表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/140

占星旅団

 賑やかな往来。子供たちが歓声を上げながら駆け抜け、日々の仕事に忙しい大人たちの合間を駆け抜けていく。

 エルク・アロリア最大の大通りにして、多くのテントが立ち並ぶ露点街。

 そんな賑やかな人の営みが見える、露点街の裏路地にて――一人の男がうなだれながら、六人の人間と対面して座り込んでいた

 今代の英雄にしてザバーナの名を獅子より奪い取った勇士――ザバーナ。

 今の時代に並ぶものはいないと言われた勇者が今、苦悶の表情を浮かべる。


「む、無理だと思っているが……で、できれば先程の醜態は忘れていただけると」

「お、おう……」

「金なら払う! 金なら払うから!!」

「や、やめろぉ! なんかすごい悪いことしている気になるから! 金はいらないから! あっても使い道ないしっ!」

「そんな、ではいったい何を対価に!?」


 瞬時に立ち上がり、六人の人間の先頭に立つ男――ソートの雨合羽の端を掴む動きによどみなし。BSOでかなりの戦闘経験を積んできたソートですら、避けることはかなわないその動きはまさしく英雄と呼ぶにふさわしい鋭さを持っていた。

 半泣きになりながら、縋り付くための動きでさえなければ、流石は英雄と称賛の言葉を浴びていたことだろう。


「これがトーソ殿のところの英雄でござるか?」


 そんな二人の情けない姿に戸惑った様子を見せながら、名前がばれない様にと事前に決めておいたソートの偽名を発しつつ、六人の人間の一人――ソード万次郎は首をかしげる。

 他のメンツも同じように「えい……ゆう?」と首をかしげており、早くもソートは視察の失敗の瀬戸際に立たされることになった。


――まぁ、確かに俺の目から見てもこいつが噂の難行を成し遂げた獅子殺しだとは思えんけども。


 いまだに自分に縋り付いて「後生です! 後生ですからっ!」とお願いしてくるザバーナに嘆息し、ソートはひとまず手を離してくれとお願いすることにした。


「落ち着いて、話を聞いてくれ。俺達はあんたに用があったから声をかけただけであって、あんたの趣味に口出しをするつもりもなければ、あんたがどんな醜態晒そうとそれを言いふらすつもりもない。金なんて要らないっていうのは、もとより脅しを働くつもりがないからだっ! もっと高価なものよこせって意味じゃないからなっ!」

「な、なんと! 心の広い方々だ! よかった。今まで趣味がばれたやつらは某を脅して金を巻き上げようとしたので……。それだけならまだしも、ネフィティスのファン第一号として彼女と知りあいである私を利用し、彼女を手籠めにしようとする不届きものもいて……。また隙をついて首を刎ねてやる必要がなくなったので、本当にホッとしました」

「……今物騒なことをおっしゃいませんでしたかな?」

「普通に世紀末じゃないですか……どうなっているんですかソートさん?」

「ま、まだ『目には目を』の段階なんだから仕方ないだろう!」


 原始時代なんてこんなもんだよっ! と開き直るソートに対し、マスターはやれやれと肩を竦め、シャノンは「初っ端から命の危険を感じるのですが」と、半眼を向けてくる。

 もっとも、約一名だけはその言葉に目を輝かせ、


「本当でござるか! では一手戦うために、あえて脅すという手も!」

「ルミア、よろしく」

「無駄な闘争は悪。悪は絶対許さないィイイイイイイ!」

「ぎゃぁあああああああああああああ!?」


 キッドの要請の元、ソートの背後で何かがめきめき折り畳まれる音が聞こえた気がするが、きっと気のせいだと、ソートは自らの精神安全のために背後の惨劇をあえて無視する。

 ザバーナのいかつい顔が真っ青になっているのも、きっと気のせいなのだろう。


「でよぉ、トーソ。要件を言わなきゃ話がいつまでたっても進まないと思うんだが」

「お、おう……そうだな」


 背後から溢れ、流れてくる血だまりに触れないように足の位置を何度も入れ替えつつ、ソートはまじめな表情を取り繕い、ようやく立ち上がってくれたザバーナに本題を告げた。


「この町が妙な連中に狙われているらしい。あんた防衛隊なんだろう? 俺達はその警告に来たんだ」

「……詳しく話を聞こう」


 ガチリと、ソートは目の前の男の中で何かが切り替わる音を聞いた。

 先ほどまで一人の女性の唄に熱狂していた一ファンとは違う、多くの人々の安寧を守る防人としての圧倒的な存在感が、ザバーナの体から放たれていた。



…†…†…………†…†…



「俺達は旅の占い師集団でな。とある神に仕えながら、その神の神官としての実力を積むために、いろんな人々の未来を占いながら旅をしている」

「とある神?」

「教義によってそれは教えることはできないんだ……」

「ふむ。ずいぶんとつつましい神なのだな」


 ソートの口から流れるように溢れ出す、シェネと事前に決めていた今回の設定。バビロニオン神話が多神教として確立されつつあったことも功を奏し、神の名前を告げられないといったソートを、「またぞろ新しい神が生まれたのだろう」と、ザバーナは疑わなかった。

