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夢から醒めて

『ご、ごほん。だいぶんグタってしまったが……とにかく、俺は創世神ソートだ。本物だからな? エアロとかいうやつのパチモンじゃないからな』

『念押しするところがさらに怪しい』

『黙ってろシェネ』

「あ、あの……もう疑っていませんので。というか、先程は失礼なことを言ってしまい申し訳ありません」


 何やらせっぱつまった様子で念押しをしてこられるソート様に、私――リィラは顔をひきつらせながら謝罪をする。

 本来なら神の託宣を疑うなどあってはならない行い。天罰を下され殺されたところで文句は言えない醜態です。とはいえ、どうやら創世神様はちょっと……他の神様とは違った感じの神様のようで、


『いや……いい。こっちも大概神様らしくないしな。本性露呈しちまった以上取り繕う必要もないだろう』

『今までちゃんと取り繕えたためしなんてないですけどね……』

『ちょっと待ってろ。後ろのバカ、サクリファイスしてくるから?』

『冗談! 冗談ですよマスター!? やめて、それだけはやめてぇえええええ!』

『何言われたってケロッとしてるお前がそれだけ嫌がるって……いったいサクリファイスってなんなんだよ』


 何やら天界にて創世神さまがドン引きしておられますが、サクリファイス? 何のことでしょうか?


『とにかく話が進まんだろうが! お前はちょっと黙ってろっ! でだ、今回お前に話しかけたのはお前に神託しなきゃならんことがあったからだ』

「神託ですか?」


 それは非常に珍しいと私は巫女長に教えていただいた神話を思い出す。



…†…†…………†…†…



 過去、いまだ人が王――エアロ様に仕えていなかった時代。創世神ソート様は娘ともいえるティアマト様を失い嘆き悲しまれていました。ですが、天にこもりティアマト様を想いソート様が泣いておられると、突然下界から笑い声が聞こえてきます。

 私がこんなに悲しんでいるのに、下で笑うものはいったい誰だ? とソート様が憤りながら下を除くと、そこには見たこともない生き物が生まれ育っていました。

 それが原始の人間。古の人。

 それを見たソート様はティアマト様そっくりであった彼らを、ティアマトの子だと悟り、いつまでも嘆いてばかりではいられないと、心を入れ替えティアマト様の子を育てるよう神々に申し付けました。

 こうしてエアロ様は天空の座へとすわり人々を統治する神へ。マルドゥック様は仕方なかったとはいえ祖母であるティアマト様を殺した罪滅ぼしのため、地底へ赴き世界が揺らがぬよう大地を支える柱となりました。

 こうして神々は人々を統治するようになり、創世神ソート様は、天界よりもはるか上――星作る海の中にて、いつでもわたくしたちを見守ってくれるようになりました。



…†…†…………†…†…



 この話で一番重要なのは、ソート様の託宣を受けたのはあくまでエアロ様であるということ。

 ソート様はその存在の位階が高すぎるあまり、直接人間に神託を下せないのではないかと、今まで姿を現したことがないソート様について、ジグラッドの神官の方々は言っておられたのです。

 が、


「あ、あのソート様。私のようなただの娘に、そのような栄誉は身に余るかと……」

『はぁ? 何それ?』

「そ、ソート様はあまりの高貴さゆえに、下界の人間に直接神託を下せないのでは?」

『??』


 何言ってんのお前? と言いたげな神託の雰囲気からして、どうやらそれは勘違いのようでした。

 ですが、だとしたら、


「あの、だったらどうして今まで神託をなさらなかったので? わりとエアロ様困っておられるみたいでしたけど?」

『え? そうなの? いや、だって何も言ってこないしさぁ……』

「…………」


 本当にこの人は私たちのことをずっと見ていてくれているのだろうか? と私が疑念を抱いたときでした。


『まぁ、エアロには「そのうち話をしに行かないと」と思っていたし、今回の件が終わったらちょっと会ってみるか。あ、その前にお前への神託だわ。いいか、心して聞けよ?』

「はぁ、いったいなんです?」

『お前の幼馴染ちょっと発狂しそうだから、会って慰めてこい。転移に関しては俺が手伝ってやるし』

「……………………………え?」


 今はもうどこにいるかもわからない……シャマルの危機の知らせ。

 それを聞いた瞬間、私は思わず飛び起き目を覚ましてしまいました。



…†…†…………†…†…



『おい……いちおう夢割引を使って格安で神託してたんだぞ。突然起きられたら料金割増……』

「は、発狂!? そんな、どうして!?」

『うん。聞いてないな? まぁ、仕方ないといえば仕方ないけど……。とにかく発狂に関してだったな? どうしても何も、あんな罪人裁きまくってちゃ、そりゃ心の一つも病むだろうよ。あいつはかなり根性ある男だが、だからと言って人の身じゃ堪え切るにも限度があるしな』


