ネフィティス
深夜。
天高く上った月が、篝火がたかれたエルク・アロリアを見下ろす中、外壁上には無数の兵士が立ち並び、じりじりとにじり寄ってくる死骸たちの動向を監視していた。
その中央にすわり、エルク・アロリア周辺を描いた石版を囲むのは、当代の英雄ザバーナと、六人の創世神たち。
「結果から言うと、ありゃザコだな……。殺し方はふつうの人間と変わらん。頭と心臓。どっちかを潰せば動かなくなる」
「死んでいるのに、殺すというのはいささか語弊があるだろうがな」
マスターが出した酒をカッくらいながら、死骸の殺し方を報告するキッド。その報告に一つ安堵の息を漏らしながら、それでも問題はあるとザバーナは次の報告をしようとしている万次郎に目を向けた。
「逆に言えば、物理打撃という手段においてはそのくらいしか奴らを討伐する方法はない。腕や足を斬りおとしたところで、平然と動いてくるのでそのあたりは用心を」
「心得た」
「あとは、妙な呪いを持っているみたいなノラッ☆ 一流の魔法少女である私だからこそ気づけた呪いが」
「ありがとうございます。魔術師殿」
「NO!! 魔法少女!!」
頑なに自らの職業に対する認識の訂正を求めるルミアをしり目に、ザバーナは顎に手をやり、わずかに伸びてきた無精ひげをなでる。
「して、その呪いとは?」
「あの手の輩が持っているとなると、恐らくは《死》に関する呪いでしょうな。何分あれらは《死》の要素が強すぎるので」
次に予想を放ったのは、休養していた兵士たちに酒をふるまっているマスターだった。
口当たりがよく、二日酔いどころかむしろ体力を回復してくれる御神酒を、差し出される樽に補充する。そんな彼の予想に、ザバーナは顔をひきつらせた。
「死に関する呪い? 受けただけで死ぬとかいうものか?」
「それもあるでしょうが……」
「一番予想が高いのは死の感染でござるな。つまり、あの状態を他者にも移すというもの……。用心召されよ、あれらに殺されれば、恐らくはあれと同じ無残な姿に変わり果てることになりましょうぞ?」
そして、止めと言わんばかりに放たれた万次郎の予測に、さらにザバーナの顔が引きつる。
そんな彼らの話を聞きながら、ひとりさびしく水を飲む少年がいた。
というかソートだった。
ソートは先ほどの威力偵察に結局参加できなかったため、今回のゾンビに関する情報開示に混じることができなかったのだ。
当たり前である。弾丸一つ放っていないソートが、ゾンビたちに関する情報を持っているのは設定的におかしすぎるので。
というわけで、ソートは現在死んだ目をしながら未成年ゆえに酒も飲めず、ちびちびと水に口をつけていたのだ。
「いやぁ、盛り上がっていますね! ささ、トーソさんお代わりですよ?」
「お前俺にどんだけ水を飲ませる気だよ?」
城壁頂上に設置された矢防用の突起に、蛇口を取り付けたシャノンと共に。
「何をおっしゃいます! 戦時中にこんなに水を無駄遣いできるのは、すべて私のお影ですよ! 感謝してください!」
「最低ランク級の神器のくせに妙に役立ってんなおいっ!?」
「悔しい、でも水飲んじゃうって気分ですか?」
「確かにおいしいけど、これ以上はさすがに腹が破裂するわっ!」
差し出された水入りピッチャーをシャノンに押し付けながら、とりあえず居場所がなさすぎるソートは石板の円卓から立ち上がった。
「トーソ殿、どうされた?」
「やることなんて見まわりくらいしかないだろうが! 俺ここにいても仕方ないし!」
「すねた男は格好悪いぞ?」
「うるせぇ!」
キッドに図星をつかれ顔を赤くしながら、悪態とついて城壁から降りるソート。
そんな彼に苦笑いを浮かべながら、城壁上での会議は踊り続けた。
…†…†…………†…†…
城壁から降り裏路地に入ったソートは、だれも周囲にいないことを確認しながら、
「おい、シェネ」
『何でしょうかマスター』
一番気になっていることを、自らの相棒に尋ねた。
それは、
「この戦い、だれも被害を出さずに終わらせることはできると思うか?」
