試練チュートリアル
試練始めるといったな。あれはうそだ(白目
いざ始めるとなるとあれこれ一話じゃ収まらなくねぇ? ということに気づき、急遽分割。試練内容はまだ執筆中ですので、来週になるかと?
知っているか、これ後十二個あるんだぜ? 大丈夫かよこれと自問自答中……。
ソートこと玉造創人は、鳴り響くチャイムによって目を覚ました。
「……もう昼休み終わったか」
「いや、それどころじゃないから!?」
「なん……だと!?」
隣の席から入れられるツッコミに慌てて辺りを見回すと、周囲のクラスメイトは帰り支度を済ませており、窓から差し込む日差しは既に大きく傾いていた。
「お前昼休みからずっと寝てたぞ……。妙にうなされているから先生も起こしづらくてな」
「いや、そこは起こしてくれよ」
しまった。これでも真面目な生徒で通していたのに……昨日はどうシャルルトルムをギャフンと言わせてやるか考えていて、夜ふかししちまったからな。と、頭を抱える創人に、隣の席の友人――神谷勇太も、肩をすくめた。
「外面だけはよかったもんなお前」
「成績もいいぞ。お前と違って」
「悪かったなっ!? というか中の上程度だろうお前!」
――県内有数の進学校でそれは結構すごいんじゃないか? と、創人は内心で自画自賛しつつ、
「はぁ、終わっちまったもんは仕方ないか。帰ろ……」
「おう! それならお前今夜空いている? ちょっと付き合ってくれよ?」
クラスメイトの女子が数名、ガタリと音を立てて立ち上がった。
「……男と付き合う趣味はないぞ?」
「ばっか! そうじゃねぇよ。久々に《バレット・スコール・オンライン》こいよ!」
なんだ、ちっ。玉×神じゃねぇのか……。と言いたげに、さっさと帰っていく女子生徒たちに顔を引きつらせつつ、創人はそのオンラインゲームの名前を思い出した。
《バレット・スコール・オンライン》=BSOとは、国内有数のVRファーストパーソンシューティングゲーム――FPSゲームのことである。
VRMMORPGと同じように自らのアバターを作り遊ぶVRゲームなのだが、こちらは剣と魔法がモノを言うRPGとは違い、主に近代を舞台にした銃撃戦がメインのゲームだ。
創人は勇太に誘われ、半年ほど前までこのゲームをしていたのだが、もともと趣味とは違うこともあってか、とある目標の達成を最後に半ば引退していたのだ。
「いやだよ……」
何より、このゲームにはあまりやりたくない原因がある。
国内最大規模のVRFPSであるにも関わらず、VRゲームのキラータイトルになっていないのもそれが理由だ。それは、
「あのゲームグロすぎるから」
「それがいいんじゃん! 飛び散る血しぶき! はみ出る内蔵!」
「バイオパンデミックオンラインでもやってろ」
「ゾンビはちょっと……」
そう、人を撃ち殺した時の演出がやたらとリアルなのだ! 頭に弾丸を当てようものならざくろのように飛び散る脳症や、頭蓋骨が砕け散る様子などを克明にプレイヤーの視覚に届けてくる。
誰がここまでやれといった。と多くのプレイヤーたちに非難され、初心者プレイヤーの約八割がPVPをした際に強制ログアウト。現実世界で嘔吐するという事案が多発する問題児なのだ。
ちなみに残り二割は失神して病院に運び込まれている。
年齢制限は一応R-15のはずなのだが……どうしてこうなった。
PTAも問題視しているようであり、創人が引退した際には年齢制限が上げられるという噂があったのだが……。
「というかお前、あれR18になったんだろう? 大丈夫なのか?」
「今時高校生が18の壁を守るかよ。エロ本は良くて、ゲームはダメな理由がないだろう?」
「そういう問題じゃないと思うんだが……」
「それに、年齢制限上昇はなくなったんだぜ?」
「…………え?」
勇太の信じがたい言葉にソートは思わず瞠目した。
「PTAを黙らせたのか? 馬鹿な! あの組織に逆らってただで済むはずがない!」
「くくくくっ。機関の手にかかれば、あの程度の民間組織赤子の手をひねるが如くよ。くははは! エルプソングコンドルゥ。革命の時は近い」
――なにやってんだあいつら? いつものことだろうほっとけ。と、男子生徒たちの呆れた視線を無視しつつ、ひとしきりいつもの中二ゴッコを楽しんだあと、
「まぁ、普通にモザイク設定とかダメージエフェクト化とかができるようになっただけなんだけどな」
「なんだ」
「ちなみに俺は設定してないぞっ!」
「そうか。腕のいい精神科医を探しといてやるよ」
「創人ってば辛辣っ! で、今夜復帰してみないっ! またBSO最強決定戦――《死滅豪雨戦線》=DSLがあるらしいから、是非ともまたソート様のお力を借りたいんだけど!」
「それが理由か」