 そういうと、夢の中と変わらない大きさで響くソート様の声と同時に、私の頭の中にはシャマルが今まで歩んできた旅の記録が流れ込んできました。

 何度裁いても、何度慈悲を見せても、そのたびに裏切られる旅の記録が……。


「そんな、どうして……ひどい。どうしてこんなことを!」

『それが必要だったからと言えばそれまでなんだが、さすがにここまで苛酷だとはちょっと想定していなくてな。こりゃまずいってことで、お前を呼びつけたんだけど……』

「今シャマルはどこにいます!」

『いつも通り荒野をさまよっているさ。幸いなことにまだ罪人の気配は嗅ぎ付けていないらしい。だが、それもいつまでもつかわからない。だから今のうちに早く転移陣に』

「言われなくてもっ!」


 そう言って私はあの剣を抱えながら寝巻を着替え、すぐさま目の前に浮いた耀く円陣に飛び込もうとして、


「え?」

『あぁ?』


 無意識のうちに体が固まるのを感じました。

 動け動けと念じても、足は一歩も前に進んでくれません。


「どう……して」


 そう呟いた瞬間私は気づきました。自分の足が、ガタガタと震え始めていることに。

 自分の体にその震えが伝播していることに。

 理由はすぐにわかりました。

 私は一度……いいえ。今もなおずっと……あの人のことを、


『おい、どうした?』

『マスター、ちょっとこの子のバイタル見てください』

『医者じゃないんだ。そんなわけ分からんグラフ見せられてもなんもわからん!』

『この数値は恐怖の数値です。怯えているんですよ、この子』

『怯えている? なんで?』


 不思議そうなソート様の問いかけに、私は無意識のうちに口を開いていました。


「わ、私は……あの人を裏切ったから」

『はぁ?』

「あの人が死体だと知って、赤ん坊の体をのっとったと知って……あの人は人間じゃないって知って! 私は、怯えて……ニルタ様の後ろに隠れました」

『……………………………』

「そんな私が、いまさら会いに行ったところで……。あの人は私を許さない。裏切りの罪を、決して許してくれないでしょう。私は、私は……あの人に会ったら殺される!」

『……………………………………』

「それが、それがいまさらになって……」


――怖い。どうしようもなく……怖いんです。


 そういって震える私を、ソート様はしばらくの間黙って見つめていました。こんな情けない姿を見せてしまって、きっと私を見限られたのでしょう。

 そう思い、私が膝をつきかけた時でした。


『ガタガタ抜かすな、このバカたれがっ!』

「っ!」


 ソート様の一喝が、私の体を打ち据えました!


『普通の人間ならもうすでに壊れているところを、普通の人間ならとっくの昔に諦めて、罪人殺しまわっているところを……最後の最後であいつが踏みとどまっているのは、全部お前や家族との思い出のおかげなんだぞっ! 裏切ったからなんだ!? 怯えたからなんだ! 今もお前との思い出をよりどころにしている男に対して、殺されるかもしれないから行きたくありませんだぁ? てめぇ、それでも裸一貫で鉄との真剣勝負繰り広げる鍛冶師か! たまついてんのかコラァっ!』

『マスター。一応女の子ですからたまはついてないかと』

『やかましい! 黙ってろっ!』


――そんな理不尽な……。と、女神さまのボヤキが聞こえますが、それもすぐにソート様の怒鳴り声にかき消されます。


『お前があいつのことどう思っているのかは知らねェし、俺だってアイツの表層意識を読んだだけだ。実際深いところであの男が何を考えているかはわからねぇよ。だがなぁ、これだけは言えるぞ』