『……………申し訳ありませんが』
「……そうか」
下界の住むNPCに出そうな被害に関してである。
『一定面積内にいる敵の数を算出して割り出した大雑把な数でも、敵の総数は二万を超えなお増殖中。対するこちらの防衛隊は、創世神の方々を含めて二百弱。攻城戦には通常三倍の兵力が必要という話を聞いたことがあるかもしれませんが、今回の敵はその数を余裕でそろえたうえでさらに十倍した以上の数があります。普通ならば一気に揉み潰されて文明崩壊の案件です。幸いなことに当代の英雄はいくつかの神器を与えられているうえ、エアロからもかなりのバックアップを受けているようなので、攻略可能なイベントに落ち着いているようですが……完全な被害なしというのは』
「クソっ! バカか俺は……人の生き死にがかかっているっていうのに、ちょっと適当に決め過ぎた」
後悔しても、し足りない。本当に誰も被害を出さずに試練を遂行するつもりだったのなら、もっと厳しく試練の設定を決めておく必要があったのだと、いまさらながらソートは後悔する。
何もしなくても人とは簡単に死ぬものなのに、試練を決めたときの自分はゲーム気分で(実際ゲームだが)、お手軽に試練を決め過ぎたと。
――これじゃ俺もシャルルトルムを嗤えないな。
そんな考えをソートが浮かべたときだった。
『マスター。もういいのではないですか?』
「なにが?」
『所詮彼らはAI。ゲームをより面白くするための演出として生み出された、架空の生命体にすぎません。彼らが死んだところで、現実世界に何ら影響があるわけでもなく、極論すれば絶滅したとしても、マスターが責任を感じてしまうような存在ではありません。あくまで彼らは、マスターを楽しませるために存在する玩具なのですから』
「…………」
『ですから、マスターが彼らの死を疎んじる必要は……』
「その言いぐさは癪に障る。二度というなシェネ」
珍しく冷たい声音を放ったソートに、シェネは一瞬黙り込んだ後。
『すいません。出過ぎたことを言いました……』
「あ、いや……わるい。俺もちょっと言い過ぎた」
申し訳なさそうな謝罪を送ってきた。
珍しく落ち込んでいる様子の殊勝なシェネの言葉に、ソートもあわてて自らの言葉を訂正し、
「それでもさ、シェネ……。いくら相手がNPCだからって、あんまり無体を働くことはできないよ」
『マスター』
「ゲームってのは楽しくやるもんだ。SLGなんかはその代表だ。畑を育てたり、軍隊を作ったり、国を発展させたり……そのすべての根源的な目的は、今よりいい状況ってのを作って、誰かに認められたいっていうものだと、俺は思っている」
畑を育てるのは、今よりいい野菜を作って誰かに認められたいから。
軍隊を作るのは、だれよりも強い兵士を作って誰かに認められたいから。
国を発展させるのは、今よりもいい国を作って、誰かに認められたいから。
そう思いながら、ソートはいつもシュミュレーションゲームに打ち込んできた。
「大量の屍の上に強い英雄を作ったとしても、怨嗟にまみれたそんな英雄は、誰に向かっても誇れないと俺は思う。お前を作るために俺達は死んだんだなんて……そんな重荷を背負った英雄は、犠牲になった連中も英雄になった本人も、悲しすぎるだけだ。最近のVRゲームに使われる、人格があるAIならなおのことな……」
だからこそソートは自らの試練で誰かが死ぬのは嫌いだった。
許容できないとは言わない。ティアマトの時にソートは学んだ。どれほど頑張ったところで、結局このゲームのAIは死ぬのだと。
ただ、せっかく自分が幸あれと作った世界で、不幸な死に方を少しでも減らしたいと願うのは、それほどおかしなことではないだろうと、ソートは内心で独りごちた。
「なにより、人の無残な死に様を楽しむ趣味は俺にはないしな!」
『そう……ですね』
あなたはそういう人でした。と、通信越しに届けられたシェネの声は、いつもとは少し違った、弱りきったような声音だった。
――どうしたんだ?
