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水底の夢

 成人の時より三年の月日が流れた。

 その男はあまり広くない……だがしかし人一人が歩くには広すぎるエアロの支配圏を、ひとり孤独に歩き続けた。

 時には訪れた村で、盗みを働こうとしていた男をさとし、

 時には訪れた街で、ちょっとした事故で人命を奪った男をかばい、

 時にはすれ違った旅人が犯そうとした復讐を未然に止め、殺人などなんの益もないと説いた。

 だが、やがて彼は摩耗していく。

 彼の根底にあったのは、現代日本の許しの法律であった。

 罪を憎んで人を憎まず、疑わしきは罰せず、罪人にも人権を認めたものであった。

 だがしかし、この時代において彼以外に罪人を裁き、管理する者がいない時代において、その法律はあまりに優しすぎ……無力であった。


 盗みを働こうとした男は、それまでの罪を償えと彼が守った人々から暴力を受け殺された。


 事故で人命を奪った男をかばったことで、彼は被害者の家族に襲い掛かられ、


 復讐を邪魔された旅人は、すべてを知る彼を殺そうと夜襲をかけてきた。


「なんて馬鹿な奴らなんだ……この時代の人間は」


 にくい……憎い憎い憎い憎い!! 俺がこんなに苦労しているのに! 俺はすべてを棄てさせられ、こんな望んでもいないことをさせられているのに! 帰ってくるのは憎しみばかり……余計なことをするなという怨嗟の念!!

 お前たちが、お前たちが……お前たちが!! 俺の居た時代のように、自分で罪を抑制できれば、俺は平和に過ごせたのに! 神様におんぶにだっこで、今まで自力で自分を律することすらしなかった猿共のせいで、俺は両親と別れ、リィラに嫌われたというのに!


「なんで……なんでお前たちはぁあああああああッ!!」


 彼の絶叫が荒野に響き渡ったのは一度や二度ではない。

 人間が憎くて仕方ない。人の愚かさが疎ましい。

 どうして、どうして、どうして、どうして、どうしてっ!! どうして俺がこんな目に合わないといけない!! と、彼の怨嗟が天を衝く。

 だが、結局のところ彼は自らの手で人を殺すことはしなかった。不老不死の力を用いて気を殴り倒した後、憎しみの記憶を奪って逃げだした……。それだけである。

 結局彼は善人だったのだ。どれほど人を憎いと思おうとも、どれほど人をが疎ましくとも……彼を育ててくれた両親の愛情が、彼を慕ってくれたリィラの笑顔が、本物だと知っていたから。

 彼は今まで心臓に埋め込まれた神鉄の導きに従い、罪人ばかりと出会ってきた。

 そうだ、人間というものは罪人ばかりではない。罪を犯さぬものも彼の周りにはちゃんといたのだ……。

 ただ少し、ただ少し……自分は犯罪者どもと多く触れ合いすぎたから、疲れてしまっただけなんだと……理性的に判断ができてしまえる程度には、彼は理性を残していた。

 そうして彼は、暴発することもできず、人を憎むことさえ半端にしかなせず、ただ荒野を一人で歩き次の罪人のもとへ転移する時を待ち続ける。

 不老不死の体を引きずり、荒野をさまよう亡者が如く……。



…†…†…………†…†…



「ひどすぎねェ?」


 当然のごとくそれを見ていたソートは、砂嵐にシャマルが巻き込まれ視界から消えるのを皮切りに、ドン引きした声を発した。

 その顔は盛大にひきつっており、予想以上に過酷な王の試練に慄いているようだった。

 忘れているようだが……この試練は彼のてきとうな設定に肉付けが成されて出来上がった試練である。彼にこの試練をなじる権利はない……。


 というわけで、シェネもその意見に今回ばかりは同意した。


「まったくですね。いったいどこのバカが考えた試練なんでしょう? どう考えてもシャマルくん発狂一歩手前ですよ。ひどい試練を与える神様もいたもんです……。おや、そういえばここに十二の試練の写し書きが? 王の試練の作者はエート……」