 エアロジグラッドに奉られる主神連中――エアロ・ニルタ・シャマル・リィラのほかにも、現在では各地方において村の守り神を新たに作り奉る信仰が生まれ始めているらしい。

 エアロの目が届かなくなったため、身近に自分たちを守ってくれる神を作ろうとしたのか……それとも、生活範囲が広がり、エアロたちの信仰の総本山であるエルク・アロリアまで行くことが困難になったからか。

 理由は分からないがとにかく、その世の中の動きはソートたちにとっては好都合であった。

 今回の降臨は視察がしやすい《神霊の杯》であったがゆえに、正体をばらすわけにはいかないからだ。

 もっとも、他の五人は違う世界の創世神であるがゆえに名前など知られておらず、デスペナルティーの恐れがあるのはソートだけだが。


「して、その妙な連中とは?」

「え?」


 減点。設定の()りが不足している。どうやら、正体を誤魔化す打ち合わせはきちんとしていたらしいが、予言の内容まではきちんと考えていなかったらしい。

 ザバーナがチョット深く予言について尋ねただけなのに、あっという間のぼろを出しかけるソートに、背後から五人の創世神の冷たい視線が突き刺さる。

 その視線は痛いほど感じているのか、ソートは背中にどっと冷や汗を流しながら、なにやら胡散臭いセールスマン風の笑顔を浮かべ、必死に言い訳を重ねはじめた。


「なんかこう……そう、なんか悪い感じのドス黒ーい奴らがだな?」

「?? 盗賊か? 今までしこたま討伐してきたが?」

「あぁいや、なんというかその……そういう感じじゃなくてね?」

「じゃぁどういう感じなんだ」

「申し訳ありません。我々はまだ未熟でして……」


 しどろもどろすぎるソートを哀れに思ったのか、フードをとったマスターから助け舟が入る。

 結局自分ではどうにもできなかった事態に打ちひしがれるソートをしり目に、トークで客を楽しませる必要もあったマスターはよどみない口調で、ソートのたりていない設定にいくつかの追加事項を挟み込んだ。


「何分我が神は生まれて間もない力の弱い御仁。そしてわたくしたちも、それに準じ精度の高い予言ができぬのです。此度の予言も、旅の最中わたくし達が占星術で『エルク・アロリアを何者かが狙っている』と読めただけで、それ以外のことは何とも」

「むぅ……それでは対策のしようがない。おまけに精度が低い預言とあっては、部隊を動かすこともかなわぬ」


 こう見えて我等は多忙でな。と、少し申し訳なさそうな顔をしてくるザバーナに、逆にソートの方が罪悪感を抱く始末だ。


――スイマセン。雑な設定なせいで対策きちんと打てなくしてしまってスイマセン……と。


 エルク・アロリアの近衛隊たちは、バビロニオン地方各地に散らばりながら、多くの罪人討伐を行っている警察機構も兼ねた組織だ。

 集まれば千数百人ほどの数にはなるのだが、何分文明が発達していない状態で、千人ほどで治安維持を行うには、バビロニオンは広すぎる。

 そのためエルク・アロリア自体に残っている近衛部隊は二百人程度しかおらず、それ以外は各地の近衛部隊支部に分散されている。

 そして、少し考えればわかることだが、たった二百人で要塞都市を守るエルク・アロリア近衛隊は万年人手不足。ザバーナの厳しい訓練によって、一兵卒に至るまで人外染みた身体能力を誇っているがゆえに、交代制が取れているが、本来ならばエルク・アロリアほどの巨大都市の治安を二百人程度の人員で維持していること自体が奇跡染みた所業なのだ。

 当然のごとく、毎日その奇跡染みた所業を行っている近衛兵に、わけのわからない占いに対応するために、人員を割く余裕はない。

 だがしかし、


「私にはあなた方が嘘をついているようにも見えない」

「ほう……」


 信じる価値もない予言に対し、信じると迷いなく言い切ったザバーナに、ソートたちの背後で控えていたキッドは感心したように声を漏らした。

 ザバーナは言外にこう言ってのけたのだ。

 信じる――自分は、相手が嘘をついていないかどうか正確に見分ける目を持っていると。そういってのける英雄は少なく、またわけのわからない予言者に対し、その力を十全なく使えると信じられるほど強固な自信を持つ英雄も少ない。

 大半の凡庸な英雄は、予言者として現れた創世神を信じることなく、後々正体を知り後悔をするというのがWGOの英雄たちにおける鉄板ルートである。

 だが、目の前の男はそのルートを即座に一蹴してのけたのだ。

 それは一流の英雄になれる証。無条件で創世神の寵愛を得ても問題ない人物である証明だった。

 そのことは、キッドと同じく英雄制作に凝っている万次郎も敏感に感じとったのか、思わず刀に伸びそうになる手を必死に抑えながら、万次郎はため息を漏らした。


――惜しいでござるな。神格が足りないがゆえに彼は軍神になるのでござろうが、惜しい。実に惜しい。これほどの益荒男、英雄にすることができれば、シャルルトルムなどおそるるに足りないだろうに。


