。だから、


「しゃーない。この鬱憤は盗賊ども相手に晴らしますか!」

「そーだな! どうせ陰謀が終わるなら派手に終わらせてやった方が、先輩たちのタメだしな! でかい花火でも打ち上げてやろうぜ!」


 まるで鏡でも見せられたかのように、情けない自分を突きつけられ、その自らの姿が不快だった。

 だから、その不快感を紛らわすため、ソートは二丁拳銃を構え、U.Tはスナイパーライフルを担ぐ。

 その笑顔にもう迷いはない。なぜなら、


「さて、いっちょ行くかい相棒!」

「おう! こちとら中学生よ! 中二バリバリで正義の味方をやりに行くぜ!!」


 ようやく彼らは、自分たちのやりたいことを見つけたのだから。



…†…†…………†…†…



 こうして依頼が出された周辺を荒らしまわっていた盗賊たちは、三人の傭兵によってあっけなく御用となり、その一帯を治めていた領主から三人は特別報酬をもらった。


 当然、勝手に収入源を壊滅させられたベテランプレイヤーたちはその話を聞き激怒。

 血眼になって彼らを探し始めたのだが、三人のうち一人の老人は、もともと別のゲームで積みづらかった銃撃の経験を積むためにBSOをしていたのか、それ以来めっきり顔を出さなくなった。

 必然、ベテランたちの恨みの目はソートたちに向けられることになり……。


「さぁて、どうするかなぁ相棒……」

「いい事したのに怒られるのは理不尽だな」

「おう!」

「これが義の理由のある理不尽ならまだしも、弱いモノ虐めができなくなったといわれてキレられるのは逆恨みと言えるのではなかろうか?」

「そうだな!」

「なら、反抗を。ガタガタ抜かすなと言ってやらねばならない。というわけで、俺達は俺達を狙う連中をボッコボコにする必要があるわけだが……そのための力を俺達はもっていないわけだ」

「……せやろか?」


 豪雨降り注ぐ廃墟の中、襲い掛かってきた中級プレイヤーたちの屍を足蹴にし、ソートたちは前へと進む。

 彼らの眼前に広がる高難易度フィールド。《反抗前線基地・残骸》へと。

 BSO内の設定では、はるか昔に攻め入ってきた宇宙人に対抗するために作られた基地だったといわれているが、今は暴走した自動迎撃用機械兵器と、取り残された戦闘民族宇宙人の残党が残っているだけとなっている廃墟だ。

 

 無数の巨大樹の根によって穴だらけになり、複雑怪奇な地形になり果てている基地に、ソートたちはこれから籠ろうというのだ。

 すべては、力を手に入れるために。そして、


「もう二度と、あんなダセェ真似をしなくていいようにな」

「あぁまったく。あの爺さんに乗せられてからろくなことになってねェよ?」

「でも、お前は割と楽しそうに見えるぞU.T?」

「あたりまえだろソート。なんてったってゲームは」


――熱くなって楽しむもんだ。


 二人の標語となった言葉を同時に発し、子供みたいに笑いあいながら、ベテランでも入りたがらない基地の中に、彼らは突撃した。

 その中で、ステルス迷彩装甲を持つ昆虫みたいな宇宙人子孫や、

 背中に二門の超電磁砲(レールガン)と、口から破壊光線を吐く狼型巨大機械兵器との死闘が繰り広げられることになるのだが、今回は割愛しよう。

 なぜならそれは昔話。

 今ソートが戦うべき舞台は、



…†…†…………†…†…



「……………」


 別の世界なのだから。


「あぁ、クソッ! 寝落ちしたのか……結局今どうなってるんだ!」


 視界の端に浮かぶアラームの文字を意識操作で消滅させながら、ソートは休憩していた家屋から飛び出す。

 その歩みにはもはや迷いはない。

 代わりにあるのは、


「そうだ。何言い負かされてくだらない後悔してんだ」


 犠牲が出たところで、もう失敗しているからといって、決意を揺らがせる理由にはならない。


「いつだってそうだろうが。たかがゲームだ? 熱くなるなよ? くだらねぇ」


 彼は思い出すべき言葉を、思い出したのだから。


「ゲームだからこそ、理想を目指せるんだろうが! そんな世界で、熱くならなくてどうすんだよ!」


 ゲーマーとしての、基本事項を。


中二になった理由が暴露される。


まぁ、中学二年生だから仕方ないよね!(なお現在の年齢は……。

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