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《権能創生》

「お前一体どんなモンスターを描いたんだ?」


 慌ててアイテムストレージから取り出した《十二の試練》のページをめくりながら、ソートは獣の試練の項目を探す。

 そんなソートの姿に首をかしげながら、シェネは何度も画面と自分が描いた猪の絵を見比べた。

「おかしいですね……確かに猪を描いたはず」

「おいちょっと待て」

 次の瞬間だった。不透過処理が施されていなかった、透けるウィンドウを逆から見ていたソートがガシリとシェネの肩を掴んだのは。

「お前……なんだこれ?」

「なにって……猪」

「…………………………」


 そこに描かれているのは、幼稚園児の落書きを思わせる……といえば幼稚園児に失礼になりそうな、とんでもなく下手くそなアメーバのような物体だった。


「おまえ……どう見てもこれいま画面の中で全力疾走している化物だろうがぁっ!? どのへんが猪!? というかこれ猪って主張すること自体が冒涜的だわっ!?」

「なぁっ!? い、いくらなんでも失礼でしょう!? こんなに可愛いうり坊チックにかけたのに!?」

「脳みそ腐ってんじゃねぇの!?」


 どうやらシェネは、いわゆる《画伯》と言われるたぐいの絵の才能の持ち主だったらしい。

 当然いい意味の方ではなく、悪い意味の方でだが……。


…†…†…………†…†…


 音もなく、軽やかに。樹上の枝を猿のように飛び回りながら、女――ニルタは、とうとう森の中をうねうねと疾走する怪物を追い越した。

 同時に空中で身をひねりながら、弓を取り出した彼女はそのまま弓を引き絞り、不定形に形を変える化物が唯一持つ生物らしさ――前方で光り輝く両眼の間へと、矢を放った!

 が、


「ちぃ!」


 矢は硬質な音とともに毛皮に弾き飛ばされ、ギョロリと両眼がニルタを捉えた。

 一瞬化物の疾走が止まる。


――気づかれたか。


 化物の態度からそれを察したニルタは、即座に化物の後方へと逆走し、今度は追われるものとしての逃走を開始した。

 音は盛大に立てている。当然だ。先程まで気づかれていなかったということは、臭い消しの(まじな)いである化粧の力は完全に機能している。その上で隠れながら逃げたのでは、相手はこちらを追ってこれない。


――それでは困るんだよな。


 ニルタが内心そう呟いた瞬間だった。


「ヴ、ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「っ!」


 獣の咆哮の如き怒りの叫びが森を満たす。喧嘩を売られたことが、化物にとってはよほど腹にすえかねる事だったらしい。


――そうだ。もっと怒り狂え。そして理性を忘れた瞬間が、


「お前の最後だ!」


――村の人々の仇――とらせてもらうぞ、化物っ!


 ニルタは心中で勇ましく叫びながら、敵がしっかりとこちらを追ってきているか確認しようと振り返り、


「えっ?」


 眼前にもう来ていた化物の姿に、一瞬だけ思考が氷結した。

 彼女がいるのは木の上だったはずだ。化物が走っていたのは大地だったはずだ。

 だが、化物は確かに彼女の目の前にいた。

 なぜか? 決まっている!


「――っ、馬鹿なッ!?」


 化物はまるで敷物か何かのように体を薄くし、グネグネと体をうねらせながら、森の中を高速で飛翔していたのだ!


…†…†…………†…†…


「おい、飛んじゃったんだけど? 飛んじゃったんだけど!?」

「あばばばばばば。ま、まさかこんな高性能になるなんて、私ってばひょっとして天才!?」

「その才能はいま発揮して欲しくなかったけどなぁっ!」


 前代未聞の飛ぶ猪(?)スライムの姿に、ソートの顔が盛大に引きつった。


「ビジュアル的に完全に一反もめんですけどね……。毛皮の一反もめん……これはこれで新しい?」

「言っている場合か! 行くぞっ!」

「え!? 行くってどこに……」

「決まってんだろう! 助けに行くんだよ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

 権能画面を開き、即座に降臨を押そうとするソートに、シェネは泡を食って待ったをかけた。

「なんだシェネ! 早く助けに行かないとコイツ死んじまうぞっ!」

「甘やかしたら試練になりませんよマスター! 人が自らの力でクリアするから試練は試練足り得る! ちょっと危なくなったら助けて、それを延々繰り返す。それじゃあ英雄は育たないんですよっ! 一人でたとうとする赤ん坊を、危ないからといって抱き上げ続けたら、その赤ん坊は自らで立ち上がることすらしなくなるでしょうがっ!」

「だからって、死んでいいってことにはならないだろうが!」

「マスターの優しさは美徳です。でも、我慢してください。英雄が育たなかったら、この世界はあのいけ好かない男に蹂躙されるんですよっ!」

「っ!」


 それが最悪の結末だと、ソート自身もわかっていた。世界の防衛をしてくれる英雄がいなくては、シャルルトルムに敗北するしかなくなるということくらい。だが、それでも!