シェネの弱気な雰囲気に、ソートは目ざとく気付いたが、次に届けられたシェネの声は何時もと変わらぬあざとさを持ち、
『ではでは、今回の試練は権能フルバーストですねマスター! 安心してください! デスペナ食らっても出資さえもらえればオールオッケーですから! そして傷付いたマスターを癒すために、ひざまくらの用意は万全!』
「そういうのはいいから、終わり次第十二の試練の改訂に取り掛かるぞ、シェネ。きちんと準備しておけよ!」
『え~。出来上がっている試練の改訂とかかなり面倒なんですけど……』
「やかましいわ! もともとはテストケースの獣の試練終ったら改訂するって話だっただろう! 改訂に必要だったイラストが来てなかったから、今まで先延ばしになっていたけど……イラストはもう来たんだし。はじまっちまった試練の改訂は無理だから今回は先送りだが、終わり次第改訂開始は決定事項だ!」
いつも通りの悪ふざけたっぷりな返答に、気のせいか? と、先程の違和感に関してソートは忘れることにした。
それが、取り返しのつかない間違いになることなど知らずに。
…†…†…………†…†…
ソートとの通話をシェネが終えた直後。
シェネは一瞬にして無表情になり、操作コンソール代わりにしていたホログラムをタップ。
自らの眷族である天空神へのチャンネルを開く。
『お前自ら我にコンタクトをとるとは、珍しいな愚かな母上よ』
「御託はいりませんエアロ」
相変わらずこちらへの嘲笑を隠さない眷族に舌打ちを漏らしつつ、シェネは端的に目的を告げた。
「あなたを出世させます。二度と、マスターが十二の試練の改訂に乗り出さないように……」
――せいぜいあなたには悪党を演じてもらいますよ?
冷たく告げた自らの母体に、エアロはただ嗤いつづける。
それがどれほど愚かな行いか知っているから……。
…†…†…………†…†…
シェネとの通信を終え、とりあえず後顧の憂いはなくなったソート。
あとは、この試練をいかにして乗り切るかという話だと……ソートは頭を悩ませる。
シェネの言うとおり、権能フルバーストは確定事項なのだが、問題なのは初めからそれをやってしまうと序盤で正体がばれて強制的に下界からBANされる可能性があるということだ。
――せめてこの時代に伝わっている俺の特徴を調べて、極力俺を想起させないような能力運用を考える必要があるんだけど。
どこかに神話を記したホントか記録媒体はないもんかね……。と、ソートが思った時だった。
「へへへ! どこ行くんだい巫女さん!」
「あぶねぇよぉ? 今近衛の連中は外の化物共につきっきりなんだから、こんなところに一人でいちゃさぁ!」
「は、離してください!」
「……………」
――わ~い。テンプレートだぁ。
と、どこかの時代劇にでも出てきそうな分かりやすい構図が浮かぶ声が聞こえてきて、ソートは思わず半眼になる。
とはいえ、見逃すわけにもいかないかと、ソートはそのまま声が聞こえてきた場所へと直行。
裏路地の、さらに奥まった場所にて見つけたその光景は予想通りすぎる物であった。
「あぁ? なんだてめぇは!?」
「俺達を誰だと思ってんだ?」
「近衛でもないひょろちんがぁ! 俺達になんか文句でもあんのかよ!」
むき出しになった刺青入りの上半身に、腰巻に隠された下半身……という、この時代の平民としては珍しくない恰好をした、目つきの悪い悪漢三人に、巫女階級の者しか着れない、繊維を編んで簡単に染められた上品な服を纏う女性が絡まれている。
そんな、古今東西ありとあらゆる物語で使われているいるがゆえに、もうちょっとマンネリ化しつつある美女との出会い風景に、ソートはそっとため息をつき。
「オリジナリティーにかける! 10点!」
「「「何点満点!? ぶふっ!?」」」
取りあえず非殺傷設定をかけたライフマッドを抜き放ち、問答無用で悪漢どもの額をぶち抜いた!
