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冥府の女主人

*《冥府女王》エシュレイキガル

 レア度:☆4(SR)

 神属性:冥界神

 コスト:12

 属性:秩序・悪

 声優:倖月丸餅

 イラスト:すーだらだった


 ステータス

 筋力D- 耐久D+ 敏捷D+ 魔力A++ 幸運‐ 神判EX


 保有権能

冥府の呼び声A:冥界神が持つ死という概念そのものを具現化したスキル。一定確率で、接触した相手を即死させる。AランクともなればBランク以上の幸運値を持たない限り、このスキルから逃れることはかなわない。


軍略D-:軍勢を率い戦う際に有利に戦闘を進めることが可能な知略を持つ。死霊の軍勢を総べる彼女は、生まれながらにこのスキルを保有している。が、腐った死体共が兵隊なため、突撃ぐらいしか指示が出せず、ランクは非常に低い位置になってしまっている。


死霊使い(ネクロマンス)EX:冥界神が保有する死霊を自在に操る能力。彼女に操れぬ死者はおらず、それが死した人間である限り、彼女の命令は絶対に服従させられる。唯一の例外は、後に冥界をも踏破したある英雄のみである。


神判解放:《冥界解放(くるぬす)魍魎の櫃(ぎあすく)

詠唱「さぁ、ごはんのじかんだよ、ナムルタ。すきほうだいにたべちゃって!!」

 軍神ザバーナと戦った際に率いたといわれる、魑魅魍魎の軍勢。指揮官たる白骨の怪物――ナムルタに率いられたこの軍勢は、エシュレイキガルの権能をいくらか受け継いでおり、触れた対象を即死させる《冥府の呼び声》をCランクで保有する。

 死の概念の具現化として知られる軍勢にふさわしくおどろおどろしい姿をしており、大半は腐乱した死体か白骨死体によって構成されている。


マテルアル

1:バビロニオン神話の冥界神にして、女神。唯一エアロジグラッドに上ることを許されていない冥界の女主人にして、死後の人々を冥界にて食らう女怪であるといわれている。


2:《守護神霊》として主人公の使い魔となった彼女は幼い姿をしており、愛らしい言動と、ちょっと不気味な骨の人形をいつも抱えているのがチャームポイントな美幼女である。成長した彼女では、どうあがいても生者に力を貸すことができなかったのだろう。だが、幼いからといって油断してはいけない。触れただけで相手を即死させるスキルもさることながら、彼女は基本的にさびしがり屋であり、常に気心が知れた友人を求めている。そして、彼女の友人には死者しかいない。

 つまり、彼女が仲良くなりたいと思った相手は、ことごとく死に至り冥界へと落ちるのだ。


3:神霊としてはわりと純粋な性格をしており、愛した人間を殺してしまうのもけっして悪気があったわけではない(だからこそ悪質なのではあるが)。深い仲にならない限り、彼女は主人の良き妹分として、良き隣人として、お菓子とぬいぐるみが大好きな一人の女の子として、君に力を貸してくれるだろう。


4:あと、彼女の部屋にはかわいらしいぬいぐるみとともに、芳香剤と香水を置いておいてあげると非常に喜ぶ。何分彼女の友人たちはその……なかなか個性的な体臭をしておられるので。


5:幕間物語『初めての《お友達》』クリア後解放

 わたしはさびしくてさびしくて、こわくてこわくて……。ただひとりがいやだっただけなの。

 でも、でもね……ますたーがいっしょにいてくれるから。ますたーがいっしょにわらってくれるから、わたしもうさびしくないよ。

 うん……死んでくれないのはかなしいけど、でもいいんだ。

 生きていても、マスターはわたしのいちばんのともだちだから!