豪雨が降り注ぐ戦場に放り込まれ、数百人近いプレイヤーたちが殺し合いを演じる銃撃戦バトルロワイヤル。創人ことソートと、勇太こと――ブレイブシャインは以前のこの大会でタッグを組み、最後のふたりとなるまで戦い抜いたトッププレイヤーなのだ。まぁ、バトルロワイヤルであったため、最期にはお互いに熾烈な殺し合いを演じることにもなったのだが。
結局戦いに勝ったのはソート。だが、狙撃銃でガンカタを演じたブレイブシャインと、初期の狙撃を見事かいくぐり、二丁拳銃でブレイブシャインを下したソートは、《殺し愛同盟》という悪名とともに、BSOでは伝説として今でも語り草となっているらしい……。
「なぁなぁ、もう一度戦場二人で荒らし回ろうぜっ! そして今度こそリベンジマッチをっ!」
「まぁ、勝ち逃げするなと言われると、俺としても断りにくいんだが……」
とはいえ、今はそちらにかまけている余裕はない。
頭を掻く創人の脳裏をよぎるのは、雨で視界が覆われた戦場ではなく、あの忌々しい創世神のにやけ切った顔である。
「悪い、最近始めたVRSLGでちょっと厄介事に巻き込まれてな。いま手が離せないんだ……」
「は? SLGで? 創人の専門分野じゃないかよ? いつもなら対人関係含みでうまくやっているのにどうしたんだ」
「マナーのなっていない馬鹿野郎に絡まれたんだよ。まったく、好き勝手生きたいならオフラインゲームしてろっていうのに」
「ふ~ん。あ、それってもしかしてWGOか?」
「そうだけど?」
「うわっ、じゃぁシャルルトルムが絡んだプレイヤーってもしかして創人のことか!?」
「は? なんで知ってんだ?」
勇太の生息地域はBSOを中心としたFPSゲーム全般である。専門分野に関しては絶対的な知識量を持つが、逆にSLGやRPG関連のゲームには微塵も興味を示していなかったはずであり、当然情報収集などもしていない。
なのになぜ自分とシャルルトルムの因縁を知っているのか? と創人が首をかしげるのを見て、勇太は忌々しげに眉をしかめた。
「シャルルトルムはな、一度BSOに来たことがあって……自分のツウィンターアカウントでそれをさんざんこき下ろしやがったんだ!!」
「あぁ、なるほど……」
「まったく! BSOの攻略日記なんて書いているから、どれアドバイスでもしてやるかとあいつのツウィンターアカウント覗いたらさんざんBSOの悪口が書いてあってな。クソゲーだの、年齢制限がおかしいだの、いくらなんでもあのグロさは犯罪だの、好き勝手なこと言いやがって!!」
「………………………」
別に間違ったことは言っていないと思うんだが。と、創人は内心思ったが、今後の友人関係のために努めて沈黙を貫いた。
「前のDSLで即退場させられたのを逆恨みしてんだぜきっと!」
「あぁ、あのゲームは課金じゃ強くなれないしな。あいつには相性最悪だったろうさ……」
「それであんまりにムカついたから定期的にあいつのアカウント覗いて炎上させているんだけど……昨日WGOについての書き込みに、ムカつく奴がいるからちょっと締めるって書いてあってさ」
「暇なことしてんなよ……」
半眼になる創人の肩に、勇太は力強く自らの手が叩きつけた。
「いったっ!?」
「安心しろ創人。あいつを殺るって言うなら協力してやるっ! まずはいつもしているアカウント炎上攻撃をさらに苛烈にしてだな」
「やめろやめろっ! 問題になったらどうするつもりだ、お前はっ! まぁ、言葉だけはありがたく受け取っておいてやるっ!」
とにかく友人をアカウント停止の憂き目に合わせるわけには行かない。慌てて創人は燃え上がる勇太を沈下し、
「お前がそんなことしなくても、あのガキには俺からしっかりお灸を据えてやるさ」
「やっぱりお前の目から見てもあれの中身はガキっぽかったか……でも大丈夫か? ベータじゃあいつトッププレイヤーだったってツウィンターには書いてあったけど?」
「俺を誰だと思っている?」
お前の相棒としてあの戦いをくぐり抜けた男だぞ。と、創人は不敵な笑みを浮かべた。
…†…†…………†…†…
「とはいったものの、まだ勝つための目処は立っていないんだよな……」
これから行われる試練において、どれほどの英雄を育てられるか。それがまだわからない以上、必勝を誓うのはやりすぎだった。
「だが、これでもう後戻りはできない。背水の陣ってやつか」
逆に言えばあの悪友に必勝を誓った以上、負けられない理由も更に増えた。モチベーションは当然上がっている。
「さてと、じゃぁそろそろ行きますか」
ゆえに、家に帰った創人は「勉強もちゃんとしなさいよ~」という母親の声に「あいよ~」と、おざなりに答えつつ、寝巻きに着替えたあと即座にベッドに倒れ込み、グレムリンを頭にかぶった。
「待っていろよ、シャルルトルム」
――お前に吠え面かかせてやる。
そんな決意を胸にひめ、創人がソートになった直後、彼の目に飛び込んできたのはっ!
