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創世銃・ティアマト

 救いの手は、小さな水の塊とともにやってきた。


「なっ!?」


 なんの気配もなく、突然背後から飛来したその水塊が腕の傷口に付着しするという異常現象を前に、化物から隠れるために声を抑えていたニルタも、動揺し思わず声を上げてしまった。

 幸いにも化物はその声に気付かなかった。おそらく頭上の葉を雨が打つ音がニルタの声をかき消してくれたのだろう。

 そして、ニルタの幸運はそれだけでは終わらない。


「どういうことだ? 腕の傷が勝手に治って……」

「便利な能力を持っているよな、この銃。水分制御の他に撃ち出した生命の源――《海水》に宿る生命力を他者に与えて、相手を回復する能力を持っているらしい。まぁ、この銃の本領はもっと別のところにあるみたいだが……レベル不足で情報が開示されないんだよな」


 みるみるうちに傷が塞がっていき元に戻っていく腕に、にルタが驚愕する中「妙なところでゲームしやがって」と、ぼやきを漏らすひとりの男が、雨の中から姿を現した。


――一体何者だ?


 見慣れない青と白の外套に身を包み、外套と一体化している被り物で顔を隠した不審人物に、にわかに警戒するニルタ。だが、ニルタにそんな態度をとられることは承知の上だったのか、男は殺気にも似た警戒心を向けてくるニルタに特に何もいうことはなく、不思議そうに手に持っていた珍妙な金属を見つめたあと、ひらひらと手を振って話を続けた。


「まぁ、怪しく思うのはわかるが今は一刻を争う。逃がしてやるから、お前さんはさっさと自分の住処に帰れ。あいつの処理は俺がやる」

「なっ! 何をっ! 私は王にこのあたりの間引きを任された狩人だ! その仕事を犯すことは何人であろうとも許さん!」

「まぁ、そうなるわな」


 この世界の人間たちは、かなり自分の仕事にプライド持っているしな。と、ニルタの突っぱねに、男はそれも予想していたと頷き。


「じゃぁ、力づくだな。悪いね、システム上正体を明かすわけにもいかないし、説得している余裕もないから、意識刈り取って森からたたき出すぞ!」

「っ!?」


 瞬間、とんでもない速さで腰から抜き放たれたもうひとつの鉄塊から、見えないほどの速度で礫が打ち出されたっ!


…†…†…………†…†…


 WGOにおいて、創世神(プレイヤー)の下界降臨の方法は二つある。

 一つはソートが初めに行った《神威降臨(ゴッドフォール)》。

 これは創世神のステータスのまま下界に降り立つ方法で、主に託宣や加護の直接付与を行うときに用いられる。これを行った託宣や加護は与えた下界の人物に強力な力を与える場合が多く、英雄となる人物に力を与えたい場合などに良く用いられる手段だ。

 ただしデメリットとして、行えるのは託宣や加護の付与のみ。物理的干渉は一切できず(代わりに下界からの攻撃といったものも一切通じないが)、ソートがいましているように化け物退治や悪党退治を行うことはできない。


 二つ目は《神霊の杯(ヘブンズゴブレット)》。

 これは下界で物理干渉を行いたい時に使用される降臨方法で、下界で活動ができるアバターをGPで作成し、そこに創世神の本体である神霊体をいれ、下界で活動する降臨方法である。ギリシャ神話のゼウスの動物変化がイメージとしては近いだろう。

 ただしこちらはデメリットが目白押し。創世神本体ではないアバターのステータスは大幅に劣化する上に、アバターにはHPが存在している。

 つまり、アバターに封入された創世神は殺傷が可能なのだ。

 流石にアバターを殺されたからといって創世神本体まで本格的に死ぬわけではない。そのため、以前ティアマトが代わりに受けた《天地分割封印》を食らうというデスペナルティーを受けるというわけではないが、それでも所持GPの五割喪失・神霊階級のランクダウンなど、手痛いペナルティーが待っているのも事実だ。

 その上、この降臨方法は死ぬ以外にもデスペナルティーを受ける可能性がある。

 それは――正体の露見。

 そのアバターが、創世神ソートであると下界のものが口に出して指摘すると、アバターは自らの存在を維持することができなくなり、瞬時に粒子単位まで分解。創世神は強制的に天界に帰され、先ほど上げたデスペナルティーを食らうことになる。

