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戦略シミュレーションの常識

 ふたたび日が暮れ、夜が訪れる。

 西の山脈に沈む太陽を眺めながら、外壁から下の様子を確認したシャノンは、盛大に眉をしかめた。


「体感的に減っているように見えませんね……」

「まぁ、これだけの数のゾンビですからね……」


 そんな彼女の隣で、平然とした顔をしながらグラスを拭くのはマスターだった。

 彼の周りには体力増強や、各種ステータスアップの恩恵がある御神酒が並んでおり、休憩に入った兵士たちがこぞってそれを飲みに来ている。

 幸いなことに、酒気によって酔っぱらっている人間は確認できないため、境界領域の店と同じような力を持つ結界でも張って、酔いの防止をしているのだろう。

 おかげで酒の味がする各種増強薬となり果ててしまった御神酒。マスターとしても思うところはあるのか、バッカリオンから吐き出される酒は、普段のキレがない安っぽい印象を受ける味がするものだった。

 それでも、醸造技術が未熟なソート世界にとっては上等な酒なので、兵士達は争うようにその酒を飲んでいくのだが……。


「とはいえ、攻略自体は順調です。マップを見ればゾンビたちの密度が下がっているのがわかるでしょう?」

「確かに。あれだけ丁寧に焼き払われたら、密度は下がってくるでしょうけど……」


――問題なのはこのまま終わるとは思えないことですよ。


 シャノンが漏らしたその呟きに対し、マスターは無言という返答を返した。

 つまり、肯定。

 このゲームで創出されるクエストには、必ず二つ三つの山があるものだ。

 初戦で有利を取れたからと言って、それが続くなどはまずありえない。敵方もこちらの動向を探り、何らかの対策を打ってくるのが通例である。


「というわけで、本来なら初戦はあえて不利に見せかけて、相手の親玉が油断して出てきたところを叩くというのが、こういったイベントの定石なんですが……」

「ほほほ。それでは少なからず被害が出てしまいますな」

「本当なら『問題ない。このイベントを終えたら技術革新イベント入れて、被害以上の人員を補充するから』で済むんですけど……」


――ソート君はそれを認めようとはしないでしょうね。


 そうつぶやいたシャノンの視線の先では、いまだに外壁下にで暴れまわる、豪雨を従えた死神がいた。

 雨音や雨霧によって姿を隠しつつ、急襲と離脱を繰り返すソートは、今回間違いなく最大の戦果を挙げている戦士だろう。

 おまけに彼の肉体は創世神のアバターという特注品。疲労という概念を知らず、集中力が続く限りゾンビどもと戦い続けることができる。

 もっとも、その集中力自体がそろそろ限界にきているらしく、


「あ、やべ!」

『また、ガッツリ気づかれてますよマスター! 何やってんですか!』

「仕方ないだろうっ!」


 さきほどから、不意打ちしようと背後から近づいたゾンビに振り返られ、舌打ち交じりに離脱するという動作が増え始めたが。


「下に降りた人たちはいったん下げるべきでしょうね。いくら創世神の肉体が高ステータスで、ゾンビどもの攻撃や呪いを通さず、ダメージを受けないからと言って……集中力が一昼夜続くわけではありますまい」

「そうですね~」


――その点だけで言うならば、あのAIの方が化物じみていますが。


 そう思いつつシャノンが振り返ると、そこには朝から変わらぬ大喝で部下たちに指示を出しつつ、防衛戦を継続するザバーナの姿があった。

 その立ち姿には疲労の色は見えない。

 いや、むしろ……。


「ん? 占い師殿、そろそろトーソ殿たちは限界ではないか?」

「そうですね。一時的にこっちに下がるよう指示を出すつもりですが、その間の前線維持は可能ですか?」

「無論! お任せください!」


――夜こそ、我が聖剣の真骨頂が発揮できる時間帯なので。


 そう言って不敵に笑ったザバーナは、朝よりも覇気が満ち溢れているように見えた。



…†…†…………†…†…



『マスター! そろそろ下がるべきです! いくらそのアバターが高性能だからと言って、マスターの集中力はマスター本人に依存するんですよ? 要するに、人間が半日ぶっ続けで戦いつづけられたこと自体が奇跡染みているんですっ!』