…†…†…………†…†…
「あっ、マスター。おはようございます……」
「……クマすごいぞ」
「ははは、何を言っているのでしょうマスターは! AIは寝不足になったりしませんよっ!?」
まるで修羅場明けの同人作家がごとき、ボロボロの姿で虚ろな笑みを浮かべるシェネの姿だったという……。
…†…†…………†…†…
「何考えているんだお前……。俺がログアウト中はAIも休むんじゃなかったのか?」
「いやですね。AIだって残業くらいしますって。マスターはただでさえ初心者なんですから、フォローなりなんなりが必要なんですよ」
「人をブラック企業経営者みたいに言ってんじゃねぇ! もういいからお前休んでろ。今日の世界運営は俺がやるから」
「え!?」
ヨレヨレになった赤いスーツ。あちこちにはねている髪。何より目の下にくっきりと浮いた濃い隈。明らかに過労死一歩手前といった様相のシェネに僅かに引きつつ、ソートはとにかく相棒を休ませることを選択した。
たしかにシェネはAIだ。普通なら休息など必要ないとだんじるだろうが、今のシェネの姿はあまりにひどすぎた。
――AIアバターにも疲労度が反映されるのだろうか……。
埒もないことを考えつつソートは世界のログを開き、加速中に起こった出来事を閲覧していく。
そんな中、休めと言われたシェネはというと、
「え、い、いいやマスター! 大丈夫ですよっ!! 私ってば全然元気!! それにさっきも言ったようにマスターだって初心者なんですから、私のアシストがないといろいろ不便ですよねッ! 私に仕事させましょう! 仕事を下さいお願いしますっ!」
「えぇい! 社畜一歩手前どころか調教された社畜になっているだろうが! いいから休めって言ってるだろう!? お願いしますから休んでくださいっ!」
「今日の運営終わったらいくらでも休みますからっ! 私の許可無くログの閲覧とかホントやめてっ!」
「何言ってんだお前っ!? 俺が作った世界だろう!? ログ見るくらいいいだろうが!?」
――ほんとどうしたんだ? コイツは何をそんなに焦って……って、はっ!
「お、お前……まさかっ!」
「っ!」
何かに気付いた様子で目を見開くソートに、シェネが僅かに固まった。
そしてソートはゆっくりとシェネから距離をとり。
「お前まさか……」
「ま、ますた……」
「暇なことをいいことに、原始人たちの情熱的な性行為をのぞき見ていたな!? その閲覧履歴がログに残っているんだろうっ! この思春期めっ! そういうのが許されるのは男子中学生だけだぞっ!」
「…………」
瞬間、シェネはなにか究極の選択を迫られたような顔をしたが、それもつかの間。何かを振り切るかのように頭を振った彼女は、にやりと笑みを浮かべて、
「ば、バレてしまっては仕方ありませんね。えぇ、そうですよ! 私はマスターに隠れて、え、えろいしーんをたくさん、たくさん、み、みて」
「お、おい。何も泣く事ないじゃないか……。わかった、わかったよ。お前だってきちんと感情持っているんだもんな。うん、欲求不満にだってなるし……それにその、最近はエロい女の子にも需要があるから。そ、そんな落ち込むなって」
「う、うぅ……」
なにか大切なものを失ったような顔でうなだれつつ、そっとソートから渡されたログ画面を受け取り、シェネはさっとそれを操作した。
「それじゃぁ世界の運営を始めますよ、マスター。本日はこれ」
「《獣の試練》か」
同時にシェネが新しく展開したウィンドウに、《獣の試練》の文字が浮かび上がった。
「実際操作が慣れないせいで俺が作った試練は一つ二つしかないんだが……あんな簡単のもので本当に試練が作れるのか? ほとんど思いつきの文章書いていただけだぞ?」
「試練メイドはこのゲームの主要システムのひとつでもあります。それゆえに機能は結構優秀なんですよ?」
――とはいえやはり不安だというのならばおさらいでもしておきますかね。
そういうとシェネはチュートリアル画面を展開し、解説を開始した。
「昨日も言ったように、下界に神々がかす試練には種類があります。初めからゲームシステムで制作:設定されているテンプレート試練。こちらは魔物討伐やら、ドラゴン退治やら、救国やらオーソドックスなものが揃っています。試練を経験した英雄に与えられる経験値も安定しており、おおよそのプレイヤーたちはおそらくこれを使って英雄育成を行うはずです。とはいえ、飛び抜けて高い経験値が与えられたり、特定のステータスを狙ってあげたいという場合はどうしてもこれらの試練では対応しきれない場合があります。そこで上がるのがハンドメイド試練。昨日私とマスターが作った十二の試練がそれですね」
