サポートAI・シェネ
世界のドコカ。此処じゃない遥か彼方。
いいや、違う。それは世界そのものであった。
「なかなか面白い試みをしますね!」
「…………」
「人から神に進化することは至難のわざ。どれほどの難行を繰り返させても、人はここには到達しえない!」
「……………」
「ならばいっそのこと初めから神と同等の権利を与えて、そのうえで難行を攻略させ魂を研磨させる。それにより仮初であった権利を本物へと変貌させ、人をこの領域に到達させる……。人をつくりかえるのではなく、人が持つ立場を……存在という概念をつくりかえる試み。流石は創世の神――《歯車仕掛けの神》! 考えることがわけわかりません!」
「雑談をしに来たわけではあるまい、《仮称108》」
ギチギチガリガリと、互いを削りあいながら回転する歯車。その軸には、一つの世界が納められた球体が据えられている。それらの歯車が数万数億とかみ合いながら回転することによって巨大な一つの人型を作り上げていた。
無数の回転する歯車によって形作られた創世の神――《歯車仕掛けの神》。彼から放たれた苛立たしげな言葉に肩を竦め、赤と白が混ざり合った不可思議な髪を持つ、白いスーツ姿の美少女が振り返った。
「はいはい、分かっていますよ、創造主様。というわけで、このゲームの趣旨はお分かりいただけましたか、新たな神霊候補様?」
「は? まるで意味が分からんのだが……」
不機嫌そうな歯車の集合体にやや引きながら、少年――玉造創人は美少女の質問に首をかしげた。そんな創人に、美少女は「ありゃ、言葉が足りませんでしたか」と、ペチリと額を叩いた後、
「では仕方ありません。事務的な説明を行うとしましょう……。ようこそ! ワールドジェネレートオンライン――《WGO》へ! わたくしはサポートAIの仮称《ダミー108》。これよりあなたのチュートリアルを担当させていただくことになるので、よろしくお願いします。さて、ここに来ていただいたあなたには何をしていただきたいのかというと……まぁ、要するにですね。あなたにはこの領域にて《歯車仕掛けの神様》から神様仮免許と、《原初の世界》を授けてもらい、仮の神様になってもらいます。そして創世神として《原初の世界》の運営を見事に軌道に乗せ、正式に神様になることを目指してもらいます。正式に神となることによって、あなたは晴れて仮の神様卒業。《歯車仕掛けの神》様の領域《根源領域》に到達することが可能になるのです。そして《根源領域》に到達することによって、あなたは真の創世の力を得る……それがこのゲームのグランドクエストです」
「なるほど。でも世界の運営を軌道に乗せるって……どうやったら軌道に乗ったって判断されるんだ?」
「信者の数……つまりは創世神とあなたのことを認める人の数が一定以上に到達することによって、世界の運営が成功したか失敗したかが判断されます。そのためにはまず世界を作ったのち命を作り出し、それが繁栄していく状態に世界を整える必要があるわけです」
「そういうことね……確かにコイツはシミュレーションゲームだ」
――ようはいかに人口を増やせる状態にするか……。そしてその増えた人々にどうやって創世神として認めてもらうか。それがこのゲーム攻略のカギになるわけだな。と、独りごちる創人をしり目に、美少女はチュートリアルを続けた。
「とはいっても、あなたはまだまだ神様仮免許。管理できる世界なんて惑星サイズのものがせいぜい。あなたはその世界での創世神として一定以上の人の信仰を得る必要があります。グランドクエスト攻略となると、目標はざっと三十億人……といったところでしょうか?」
「多くねェ?」
現状地球の総人口が三十六億人。だが、その人口に至れた理由は技術の発展による生存率の上昇があってこそ。いちから人数を増やし、そのすべてに創世の神と認められるのにどれほどの時間がかかると思っている? と創人は考える。が、
「まぁ、所詮はゲームですから。時間のスキップや、その他もろもろ……世界運営の簡略化に必要な機能はそろっていますから」
「いきなりメタいな!?」