「俺が悪かったですよ畜生っ!!」


 今回ばかりは全面降伏してくるソートに満足げに笑いつつ、「まぁ、悪ふざけはここまでにしておいて」とシェネは手元に出現させた十二の試練のウィンドウを閉じ、


「どうします?」

「どうしますって……どうしよう?」

「神託でも下してあげたらいいじゃないですか! がんばれがんばれって!」

「そうか! そうしよう!」

「まぁ、あんな過酷な試練をしている中で明らかに同い年程度の男の声が聞こえてきて、頑張れ頑張れとか抜かされたら私ならキレますけど」

「どーしろっつーんだよっ!」


 八方塞がりすぎる現状にソートが悲鳴を上げる中、シェネはいつの間にか作っていたと思われるメイド服を片手に、ニヨニヨ笑ってソートに迫った。


「やっぱりマスター女体化ですよ。可愛い女の子ならきっとシャマルさんも癒されてくれますって。最近人口も増えましたから《神霊の杯》用のアバターの容姿ならすぐに変えられますよ! 幸いなことにあの子の好みはリィラちゃんという参考資料があるので、好みドストライクの女の子アバターが作れますっ!」

「おまえさぁ、それ一瞬いいかもって考えちゃったけど、ばれたときショック二倍だよね? 心寄せていた女の子が実は男でしたとかそのまま闇堕ち待ったなしだよ?」

「あれぇ? にべもなく断られると思ったのですが、考慮する余地ありですか? これは相当追いつめられているみたいですねマスター。スイマセン悪ふざけで茶化しちゃって……」

「てめぇっ!?」


 からかわれたと気付いたソートが銃を抜こうとするのを見て、シェネは慌てて海底にあった岩のオブジェクトに姿を隠す。

 そして岩の物陰から顔をだしながら、女性として壊れそうな男性を励ます手段をソートに提示した。


「もう、スイマセンでしたよ、マスター! とはいえ、彼は今罪人にしか出会えない状態。何せ何もしなくても彼はオートで罪人のもとに飛ばされちゃうわけですからね……。そりゃどこかで居を構えるなんてことできるわけがありませんし、そのせいで罪人に会う比率がますます上がり、精神的に追い詰められます。ここは一度彼の癒しとなる人物に神託を与え彼に会わせればいいかと……」

「癒しねぇ……家族とか?」

「それもいいかもしれませんが……」


 そこでシェネは腕を組んで考え込み、一つの事実を告げた。


「ある意味自立しきった彼に家族っていうのはちょっと……。ソート様も成人した後、仕事で苦労しているからって『ママ~僕もうちゅかれたよ~たしゅけて~』とか言いに行けます?」

「はははは。口が裂けてもそんなことは言えねぇ! というか俺のキャラ付どうなってんだお前の中でっ!?」

「でしょう? これだけ過酷な試練に挑んでいるんです。彼だってきっと家族に会ったとしても頼ることはできないはず……」


 意外と男心について理解しているらしいシェネの言動に、ソートはちょっとだけシェネを見直した。なんやかんや言ってやっぱり人と付き合うために作り出されたAIなんだなと。

 まぁ、その感心は……。


「やっぱりここはリィラちゃんにご出座願いましょう。幸いあの子は鉄を打つ傍らで、巫女としての修行もしているらしいですから神託のGP消費も少ないですし、何より男なんて惚れた女の子が応援に来てくれたら一発でくだんない悩みなんて吹き飛ぶでしょう?」

「否定はしがたいけどもうちょっとオブラートに包んでいただけませんかねぇ!?」


 歯に衣着せぬ男の単純さに対する酷評によって即座に霧散したが……。



…†…†…………†…†…



「私は……一体どうすれば?」


 エアロ様が統治する大地において最大の規模を誇る都市国家――エルク・アロリア。

 その中央にある、夢の中で見た階段神殿(巫女長が言うには《エアロジグラッド》というらしい)を模した神殿――ジグラッドにて私――リィラはお世話になっている。

 私に与えられた天命は《神造形師》。それ即ち神が振るう道具をつくる者。

 エアロ様曰く、神は強大過ぎる力を持つゆえにそれを自由に操る手段を知らないらしい。だからこそ、権能は雑に奪われるし、エアロ様自身奪われた権能の代わりを新たに作り出すということができなかった。

 その問題を解決するためエアロ様は、シャマルとともに初めて鍛造というものを行った私に、神の道具を作り出すことをご命じになられた。

 そんなわけで私はエルク・アロリアの巫女様に連れられこのジグラッドにやってきて、日夜巫女の修行と神器の鍛造に励んでいたわけだけど……。


「どうしたのです……リィラ」

「巫女長……」


 つい数日前にようやく鍛造に成功した初めての神器――《太陽剣(ウトルゥア)》。

 エアロ様の神託を受け、巫術を使い陽光から取り出した炎。それを用いて打ち出した剣……。

 それを抱えて呆然とする私に話しかけてきたのは、長い褐色の髪をまっすぐと腰まで伸ばし、その美しい顔をいくつもの布で隠しながらやさしい目元をこちらに向けてくる巫女長――スリーニア様だった。