…†…†…………†…†…
「大丈夫かアンタ?」
「た、助かりました……」
土くれの弾丸をくらい、目を回して倒れ伏した悪漢どもを足蹴にしたソートは、安心したためか腰を抜かしてへたり込んだ巫女に手を差し伸べる。
巫女はそんなソートの手を取って、ゆっくり立ち上がり。
「あなたにはなんとお礼を言えばいいのか」
華のような顔を、ソートに向け微笑む。
その声を聴いたソートは、
「ん? あんた……」
「はい?」
「……あぁっ! ザバーナが応援しているアイドル――もとい、歌う巫女さんかっ!」
「ざ、ザバーナさんを知っているんですか!?」
あの鮮烈すぎる、キレッキレなザバーナのダンスと共に思い出された綺麗な歌声によって、巫女の正体を割り出した。
ちなみに、顔に関しては全く覚えていなかった。
ザバーナのキレキレダンスが、あまりに印象深かったので、彼女の顔をあんまり覚えていなかったのだ。
当代随一の美女と謳われる女性を前にして、まったくもって失礼な話だった。
…†…†…………†…†…
「ふ~ん。ってことはあんた、ザバーナを応援するためにわざわざこんな厳戒態勢の街に繰り出したのか?」
「はい。ジグラッドに来られた近衛の方の報告で、明日には開戦だと言われたので……いてもたってもいられず」
「そりゃまた何とも……」
――ファン冥利に尽きる話じゃないか。と、ソートは感心しつつ、唄巫女――ネフィティスを伴い、裏路地を抜けだした。
昼間とは違い人っ子一人いない大通り。
その大通りを悲しそうに見つめながら、護衛をお願いしたソートと会話を切らさぬように、ネフィティスは思いで話を続けた。
「ザバーナ様は、私の初めてのファンでしたから」
「そうなのか?」
「はい。あれはまだ私が新人の巫女だったころの話です……」
――どうでもいいが、初対面の俺に対して話題がないからって、思い出話語られましても。「へ~」としか言えないんだが。
と、漫画などでよくある過去の回想が苦手なソートが、ほとほと困り果てていることなど気づかずに。
…†…†…………†…†…
「はぁ……。また話を聞いてもらえませんでした」
今から二年ほど前のジグラッドにて。
持ち回り講談の担当をすることになった新人巫女――ネフィティスは、非常に困り果てていた。
理由は一つ。彼女の講談にはあまり人が集まってくれないのが原因だった。
何分彼女は新人巫女。話はたどたどしく、非常に聞き取りづらいモノであったうえ、当初の講談は、神話を語り国の成り立ちを教えることを目的としたつまらないモノであったため、いまいち一般市民に受けがよろしくなかったのだ。
圧倒的美声を持つ《教説の巫女》や、はきはきとした元気な声を町中に響かせる《天声の巫女》、臨場感たっぷりな話で神々の活躍をその場にいるかのように話す《声劇の巫女》などのような一芸があれば話も違ったのだろうが、あいにくと彼女はそのような芸はもっておらず、彼女の講談にはいつも閑古鳥が鳴いていた。
そんなある日のこと。
「天命に従ってエアロ様の巫女になったけど……私こんなんでやっていけるのかな?」
そんな後ろ向きな考えに彼女が陥った時、彼女の脳裏にちらつくのは故郷に残してきた両親の顔と、母親が歌ってくれた子守歌の旋律だった。
「あいたいよ……お父さん、お母さん」
ホームシック。後々にそう言われる症例に彼女がかかるのも仕方ないと言えた。
何分彼女はまだ若く、成人してから半年もたっていないのだ。家族がまだ恋しいのも当然と言えた。
そんな苦く、苦しい感情を紛らわすために、彼女はひとり旋律を奏で始める。
あの懐かしい子守唄。
この時代で生れ落ちたそれは、歌詞のない原始的な旋律でしかなかったが、それでもネフィティスにとってはかけがえのない故郷の思い出だ。
だから、彼女は唄い続ける。
少しでも長く、少しでも遠く、できることなら遥かと離れた故郷まで届くようにと……。そう願いながら。
そんな彼女の願いがこもった唄を聞いたのは、
「…………………っ」
「え!?」
カラリ。と、乾いた音を響かせる杖を転がした、傷だらけの一人の男性だった。
というか、
「ぐっ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
この時代では最先端の治療を受け、体中に止血用の長い葉をまかれた男は、体を支えていた杖を手放してしまい、見事に転んでしまっていた。
それに気付いたネフィティスは慌てて男に駆け寄り、痛みにびくびく痙攣する男をそっと起こし、ジグラッドの壁にもたれかけさせる。
「ぜーぜー……。い、いやすまない。盗み聞きをするつもりはなかったのだが、美しい歌が聞こえてしまって、ついな」
「ついな、じゃありませんよっ! どう見ても重傷なのに何で動いちゃうんですかっ!」
一応巫女として、人を癒す術もある程度学んでいるネフィティスは、手早く男の傷の状況をみて、傷口が開いていないか確認していく。
そんな甲斐甲斐しい彼女の確認作業を、葉で覆われていない片目で見ながら、男は小さく笑みを浮かべた。