「うるせぇ、BSOじゃ、半日戦闘なんて普通だったよ……」

『過酷すぎませんか!?』


 それが廃れた原因の一つでもあるわな……。と、いろんな意味で悪い方向に凝りすぎていた古巣を思い出しつつ、ソートは内心ため息をつく。


「それに、ここで俺が引いちまったら今度はこいつら城塞に取り付いて上に登ってくるぞっ! ただでさえアンデッド系の敵は夜中に活発に活動しだすっていうのに……」


 ゾンビどもの厄介さは、死の呪いだと思っていたが、実際戦ってみてソートはその認識を改めることとなった。

 城壁に取りつかれないようにこの半日ゾンビどもを打ち払い続けたソートだが、


「こいつら、自分が死ぬことをためらってない! だから、自分が踏み台に成ろうがどうなろうが、その行動に一切の迷いがないんだ。城壁を超えるためなら、テメェらの体積み上げて道になることすら躊躇わんぞっ!」

『そりゃたしかにそうですけど』


 すでに死んでいるからか、恐怖を感じる脳すら腐らせたからか……。理由は分からないが、ゾンビたちは本来とっかかりがないはずの外壁に自らの体をぶつけ、肉体をぐちゃぐちゃに潰すことによって飛び出た骨を仲間の足場に変えた。


 あいにくとR15フィルターを切ってしまっていたがゆえに、その光景を直視してしまったソートは思わず吐きかけたが、BSOの経験がかろうじてその吐き気を抑え込んだ。

 同時に、その光景はソートに教え込んだのだ。

 決死という概念を胸に襲い掛かってくる死兵の恐ろしさを。


「あんな奴らを、上の連中に対峙させるわけにはいかない!」

『マスター……』


 ただ生者を殺す。そのためなら仲間すら肉盾にし、自らの骨肉で階段を作り上げる怪物たちは、いまの時代の人間にはあまりに荷が重すぎると、ソートは考えていたのだろう。

 だが、


『下がってください、ソートさん!』

「おまえもか、シャノン! 俺はまだだいじょう……」

『いえ、そうではなく……』



…†…†…………†…†…



「それは下界の人間を舐めすぎであろう、愚物」


 天空の王が不敵に笑った瞬間。



…†…†…………†…†…



『そこ、危ないのでさっさと逃げてください』

「え?」


 ソートが作り出した雨雲を切り裂き、月光の巨剣がソートの戦う大地に突き立った!


「―――っ!?」


 巻き上がる土煙と粉砕される大地。

 亀裂し跳ねあがる大地に巻き込まれ、ソートはそのまま無数のゾンビたちと共に天空へと放り出された!

 あんぐりと口を開けるソートを前に、大地を粉砕した光の剣はそのまま輝きを強くしていき、


「汝ら人類の仇敵なれば」


 外壁頂上にて、ザバーナの獅子から得た素材を使い作り上げたといわれる、獅子頭のメイスを抜き放ったザバーナが、高らかに歌い上げる。


「人類守護の光輝をここに――《夜天に耀く月虹の聖剣(カーミタース)》!!」


 瞬間、巨大な光剣から放たれた光の大瀑布が、天高く打ち上げられた死骸と、地上にひれ伏す死体たちを薙ぎ払う!

 光を浴び塵と化す死体たち。それを見てなお、当代の大英雄は攻撃の手を緩めなかった。


「翔けろ――《百獣の爪(ジャガル)》・《百獣の牙(イガル)》」

『久々の飯が腐肉とか……』

『文句を垂れるな。敗北した我らに贅沢は言えない……』

『爪は良いだろうがよぉ! お前食ってるわけじゃねぇもん!!』


 ギャーギャー喚きながら、ザバーナの背中に差されていた二本の大剣が勝手に鞘から飛び出し、とんでもない速さで外壁から飛び立つ。

 それらの剣は、言葉を発したことからわかるように自我を持っているようであり、先程の光から逃れ、かろうじて生き延びているゾンビどもに次々と食らいつき、その命を刈り取っていった。