 そしてその言葉は、まるで鉄を形成する鎚が如く、


『少なくともあいつの命綱はお前だ。お前だけがあいつを救い上げられる蜘蛛の糸だ! そして、お前が持っている剣はなんだ?』


 私の心を鍛え上げました。


『誰のために、それを作った?』


 その言葉を聞くと同時に、私の体は円陣の中に飛び込んでいました。

 震えは、いつのまにか止んでいました。



…†…†…………†…†…



 燃え盛る。燃え盛る。

 赤く、紅く、朱く、赫い……。

 とうとう俺はであってしまった。

 出会いたくないと願った。出会ってほしくないと願った。出会ったら何かが壊れると分かっていたそれに。

 間に合わなかった……済んでしまった。終わってしまったその現場に。ほぼ同時に生まれた別の罪人を捕まえている間に、終わってしまったその場所に。


 虚ろな目をして俺が歩を進めると、そこにあったのは人の死体だった。

 燃え盛る劫火にあぶられ黒焦げになったもの。

 明らかに人為的外傷によって死んだ者。

 無茶苦茶にされて原型もわからない、人だった何か。

 吐き気すら湧かない。たった一人で戦ってきた俺は、そんな物すらとうに忘れた。

 ただ目の前の現実を受け入れる。

 大量虐殺をおこなったものがいるという事実を。

 こんなものを見せられてはもう情状酌量の余地などない。

 日本の法律にてらし合わせるまでもない。

 目の前の惨劇を起こし、


「おぉう? まだ生き残りがいたのか?」

「ほれ、祈ってみろよ! エアロ様、エアロ様! どうか天罰を下してくださいってなぁ!」

「見捨てられたとも知らねェでよぉ。まじめに生きてたこいつらは本当に間抜け……」

「黙れ」

「あぁ?」


 俺の目の前に無防備に立つ奴らは、


「並んでくるか? それとも一斉に来るか? それはお前たちに任せる、苦しくない方を選んでおけよ?」


 どのような法律に照らし合わせたところで、極刑以外の選択肢がないのだから……。



…†…†…………†…†…



「――っ!」


 私――リィラがたどりついたのは、真っ赤に燃え盛る集落の中心でした。

 見たことがない何かが転がっています。

 黒く墨のようになった、人のような形をした……。


「こ、これ……これ!」

『間に合わなかったか。走れっ! リィラ! 俺達がしてやれるのはアドバイスだけだが、せめて末路は見届けてやるっ!』


 生まれて初めて見る焼死体。それに震える私の脳裏にソート様の神託が授けられます。

 ですが、その隠し切れていない悲しそうな声が、逆に私を冷静にしました。

 ソート様がこの人たちの死を悼んでくださっている。だからきっとこの人たちは、エアロ様の御座へと召し上げられるはずだと信じられたから。

 だから私は走り出しました。

 走って、走って、走って、走って!

 もう助けられない人々に涙を流しながら、きっと助けて見せろと言われた人のもとへ。

 そして私は、


「あっ……」


 見つけました。見つけてしまいました。

 別れた時より背が高くなっている、

 髪はぼさぼさで髭も生えっぱなしの、

 ボロボロになった男が一人……

 悲鳴を上げる男の首を、素手で造作なく引きちぎる光景を。



…†…†…………†…†…



 極刑――死刑。

 俺――シャマルがこの旅の中で決してやらなかった刑罰。

 だが、どれほど慈悲深い法律であっても、どれほど高潔な思想であっても、虐殺を楽しむ奴らを許してやる理など、俺の知る世界では存在しなかった。

 だから殺した。殺すしかなかった。


「刑務所も、監獄も、警察も、軍隊もないこんな世界じゃ、捕まえたところで逃げられる! そして逃げた先でこいつらはまた人を殺す! あぁそうだ! 俺は間違っちゃいない! 正しいことをしたんだ! 綺麗言で人が守れるかっ! 綺麗言で平和が守れるかっ! 俺は頑張った! 殺さないように、昔みたいにみんな笑って過ごせる世界を目指して、頑張ったんだよっ! たった一人で、ただの両手で、普通の両足で、四肢が擦り切れるまで頑張っただろうがっ! 文句があるならだれか代わりにやってみろよっ! 誰か代わりに正して見せろっ! もっといい方法があるって言うなら……だれか、だれか……誰でもいいから」


――俺と代わってくれよぉ……。


 血にまみれたまま、涙を流し、俺はとうとう膝をつく。


――あぁ、もう疲れたよ。父さん、母さん、リィラ……もう、折れてもいいよな?


 そう思い、俺が目を閉じたときだった。

 柔らかい何かが、俺を抱き留めてくれた。


――なんだ一体? ここに生きているやつはいないはずだ。


 不思議に思い俺が目を開けると、そこには、


「うん。もう、いいよ。もういいよ、シャマル。今はもう、ゆっくり休んで?」


 少し成長した見なれた顔が、涙を流しながら俺に微笑みかけてくれていた。


ようやく終わりかな?

ん? 二、三話で終わるって言ってなかったかって?


ははは、何の事だかわかりませんなぁ!?(すいません

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