「シェネ……」

「マスター」

「悪い。それでも俺は、誰かが危ないっていうのにそれを黙って見ているなんてできない……」

「マスターは、やさしすぎます。それじゃあ何も……」

「っていうか」

「?」


――ていうか? と、シェネが首をかしげた瞬間だった。


「ゲームくらい好きにやらせろっ!」

「ごもっともすぎて返す言葉もありません!」

「別に英雄育成とか、人の死に様見てまでやることじゃなくねぇ? 最悪俺がシャルルトルムの脳天かち割ってくるし」

「どこからその自信が出るんですか!?」

「いいからとっとと、助けに行くぞ! 手遅れになる前に……って、そういえば時間は手動で止められたよな?」

「ま、待ってください!」

「なんだよっ!」

 そういや忘れてたと言いたげに一時的に世界の時間を止めたソートに、シェネは慌ててすがりついた。

 さっさと助けに行きたいソートとしてはその静止は正直鬱陶しかったのだが、一応シェネはこのゲームのガイド。なにか重要な情報があるかもと、止まった世界を一時的に手放しシェネに向き直った。

「もう分かりましたからっ! 助けるのは止めませんからっ! ステゴロはやめてください《創世神の威厳》が致命的なマイナス食らっちゃいます!!」

「もとより合ってないようなもんだと思うが……」

「自覚が有るならもうちょっとらしくしてくださいよっ! エート・ソート!」

「おぉっと、今ひさしぶりにカチンと来ちゃったよ? イっちゃう? シェネってばあの世逝っちゃう?」

「とにかく信仰うしないかねないので、ほんとまともな武装してから降りてください! 信仰を失うのがこのゲームでは致命傷だってわかっているでしょう!」

「あぁ? だけど武器なんて」

「つくろうと思えば作れますから。いま画面を開きますほらっ!」


 そう言ってシェネが開いたのは、《権能創生》の文字が躍るウィンドウだった。


「《権能創生》は創世神が振るえる権能を作り出す画面です。例えばマスターの世界で言う雷神トールサマならば雷を操る力と、専用の武器のミョルニルがありますよね? ああいった神様特有の特殊能力を、この画面では作り込む事が出来るんです」

「なんだって!? そんな画面があるなら先に言えよっ!? なんだよ、これで強力な武器作って下界防衛は俺がすれば、べつに英雄育成しなくてもシャルルトルム追い返せねぇ?」

「それがそういうわけにもいかないんですよ」


 そういうとシェネは、創世可能な権能画面を開き、その中で武装創世の欄に指を乗せる。

 それによって展開された、作り出した武器に付与される権能の種類は……。


「…………使えねぇ!?」

「創世神はあくまで《作り出す神様》ですから。破壊や殺傷といった攻撃的な権能はどうあがいても得られないようになっているんですよね」


 《水創生》《概念創生》《大地創生》……と大量に並ぶものづくり権能たちの数に、ソートは思わずめまいを覚えた。


「と、とはいえ一般物理攻撃ができないわけじゃないですよ? 作り出した水を高速でぶつけたり、作り出した岩で押しつぶしたりと。規模だって桁違いですし、日本列島一つ覆うくらいの規模での発動が可能です! ただ同じ創世神や、それに育てられた英雄たちに一般物理攻撃がまともに効くかと言われると、それはまた別ですけど」

「要するに創世神同士の喧嘩には使えないと……。やっぱり英雄育成しないとダメか。とはいえ、今回の件に介入する文には十分だと思うけど」


――じゃぁ、さっさと作るか。と、ソートはシェネから画面を受け取り、


「おい」

「はい?」

「素材が足りないって出てんだけど……。入手方法はこの《概念抽出》でいいのか?」

「そのとおり。基本的に作られるのは神様の武装・権能ですから、この世界の概念を素材に作り出される特殊概念が材料になります。抽出される概念は原則、創世神自身が作り出したものからランダムで選ばれ、結晶体アイテムとなって現れるらしいですけど……」