 爪と呼ばれた剣は、いっそ鏡と見紛うほどの美しい断面を見せつける切れ味で骨ごと死体を両断し、

 牙と呼ばれた剣は、直撃すると同時に黒い空間を展開し、腐った死体を跡形もなく消滅させる。


 でたらめともいえるその光景に氷結していたソートは、外壁頂上が近づいていることに気付けず、頂上の床に強かに体を打ち付ける無様な着地をする羽目になった。


「いってぇえええええええええ!」

「あぁもう、何やってんですか?」

「大丈夫ですかソート様?」


 呆れたようなシャノンの声と、心配するマスターの声を無視し、獅子頭のメイスをつき戦況を眺めるザバーナにソートは食って掛かった。


「なんだあれ!?」

「なんだあれって……神器だが?」

「何で持ってんの!?」

「ザバーナの獅子を討伐するに当たり、冶金神様から頂いたのだ! あ。あの草原を掃除している二本の剣は、ザバーナの獅子の牙と爪で作り出した一級品の術具で……」

「でたらめすぎだろう!?」


 なんなら自分以上に武装が充実している可能性があるザバーナの言葉に、ソートは内心で度肝を抜かれる。

 だが、そんなソートの悲鳴を聞いてなお、ザバーナは不思議そうに首をかしげ、


「このくらいでなくては当代最強の英雄と呼ばれまい」

「…………」


 ごもっともすぎるその言葉に、ソートは沈黙を余儀なくされるのだった。



…†…†…………†…†…



――月光の加護がある限り、夜の戦闘は俺の独壇場なので、占い師殿たちはしばらく休んでおけ。


 天空から月光と共に次々に降ってくる巨大な光剣を前にし、さすがに反論する気は起きなかったソートたちは、北部西部の押さえとして残った、遠距離攻撃手段を持っているらしいシャノンとマスターを残し、ザバーナの言葉に甘えしばらく休むため外壁を降りた。

 現在は避難勧告が出されている故に人がいない、エルク・アロリア北西部。

 そこに立ち並ぶ民家は、現在近衛兵たちの駐屯基地となっており、あちこちで寝床を借り受け眠る兵士や、炊き出しを行い仲間たちに食事を配る兵士たちが見受けられる。


 だが、戦時中な上に、敵に包囲されかかっている籠城戦だというのに、かれらの顔色には絶望というものがなかった。

 それが、ソートたちがこの場にいたことによって得た成果。

 些細なことかもしれないが、この場が絶望に満ちていないという事実だけで、ソートは自らの頑張りが無駄ではなかったのだとほっと胸をなでおろした。

 が、


「さてと、万次郎にルミア……。あんたらこのイベントをどう思う?」

「ほとんどオートメイドされた試練のわりには簡単よね」

「後ろに何か控えてそうでござるな……」

「……………」


 WGOの大先輩である彼らの予想を聞き、表情を険しくした。

 同時に、ザバーナから教えられた家屋に入り、わら束がしかれた寝床へと腰かける。


「やっぱりか?」

「ソートもさすがに感じ取って入るか……」

「創世神が武力を振るえば攻略できる試練など、オートメイドでは作られません、完全ハンドメイドで、難易度を激簡単に設定しておけば可能性はありますが……」

「この十二の試練は、シャルルトルムに対抗するための英雄を作るために作ったんだろう? 難易度を落とすように設定した記憶はあるか?」

「いや、ないな」

「じゃぁ、決まりだな。どちらにしろ、この事件を起こしたラスボスが背後には確実にいるんだ。後々なんかあるっていう予想は間違っちゃいないだろう」


 ソートと同じようにそれぞれの寝床に腰かけながら、一心地ついた創世神たちは本格的に明日の会議を始めた。


「いくら神器を持っているとはいえ、今の数は俺達にとっても割とギリギリだ。強敵が現れることはもとより、これ以上増えるだけでも、防衛線は限界に到達するぞ。頭上から俯瞰できる天界にいるならまだしも、今の俺達は下界に合わせた器に入っている。そうである以上視界は当然個人単位の物になるし、見逃す敵だって出てくる」

