知恵の果実
ソートが目を開くと、そこは見渡す限りの大平原だった。
「ここは?」
「現在私たちがいるのは、惑星にできた超大陸のとある川の河口付近。名前を付けることもできますが、いかがしますか?」
「それって最後まで残るのか?」
「βテストでは時代が進むごとにロストして、最終的に発展した文明が勝手に名前を付けちゃうことが多かったようですね。神話で大地神の名前として残されるケースもあったようですが」
「要するに名前付けても無駄ってことだろう。ならいい」
「マスター、ネーミングセンスが安直ですからね」
「まだいうかっ!」
で、俺達の目的はどこだ? と、地味に気にしていることを再三つつかれ不機嫌になりながら、ソートはあたりを見廻した。すると、
「……おい」
「はい」
「いじめじゃないかあれ?」
「社会がある限りそういったものはなくなりませんから」
「世知辛すぎないか俺の世界?」
石や木の枝を投げつけられ、原人の群れから追い出された一人の女の原人がいた。
彼女が離れたのを確認した群れはそのまま意気揚々とその場から去り、ひとり平原に残された彼女はぽつんとひとりさびしそうにたたずんだ後、あてどなくとぼとぼとどこかへ向かって歩いていく。
そのあまりに哀愁漂う背中に、
「なんだろう……こう、この世界を作った創世神としてああいう光景を見ると、ちょっとくるものがあるな」
「ですがチャンスですよっ!」
「なにが?」
何やら意気込んだ様子で手を握るシェネに、あまりに生々しすぎるいじめの風景に微妙に嫌そうな顔をしていたソートが、半眼をむける。
「いくら今の原人が原始的な思考しか持っていなくても、さすがに群れから追放されたら、自らが危機に陥っていると理解します。そして、そんな危機に陥ったところを助けてもらえたら……」
「おい、まさか……」
「そう、いまこそ神のおぼしめしを与えるとき! さぁ、迷える子羊を救うのです創世神よっ!」
ノリノリで、空を指差しながら「目指せ! 創世神の星っ!! 信者を得て本当の神様に成っちゃえば、星座的に本当に星になれるかもですよ、マスター!」と高笑いをするシェネ。そんな彼女の姿に、ソートは思わず頭を抱えてしまった。
「ん? どうしました?」
「お前が今の言葉を言ったせいで、創世神が人の弱みに付け込む詐欺師にしかみえなくなったぞ……」
「何をおっしゃいます! 人助けですよ、人助けっ! 誰に責められるいわれがありましょうっ!」
困っている人も助かって、私たちもグランドクエスト攻略ができる。まさにウィンウィンの関係です! と、シェネは熱く語る。その言動がどうにも胡散臭く、ソートとしてはいまいち彼女の言葉をうのみにできないのだが。
「まぁ、いい。どっちにしろ助けようかとは思っていたんだ。でも、いったい何ができるんだ?」
「それこそ簡単です。あのはぐれてしまった女性に、ひとりで生きて行けるだけの知恵を与えればいいのです」
「だからどうやって? まさか俺に青空教室でもしろっていうんじゃないだろうな?」
あいにくサバイバル知識なんてものは素人が聞きかじった程度しかないぞ? と、自分の知識の不備を隠すことなくつげるソートに、シェネは自信たっぷりに告げた。
「そのための権能ですよ、マスター。メニュー画面を開いてください」
「権能? なんだそりゃ」
ひとまず言われた通りソートはメニュー画面を開く。
眼前に広がったホログラム画面に描かれているのは、今彼が立っている世界の地図と、その左右に置かれた各種ボタン。そのボタン中に《権能》という項目が存在していた。
「これのことか?」
「その通り。それをダブルタップで開いてください。中に《知恵の果実》という権能があるはずです」
言われた通りボタンを押し新しい画面を開くと。確かに黄金のリンゴのアイコンが着いた、知恵の果実という項目があった。
ソートが黙ってそれを押すと、ソートの手元にアイコンと同じ黄金のリンゴが姿を現す。
「……名前からおおよその効果は分かるんだが、一応聞いておこう。いったいこれはどんな効果を持っているんだ?」