 …†…†…………†…†…


 ソーシャルゲーム《《守護神霊》コレクション》wiki『エシュレイキガル』の記事より。

――占いしてくれと言われましても……。


 「さぁさぁっ!」と迫ってくるザバーナに、ほとほと困り果てた様子でソートはため息をついた。

 助け舟を求め後ろを振り返ってみるも、後にいるパトロン連中は一様に、


「なかなか面白い返しをしてくるAIだな」

「キャルル~ン☆ 予想不可能という売り文句はだてじゃないノラッ!」

「では、お手並み拝見と行きましょうか」

「ふむ。皆このまま傍観と言ったところかな?」

「私たちはあくまで視察に来ているだけですから! えぇ、関わるのがめんどくさそうとか、そんなことは考えていませんよ! まったくもって考えていませんともっ!」


――本音が隠し切れていないぞシャノン……。


 いいわけがましく言葉を並べつつ、あらぬ方向を見ながらソートに視線を合わせないパトロンたち。

 完全に見捨てられたと悟ったソートは、そっと目をつぶり、


『助けてシェネえもん!』

『まったくマスターは世話が焼けるんだからぁっ! 外のネットから手相のデータ拾ってくるので、それで占いでもしてあげてください』

『やけにうれしそうだな……』

『マスターのお役にたつのが、私の存在意義だから……。べ、べつにあなたのことが好きなわけじゃないんだからねッ!』

『俺にどういう反応を求めているんだ、そのセリフは……』


 網膜にダイレクトで送りつけてくる映像の中で、赤面したふりをしつつ人差し指をこちらに向けてくるシェネに呆れつつ、ソートは黙ってザバーナの手を取った。


「う~ん。教えてほしい将来は恋愛運か?」

「い、いや恋愛なんて……お、おこがましい!」

「そういう照れ隠しいいから」

「というか、いったい何をするつもりだ?」

「人の掌に走っている線は、その人間の将来を表しているんだよ。この線を読み解くことによって、その人間の将来をある程度予想できるのさ」

「なんと、そのような珍妙な占いが!」


 さすがは神代と言ったところか。いまだに手相という概念が確立していなかったおかげで、物珍しい占いをするとソートは妙に感心されてしまう。

 そんな純粋すぎる反応を見て、詐欺でも働いているかのような罪悪感にさいなまれたソートは、目を輝かせるザバーナから視線をそらし、差し出された彼の手へと集中する。

 同時にシェネから手相占いに使われる手相のデータが送られてきた。

 いくつかのサイトから収集したと思われる、それらの掌の模様から、今後の未来を算出しようとしたソートだが……。


「え……ちょ?」


 不吉。あまりに不吉すぎるその手相に、思わず顔を引きつらせる。


「……あんた」

「はい?」

「恋愛云々以前に大丈夫か?」

「なにが?」

「いやだって……」


 生命線が途中で消失しているんだが……。そうソートが告げた瞬間だった。


 激しい鐘の音と共に、


「敵襲ぅううウウウウウウウ! 敵襲ぅうううううウウウウウウウ!!」


 城壁に立つ監視兵の悲鳴のような叫びが響き渡ったのは。



…†…†…………†…†…



 生命線とは、掌の下から親指の人差し指側の付け根に向かって弧を描いて伸びる線のことを指す。

 この手相を見ることによってその人間が長生きするかどうかを判定するらしい。

 斬れていたりすると不吉と言われるこの手相は、じつは切れているだけでは、そこまで不吉な手相をしているわけではないという。

 キレた線の内側か外側かには必ず続きの線があり、その内外の位置によっては、病気の完治などを示す場合があるからだそうだ。

 唯一純粋に不吉なのは、生命線が完全に途中で消えている手相だと思われるが……どんな人間であれ、生命線が途切れることはあっても消失することは絶対にない。そんな手相はありえないと予測できる。

 なぜなら、手相というものは手を使い、指を稼働することによって掌が変形し模様となるものであるからだ。

 親指を一切使わない生活をしているならともかく、そうでもないなら基本的に親指を動かすたびに掌に跡は残り、生命線が形成される。上下で途切れていることはあっても、無くなるなんてことはどう考えてもあり得ない。