「おっと失敬。神様の権能として時間の簡略化、千里眼等の能力は標準装備ですよ、マスター!」
「……はぁ」
そんな美少女の態度に、《歯車仕掛けの神》から、盛大なため息が漏れる。
そこから感じられる盛大な苦労人の気配に、創人は思わず顔をひきつらせた。
「では、《歯車仕掛けの神》様。どうぞこの人に世界の受領を」
「よかろう……」
だが、仕事だけは忘れていなかったのか、歯車仕掛けの神から一つの歯車が飛び出し、ゆっくりと創人の前へとやってきた。
それは創人の手のひらに収まる程度の小さな歯車。軸の代わりに据えられている世界にはいまだ何もなく、真っ白な空間だけが広がっていた。
「そこに三個の異世界ボールがあるじゃろう?」
「黙っていろ、ダミー」
「は~い」
某モンスターコレクションゲームにおける、相棒を受領されたときのテンプレートを言いかけた美少女に、《歯車仕掛けの神》からブットイ釘が飛んできた。
「では、神話となるものよ。美しき世界を作り上げて見せよ」
そして、慌てて口を閉じた美少女にため息をもらしたあと、それだけ言って、《歯車仕掛けの神》は崩壊する。
文字通りの崩壊だ。その神を形作っていた歯車たちが、突如として分解し、空中でバラバラになりながら、粒子となって消え去っていったのだ。
――なかなか派手な演出だな。と創人は、自分の頭上に降り注ぐ、光の雪を眺めながら、その美しさに唖然とする。そんな彼の感動など知ったことではないのか、空気を読まない美少女の底ぬけた明るい声が響き渡った。
「というわけで、世界観の確認はバッチリですね! では、今度はゲーム内での初期設定を行いマ~ス!」
「……はぁ。まぁ、チュートリアルで時間かけてもあれか。で、いったい何からすればいいんだ?」
「一般ゲームと同じアバターの設定やら何やらを行ってもらうわけなのですが、最初に決めていただきたいのは」
そういうと美少女は自らを指差し、
「私の名前を決めていただきます!」
「……ん? 名前? 必要か? というかダミー108じゃないのか?」
「まさかまさか! そんなふざけた名前の子がどこにいるんですかっ! その名前はあくまで仮称。我々AIを稼働前状態の時に管理しやすくするための便宜上の名前にすぎません。我々サポートAIはこのゲームをしてくださるプレイヤーの皆さんに名前を付けていただき、初めて自己の名前を得ることができ、そしてプレイヤー様につき従って世界の運営にあたることができるのです」
「え? あんたって、チュートリアルの時だけ顔を出す運営AIじゃなかったのっ!?」
「違いますよ!」
そういうと美少女は選手宣誓を行うように胸に手を当て、そのままゆっくりと一礼をした。
「私たちサポートAIは世界の運営に不慣れであろうプレイヤー様を助けるために《歯車仕掛けの神》様から与えられる、いわば使い魔のようなものなのです。鬱陶しいと言われてしまえばさすがに、お近くにいることはできなくなりますが、基本的にはプレイヤー様と行動を共にします。プレイヤー様がお困りになった時にはすぐにサポートができるように、常におそばにいる必要があるのです。そう、私たちはいわば初めに受領される、某ゲームの御三家! ガチャで出ない代わりにありがたみもあんまない、初回からついてくるソシャゲ序盤の味方キャラ。ゲーム終盤ではいらない子扱いを受けてしまう……そういう可哀そうな運命が定められた存在なのですよっ!」
「あぁ、はい。そうですかご愁傷様」
「ちょ、かるいっ!?」
もっと私を憐れんで! 憐れんで甘やかして楽させてぇっ! ちやほやして、掌中の玉の如く扱ってぇ! と、何やら好き勝手言ってくる美少女改め残念少女に、創人は思わず半眼を送る。
――チェンジって無理なのかな? と彼の脳内にそんな疑問が浮かんでしまったのも、致し方ないと言えよう。
「うぅ。泣き落としはつうじませんか。まぁ、いいですけど。どういうわけか私にあった人たちってたいてい最後はそんな目を私に向けていますし」
「自覚があるなら性格を直せ」
「だが断る。というわけで、さすがにそんな存在が名無しでは困るでしょう?」