 これは「下界は本来神が住む世界ではないため、正体がバレるとアバターによるごまかしが通じなくなり、強制的に弾き飛ばされるから」という設定に従ったがゆえの現象らしいが、プレイヤーとしてはたまったものではなかった。


 というわけで、今回はニルタを助けるために下界降臨をしたソート。当然降臨方法は《神霊の杯》であるため、ぼろが出かねない長時間の下界人接触をするメリットはない。

 簡単に説得できるなら話し合いで解決しても良かったかもしれなかったが、納得してもらえないなら是非もない。


「問答無用で叩きのめしゃ、正体がバレることもないよね」


 ビバアウトロー。人助けのために助ける人物を痛めつけることすらいとわない。伊達にBSOでプレイヤー殺しまくったわけではないらしく、銃を握ったソートはいつもより思考が暴力的であった。

 轟音。同時に射出される岩の塊。


ソートの権能として生まれ落ちた二丁の拳銃――《創世銃:ティアマト》は、基本的な権能として《自動弾薬精製》と、《非殺傷設定》を保持する高レアリティ神器だ。

 そして、先ほどの強力な水鉄砲――《チーター》をモデルにした《創生銃R(そうせいじゅうライト):ティアードロップ》は、火薬と弾丸を水塊・水蒸気爆発で代用しているため、究極のサイレンサー機能を持っている。対して先ほどソートが使った《レイジングブルモデル》の《創成銃L(そうせいじゅうレフト):ライフマッド》は、発砲音はふつうである代わりに、ティアードロップとは比較にならないほどの打撃威力を持つ。非殺傷設定があるとはいえ、常人が食らえばどこにあたっても一撃で意識を刈り取れる。

 だからこそ、けたたましい轟音が雨を切り裂き、怪物が視線をこちらに向けてもソートは気にしなかった。ソートからすればその一撃さえ撃てれば、ニルタは気絶しているはずであったからだ。

 下界の人間にとっては拳銃など初めて見るものであろうし、初見で高速飛来する弾丸を躱すことなどできないと判断していたのだ。

 だが、ニルタはその攻撃を見事に避けた……避けてしまった!


「はぁっ!?」

「っ、この状況でもの音を立てるなんて!」

「こっちのセリフだ、バカやろう!? どうして避けられた!?」


 銃口の向きから即座に弾丸の起動を予測したのか、ニルタは発砲が行われる前に既に体を射線から逃がしており、放たれた弾丸は無情にも大木の枝に大穴を開けるだけに被害をとどめてしまった。


「鉄の塊だから鈍器かと思ったが、それにしてはお前が持っている武器を振り上げる素振りを見せなかったからな。だったら遠距離攻撃用の武器だろうと予想をつけたのだが……どうやら大当たりだったみたいだな」

「クソったれっ!」


 ニヤリと不敵に笑うニルタにソートは盛大に舌打ちを漏らす。明らかに救援に来た人間の態度ではなかったが、今はそれを気にしている場合ではない。


――グルゥアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 形容しがたい咆哮とともに、毛皮のスライムは飛翔のため体を薄くのばし、ソートたちが立つ太い枝に向かって飛びあがった!

 ソートはそれを見ることなく、ティアードロップを発砲。高速飛来する水の塊を化物の眉間に叩き込む!


――ギュァアアアアアアアアアア!?


 眉間を打ち抜かれ金切り声のような絶叫を上げた化物は、薄く伸ばしていた体を思わずといった様子で球体に戻し、そのまま地面に落下していった。


「っ! お見事。言い腕だ」

「おほめに預かり恐悦至極だ。クソ野郎。おかげで予定はだだ狂いだ」

「おや。もともとは私一人で仕留めるつもりだったのだから、こっちも予定が狂っているのだぞ? よくておあいこだろう」

「ぬかしやがれ怪我人が。予定外の相手の行動に驚いて傷を負っていたんだろう? 俺がこなきゃ食われて終いだっただろうが」

「……どうしてそれを知っているんだと聞きたいところではあるが、今は良いだろう。どうやらあいつを仕留めようとしているのは一緒のようだしな。ならここでひとつ提案がある」

「あぁ?」

 