「まぁ、創世神の超人ボディのおかげで、今はそこまで問題にはなっていないでござるが」

「魔法少女には不可能はないノラッ!」

「だよなぁ……」


――やっぱり身バレを覚悟して、ライフマッドも抜くか? でも、だれもかれもが創世神の事情を知っているわけでもないようだし、名前を呼ばれたら一発退場だしな。


 そんな風にソートが悩み始めた瞬間だった。


「そこでだ、ソート」

「ん?」

「お前……今回の試練、どのくらいの被害までなら許容できる?」

「……………え?」


 ソートにとっては信じられない。しかし、WGOの……いいや、シミュレーションゲーマーとしてはひどく当然な選択を提示してきた。

 すなわち、


「今回の試練、いったい何百人単位までで被害を抑えれば成功だと思っているんだと聞いている」

「…………………………」


 許容可能な、殺されていい人間の数を教えろと。



…†…†…………†…†…



『キッド様はうまくソート様を説得されるでしょうか?』

「さぁね……。何気にあいつは鈍いから、ひょっとしたらソートくんの考え自体に気付いていないかもしれないね」


 北部の壁には紅蓮の劫火が。

 西部の壁には巨大な濁流が現れ、ゾンビたちの進軍を妨げる。

 北部は当然のごとくマスターの御神酒が猛威を振るっているのだが、西部で猛威を振るっているのは、意外なことにシャノンの蛇口だった。

 権能解放によって幾つにも増えるようになったシャノンの蛇口は、外壁一杯に取り付けられ、数千・数万という蛇口を全力解放。滝が如き水量の放水を行い、簡易的な濁流を作ってゾンビたちを押し流しているのだ。

 おまけに蛇口から放たれる水は、シャノンの神気を帯びた聖水だ。

 ソートの豪雨と同じように、浴びただけでゾンビたちを消し飛ばす力を持つ。

 昼間の間にソートの聖水による攻撃の有効性を知ったシャノンが考えていた、彼女なりの攻撃手段の正体がこれだった。

 というわけで、何気に昼間の防衛線より余裕がある夜間の防衛戦。

 そのため、手持無沙汰になったシャノンとマスターは、眼下で悲鳴を上げる死体共を見下ろしながら、休憩に行った昼の防衛組に関して、ウィスパーチャットによる会議を開いていた。


「でも実際難しい問題よね。私自身も、正直おんなじような試練をしなきゃいけないってなった時は、切り捨てをおこなえるかどうかは自信ないもの。だから、うちの世界で行う試練は大概討伐系を避けたゆるいものだし」

『しかし、それではシャルルトルムに対抗できる強い英雄は生まれますまい。だからこそ、我々はそういったことを任せる人材を欲していた』

「身も蓋もないこと言わないでよ、マスター……」

『事実を否定してなんとします。我々は結局のところ、ソート様を犠牲にささげた側なのですよ。ソート様自身が思っている以上に、多くの面でね。もっとも、率先して戦闘系の試練を起こされる万次郎殿やキッド殿は、そんなこと考えてもいないでしょうが』


