表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

No title. Genre:fantasy. Keyword:言霊

「ねぇ、〝言霊〟って、知ってる?」

 東洋から来た彼女が言っていた言葉を、ぼくは今でも覚えている。

「私のいた国ではね、良い事を言えば良い事が起こって、悪い事を言えば悪い事が起こるって、そう言われてたの」

 枯葉の敷き詰められ、朱色の木漏れ日が射す深い森の中で、ぼくが彼女を押し倒した様な姿勢で、覆い被さるぼくに淡々と彼女は喋った。

「でもね、みんな〝言霊〟を知っていても、日頃から意識なんてしないんだ。自分にも、誰かにも、お構いなしに喋りたい事を喋るんだ」

 悲しみとも、蔑みともとれるその表情を、ぼくは今でも思い出す。

 乱れた真っ白な髪の合間から、綺麗な紅い瞳が、蛇の様にぼくを捉えて逃がさない。

「そんな所に、私は居たくなかった。自分の言葉が、物事を、社会を、国を、そして人命を、左右させているんだと自覚しない無責任な所から、私は……」

 彼女の目が潤む。しかしその口は、尚も淡々と言葉を発し、その瞳は揺るがず僕を見つめていた。

「だから、私はここに来た。ここの方が私に合うと思った。でもそれは、ただの夢で、理想で、実際は違った。国が違えど言葉が違えど、何もかも違っても、人間は人間で、それ以上でも以下でもなかった」

 彼女がすぅっと手を伸ばすと、袖に付いた葉がパラパラと落ち、ぼくの頬を手のひらで撫でる様に触れた。

「でもね、一つ違う事があったんだ。みんな〝言霊〟を知らないの。みんな言葉から『魔法』を習うのに、変だよね」

 クスリと彼女は儚げに笑った。嘲笑う訳で無く、ただただ、間違えを見つけた子供の様に。

「知ってる、分かっているのにやる訳じゃなくて、知らなくて、無自覚にやっているのなら、教えてあげればいい。単純な事だよ」

 だが段々と、その表情は変わっていった。彼女が、ぼくの知っている、気弱で大人しく、しかし礼節と優しさ、思いやりに満ちていた彼女とは違う、彼女の姿をした誰か、『似て非なる同一の別人』の様に、その表情は不気味に変わっていった。

「〝言霊は存在するんだよ〟って。言葉で人は死ぬんだよって」

 頬を触れる手から、ズキズキと沁みる様な痛みを感じる。

 彼女の瞳に溜まっていた涙が、ついに溢れ、こめかみを伝い流れた。

「そうしたらみんな気付くはず。自分が何をしたのか。そして理解するはず。言葉で人は殺せるんだよって」

「……お願いだ。もうそんな事は言わないでくれ。死ぬとか、殺すとか。お願いだから、元の君に戻ってくれ。健気で、でも芯を強く持つ、君が言った『凛として咲く花の様に』が似合う君に……ッ」

 段々と暗く闇に呑まれていく様な彼女の姿に、ぼくは思わず口を開いた。込み上げる涙を堪えて。

「……もう、遅いよ。元の自分なんて、私がどうであったかなんて、もう思い出せないよ。ねぇ。人は変わるの。環境に合わせて適応していく生物なんだよ。だから私は変わったの。……変わっちゃったの。いくら戻りたくても、いくら思い出したくても、それはもう、死んだ私なの。環境に適応出来なくて、環境に拒絶されて、それでも尚健気に生きる、生物としての生き続ける意志を保つ為に、自分を、誰かを、殺すンだよ」

 ぼくの顔を掴み、目を見開き、状態を起こそうとする彼女を、ぼくは咄嗟に払いのけ、放り出された彼女の手を抑える。

 だが彼女はそれでも尚、彼女とは思えない様な力で起き上がろうとする。ぼくの顔と彼女の顔が近づき、彼女の荒くなっていく息遣いが、直に感じられた。

 ぼくは、その時のぼくの頭には、彼女に会う前に先生から言われた言葉が、嫌でも浮かんでしまっていた。

《彼女を殺さなければならない。禁書に憑りつかれてしまった以上、彼女が彼女で無くなってしまった以上。もう戻れない》

 嫌だ。嘘だ。彼女はまだ彼女だ。まだ引き返せる。そう思いたいという願いを踏みにじるが如く、彼女は、彼女の綺麗だった瞳は、黒く濁っていっていた。

 彼女の透き通る様な白い髪は黒く染まって行き、明るい乳白色の肌は灰の様に暗くなっていき、彼女の瞳から、黒い雫が頬を伝って流れ落ちた。

「……だ、から…………」

 ……彼女が、急に掠れた声になる。

「だ、から……元の私を知っていて……今の私を……どうすればいいか分かる貴方に…………私は、私の中の死んだ私は……『生きていた』んだって……伝えて欲しい……」

 ぼくの知っている様な、弱々しく、呟く様に喋る彼女の声で、彼女は続けて、ぼくが聞きたくなかった言葉を、強引に押し付けた。

「だから……私を…………――――――」


 ――――――――。

 ――――――――。

 ――――――――。

 これは、一人の魔法使いと、一人の魔女の物語。

 これは、幻想の世界で収まってしまった、現実の物語。

 これは、少年少女の、思い想った末に、選んでしまった選択の物語。

 これは――――。

 これは――――。



 ――――――――。

 ――――――――。

 ――――――――。



 ――これは、時を遡る事『2年と半年前』に始まった、物語である。


前々から「言霊」や「口は禍の門」等をテーマにしたキャラクターが書きたかったんです。

ただ、これを書く時に色々集中出来ない・作品に相応しくない環境的要素が重なってしまい、個人的にはこれの表現をもっと良く出来ると思ってます。

とはいえやはり、物語自体せっかく思いつけたので、気に入らない発想では無いので、なんかしらの機会にまた書いてみたいと思います。

あ、あとこれを書く際に少し映画「<harmony/>」を参考にしました。原作小説も早く読破したいです(読むのが遅い人

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