 だがしかし、ザバーナはその不吉な手相を持っていた。

 親指付け根に向かって伸びる生命線が、まるで消しゴムにでもかき消されたがごとく、真っ白に消えてなくなっていたのだ。

 これからお前は死ぬのだと、そう暗示せんがばかりに……。


「っ! 失礼っ!」

「あ、ちょ、待てっ!!」


 警鐘の音を聞き、とんでもない速さで城壁に向かって走り始めたザバーナを、ソートは止めることはできなかった。

 土煙と共に裏路地からいなくなるザバーナ。そんな彼の速さに呆然となったソートに、後から声がかけられる。


「追わなくていいのですか?」

「っ! あぁ、もうっ!」


 あくまで平素と変わらない声音を維持した、ザ・マスターからの問いかけだった。

 ソートはその問いに舌打ちをし、ホルスターから拳銃――ティアードロップを抜き放つ。


「こっちも外の様子を確認する。城壁飛び越えるつもりだが、ついてこれないってやつはいる?」

「ご安心を! 戦闘なんて野蛮なまねはできませんが、身体能力がばかみたいに上がっていることくらいは知っていますから!」

「戦神寄りの拙者とキッド殿は余裕でござるよ?」

「体を鍛えるのは、バーテンのたしなみですので」

「魔法少女に不可能はないノラッ!」

「そいつは上等!」


 いっそのこと安心すら覚える力強い創世神たちの返事に、ソートは苦笑いを浮かべ走り出す。

 目指すはザバーナが走り去った警鐘の音源。

 エルク・アロリアを囲む円形城壁に均等な距離で設置された五つの警鐘。

 警鐘が響き渡ってきた場所は、五つの警鐘の中で北西に位置する所。

 二本の大河に挟まれた広大な平原広がる、肥沃な牧草地帯である。



…†…†…………†…†…



 警鐘が響き渡ってから一分もたたないうちに、轟音とともに城壁下から飛び上がってきたザバーナが、涙を流しながら警鐘を叩く兵隊に合流した。


「た、だいぢょ―――っ!」

「何があった! 敵とはなんだ!」

「あ、あれぇ……あれぇっ!」


 よほど恐ろしかったのだろう。警備兵は滂沱の涙を流しながら、眼下に広がる平原の向こうを指差した。

 現代人では到底見えないであろう距離を指差していたが、仮にも彼は神代の兵士。

 下っ端と言え視力は現代人の比ではなく、平原の向こうにいる何かを的確に視認していたらしかった。

 それは、ザバーナとて同じこと。


「……なんだあれは?」


 ザバーナが見たのは平原を埋め尽くすほどの、生気を失った腐肉の塊だった。

 いいや、塊ではない。塊に見えてしまうほどに密集した、膨大な数の死体の群れ!

 それが現在平原をのろのろと移動しながら、エルク・アロリアに向かって着実に前進しつつあった!


「なんなんだ、あれはっ!」


 腐乱した人の死体までもがあったゆえに、今まで感じたことのない吐き気と怖気を感じながら、ザバーナは歯冠を鳴らした。

 同時に、彼が仕えるエアロから彼の脳裏に天啓が下される!


『迎え撃て』

「っ!」

『あの腐肉共は自らが失った魂を求めこちらにはい寄ってきている。お前たちの暖かい魂を得るために、あれはお前たちを食い殺すつもりだ』

「……啓示、確かに承りましたっ!」


――あれと戦う? 冗談だろう!?


 怖気しか感じない、半ば崩れた腐肉の軍勢たちに吐き気を催しながら、内心でザバーナは吐き捨てる。

 だがそれでも、戦わねばならない。

 ここで自らが逃げては、エルク・アロリアの市民たちが犠牲になると、彼は知っているからだ。


「おい!」

「は、はいぃいいい」

「ここの監視は俺が行う。お前は警鐘を聞き集まってくるであろう警備兵たちを整列させ、市民に避難誘導の指示を出せ。主戦場になる外壁北西部から、できるだけ市民を遠ざけるんだ」