――善人ぶったところで、その事実が変わるわけでもない。と、マスターは、いつもより抑揚のない声でシャノンを諭す。そして、


『ですが、一シミュレーションゲーマーとして言わせていただきますと』

「なに?」

『ユニットの死を恐れて、だれも殺されないようにプレイするなど、あまりほめられた行いではありますまい』

「それは……」

『殺してしまったところで、『まぁ、シャーない』と割り切らなければ、われわれシミュレーションゲーマーは前にすすめますまい』


 こういったゲームは、いくつユニットの屍を積み上げるかが肝要ですので。と、氷のような冷たい声で、マスターはそう言い切った。



…†…†…………†…†…



「ふ、ふざけんな! 殺されていい奴なんているかっ!」

「バカかお前は。異世界秦腔がある以上、WGOは戦略シミュレーションゲームの側面を持っているんだぞ?」


 思わず怒鳴り声をあげて立ち上がるソートに対し、キッドはあくまで冷静に……というよりも、ごく普通のことを言ったような声音で、怒鳴ったソートに対し首をかしげた。


「戦略ゲームじゃよくあることだろうが? 兵隊を率いてる将軍のユニット同士をぶつけて、結構な数の兵隊減らしながら、まぁこのくらいの数の減りなら問題ないだろう……と割り切りながら進めるのがシミュレーションゲームだ。被害を出さずに戦争しようなんて、創世神だからっておこがましいにもほどがあるだろう?」

「おこがましくて結構だ! 朝からずっと見ていただろう! このゲームのAIたちは生きているんだぞっ! ほとんど人間と変わらない人生を送ってきた人たちだ! それを犠牲にすることを許容するなんて、俺にはできない!」

「何言ってんだお前?」


 心底理解に苦しむと言いたげに、キッドは肩をすくめて言い放つ。


「たかがAIだろうが。相方のサポーター相手ならまだしも、対して縁もないAIに肩入れして、ゲームの攻略ができるかよ。本当に創世神にでもなったつもりか、お前は?」

「――っ!」

「ソートくん!」


 荒々しく立ち上がり、キッドの胸ぐらをソートが掴む。

 だが、かれらの間に素早く星の杖が差し込まれることによって、暴力沙汰は何とか回避された。


「くだらないことで喧嘩しない!」

「くだらない? これがくだらない理由だっていうのか先輩!」

「実際下らんだろう? 何熱くなってんだ」

「AIを犠牲にしてでも試練を成し遂げようなんて、シャルルトルムと変わらんだろうが! あんたらはあいつの行いに憤ったから、こうして俺に協力してくれているんじゃないのか!?」

「あぁ。憤っているさ。たかが課金で強くなった程度ででかい顔して、このゲームのトッププレイヤーきどりなんて、業腹にもほどがあるだろう? 痛い目見せてやろうと思って当然だ」

「だったら!」

「だが……お前が思っている『あいつの行い』ってのが、サポーターをサクリファイスにかけたことを指しているなら、それは間違いだ」

「……え?」


 AIを犠牲にしたことは、憤ってはいない。そう言い切ったキッドを信じられないものを見る目で見つめた後、


「――っ! あんたらもか」

「そりゃ……ドン引きしたけど。あれ結構ひどい行為だし。おまけにサクリファイスにくべたのは、このゲームをするに当たり絶対必要なサポーターだよ? それをしたって嬉々として語れるシャルルトルムの感性は疑ったノラッ☆」

「とはいえ、所詮AIでござるしなぁ……。これから幾らでも犠牲にする存在を気遣っていては、ゲームは進まないでござろう」


 落ち着いた声音で、気にする方がどかしていると告げた万次郎とルミアに、ソートは自身が決定的な思い違いをしていることを悟った。

 彼らは他人の迷惑を顧みないシャルルトルムの態度を問題視しているのであり、サクリファイスにかけられたサポーターのために憤っていたわけではないのだと。


「お前みたいにサポーターの件に関して憤るやつってのはごく少数派だ。そしてその少数派の連中は、基本的にスローライフ的世界を作って、サポーターと仲良くしているやつらだ。きちんと英雄作って異世界侵攻に備えているやつらは、全員が知っているよ。『そんなこと気にしても仕方ないだろう』ってな」

「そんな……」


 唐突につきつけられたその事実に、ソートは思わずキッドの胸ぐらから手をはなし、自らの寝床に崩れるように座り込んだ。

 だったら……だったら俺は、俺の目標は、


「間違っているって言うのか?」

「…………」

「誰一人犠牲とせずに、英雄作って、シャルルトルムを倒して、ハッピーエンドで大団円なんて……目指しちゃいけないって言うのかよっ!」


 悲鳴のようなその問いに対する答えは、ひどく単純で明快だった。


「ベータにおいて、そんなご都合主義的な攻略ルートは発見されていない」

「っ!」

「英雄を作ろうっていうのなら、その英雄が倒すべき敵が必要だ。英雄がその敵を敵と認識するためには、そいつらが英雄の敵となりうるだけの実績が必要だ。今回は見た目が異形であるがゆえにその実績はとばされたが……」