さぁ、名前を。そういって、ニコニコ笑う美少女を前に、創人は僅かに迷った後、
「創世の神様に仕えるんだろう? ガイアでどうだ?」
手っ取り早く、記憶の隅から引っ張り出せた創世の女神の名前を付けた。が、
「あ、すいません。その名前既にほかのプレイヤー様がサポートに付けちゃっています。強行できないわけではないんですけど、できればほかの名前を」
「………………」
そのせいか否か……安直な名づけによって出鼻を初っ端からくじかれる結果となった。
…†…†…………†…†…
ワールドジェネレートオンライン――WGO。
事前登録によって無事そのオンラインゲームにログインできた創人は、ややぐったりした様子で何もない世界で倒れ伏していた。
「ま、まさか五回連続で被るとは……」
「ネーミングセンスが安直すぎるんじゃないですかね、マスター。おかげでかわいい名前がつきましたけど、これからさき本当に大丈夫なのかと……私としては不安が残りますかね」
「悪かったな、シェネ」
シェネ・レート。ジェネレートから濁点が取られただけの名前だが、本人としては割と気に入っているらしい。
言動とは裏腹に、かなり上機嫌なサポートAI――シェネの様子に、ひとまず安堵の息をつきながら、
「で、あとは何をすればいいんだ」
ようやく創人は話を先に進められた。
「続いてはマスターのアバター作成ですね」
「……いるの?」
「あたりまえじゃないですか。VRは特に顔バレしやすいんですから、しっかり整形してください」
「整形言うなし……オンラインゲームとは言ってもシミュレーションだろうが? 他のプレイヤーと顔合わせるなんてことはないんじゃないのか?」
「それがそうじゃないんですよね……」
まぁ、それに関してはおいおい機能解説でやっていきますけど。と、シェネはひとまず説明を後に回し、
「っていうか、普通アバター制作と言ったらオンラインゲームにおける一つの醍醐味でしょう? ボタン一つで理想の自分になれるのに、なんでそんなに嫌がるんです?」
「めんどいからに決まっているだろう。俺はモテモテになりに来たんじゃなくて新しい世界を作りに来たんだ」
「職務に忠実なのは結構ですけど、調子が狂いますね……。仕方がありません。こちらで適当にデザインするので、それでいいのなら権限いただけますか?」
「そんなことできるのか?」
普通ならば考えられない選択肢に、創人は目を見開いた。そんな創人に胸を張りながら、シェネはにやりと不敵に笑う。
「先ほども言ったように私たちサポートAIはこのゲームにおける世界創成の手助けをするため、プレイヤーの皆様に半永久的に従う使い魔みたいなもの。当然のごとく与えられた権限は普通のAIの比ではなく、普通のゲームではありえないプレイヤーが持つ権限を一部使うことができるのですよ! もっとも、それをするにはプレイヤー様の権限譲渡許可が必要不可欠ですが」
シェネがそんな説明をしている間に、創人はすでにメニュー画面を開いており、「どれで譲渡できる?」とシェネに聞いてくる。
「話聞いてくださいよ……。口頭で十分効果を発揮しますので」
「了解。じゃぁ、シェネ。アバターデザインは任せた」
「了解ですっ!」
軽い口約束。だが、システム的にはそれで十分だったのか、シェネの前には人の形をしたホログラム画面が投影され、ゆっくりと回転を始めた。
「ふむ。とりあえずショタかイケメンかを決めなくてはいけませんね。お姉さん気分を味わいたいところなので、普通ならばショタ一択なのですが、イケメンご主人様に仕えながら厳しく命令されるのも捨てがたい。いいえ、考え直しなさい私。私はできるサポートAI。あまり人任せにすると痛い目を見ると教えるために、ここはあえて世にも醜く怖ろしいアバターを作るのが私の務めでは」
「ごめん、さっきの今で悪いがやっぱり自分でやるわ」
「そうですか?」
不穏な言葉が聞こえてきたので即座に権限は剥奪されたが。
…†…†…………†…†…
「地味ですね……。神々しさが足りません。神様する気有るんですか?」
「やかましいわ。悪かったな。イケメンの自分とかアバターだってわかっていてもなんか気持ち悪いんだよ」