「わ、わかりましたぁっ!」


 あの不気味な死体たちを見なくてよくなりホッとしたのか、いまだに収まらぬ涙を垂れ流しつつも、警備兵は外壁に取り付けられた階段を使い下に降りていく。

 それを見送りつつ、ザバーナは受け取った鎚を構え直し、再び警鐘を鳴らし始めた。

 これから起こる戦いを、どうやって切り抜けるか……歴戦の英雄としての頭脳をうならせながら。



…†…†…………†…†…



「なんじゃありゃ!」


 同じように、外壁へと飛び上がってきたソートたちは、ザバーナから少し離れた場所にて、その光景を見ていた。

 地平線が視認できる広さで広がる巨大な平原。

 その地平線を、不気味な死体共が埋め尽くしている異常な光景。

 その光景を見たキッドが、真っ先に言葉を放つ。


「ゾンビだぁああああああああ!」

「バイ○だぁあああああああ!」

「「B級映画だぁああああああああああ!」」

「誰がB級だ!?」


 自分の世界を勝手にB級扱いされて、思わずソートの声が荒ぶる。

 だが、そんな彼の怒声など知ったことではないといわんばかりに、キッドと万次郎はハイタッチを交わす。


「「よっしゃ殺そうっ!」」

「おい、このバカ共いますぐ帰していいかシャノン!」

「この状況じゃぁ戦力は一人でもいた方がいいだろうから、やめておいたら?」


 もはやボーナスステージと言わんばかりにはしゃぐバカ二人を指差し、ソートは思わず怒号を上げた。


「にしてもランダムで選出された敵がゾンビとはね……。ソート君も災難ね」

「そんなに面倒な敵なのか?」

「えぇ、そりゃぁもう。単体ならまだしも、軍勢ってなると、あれほど面倒かつ旨みが少ない敵はいないわ」


 そういうと、シャノンはこのゲームにおけるゾンビの扱いについて、かみ砕くような丁寧さで説明を開始した。


「ゾンビ……知っての通り腐った死体が動き出してモンスター化した輩を指すわ。このあたりは、全国共通だから知っていると思う。でね、この世界のゾンビも大多数の作品と同じで基本ザコよ」


 ゾンビの欠点一。脆い。

 腐った体を持っているのだから当然であると言えた。

 ゾンビの欠点二。弱点が多い。

 基本的にありとあらゆる攻撃で致命傷を負う。心臓と頭を潰さなくとも、動きは緩慢かつ貧弱なので、足を封じてしまえれば、それだけでもう死に体と言える。

 ゾンビの欠点三。おっそい。

 遅いではなくおっそい。そう言われるだけ彼らの動きは緩慢だ。筋肉が断絶した腐乱死体を、何らかの力で無理矢理動かしているのだ。それも当然のことと言えた。

 というわけで、単体で現れた場合ゾンビというのは敵ではない。見た目にSAN値を削られさえしなければ、対処は割と容易なエネミーである。

 おまけに、倒したところで大した経験値にはならないため、このゲーム内では英雄育成の足しにもならないハズレモンスターとしても名を馳せていた。

 が、


「数がそろった場合はその限りではないわ……」

「わかった……。ゾンビが感染するんだろう?」

「その通りよ」


 それこそが、数がそろったゾンビが厄介だといわれる所以であった。


「大多数のゾンビどもと同じように、あいつらは殺したり傷つけたりした相手を同じゾンビにしてしまう力を持っているわ。呪詛だかウィルスだかは世界によるけど……。そんな輩が大挙して押し寄せてきてみなさい。傷一つ受けただけで致命傷になる相手が、津波のように押し寄せてくるのよ? どんな英雄だって、しのぎきるのは至難の業」


 ゆえに、ゾンビの大軍イベントはこのゲームではこう言われているのだ。


『大した経験値にもならないくせに、英雄を確実に殺しに来るクソイベ』


 と。


「というわけで、普通ゾンビの大軍なんて試練にはしないで、創世神たちの憂さ晴らしがてらに行う信仰稼ぎステージとして使われるのが大半なんだよ。私たちのアバターはゾンビに攻撃食らったところで、ゾンビに成ったりしないし」

「……まじか?」

「マジだよ?」


 絶望するしかない大軍相手に、単騎で突撃かまして撃滅する創世神。

 確かにその姿を民衆に見せつければ、かなりの信仰獲得につながるだろう。

 とはいえ、今回はそのクソイベは試練になってしまっているわけで……。


「ど、どうしよう……」

「試練になっている以上、英雄に解決させるほかないよね……。私らも討伐戦に参加して、英雄をサポートするしかないでしょう?」


 シャノンのその言葉に俺はガクリと肩を落とす。そんな俺を慰めるように、マスターの手が、俺の肩に置かれた。

 こうして、俺達の今後の予定が決まる。

 創世神にとってのボーナスステージにして、英雄にとっての死地。

 ゾンビ狩りの始まりだった。



…†…†…………†…†…



――さびしいよ。暗いよ……。


 その少女は不運な少女だった。

 両親は彼女が生まれた時にはやり病で他界。

 頼れる親戚縁者はおらず、誰一人として育てるものがいなくなった赤ん坊だった。彼女は、森の中に口減らしとして捨てられた子供だった。


――つらいよ。お腹すいたよ。


 だが、森に捨てられてから三日経った頃。ひとりの老女が彼女を拾い、育て始めた。


――怖いよ、悲しいよ。


 老女は、とある事情から発狂し、ある神の天啓を授かったと錯覚していた人物だった。

 そんな彼女が得たと主張する天啓は、あまりに異端すぎ、その考えは周囲の人間に受け入れらなかった。やがて彼女は住んでいた村から追放され、森の中を一人彷徨っていた。

 彼女が思い描いた神の現身となる少女を、見つけるまでは。


――助けて。助けて。


 老女は赤ん坊に言い聞かせながら育った。

 お前は神になるのだ。我が神をその身に降ろし、地上にて苦しむ衆生を救うのだと。


――どうして誰も答えてくれないの?