「なにを……なにをっ!!」

「ザバーナの獅子だったか? ザバーナが倒した化物っていうのは? そいつはどうしてザバーナに討伐されたと思う?」

「それは……」


 言われずともわかっていた。

 だからこそ目をそらしていた。

 それはきっと……。


「そいつの縄張りの近くを通った人を、襲いでもしたんだろうさ。犠牲が出たから……だからその獅子は討伐されたんだ」

「……………」

「犠牲を出さずに攻略するだって? お前の目標はそもそも破綻している。ザバーナという英雄が、ザバーナの獅子を討伐したという事実ができた時点でな」


 キッドがつきつけたその事実に、ソートはとうとう沈黙した。


 創世神たちにあてがわれた休憩所に、痛々しい沈黙が下りる。

 結局その夜、「少し頭を冷やせ」というキッドの言葉を最後に、かれらが再び会話をすることはなかった……。



…†…†…………†…†…



「ふん。あの外神(とつかみ)は現実が見えていると見える。とはいえ、下界をぞんざいに扱いすぎるのはいただけぬがな」


 やはり外界の創世神も愚物であったか。と、その光景をエアロ・ジグラッドで見ていたエアロは鼻を鳴らしながら、視界を創世神たちから外す。

 もはや見る価値もないと言いたげに。


「とはいえ、これであの愚物(ソート)も現実というものを思い知ったであろう。どのような判断を下すかは知らんが、これで少しは母も動きやすくなるというもの」


――八つ当たりされる原因が減るのはいいことだ。と、瞑目したのち。


「とはいえ時は待ってはくれぬぞ愚物」


 稜線に現れた、異形の物体を見据えた。


「はっ! 初めての積み木遊びにしては上出来と言ったところか!!」


 無数の死体がより合わさり作り出された巨大建築物。

 それらの醜悪な姿に眉をしかめながら、エアロは下界の巫女に沙汰を出す。


「下界の民に告げよ」

『エアロ様?』

「エルク・アロリアを放棄し、東に位置するエリフの神峰に逃げ込めとな」

『で、ですがまだ、町は陥落しておりません!』

「時間の問題であろうよ」


 此度の首謀者が出座した以上はな。

 エアロがそう言った瞬間だった。

 エルクアロリアを照らす日が昇り、稜線を明るく照らし出した。

 そこにあったのは、死体を素材に作り上げられた幾つもの攻城兵器。


 単純に弓を巨大にし、死骸の巨腕に弦を引かせるバリスタ。

 無数のゾンビたちが上に登っている櫓。

 巨大な動物の頭蓋骨を素材に、一本の杭に仕立て上げた、無数の足が生え自走する破城鎚。


 醜悪な攻城兵器の数々の背後には、いくつもの死骸がより合わさられることによって作り出された、黒い毛皮で外見を整えた巨大なジャッカルと、その背中にぺたりと座る、愛らしい少女の姿があった。


 少女はエアロの視線に気づいたのか、屈託のない笑みと共に元気に手を振り、


「神様ぁ! みていてね! たくさんたくさん、殺すからねッ!」


 無邪気な声音でそう言い放った。

 少女の宣戦布告を聞き、エアロは口元に凶悪な笑みを浮かべ、その加護をザバーナに振り分ける。


「よかろう小娘。神の先達として、この我が常識と躾をくれてやろう!」


 正しい知恵を与えられなかった、哀れな女神に対する沙汰を下すために。


ようやく、犠牲が出るのは免れない教えられたソート。

はたして彼はどう判断を下すのか……。


何気に難産でした……主人公完全に痛い子だし。


とはいえ、何事も本気でやれっていうのがGGYの教えだしね! このままいきたいと思います!


では、次回お楽しみにっ!

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