「ようするに」


 瞬間、ソートの体に戦慄が走った。


「ガチャか」

「……マスター。気づいてはいけないことに気づいてしまいましたね」


 だらだらと冷や汗を流すソートに、シェネは哀れみの視線を向けた。


…†…†…………†…†…


 ガチャ――それは極小の希望を餌に無限の絶望をゲーマー達に与えるパンドラの箱。

 一度そこに手を出せば、引き返すことは難しい。

 望むアイテムを得るために、ゲーマー達はひたすらに回転を行う。

 それぞ正しく黄金の回転。幾人もの英霊ユキチを犠牲にしてなお、止まることのできぬ猛毒の黄金。

 それでもよければ回すがいい。汝の願いをガチャは笑わない。

 ただ静かに、絶望を与え続けるだけだ……。


…†…†…………†…†…


「マスター……」

「……………」

「リアルラック、低すぎ」

「うるせぇ……」


 海底に倒れふし、さめざめと泣き続けるソートの手元に有るのは概念が結晶化された素材アイテムたち。

 その素材アイテムたちの頭上には、ノーマル概念であることを示す真っ白な文字が踊っていた。

《塩》《水》《砂》《岩》《泥》……etc。

 どうあがいたところでレアアイテムには見えない概念を得た結晶たちが、海底のあちこちで光り輝いていた。

 そんなソートの姿にため息をつき、シェネはGPを具現化させたコインを指ではじく。


「一応このゲームのガチャは、ゲーム内通貨であるGPのものしかありませんが、GPは課金で増やせるというトラップがあるので、自重はしてくださいね」

「……はい」


 まさかのAIから小言を食らうという体験にちょっとだけ泣きそうになりつつ、ソートは一千ほどGPを消費して引いた百連ガチャの無残な爆死結果を呆然と眺める。


「うぅ、この中から武器を作るしかないか。とはいえこんな素材じゃ雑魚武器ができるのがせいぜいだしな。あの化物に対抗できる……」


 のか? と、ソートが漏らしかけた時だった。シェネがおもむろに弾いていたコインを消費し、ガチャを二回ほど回したのは。


「え!? ちょ、シェネ何かってに!」


 絶対このガチャ排出率おかしいからやめとけって! と、ソートは言いかけたが、次の瞬間。


「…………」

「私隠しステの幸運値がほかのAIより高いんですよ。だからこういった運が絡む素材収集イベントや、イベント作成時のランダムボス決定とかに一定以上の幸運値補正が入るんですよね。いいアイテム引けたり、英雄に与える経験値が高いモンスターになったり……。今回はマスターにガチャの危険性を教えるためにあえて教えませんでしたが、今後ランダム要素があるイベント等は私に任せてくださいね!」


 アイテム排出時に現れる黄の環の回転が、見る見るうちに重なっていき光の塔のように立ち上がった。

 そして、光の塔が消えると同時に空から落ちてきた二つの素材アイテムは、最高値のレアリティを示すプラチナの輝きを放っている。


天の雫(ヘブンズ・ティア):慈母神ティアマトの力が結晶化されたもの。灼熱の星に水を注ぎ、生命のゆりかごを作り出す力を持つ::この身を天と大地に裂かれようとも、私はあなたをお慕いしています》

地の結晶(グランド・マトー):慈母神ティアマトの力が結晶化されたもの。あまたの命が住まう場所。揺るがぬ安寧を作り出す力を持つ::この身は望まぬ結末を得ましたが、あなたに救われたことに後悔など抱きません》


 フレーバーテキストに書かれた文字を読み、あんまりな事態に呆然としていたソートは、ようやく苦笑いのような笑みを浮かべ、


「どうですマスター! これで今回の失態はチャラですよね! というかあのモンスターもじつは経験値バリ高い可能性がありますし。これは失態ではなくむしろファインプレーしかしてないんじゃないですか私!?」

「………………」

「え、ちょ!? マスター。そんな、いきなり抱きつくなんて。ちょ、やめてくださいよ。レアアイテムをガチャで引けたことに感動したのは分かりましたから。ま、まぁ、こんな情熱的なマスターも、悪くはありませんけどっぉおおお!?」


 とりあえずシェネのドヤ顔がムカついたので、遠慮なくベアハッグを決めて黙らせておいた。


――いや、ゲーマー垂涎の能力であることは否定しないんだけど、それのせいでほかの機能がなんか残念なのは否定しがたい事実だしね? と。そんな理由付けをしながら……。


…†…†…………†…†…


 そして、創世神ソートは自らの戦装束を定める。


「で、マスター。この結晶使って何作るんです? 剣とか槍とかわりかし自由度は高いですけど」

「いや、俺がある程度使える戦法はひとつしかないからそれに合わせるわ。というわけで、シェネ。近代武器の武装作成画面開いてくれ」

「……いきなり創世神らしくない武器じゃないですかねぇ」


――これなら確実に勝つ自信あるからいいだろう? と、いう自信に満ち溢れた言葉とともに。


次回――主人公、大地に立つ(二回目)!

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