――そりゃ一体なんだ? ティアードロップとライフマッドを油断なく構えながら、照準を、もだえ苦しむ毛皮のスライムに合わせるソートの問いに、ニルタはゆっくりと手を差し出した。


「共闘と行こうじゃないか。正直誰かに仕事を手伝われるなんて業腹だが、実際あの化物は私の手に余るというのも事実だ。だが、君が言うように逃げるというのは許容しかねる。だからこその、私の譲歩案だ」

「………………」


 ソートはその提案に暫く黙りこむと、忌々しげにティアードロップをホルスターに収め、


「人が心配してやってんのに。死んでも知らねぇぞ」

「狩人は命を狩る仕事だ。自分の命が狩られる可能性があることくらい、仕事を始めたときから心得ているさ」

「心臓にあの化物と同じくらいの毛が生えているようだな」

「その言いぐさはさすがに不本意なんだが!?」


 握手……ではなく、パンと鋭い音が鳴るように右手を叩きつけ、契約の成立をニルタに告げた。


…†…†…………†…†…


 地面に落ちた化物をしり目に、ソートたちはその場から一時離脱。樹上を飛び移りながら高速で移動するニルタにソートは追従した。

 いくら劣化しているとはいえ創世神のステータスはもとよりすべてがカンスト値。BSO時代のアバター程度の身体能力を、ソートのアバターはもっていたのか、ソートは危なげなく一流の狩人であるニルタの疾走についていく。


「とはいえだ、一当てしてみたがあいつ結構耐久力あるぞ? 何かしとめる策でもあるのか?」

「本当ならこの先に、杭を底に仕込んだ落とし穴が仕掛けてあったんだが……」


 悔しげに眉をしかめてニルタが告げたその策に「あぁ……」とちょっとだけソートは申し訳ない気分になった。

 本来ならばその攻略法で間違ってはいなかったはずなのだ。猪の化物なら空も飛べないだろうし、底に杭を仕込んであったのなら大ダメージも見込めただろう。

 シェネが画伯ではなく、あの化物が飛べるスライムでさえなければ……この一流の狩人は悠々とあの化物を仕留めていたはずなのだ。


「ん? まてよ?」


 だが、そこで一瞬だけソートの思考は停止する。

 そういえばさっき、あの化物の眉間を打ち抜いたとき、あの化物は苦悶の声を上げて落下していった。

 そう。あの化物は無様に悲鳴を上げて地面に落下したのだ。


「……いける、かもしれないが」

「なに?」


 地面に落ちた。すなわち重力に引きずられる存在であるならば、落とし穴にはめる方法はある。が、


「なぁ、あんた」

「なんだ?」

「アイツが落とし穴の上に来たとき……タイミングを合わせて眉間を打ち抜くことってできるか?」

「……………」


 そう。それは非常に難易度の高い所業。

 ただでさえ、当てるのが難しい眉間という位置。実際目を狙った彼女は一度矢を外している。それを落とし穴の上に来たときに撃ち抜くというタイミングの指定。まともに敵の攻撃を食らえば命を落としかねない状況で、それだけの狙撃をおこなえる存在などそうはいない。ソートであっても正直御免蒙る領域だ。

 唯一出来そうな狙撃手をソートは知っているが、あれはもはや人外の領域にいるので、さすがにただの狩人にそこまでの腕を求めるのは酷だとソートは考える。

 狩人を生業にしているとはいえ、ニルタにはそこまでの腕はないだろうと。だが、


「誰に物を言っている」

「っ!」


 ソートの問いに、ニルタは口角を吊り上げ答えた。


「私は王に見込まれた狩人だ。獲物を狩る方法さえ分かったのなら、どんな難業であろうとも成し遂げてやるさ」

「……いいだろう」


 絶対的な自信と、なんとしてでもやり遂げるという覚悟。

 中身はただの高校生であるソートだったが、その不敵な笑みにはたしかなプロとしての矜持が宿っていることを感じ取ることができた。

 逆説的にいえばただの高校生が察してしまえるほどに、その笑顔にはニルタのすべてがにじみ出ていたということに他ならない。

 だからこそソートは、


「あんたは落とし穴の位置で待機していろ」

「? お前はどうする気だ?」

「決まってんだろう」


――落とし穴があるところまであいつを誘導する人員が必要だろうが。


 ソートが放ったその言葉に、ニルタの目が大きく見開かれた。


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