――もしくは、拙者の世界に迎え入れたいとさえ思っている。


 彼がWGOに参戦した理由はたった一つ。幻戦で最強を勝ち取った自らに匹敵する戦士を生み出し、それと戦うことで自らの剣技をさらなる高みへと到達させることなのだから。

 そんな物騒極まりない万次郎の目的を知っている他の面々は、右手を抑えながらニヤニヤする万次郎を一瞬だけ見て、即座に目をそらす。


――あぁ、また発病しているよアイツ。


 なにがとは言わない。言うまでもないだろう。あえて言ったところで、ソートのご同輩とだけしか言えないのだから。


「そ、そこでだトーソ殿」

「はい?」


 だが、万次郎が放つ物騒な空気は、


「そ、某に一つ占いをしてくれないか? それが見事あたったのならば、そなたたちの言葉を信じ部隊を動かすこともできようというもの! け、決して某とネフィティス殿が今後どうなるか知りたいわけではなく、あくまであなた方の予言の正確性を知るための試験であるからして、決して某に下心があるわけではないぞ! うん! ないからな! 決してないから」

「は、はぁ……」


 何やら乙女チックに体をもじもじさせる巨漢の男によって霧散した。

 たとえどれほどの益荒男であっても、いかような強者であったとしても、恋にもだえる巨漢の男というものを見せつけられてしまった時点で、萎えてしまうのは当然と言えた。



…†…†…………†…†…



「今回はずいぶんと多いな……」


 黄金によって作られた巨大な階段神殿――エアロジグラッド。

 その玉座に座りながら、エアロは自らの足元である、エルク・アロリアの景色を睥睨する。

 そこに現れた六人の強大な神格の気配を、彼は見逃してはいなかった。

 そんな彼の言葉に対し、第二位の座にめずらしく帰参していたシャマルは、己が神剣であるウトゥルアを地面に突き立て、柄頭に両手を添える。


「どうした、エアロ?」

「なに、再び創世神が動き出しただけよ。おそらくは試練の見物にでも来たのだろう」

「ソート様が!?」


 どこ? どこだ! と、自らの妻が世話になった創世神の姿を、必死に探そうとするシャマル。

 いつもは厳格な法の番人である彼の珍しい姿に、エアロは「フン」と鼻を鳴らしたあと、シャマルの無様をあざ笑った。


「あの程度の愚物にその入れ込みよう。お前の程度も知れたものだな」

「抜かせエアロ。お前だってソート様に作り出された者であろう? この世界に生まれたものは森羅万象があのお方の創世物。敬うのは当然だ」

「クククっ。あいにくと俺は特別性でな」


 お前たちとは違い少々出自が複雑なのさ。と、エアロはうそぶきながら、生前の仕打ちからいまいち自分に対する尊敬の念が足りない、第二位の席に座る裁判神を睨み付ける。


「まぁ、お前があいつをどう評価しようが俺には知ったことではないが……此度声をかけるのはやめておけ」

「? 何故?」

「アイツは今人に化けて下界に出てきている。正体が割れてはその体は砕け散るだろうさ。それは奴も望んではいまい」

「むぅ、高位存在には高位存在なりの不便があるというわけか。ままならんものだな。礼の一つも言っておきたかったのだが……」


 今回は見送らねばならないか。と、少しだけうなだれた後、ふと思い出したかのようにシャマルはある女神の名前を口にする。


「そういえばエアロ」

「なんだ……」

「ニルタ様には知らせなくていいのか? いまは辺境の狩人たちに加護を与えるために席を外しているが、お前ならば知らせられるだろう?」

「あの創世神狂いは、ソートの来訪など告げたらあちらの事情など気にせず即座に突貫するだろうが」

「……それもそうだな」


 ぜひ一目と。熱く、ソートと共に戦った思い出を語るニルタの姿を思い出し、シャマルはそれ以上、ニルタの名前を出すことはなかった。


――さて、此度の試練は少々厄介だぞ、愚物。


 そして再びソート探しに戻ったシャマルをしり目に、エアロは内心で舌打ちを漏らした。

 彼脳裏に思い浮かべられるのは、無数の白骨と腐乱死体に囲まれた、ひとりの少女。

 死後の安寧を押し付けられ、生涯物言わぬ死体と共に過ごした哀れな女神候補。

 無数の汚物にまみれながら、飢えて死んだ彼女の姿に吐き気を覚えつつ、エアロは小さくつぶやいた。


「此度の敵は……神霊だからな」


 いずれ冥府の女主人になる。地獄のような天命を与えられた、少女のささやか(・・・・)な復讐劇。

 その幕が、いまあがろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