「……何笑っているんですか!」
「いいや。あんなに悲しそうに歌っていた割には、ずいぶんと元気だと思って」
「あ……」
男にそう指摘され、ネフィティスは慌てて自らの顔に手を添えた。
そして、表情がいつも以上に固くなっていたことに気付き、そっとため息をつく。
「そんなに、私の唄は悲しそうでしたか?」
「あぁ、綺麗な歌ではあったが……なんだか、聞いているこっちが泣いてしまいそうなほどには」
「……精進が足りませんね。あの唄は、幼い子供が無事に育つように唄われる、願いの唄なのに」
「そうなのか?」
「はい。私が聞いたあの唄は、希望と明るい何かに満ち溢れたものでしたよ」
「そうなのか……」
そして一通り確認作業を終えたネフィティスに、男は提案した。
「では巫女殿。わがままだとは承知しているが、俺にその希望が満ち溢れた唄とやらを聞かせてくれないか?」
「え?」
「何分このありさまでな。傷がいつ治るのかどころか……きちんと体が動くようになるかどうかすら怪しいと、医者には言われていてな。正直病室で寝ているだけでは気が滅入っていたところなのだ。だから、唄でもいいんだ。どうか俺に、希望を与えてほしい」
「…………………」
そう言って伸ばされた男の手が震えているのを、ネフィティスは見逃さなかった。
自分の二倍は大きな体を持つのに、傷がないばしょの体つきをみるかぎり、かなり鍛えているであろう戦士だろうに……。
それでも男は怯えていた。
体に刻まれた無数の傷が、自らを殺すのではないかと。
「……わかりました」
だから、ネフィティスは大きく息を吸い込んだ。
自らが未熟であると分かっている。
だがそれでも彼女は巫女だった。
神に寄り添い、神にかしずき、それによって多くの人々を導くことを義務付けられた天命を得たもの。
――迷える信徒がいるのならば、何を使ってでも救って見せるのが、巫女の本分です。
そんな覚悟と共に、彼女の口から紡ぎだされた唄は、穏やかに、しかし明るく……それでいてエアロに届くほど軽やかに、ジグラッドの内部を駆け抜けた。
…†…†…………†…†…
「―――――――――――――♪」
「……………」
歌い終わる。同時に閉じていた目をネフィティスが開くと、
「っ! な、なんで泣いて!?」
「いいや。すまない。ありがとう……悲しかったわけじゃない。ただ、ただ……生きていける希望をもらえた。だから、多分泣くほどうれしいんだ。だから、ありがとう。ありがとう」
ボロボロと、無事な片眼から涙をこぼしながら何度も何度も礼を言ってくる男に、ネフィティスは呆然とする。
それと同時に、
「こんなところにおられたのですか、ザバーナ殿!」
「このような傷で、どうしてこんなところまで……」
ネフィティスの唄を聞いて駆け付けたのか、先輩巫女たちが傷だらけの男をいたわるように肩をかし、彼が寝ていたであろう病室へと彼を運んでいく。
遠くなっていく彼の背中に、ネフィティスは最後にこう声をかけた。
「あ、あのっ!」
「………………」
「頑張ってください! 私も……頑張りますからっ!」
「あぁ、優しい巫女よ。ありがとう……」
最後にそう言って曲がり角で消える男を、ネフィティスはいつまでも見守ってた。
彼が、ザバーナの百獣王を打倒した大英雄であり、あの傷はその試練を潜り抜けたときに負った傷だと彼女が知るのは、それからしばらく先のこと。
彼女がその時の経験を生かし、講談にて唄を唄いながら、人びとの幸福を願うようになってから、一週間たったころであったという。
…†…†…………†…†…
「それ以来ザバーナさんは私の講談にいつも来てくれるようになってですね! 最近では私の唄に合わせて一緒に踊ってくれるように……聞いてます? 聞いてますっ!」
「聞いてる聞いてる」
もはやのろけ話の体を成し始めたネフィティスの過去語りにうんざりしつつ、「人に歴史ありだな……」と、ソートは内心で呟いた。
――過去回想回は苦手だが、今回の話は聞いてよかった。
と、内心で思いながら。
なぜか?
決まっている。
「ますますあの大英雄を殺したくなくなった……」
ただのドルオタではなく、恩を返すために踊り狂っていたらしいザバーナに苦笑いを浮かべながら、ソートは決意を固くした。
この戦い。たとえデスペナルティーを食らったとしても、あの傷だらけの英雄だけは守って見せると。
もっとも、
「それでですねぇ……ザバーナ様は本当にかっこよくて、特にあの背中の筋肉がいやらしいというかセクシィというか!」
――こののろけ話を聞かされ続けたら、その決意も霧散する可能性があるが……。
もはやただのセクハラでしかないザバーナのいいところ発表が聞こえぬよう、精神のファイヤーウォールを張り巡らせつつ、ソートはザバーナの元へと急ぐのだった。
とにかく、今ソートが言えることは一つだけだ。
――そういえばあの筋肉。恋愛系の手相は、いいことしか出ていなかったな。
約束された勝利の恋愛――意訳:はよ結婚しろ