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異世界をセーブとロードで生きていく  作者: 冷水
異世界への降り立ち
3/3

セーブデータ

「あ……」

 焦点の合わない目で、見上げる空は青かった。それで居て、素晴らしいものだった。

 生きてるって素晴らしい、そうつぶやこうと口を開くが、上手く言葉が纏まらない。

「ぁ……」

 だが、思い出せば出すほど、生々しい感覚が記憶を駆け抜ける。

 痛み、苦痛、死ぬ瞬間の空虚な寒さ。何もかもが、ナイフで切られたかのような痛みを、実際に傷の無い体のあちこちに認識させる。

「うぐ、うう……」

 胸……肺の辺りを押さえながら、うずくまりそうになったユウタは、しかしその場で踏みとどまった。

 状況が掴めてきて、しばし呆然としながらも、まずは自分がすべきことを考える。痛みを、境遇を呪うのはいつでもできる。

「まずは、安全な場所を確保しよう……」

 これが、夢では無いことは、さっきの体験が伝えてくれる。

 運が良いのか、はたまた不幸なのか、神城ユウタの心はこの程度では折れないくらいには強かった。

 いきなり勇者として召喚されたことも、死を経験したことも、到底認められることではない。しかし、それでも『生きていたい』という衝動だけは人一倍強かった。『こんなところで死にたい』などと、死ぬ方が幸せなどと思いたくはなかった。



☆☆

「どうしてこうなった……」

 目の前には刃が迫っていて、しかしどうしようも無い無力感に苛まれていた。

 貴族風な男がユウタを少し離れた所で見ていて、護衛がその傍に付き添っている。

 神城ユウタの前に居るのは、護衛の中の一人で、剣を構えた男だった。その男は、街中だというのにユウタを殺そうとしている。目には哀れみと、少しの同情があるのみである。

「せめて、苦しくないように殺してやる」

 それは、ユウタがミスをしてしまった事に対して、この世界は死刑を望んだ結果だった。身分制度のカーストが激しい世界において、近くに居た者が偶然にも高貴な人物で、不注意にもその人物の護衛は目を離していた。誰も危機を知らせる者が居ない状況で、度重なる不幸が重なるとどうなるのか。

 近くで買った水を、飲みながら歩いているところで、傲慢で特権意識が高くプライドも高い権力者に対し、その水をぶちまけてしまえばどうなるのか。


 ザシュ、ゴト


 あたりに瑞々しくも、痛々しい音が響き渡り、通行人の視線が怯えと、少しの好奇心を乗せている。


「ひぃ」


 ある通行は悲鳴を上げるが、ただそれだけだった。


 この世界において、権力者への粗相の代償は、死罪としても構わない。例えば平民が、貴族の馬車に引かれても、悪いのはその平民である。

 さすがに、独自に裁いて小言のひとつを言われることはあっても、それが許される世界だった。

 ゆえに、周りに注意を向けながら歩かなければならない。ユウタはそれを知った。


―――

「……」

 2度目の酩酊感とともに、意識を取り戻したユウタは急いでその場から離れた。

 人を観察し、まずは『宿』を探す。この際、所持金の減りを気にするのではなく、個室で一人になって考えられる場所が欲しかった。


 町外れの郊外に近く、周りに適度に人通りがある。

 街の外れにある門の近くで、人の出入りのそこそこある場所で、ユウタは歩きながら周りを観察する。


(常識も、何も分からない状況で、気を抜けば死ぬ)

 それは比喩でもなんでもなく、二度の死を経験したユウタは慎重になる。


 死の感覚は様々だった。


 痛めつけられて致命傷を負えば、死に切れない苦痛が、死に切れるまでの間続く。

 その思考は走馬灯などではなく、呪詛のような心の声を、ただ淡々と呟くだけだった。

 『痛い』『死にたくない』『痛い』『なんで俺が……』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『生きたい、死にたくない』


 鋭利な刃物で、首を刎ねられ殺されると、人が死ぬまでには30秒ほどの時間があった。

 痛みは無い、しかしそれが逆に恐ろしくなる。時間と共に、何も考えられなくなってくる。血が首を通して脳から抜けてくと同時に、最後の感覚が消えていく様は忘れられない。

 『あれ?視界がいきなりずれて』『俺の体?』『体の感覚が無い』『見えない』『死死、おr…死?』

 


 

☆☆☆

 宿。

 一泊あたり銀貨1枚の、メモ書きの基準より少し高めの宿屋だった。

 朝と夜の食事つき、とりあえず2泊と伝えて支払いを済ませ、カギを受け取った。

 億劫だが、受付の人の言葉に耳を傾け、記憶に叩き込む。死なないように、死ににくいように、常識の知らないユウタが生き残るには、それは最低限にできる努力だったのかもしれない。


「ふう……」

 扉に鍵を閉め、少し重めの、最初に受け取った荷物を床に放り出す。

 そのまま、ずるずると扉を背に座り込むと、途端に精神的な疲れがユウタを押しつぶしてきた。


 一筋、床に俯くと涙がこぼれていた。それが床に水滴として落ちていく。

「――」

 嗚咽を我慢しながら、涙が出てきた。男だからと、心細ければ涙することもある。周囲に人と、敵となりそうな者が居なければ、もう堰き止める気持ちも持ち合わせていなかった。


「っ……」

 そのまま、日が暮れるまで俯いてすごしていた。その頃には涙は止まっていた。

 そしてユウタは、何時間も動かず過ごしたが、ふと思い出したように動き出す。


「セーブ」

 ゲーム画面のようなウィンドウが空中に浮かぶ。そして指を動かした。


:セーブデータ1『エアリーズ・エリーズ王国 城下町 城門前』

:セーブデータ2『エアリーズ・エリーズ王国 城下町 宿屋』




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