少年 2
木にぶつからないように、両手を前につきだしたままゆっくりと歩く。
「どうしよう。こんなにきりが深かったら見つけられない」
困惑しながらも、ぼくは前に進んだ。
やみくもに歩き続けて、どれくらい経っただろう。
今いる場所がどこなのかも、前に進んでいるのかも、もう分からなくなってきた。
きりで前が見えないのか、自分の目がかすんで見えないのか。
ここはどこなんだろう。ぼくは何のためにここにいるのか、忘れそうになる。
あぁ、そうだった。
身寄りのないぼくに、あの子だけが笑いかけてくれた。話しかけてくれた。優しくしてくれた。そばにいてくれた。
年を重ねるごとに美しくなっていくあの子が、元気になったら遠くにお嫁に行ってしまうかもしれないけれど、それでも、生きてさえいてくれたら、それだけでぼくは生きていける。
だから、どうかお願いします。どうかどうか、ぼくの大好きなあの子の病を治してください。
そう思った時に、ぱぁっと一瞬で、目の前をおおっていたきりが、嘘のように晴れた。
目の前に広がる緑の葉。その中にチラリと違う色が見えた気がした。
そこには色鮮やかな虹色。
とても小さいのに、うすぐらい木々の中で輝いて見えた。
「見つけた」
ぼくはその葉の前でひざまずいた。
「お願いします。村長の娘の病を治してください。お願いします。お願いします」
いくら願い続けても、何の変化も現れない。
「お願いします、代わりにぼくの。・・・ぼくは貧しくてなにも持っていないから、ぼくの命をあげます。だから、あの子を助けて!!」
それは、ぼくの心からの叫びだった。
『分かりました』
空から声が降ってきた。
ぼくはキョロキョロと辺りを見回した。けれど、誰もいない。
『あなたの願いを叶えましょう。あなたには私の里に来てもらいます』
また、空から声が響いた。
ぼくには家族がいないから、ぼくがいなくなっても悲しむ人はいない。村の人たちは心配してくれるかも知れないけど、ぼくの事なんかすぐに忘れるだろう。
でも元気になったあの子の姿を一目見たい。目に焼き付けておきたいと思った。忘れないように。
「一つ、お願いしてもいいですか?」
『何ですか?』
「元気になったあの子の姿を見たいのです」
『分かりました』
そう聞こえた直後に、目の前の景色ががらりと代わり村長の家が現れた。
庭から中をのぞくと、布団から起き上がったあの子の姿見えた。少しやつれてはいるけど、顔色も良くて気分が良さそうに見える。
村長さんや奥さん、村の人たちが喜び抱き合っていた。
その姿がどんどん遠ざかって、最後にあの子を見るとぼくに笑いかけているように見えた。
幸せになってね。ぼくは心のなかでそう言った。
「これで思い残すことはありません」
ぼくの体が光だし、目の前が真っ白になってゆく。
ぼくは笑みを浮かべたまま両目をゆっくり閉じた。