結局、ソートのキャラクターはリアルの創人の容姿から、髪を灰色に、肌を褐色に、瞳を青色に変えるくらいで終わってしまった。
キャラクターネームはソート。《初心者創世神》ソートが今の創人の名前である。
「まぁ、配色変えるだけで印象はずいぶんと変わりますし……問題ないでしょう。で、続いては世界の属性を決めてもらいます」
「属性?」
なんだそれは? と首を傾げるソートの前に、今度は二つの数値が示された画面が開く。
『節理数値:物理法則の強度や魔術の改編力の高さを設定していただきます。数値はトータルで100になるよう設定してください
物理:0-100
魔術:0-100』
「なんだこりゃ?」
「文字通りの意味です。わかりやすく言うと、科学が発展しやすい世界にするか、魔術が発展しやすい世界にするかという指標ですね。たとえばですね」
そういうと、シェネはソートと同じ画面を開いた。もっともソートの画面には透ける字で《サンプル》という文字が刻まれているので、こちらはあくまで見本用らしいが。
「物理値を百にした世界のテストケースはこんな感じになります」
「どれどれ?」
サンプル画面の物理数値が百になった世界が、シェネの画面の傍らに開いた窓に映される。
そこは至って普通の現代日本……のような気がしたが。
「巨大ロボットが軍事演習をしている気がするんだが?」
「物理法則の強固さというのは、その名のとおり物理法則がどれだけゆがめられにくいかという数値です。そしてこの数値にはもう一つ性能があって……高ければ高いほど、科学技術が発展しやすいという性能を持ちます。今画面に投影されているのはマスターがいる現実世界と同じ年数がたった、物理数値100の世界です。あくまで見本なので、必ず巨大ロボットが跋扈する世界になるかと言われるとそういうわけではありませんが……」
「なるほど。手っ取り早く出生率を上げたいのなら、物理数値に数値を割り振ればいいわけだな?」
「とはいえ、デメリットがないわけではありませんよ?」
「というと?」
「この物理法則が支配する世界……実は」
その時だった。巨大ロボットが軍事演習をしていた場所に、突如として巨大な黒い穴が出現。そこから現れた明らかに人外染みた機動をする甲冑を着た騎士たちに、ロボットたちが蹂躙され始めた。
「外界……異世界からの侵略に弱いという特性を持ちます。そりゃそうでしょうよ。彼らがしたがっている物理法則を相手は無視してくるんですから」
「ちょっと待てっ!?」
「はい?」
「異世界からの襲撃だとっ!? そんなイベントがあるのか!?」
「あぁ、そういえば知らない感じでしたねマスター。当然あります。というか、これはオンラインゲームですよ? 他のプレイヤーとは何らかの形で接触が行われるに決まっているじゃないですか?」
「っ! それって!」
つまり異世界からの軍勢というのは、
「お察しの通り、異世界からの侵略というのは別の世界を作っておられるプレイヤーが、自らの世界の民を異世界に攻め入らせることを指します。まぁ、このゲームにおけるPVPにあたるイベントですね」
「……侵略には何のメリットがある?」
「資源の強奪……などの普通のメリットも当然ありますが、プレイヤーにとっての恩恵となると、敵世界からの魂魄奪取などがあげられます。攻め入った世界の住人が攻め込んだ世界の住人を殺せば、殺した分だけ魂が攻め込んだ側の世界へと流れ込み、その魂は新しい命となってその世界で生れ落ちるわけですね。そうすることによって、てっとり早く人口アップ。グランドクエスト攻略を加速させることができるというわけです」
「うわぁ……」
なんて悪質なシステムだ! と顔を引きつらせるソートを、
「まぁ、《歯車仕掛けの神》様は、そういった人間の感情に無頓着なところがありますからね。効率がいいなら戦争もやむなしという考えを持っているお方ですから」
と宥めながら、シェネは話を続ける。