「予想された通り、このリンゴは食べた物の脳の発展を促し、高度な自意識の確立を行います。同時にこの世界を生き抜くための原始的なサバイバル知識も授け、人が文明を作る下準備をさせられるのです!」
なかなか便利な代物でしょう! と、べつに自身がすごいわけでもないのにえらそうに胸を張るシェネ。そんな彼女のお調子者っぷりに呆れつつ、
「ところでシェネ」
「はい?」
「画面右下にあるGPって項目がこのリンゴを具現化させたときごっそり減ったんだが……」
元々は一万近くあったGPがたった一個のリンゴで一千近くまで減った光景に、ソートは疑問を覚えていた。そんなソートの疑問に、シェネは特に何の感慨を見せることなく、
「あぁ、それはGPと呼ばれるこの世界の通貨みたいなものですよ。主に権能の発動によって消費され、信者からの祈りによって補充されます。補充は一度祈りをささげられるたびに一ポイント。権能による消費は使った権能によってまちまちですが……わかりやすい例を挙げると一年時間加速をするたびに、一ポイントくらい消費されます。今マスターが持っているポイントは、世界創成の折に与えられるボーナスポイントで、次からは正規手続き踏まないとポイントは増えないので注意が必要です。また、初回の時間加速は生命誕生まで絶対必要なので無料でしたが、次からは消費されるのでこちらも要注意ですよ!」
つまり……時間加速をするためにはこのGPが必要不可欠。そのほかにも、各種神様らしい力を使うためにはどうにもこのポイントが必要なようだった。それを……それをっ!
「お前は何の説明もなしに消費させたのかこのポンコツAIがぁあああああ!」
「ぎゃぁああああああああ!? イタイイタイイタイイタイ!?」
総資産が一気に十分の一に減った現状に、思わずソートがブチ切れる。
同時に怒りがこもった鼻フックデストロイヤーが炸裂し、シェネに美少女にあるまじき形相をさせつつ、彼女の体を一回転。さながら背負い投げが如き見事な軌道を描き、シェネは地面にたたきつけられた。
「だだ、だって仕方ないじゃないですかっ! 文明の発展のためには知恵の果実は絶対に必要だったのですからっ! リンゴ無しで知恵の自然発達を促すなんて真似していたら、それこそ数十万の年月が余裕でかかりますよっ!」
「だとしても一言くらい説明しろやっ! どうすんだこれ!? もう千ポイントしか残ってないぞ!? 権能画面で各種権能を見てみたけど」
「まだ八割封印状態ですよね? レベルが足りないって」
「でも使える奴もある。で、ポイント消費が一番低い奴で、《託宣》ってのがあるんだが……これ使うのに三千ポイントほど必要なんだが……」
「……安心してください、ここであの女性を信者にして朝昼晩拝むように命令した後、残ったポイントで千年時間加速させれば、たとえ信者が増えなくたって、一日三回の祈りで、三×三百六十五×三千で三百二十八万五千ポイント加算です。もとは十分取れるはずっ!」
「お前はいったいあの人に何年生きてもらうつもりなんだ……」
滅茶苦茶言ってくるシェネに心底呆れながら、ソートはため息を一つ付いた後、意識を切り替える。
やってしまったものは仕方ないと。どちらにしろ信者は必要なのだから、言われた通り知恵の果実の有効活用をしようと。
というわけで、
「まぁいい。とにかく俺はこの果実をあの人に渡してくるから、お前はついてくんな。いいな?」
「えぇっ!? どうしてですか! 私はサポートAIですよ。マスターがコミュ障だった場合も考慮して、フォローを行うためにそばにいた方がいいと」
「お前は軽薄すぎて神様の印象がない。お前みたいなの連れていたら、本当に神様かどうか疑われかねんだろうが」
「ひどいっ!? 別にこの世界にはまだ神という概念がないんだから、名乗っちゃえばこっちのもんですよ! それにわたしたちが始まりの神になるわけですから、神様のベースは私が参照されるはず。つまり、この世界の神様らしい神様は私みたいな明るくてかわいい性格になるかもしれませんよっ!」
「お前みたいな性格の神様であふれかえる世界なんて俺が嫌だわ」
とにかくここで大人しくしといてくれ! と、言われてしまえばさすがに反抗はできないのか、シェネはぶーたれながらその場に座り込みいじいじと地面に渦巻をかき始める。