 苦しみ溢れる生から――死という救済を持って、人びとを地の底へと導くのだと。

 それは即ち大量虐殺を推奨する教えだった。

 殺して殺して殺し尽くして、生きている人間をみんな死んでいる状態にせよ。それこそが唯一の救いである。と、老女は赤ん坊に言い聞かせ続けた。

 地の底にはあの方がおられるのだからと。

 人に大地を与えたもうた、英雄神がいるのだからと。

 あの方が住む地の底こそが、きっと人類の楽園なのだと。


――私が悪い子だからなの?


 老女はありったけの死を、赤子から成長した少女に見せた。

 老女の罠によってじわじわと殺した鹿を。

 肉食の獣に貪り食われる牛の赤子を。

 病によって苦しみ悶えて死んでいった一匹の鼠を。


――おばあさまの言いつけを破ったからなの?


 墓から掘り起こした腐乱した人の死体を。

 誰かを殺そうとして、返り討ちにあった間抜けな死体を。

 老女が贄として殺した、森に迷い込んだところをとらえられた、同い年ほどの少女の死にざまを。


――私が、だれも殺せなかったからなの。


 少女が物心つくころには、少女の寝床は無数の死体で埋まっていた。

 激烈な腐臭放つ死体の山こそが、彼女の原初風景。心象にまで刻まれた、彼女の世界のすべてだった。

 だが、そんなイカレタ生活はすぐに終わりを告げた。


 老女に限界が来たのだ。

 もとより彼女はかなり年老いていた。少女を五年間育てただけでも奇跡的な年齢だった。

 少女が目を覚ますと、老女はいつの間にか冷たくなっており、動かなくなっていた。

 そう、少女に食料の収集方法や、人の殺し方を伝える前に、老女は死んでしまったのだ。

 それを幸運と呼ぶべきか、それとも残酷な結末と悲しむべきか、少女にはわからなかった。

 ただ、老女を失った、何も知らない少女に待っていたのは、果実ひとつ満足にとれないという現実だけだった。


 少女は飢えた。あまりに強烈すぎる腐乱臭に、鼠一匹よってこない洞窟の中で、ひとり飢えて痩せ細った。

 やがて老女の体にハエが湧き出すころには、少女は骨と皮だけになり、もはや死を待つだけというありさまになっていた。


――助けて。助けて。助けて。助けて……。


――いやだ。やだ……やだやだやだやだ。


 何が嫌なのかわからない。ただ、彼女は寂しかった。

 自分と共にいた老女とは違い、たった一人何者にもふれあえず死んでしまうわが身が、どうしようもなく怖ろしかった。


 懇願する。哀願する。祈願する。切望する……自分をこのわけのわからない心から救う何かを、彼女はひたすら願い続けた。

 恐怖という感情の名前すら、彼女は知りはしなかったのだ。


 ただ怖いという感情を紛らわすために、彼女はひとり願い続けたのだ。

 そんな彼女の前に、


「え?」


 一枚の石板が現れるまで。



…†…†…………†…†…



 結果として、彼女はやがて死んでしまった。

 救いなどは訪れなかったのだろう。

 だがしかし、彼女は石板に導かれ到達した。

 英雄神がいる場所ではななかったが……英雄神が支える、大地の最下層へと到達してしまった。

 少女はそこで多くの仲間を作った。

 物言わぬ死体ではあったが、肉持たぬ亡霊ではあったが、そこで少女は初めて自らに触れてくれる、友人を作れたのだ。

 だからこそ、彼女は理解する。

 老女の教えは間違ってはいなかったと。

 だから、だから彼女は……。


「さぁ、行こうみんな?」


 大地に大きな穴をあけ、地の底と地上をつなげてしまった。

 そこからあふれ出る、吸い込んだだけで相手を死に至らしめる瘴気と共に、無数の死体を伴いながら、彼女はゆっくりと進み始める。


「みんなをきっと……救ってあげましょう?」


 生きている人間は苦しんでいる。死だけが安らぎになるのだと……そんな破たんした信念と共に。


ようやく冥府の女主人登場。

率いる軍勢はゾンビというね……うん。もうちょっとビジュアルどうにかならなかったのかと思う今日この頃。

それもこれも最近二期が始まった某境界都市戦線のせいですね。


??「エンタメにゾンビは必須!」


作者「っ!? だ、だれだおまえはうわなにをする~…」


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