「完全魔術値に数値を振られた世界の住人は、物理法則をたやすく捻じ曲げてきます。弾丸を生身で弾き飛ばす人間なんて序の口。次元の壁をぶち抜き、恒星を粉砕し、時間を巻き戻す……そういった連中がいくらでも湧いて出ます。そのため管理は非常に難しくなり、《創世神》と言えども下剋上を食らって封印される可能性が出てきますが、異世界侵攻の際には、圧倒的な暴力を用いて相手世界を蹂躙することが可能になります。いちおう科学重視世界でもその領域に到達することは可能なのですが、物理法則にのっとった形でしかできないので、その領域に到達するのには、魔術文明の100倍の年月がかかると試算が出ています。そして、異世界侵攻を行う場合は何らかの手段で下界の人間に次元の壁を越境させる必要があるので、科学文明世界は異世界侵攻に参加できる時期が遅れるのもデメリットですね。というわけで」
そういうとシェネは、ササッと数値を動かし再び世界のありようを変えてみせる。
「普通は両数値を50くらい。あるいはそこを中心にした、端数調整を行うことによって、双方の要素をバランスよくそろえた世界をつくることを、サポートAIからはお勧めしています。これは大体現代と同じ時間で同じランクの科学文明に至る数値で、魔術数値の申し子である魔術師は科学文明の裏に隠れ闇の中でひっそり活動という、どこかのラノベみたいな状態になります」
「それは果たして現実世界と同等と言っていいのか?」
とんでもないものが紛れ込んでいるだろうが。と、呆れるソートをしり目に、
「で、どうします?」
シェネは問い掛けた。
「う~ん。魔術重視にするとどうなるんだ?」
「文明の発展は遅れますが、個人戦力で時たま化物が生れ落ちますね。魔王とか勇者とかを想い浮かべてくれればわかりやすいかと」
「なるほど。つまりPVPを積極的に行うなら魔術重視。文明発展を急ぎ人口を増やすことに傾倒するなら科学重視というわけか」
果たしてソートの答えは!
「魔術を60で科学を40くらいか? これでどのくらい文明の発展が遅れる?」
「運営方法にもよりますが、基本的には数値5に従い一世紀は遅れるものと考えてください」
「ということは、現代と同じ年月をかけてようやく1800年代に突入ってことか」
日本で言うところの江戸時代真っ只中。現代と比較し同年代でその程度までしか文明が進まないと言われると、さすがに躊躇してしまうが、
「攻め入られて一方的に蹂躙されるのも癪だしな……」
「ですね。自衛意識は大事ですよ。特にオンラインゲームは、基本的には自分の身は自分で守らなくてはいけませんし。なにより文明ランクは運営方法でいくらでも改善できますけど、住人一人一人の戦闘能力平均は、努力だけじゃどうしようもないですからね」
ソートが指定した数字を、シェネが画面に打ち込みエンターのボタンを押した。
続いて開いたのは、環境数値という画面。
「これはどんな設定なんだ?」
「文字通り世界の環境を設定する画面ですね。現在は基準設定がなされており、地球環境がベースとなっています。すなわち、地球と全く同じ大気を持つ、水を中心に生命が生れ落ちる状態です」
「?? 他にどんな環境があるっていうんだ?」
「そうですね、たとえばβテスターのある人の一例をあげると」
シェネは再びサンプル画面を開き、それをソートに提示する。
「木星をモデルに金属水素を中心とした、ガス世界を作り出した方がいました。この世界ではガス系生物が繁栄を極め、ガスの体を中心に据えた核によって制御し行動する知的生命体が生まれていたと聞いています」
「……ちなみにそれ制御できたのか?」
「本人のアバターが人形だったのが災いしましてね……。生まれ落ちたガス系生物との意思疎通手段が違いすぎて、結局まともな運営ができず、数日後にはリセットされていましたね」
「やり直し(リセット)なんてできるのか?」「課金が必要ですけどね」と、にべもない会話を交わしながら、シェネは話を締めくくる。
「というわけで、こういった悪しき前例を踏まえて、私たちサポートAIは基本的にはこちらは弄らないことをお勧めしています。それでもいい! 誰にもまねできないオンリーワンの世界をつくるというのなら止めはしませんが……」
「……やめとく」
「わかりました。では環境数値はこのままで」