シェネが十二の試練といった瞬間に、試練の内容が記された書物がソートの前に現れた。ソートは手元に落ちてきたそれを手に取ると、パラパラとメージをめくりながら試練の内容を確認していく。
「基本的にハンドメイド試練に必要な要素はひとつだけ。創造神の手によって描き出された《設定》それさえあれば試練は作り出せます」
「だから昨日俺も試練の内容を必死に作っただろう? やれ虫の軍勢が襲って来るとか、山より大きな化物が現れるとか……大半はお前に却下されたけど」
「マスターが考える試練が人類絶滅クラスの奴しかなかったからですよ。虐殺がしたいのではなく英雄を育成したいのですから、そのあたりの加減はきちんとしないと」
「それはわかっているが……さじ加減が難しすぎる」
なれない文章制作と、適度に攻略難易度が高いが攻略できないわけではない、試練難易の見極めの難しさを思い出し、僅かに不機嫌になって口をへの字に曲げるソート。そんな彼にシェネはそっと嘆息した。
「とはいえ、その設定だけではあまりにデータが少なすぎるのもまた事実。本来ならば境界領域に行って、運営が用意してくれている絵師の人たちや、たま~に野良でやってくれている絵心のある創世神にGPを払ってボスキャラクターや、雑魚モンスター――舞台背景や与える神器のデザインを頼んだりして、ある程度好みの試練を作るものなのですが……まぁ、それはあってもなくても大丈夫なので」
「そうなのか?」
「今回マスターに作ってもらったのは文章試練メイド。つまりは設定だけが記された試練です。とはいえ、先程も言ったようにこれだけではデータが足りません。ですが、ご安心を。足りないデータは世界がランダムオートで埋めてくれるのです」
「ランダムオート?」
なんだそれ? 首をかしげるソートに、シェネはさらに説明を続けた。
「たとえば、昨日マスターが作ったように《ボスモンスターを倒す》といった試練。これだけでは普通のゲームならば「データ不足」でろくに機能しないこの試練も、このゲームにかかればあら不思議。世界が勝手に、運営が用意しているボスモンスターの中からモンスターをランダムで選出し、設定した難易度に合わせた強さで世界に放ってくれるのです」
「なるほど!」
そいつは便利だ。と感心するソートを尻目に、いいことばかりではありませんよとシェネは釘を刺しておく。
「とはいえ、これはあくまで緊急措置。せっかくのハンドメイドでも、経験値をたくさん落としてくれるボスが来るかはランダムになってしまうので、あまりおすすめできないことは変わらないですけどね。ランダムオートにするとハンドメイドの利点の八割が消えるといっていいでしょう。運がよければいいボスモンスターを当てることもできるのですが」
「そりゃまたなんとも……」
完全に運任せになっているという自分の試練の内容に、ソートは思わず顔をしかめた。
昨日せっかく考えた試練が無駄になるかもしれないというのだ。落胆するのも当然と言えた。
「というわけで、第一の試練である《獣の試練》は私シェネ・レートが作ったものを試験的に具現化し下界にて発動させます。まずはその試練がどの程度のものなのかを確認した後、もう少し設定を詰めておきたいところをマスターは決めてください。幸いなことにまだ実装されていない他の試練に関してはまだ修正がききますから。時間がないとは言え、それで英雄が育たなければ意味はありませんしね。ぎりぎり、この設定だけはきちんとやっておくというラインを見極めてもらいたいのです」
「わかった。やってみよう」
お試しの試練。そう言われたとは言え、これから行われるのはまごうことなき人の闘争だ。不真面目な態度で見るわけには行かないと、ソートは覚悟をして画面の展開を待つ。
そして、自分が疲れ切っている理由などすっかり気にしなくなったソートの姿に、ほっと一息つきつつ、シェネはそっと傍らに浮かぶ世界に触れた。
すると暗くなっていた世界は再び輝きを取り戻し、ゆっくりと回転を再開した。
「でははじめましょう。これから見るのは百年後の世界。ティアマトさんやあの時代の人々が繋いだ世界。そして、私たちの試練が日の目を浴びる世界です」
「そうか……百年も経てばティアマトは死んじゃっているか。後でちゃんと大往生できたか確認してやらないとな」
と、わずかに悲しそうな顔をするソートに、ほんの少しだけ胸を痛めながら……シェネは再び世界を回す。
すべては、この世界の勝利のために。