獣の試練エピローグ:《狩猟女神》
「あぁ……せ、せっかくの、神器級の権能アイテムに精製できたはずの金結晶が!? あれ出るのどれだけ確率低いかわかっているんですかっ!? 制作者たる私の幸運値バフがかかっていたから今回は一発で出ましたけど、本来なら創世神が創造した神獣・魔獣からのドロップなんて銅か最高で銀がせいぜいなんですよ!? 金なんて本当にレアドロップなんですからっ!?」
「うるさいな。いいだろう別に。英雄には、なんか特別な防具なりなんなりも必要だろう?」
ソートが天界に帰ってくると、そこには再び時間の加速が行われている世界と、なにやら打ちひしがれた様子のシェネがおり、ソートの帰還と同時に再起動。そのままソートに掴みかかり半泣きになりながらソートの体をガックンガックン揺らし始めた。
それだけソートが行った行為はありえないのだろう。少なくとも、武装が充実していない状態の創世神がやるべき行いではないと、シェネは語る。
「異世界からの侵攻戦で主に戦闘をするのは確かに英雄ですが、創世神同士が戦わなくていいわけではないんですよっ!? それでなくとも、神殺しを目論む不逞の輩が自らの世界に出るかもしれないのに、それに対する対抗手段を手に入れようとしないなんて!!」
「べつにかまわんだろう。お前にガチャひかせれば素材のレアリティは高めの物が引けるんだ。戦闘能力に不足があるとわかったら、その時またガチャを引けばいい。それに、英雄を強化し育てるのが今の俺達の目的だろう。あの毛皮が高レア素材なら英雄の武器にしてもらうのは判断としては間違っちゃいないはずだ」
「え? あ……あぁ、それなんですけどね、マスター」
「?」
シェネが何かを言いよどむ。口を閉ざした彼女にソートが首をかしげた瞬間だった。
『新たな神霊の誕生を確認しました:《狩猟女神》ニルタの顕現を確認。既存神話――《バビロニオン神話》に神格として登録されます』
「…………おい、シェネ」
「い、いやだって、世界はまだ生まれたてなんですもん。神様だって数が足りませんし、英雄を作り出す前に当然神様の数の方が増えると申しましょうか!」
「……ちなみにその神様連中が世界の危機に英雄と一緒に立ち上がってくれる可能性は?」
「ないわけではありません。ただその……彼らの役割はあくまで、創世神の手間を省くための世界の管理運営でして、英雄に格落ちして下界に降臨するにはかなりの手間と弱体化が強いられますし……めったなことでは」
「そうか……」
つまり、今回の一件は無駄骨になったというわけだ。いや、足りていない神格が補充されるということを考えると、完全に無駄というわけではないのだろうが……。
「ちなみに聞くが、こういう初期の神格創造ってどのくらいの数になる場合が多いんだ?」
「創世神を除くと、さ、最低でも十二柱程……」
「ほほぅ?」
シェネの話を掘り返す限り、現在俺の世界には《地母神》ティアマトと《天空神》エアロ。そして《英雄神》マルドゥックが存在している。今回ニルタが神に抱え上げられたことを考えると、試練一つにつき神様が一柱生まれるとして……。
《第一章:獣の試練・《狩猟女神》ニルタ
第二章:王の試練・神格5
第三章:軍の試練・神格6
第四章:悪の試練・神格7
第五章:国の試練・神格8
第六章:森の試練・神格9
第七章:火の試練・神格10
第八章:魔の試練・神格11
第九章:天の試練・神格12
第十章:竜の試練・英雄1
第十一章:神の試練・英雄2
第十二章:人の試練・英雄3》
という英雄作成スケジュールになるわけだ。というか、これとてあくまで希望的観測。シェネはこう言っていた。「最低でも」と。
「この試練全部こなしたとしてたった三人しか英雄が生まれないって、どういうことだよ!?」
「だ、だからこっちの戦力も拡充しないとって言ったのに!? というかこのくらいベータ版の攻略掲示板に乗っている情報でしょう! なんでマスターは確認してないんですかっ!」
「う、うるせぇ! 俺は、攻略サイトは見ない主義なんだよっ!」
「そっちの方がかっこいいから?」
「おうっ!」
「こんのド無能創世神! 中二を抱いて溺死しろっ!」
「なんだとこのポンコツAI! お前だってかなりうっかりしているだろうがっ! というかそういう情報先に教えろよっ!」
「自分の無能を棚に上げて責任転換ですかァッ!」
流れのない海の中で、とうとう取っ組み合いの喧嘩を始める二人を、回る世界が無言で見つめる。
第二の試練が始まるまで加速している世界は、どこか呆れを含んだような気配を漂わせながら、自らに与えられた役割を只忠実に守り続けた。
…†…†…………†…†…
ニルタは死んだ。
狩猟中の事故であったと今の彼女は記憶している。
アンジー狩りを終え、一流の狩人として名を馳せ、往年は狩猟の現人神とさえ言われていた彼女であったが、さすがによる年波には勝てなかった。
飛び移ろうとした木の枝から足を滑らせ転落。打ち所が悪かったのか、彼女はそのまま帰らぬ人となった。