そうしてソートが運営する世界の形が作り上げられた。
数値の入力が終わると同時に、ソートの眼前に浮かぶ白い空間を軸にした歯車が、見る見るうちに変貌していく。
軸に据えられた白い空間が、見る見るうちに赤く輝く星へと変貌したのだ。
やがて赤く輝く星は一分もたたぬうちに冷えはじめ、夥しい量の水が火山の集合体と化した大地から噴き出はじめる。
それはやがて雲へと変わり、雨を降らせることによって巨大な水の塊――海へと変貌した。
「地理で習った地球の歴史だな……。芸が細かいこって」
「さて、ここからはしばらく待機ですね。意思疎通が可能な生命体が生まれるまでは放置となります」
「他に設定することはないのか?」
「任意で行うかどうか決められる設定がいくつかありますね。たとえば」
シェネがそう言って提示したのは、
「《進化アウトライン》?」
「これから生まれ落ちる生命体の進化する先を、ある程度決めることができる機能です。まぁ、要するに世界に生まれ落ちる生命体の種類をある程度選べるということですね」
「たとえば?」
「かなり豊富な種類が取り揃えられていますよ? ファンタジーにありがちなエルフやドワーフ・獣人などの亜人系列は当然のこと、ドラゴンやスライム。はては、生まれたときから体の一部が機械化されている《半機人》なんて変わった種族もいますね」
「ちなみにここで選ばないと出てこないってことはないのか?」
「それはありえません。運が良ければこれらの種族が自然発生する可能性も十分あります。ただここで選択すれば確実にその種族に進化するというだけであり、べつにここで設定しなくても普通に出てくる場合はあります」
「ただし選ばなかった種族が生れ落ちる可能性は完全に運任せになると」
「ですです。というわけで、『どうしても俺の世界にこの種族は欲しい!』というものがあったら任意で選んでください」
「…………ちなみにこれ人間選ばなかったらどうなるんだ?」
「生物の進化確率はすべて平等ですよ?」
「……………」
言外に、「人間だけ特別扱いとかはありませんから」と言ってのけるシェネに顔をひきつらせながら、ソートは真っ先に人間の項目へとチェックを入れた。
「あとは、ランダムでいいだろ……」
「いいんですか?」
「せっかくの世界規模シミュレーションゲームだ。なんでも決めてちゃ面白くない」
そういうものですかね? と、にやりと笑ったソートのギャンブル精神が理解できず、シェネはあざとい可愛らしさを含んだ仕草で首をかしげつつ、
「さて、ではそろそろ」
「できたか!」
「はい」
チーンという軽い電子レンジのような音と共に、加速していた世界の時間が止まり、ソートが作り出した世界に、知的生命体になりうる存在が生れ落ちたことを知らせた。
「それでは基本チュートリアルはこれをもって終了。続いては作り出した世界に降り立って、実際神様としてふるまってもらいましょう!」
「え、チュートリアルあれで終わり!?」
「はい! 私も説明が不十分だとは思いますが、昨今は長いチュートリアルはそれだけでバッシングの対象になるので……。それにわからないことがあった時のためのサポートAIです。わからないことがあったらすぐに私に聞いてくださいね?」
キラッ! と、あざとくはにかみながら歯を輝かせて、いい笑顔を浮かべるシェネにそこはかとない不安をソートは覚えた。
――こんな軽い女を傍らに連れていたら、それだけで神様の威厳を損なうのではないかと……。だが、
「はぁ、まぁこれも何かの縁だろう」
基本的にソシャゲ―でもリセマラはしない一期一会派であったソートは、これも慣れてくれば味になるだろうとひとまずシェネと共に行動する覚悟を決める。そして、
「じゃぁ、いくか」
「あいあいさー! それでは創造神ソート様。これよりあなたが作られた世界にダイブを行いマ~ス! レッツラゴーッ!」
シェネの軽い掛け声とともに、ソートの体は光になる。
そして彼ら二人は、そのまま青と緑の惑星へと変貌した異世界へと飛翔し、《歯車仕掛けの神》の領域を後にしたのだった。
初回なので二話連続投稿。