「私……わからないんです。この剣をどうすればいいのか」

「エアロ様のご神託についてですね……。あのお方も一体何を考えておられるのか」


 困ったものです。と、布の下で苦笑いを浮かべるスリーニア様。私も思わずそれに同意しそうになったけど、さすがにエアロ様に不遜な口をきくわけにもいかず、「い、いいえ。そのようなことは……」と言葉を濁す。

 エアロ様に意見ができるのは、生涯をかけて王に仕えると、儀式を行って誓った巫女長のみ。それ以外では神霊に登った方くらいしかエアロ様に意見できるものはおらず、その神霊もまだ狩猟女神であるニルタ様だけ。

 私ごときが彼の王に意見するなどおこがましいにもほどがあった。


「とはいえ、あの人は無意味な神託は下されません。あのお方がその剣は別の誰かのために鍛造されたというのであれば、別の誰かのために作られたのでしょう」

「でも、私は神器を作るものです。神が振るう道具をつくるものです。エアロ様や、ニルタ様が振るう道具でないというのであれば……一体これは誰のために作られたというのですか?」


 そんな私の問いかけに、スリーニア様はただ笑いそっと私の頭を撫でてくれた。


「よく思い出しなさい。あなたはその剣を作るときに、本当にエアロ様のことだけを想って剣を作りましたか? 本当にその剣のすべてをエアロ様に捧げようと考えましたか?」

「――っ!」

「もしも他の誰かのことを思ってその剣を作ったというのであれば……その剣はきっと、あなたが本当にその剣を届けたい人の物なのですよ」


 スリーニア様が言うとおり。私はこの剣を打つ時エアロ様とは違う人について考えていた。

 それは、初めて炉に火を入れ、灼熱を感じながら初めて鉄を溶かした時の経験。

 神の炎をようやく作りだし、初めての鍛造に挑む時に思い出したもの。

 炎の中で、変わるはずがなかった岩石が形を変えた時、ともに手をとって笑いあった、失ってしまった一人の少年の記憶。



…†…†…………†…†…



 その夜。私は夢を見た。

 何もない虚空を漂いながら、頭上に広がるどこまでも青い水の底を見つめる夢。

 近くにある湖に何度か潜ったことがある私は、それが水の底だということがすぐに分かった。

 問題なのは、私はその水底を……さらに下から眺めているということ。


――水底の下? 何それ? どういう状況なの?


 神秘的を通り越して異常ともいえる経験にわたしが首をかしげたときだった。


『アーアー、マイクテス。マイクテス。隣の客はよく柿食う客だ。隣の柿はよく客食う柿だ』

『マスター。噛んでる噛んでる! えらいことになってる! というか今度は押すボタン間違えていますって。なんですそれ? 狙ってるんですか? 持ち芸にするつもりですか?』

『お前、そーいうのはもっと早く言えって言ってるでしょう!?』

『マスター。怒るのは結構ですけどもう聞こえてますよっ!』

『手遅れ感が半端ないんですけどぉ!?』


――なんだこれは……?


 頭上の水底から聞こえてくる道化じみた言い合いに私が凍りつく中、水底の声は気を取り直したのかゴホンと咳払いをして、


『目覚めよ、《神造形師》リィラよ……。我が名は創世神ソート。この世界の創世神である……』

「……え、エアロ様? 今度は暇つぶしの悪戯ですか?」


 その名前の登場に信じられず、思わずもっとも近しい神様の名前を告げてしまいますが、どうやらその対応は外れだったようです。

 水底の声が絶句した気配が感じられましたので……。

 当然のごとく、さっきから聞こえてきていた女性の声はしばらくの後、笑いに変わり、


『ぷ、くくく。ま、マスター。とうとう信じてもらえなくなりましたよ? もう威厳ある神様とか諦めましょう? ニルタさんの時の活躍なんてきっと夢か白昼夢だったんですよ!』

『どっちにしろ夢だろうがぁああああああああ! もうお前黙ってろよぉおおおおおおお!!』

『はいはい。創世神に奉る(エート・ソート)!!』

『殺すっ!』


 チョットだけ泣きそうな雰囲気がにじみ出るその声は……どうやら創世神ソート様ご本人のようでした。


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