そんな彼女は今どうしているのかというと、
「陛下?」
「ようやくここに到達したか、試練を終えし者よ」
気が付けば、彼女は黄金の神殿にたたずんでいた。
巨大な石造りの階段が四方に伸びる、上部が平らにされた四角錐型の黄金神殿。
それは人間が成人する際夢の中に現れ、天命を与えてゆく王の玉座そのものであった。
「なぜ私はここに……? ここは天命を与えられる時にしか訪れられない神の領域のはず」
「さよう。当然のごとくただの人間がここを二度も訪れることは通りが通らぬ。つまり貴様は、二度目の天命を与えられるにふさわしい格を持ったということだ」
「二度目の天命?」
階段の中腹にて膝をつき問いを投げかける彼女に、頂点の玉座に座る王――《天空神》エアロは黄金の瞳を細めながら、自らの傍らに浮く《天命の書》にふれ、ニルタに新たな天命を与えた。
「天の座に召し抱えられし新たな神――《狩猟女神》ニルタよ。汝には我と共に下界を統治する役目を与える。貴様の新たな仕事は、狩人たちの安全の保障と、人にあだなす害獣を討伐する狩人にお前の加護を与えることだ。貴様の相棒である神獣と共に、この大地をくまなく駆け回り、この地の狩人たちに安寧をもたらすがいい」
「わ、私が……神ですかっ!?」
大恩ある創世神様や陛下と同じ階級に自らが上がった。その事実にニルタが呆然とする中、エアロは内心でほっと安堵の息をついた。
なぜなら、彼はようやく手に入れたからだ。
失った力の代わりになる、便利な自らの目と耳と。
「呆けるな女神ニルタよ。お前はいまだ新参の神格。我と同じ神になったとはいえ、同じ格であるはずがなかろう。それを証拠に見よ。お前はその段差から上へは決してあがれまい?」
「え? あ……本当ですね。ここから上の段に上がることは、なぜか体が拒否します」
「それが神格としての貴様の今の階級だ。ここより上に上がり我の傍に到達するか、それともこの神殿を飛び越え創世神の領域に至り――ただもう一度、直接会って礼を言いたいという願いをかなえるかは貴様の努力次第だ」
「っ!」
叶う。最後まで心残りであった、あの創世神にもう一度会える。エアロが告げた一つの希望に、混乱がまだ残っていたニルタの体に一本の芯が入った。
同時に、彼女が纏っていた黒い毛皮の外套が唸りを上げて姿を変える。
それは、かつて彼女が倒した獣の皇。
変幻自在の肉体を、今は風を纏う四肢を持つ狼へと変えた、彼女の長年の頼れる相棒。
「できるか、女神ニルタ?」
「ご心配には及びません我が王。生前と同じくあなたの期待に見事応えて御覧に入れましょう」
「……くくく。いいだろう。せいぜいはげめ」
エアロのその言葉を聞いたのち、これ以上時間を無駄にするのが惜しいと、ニルタは背後に控える獣の皇――いいや、今は《神獣・アンジー》となった相棒の背中に乗った。そして、そのままいつものように相棒と共に天高く飛ぼうとして、
「あぁ、それと……貴様が見た世界の報告は逐一我に上げると言い! いいか絶対だぞっ! マメに報告上げろよっ! そうじゃないと我はちょっと困ったことになるからなっ! いいか、これだけは絶対に守れよっ!」
「―――――――――――――――――――――――――!?」
突然気安い声音でぶつけられたエアロの懇願に、ずるりと相棒からずり落ちニルタは強かに神殿の階段へと頭を打ち付けた。
――へ、陛下……いえ、エアロ様。本当はこういうキャラだったんですね。と、ちょっとだけ、今まで自分が崇拝していた王の素顔が、思っていたものと違うことに再び呆ける彼女を、何してんだお前はと言いたげなアンジーの瞳が見つめていた。
次回予告!!
「え。あ、あぁ次回予告? ごほんニルタだ。お初にお目にかかるぞ創生神の方々。あ、敬語が必要か? ぬぅ、私が尊敬しているのはエアロ様とソート様だけなのだが……仕方ない。再びごほん。えぇっと、今はしがない片田舎の世界で狩猟女神をやらせてもらっています。
……え? 何か小話を? え、えぇっと、そ、そうだ! 相棒の神獣とは実はあんまり仲良くないんですよ。殺し殺されの仲でしたから、互いに生きるためにしかたなく手を結んだギブ&テイクという関係です。
本当にあのケダモノは冷たくてな……モフモフは一日三時間しかさせてくれないくせに、自分がかまってほしいときは私の仕事を邪魔するように額を私の胸にコスコスさせてくるのだ。まったく気分屋過ぎて困りものだ。
え? なに? 長い予告は煙たがられるからマキでお願い? こ、小話しろっていったのはそっちなのにかっ!? あと敬語取れてるって? うるさいわっ!
では次回!
天空の統治はもはや意味をなさず、人は自由という名の身勝手を手にした。
いまだ人に自由は早く、彼らを戒め罰するものが必要であった。
次回世界創生オンライン ~神様はじめて見ませんか~ 第二章:王の試練
罪と罰、与える苦悩を背負うものは、果たして何と呼ぶべきか?」