そんな彼女の姿にソートは思わずため息をついた後、
「あぁ、だがまぁ……俺のためを思って案内してくれたんだもんな。鼻フックは悪かったよ」
「っ! マスター!」
「今度から梅干しにするな?」
「グリグリはいやぁあああああああ!?」
そりゃいいことを聞いた。と今後の制裁をいい笑顔で決定したソートは「ウソですよねっ! 嘘ですよねマスターっ!?」と必死にすがりついてくるシェネを振り払い、草原の向こうへと消えて言った女性原人のもとへと向かった。
…†…†…………†…†…
私が初めて私になった時の記憶に残っているのは、私の手に握られた黄金の果実の残骸と、私の目の前にたたずむ輝かしい白いひらひらをまとった雄の姿だった。
「これでいいのか? あぁ、我の言葉がわかるか?」
「は、はい。え?」
今まで使ったことがない、不思議な音が私の口から外に出た。
それが肯定の意味を示すと、なぜか私は理解ができていた。
「日本語? どうなっている? まぁいい。あとでシェネに聞けばいいか。さて、女。我は……えーと、お前に知恵を与えたものだ。えーと、仲間に追われ、孤独を強いられた女よ。あぁ……我はお前に知恵を与えた」
「知恵?」
「あぁ。そこからか……。えーっと、大いなる自然を理解し、大地と共に生きるすべだ。あとはえーと、おのがほしいものを自らの手で作り出し、大いなる災いをはねのける力だ。つまり何が言いたいのかというと、とっても便利な物なのだっ!」
「は、はぁ……」
がしりと、私の肩を掴みなにやら自慢げな態度を取られるその方に、私は思わず困惑します。いったいこの人はいったい何を言っているのでしょうか?
「ためしに今の我に対して我が何者かということを考えてみろ。きっと答えを提示してくれるはずだ」
「え?」
この人がいったい何者なのか? 言われた通り思わずそんな疑問を思い浮かべたとき、私の中で何か高速で流動し、いくつもの言葉が、概念が……私の中で生れ落ちた気がしました。
そう。突然私に話しかけてきたあげく、私の両肩をためらいもつかむこの人は!
「ふ、不審者?」
「ちょっと待て、お前はいったいどんな知恵を与えられた!?」
「もしくは強姦未遂?」
「お前はいったい俺が何に見えているんだっ!?」
も、もういい……。と、ちょっとショックを受けた様子でフラフラと私から離れていく人に、私は慌てて問い掛けます。
たとえちょっと強引な方だったとしても、いままでも似たような感じなので私としてはノープロ。あ、いえ? なんです。いままでって。今までの私は獣のような存在だった気がしてなりません。
と、とにかくなんだか助けられた気はするので、
「ま、待ってください!」
「ん?」
「名前を……せめて名前だけでも!?」
「実名を抑えて訴える気かっ!? 法治機関はまだないはずだけどっ!?」
「何言っているのかわかりませんがちがいます! 助けられた気がするので名前だけでも教えてもらおうと!」
「?」
そういう記憶だけはのこるのか? と男の人は不思議そうに首をかしげた後、
「俺の名前は玉造……じゃなかった。我がなは創世神ソート」
「創世神?」
その言葉を呟いた瞬間、私の頭の中の《知恵》とやらがささやきます。
私が立つこの大地を、空を、生き物を……すべてを作り出した存在だと。
「あ、あぁ……あぁっ!」
その事実に私は思わず膝を折ります。こんな巨大なものを作り出した存在が、目の前にいると……その事実だけで膝が折れてしまいました。
そんな私の姿を不思議に思ったのか、ソート様は首をかしげた後、
「まぁ、なんだ……なんか盛大に失敗した気はするが。女」
「ひゃ、ひゃい!」
「強く生きろ。俺が言いたかったのはそれだけだ」
そういうと、ソート様は私の目の前から姿を消しました。
あとに残ったのは、私の中で生まれ始めた知恵というものと、黄金の果実の残骸。私は果実の残骸を握り締めながら、そっと知恵の囁きに従い手を合わせ、空に向かって祈りを捧げました。
助けてくださって、ありがとうございますと。
珍しく順調に筆が進んだので投下。誤字脱字があれば報告お願いします。