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UNREAL SNIPER

「主よ、どうか我を守り給え」


 ――その時、ぼくの眼前には、流れ星とも似た光点が激しく飛び交っていた。

 時に、赤や緑の光点も、太い光点も細い光点も、煙を吹き出しながら流れる光点も、混じっていた。

 光点だけじゃない。花火の様な爆発も宙で、地で、起こっていた。

 何も珍しくは思っていない。長くに渡り見慣れた光景だ。

 ただ一つだけ、ぼくの脳裏に焼き付いている〝ソレ〟とは、絶対的に違う点がある。

 どんな光点が流れようとも、どんな爆発が起ころうとも、ドロッとして、一度付着するとどう洗っても決して拭えない、体に、心に、染み付き、こべり付く様な〝液体〟は、そこには無かった。

 それが嫌だとは思っていない。むしろ安心している。心が安らいでさえいる。

 ここは、あそこじゃない。だからぼくは安心して楽しめる。


「主よ我に、力を与え給え」


 ぼくは無神論者だ。付け加え、ぼくはただの物好きだ。

 格好付けのつもりじゃあない。無神論者なりの願懸けだ。

 ただまぁ、恥ずかしい気持ちも少しはある。

 故にか否か、独り言の様に、詠唱する様に、小さく、しかし正確に唱える。

 ノルマンディー上陸作戦を描いた作品の、狙撃銃と十字架を携えた登場人物を模して、彼の様な活躍が出来る様にと、ぼくなりに考えた結果の、このやり方だ。

 すうっと息を吸い、彼が唱えた一節を正しく、なぞる。

 単純にも、それだけで震えは収まり、まるで全てを捉え正確に撃ち抜ける様な自信が湧いてくる。


「主よ、我汝に祈り給う」


 正しい見出し、正しい引きつけ、正しい頬付け。

 近頃見た作品で思い出した、実際に習った事を脳内で唱える。

 一つ唱え、立ち上がる。

 正しく狙い、正しく安定させ、正しく構える。

 言うだけどうという事では無いが、それだけ重要であり、それだけ難しい事だ。

 その難しい事を、ぼくはより正確に、確実にやらねばならない。

 緊張は勿論感じる。失敗するのも怖い。

 だが、ここでならそれら全てをかき消せる。

 あそことは違う。ここでは全てが軽い。少なくともぼくには、軽く感じる。

 だからこそ自分を勇気付ける事が出来るし、だからこそ絶対成し遂げなきゃいけないと自分を叱咤する余裕が生まれる。

 

「我に恥を負わしめ給う無く、我を敵の手から守り給え」


 何もかもが軽く感じる世界で、尚もどこか重く感じる引き金を引く。

 あそこで感じたものと似ているが、しかし違う肩への衝撃を感じながらも、ブレる体勢を修正し、ボルトを引き、弾を排莢、ボルトを戻し、次の標的を狙い、構え、引き金を引く。

 一連の動作を正確に、秒以下に収める程素早く、機械(マシーン)の様にそれらを連続して行い続ける。何の迷いも無く。ただただ集中して行動をする。

 乱れず、一定の間隔で、言わばリズミカルに。

 

「主よ、どうか我が手と、我が指に戦う力を与え給え」


 一定数、10発撃つ度に、空になった弾倉を交換する。

 ボルトを引き、リリースボタンを押し、弾倉を外し、それをそのまま地に放り落とし、予め手の届く範囲に散らばらせておいた弾倉を拾い、銃へと叩き込み、ボルトを戻す。

 薬室に入ったばかりの.338ラプアマグナム弾を、すぐさま休みなく標的へと向かわせる。

 次に薬室に入った弾も、その次も。10発向かわせ、弾倉が空になれば、一連の動作をまた繰り返す。精密機械の様に。ただひたすら素早く正確に。


「主は我が岩、我が城なり」


 発砲の音、ボルトが引かれ、飛び出した薬莢が地で跳ね転がる音、ボルトの戻る音、また発砲音。

 ぼくの耳には、それまで聞こえていた銃声や轟く爆発音、敵味方の怒号や咆哮、無線から響く各所の味方からの報告や要請を全て遮断し黙らせる、一連の動作の音しか聞こえなくなっていた。

 一心不乱に一糸乱れず、メトロノームを模倣するが如く極限に早く、一切落とさず。


「我が砦、我を救う者なり」


 ここがあそこでなくて良かったと、ふと思う。

 あそこでこれらを行おうものならば、まず体が壊れるのは間違い無いだろう。

 そして、本来これ程にも連続して発砲する事を想定していない故に、実際ならばもう銃身が過熱で歪んだり、ライフリングが摩耗して命中精度が酷く落ちたりしている……だろう。実例が無いので解らないが、たぶんそうだ。

 そして何より、あそこならば毎秒複数人の命を長時間に渡り奪い続けているのだから、精神が破綻するのは前者前々者よりも確実だ。考えるだけで酷く恐ろしい。


「主は我が盾、我が寄り恃む者なり」


 既に持ってきた予備弾倉10個を空にした。

 足元には仄かに輝く薬莢で埋め尽くされている。

 気が付けば、本当に自分の発砲音、コッキング音、薬莢が薬莢に当たり、そして地面に転がる音以外ほとんど何も聞こえなくなっていた。

 微かに聞こえるのは、残り数名の敵が慌てふためく声、空しく弱々しくも感じる僅かな銃声のみ。

 味方は攻撃の手を止め、ただ口を噤んでしまっている。

 ぼくは、最後の弾倉を、ブレーキを掛ける様にゆっくりと丁寧に、落ち着かせる様に撃ってゆき………………ぼくは、長い事覗き続けていたスコープから、目を離した。


「アーメン」


 ――その時、ぼくの眼前には、ただただ静寂が広がっていた。



(書いていた時に観ていた)映画『プライベートライアン』、小説『虐殺器官』『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』をオマージュして考えてみました。

大分前ですが、書いていた時やんわりと「近未来、戦場を忘れられない退役軍人って、VRを通じてやはり戦場に戻ってきてしまうのかな」とか考えていました。

映画『アメリカン・スナイパー』のクリス・カイルさんの様に、“仮想現実で戦闘を追体験することがPTSDの治療に役立つかどうかの実験”の結果の様に、正しく『仮想現実』が存在する世界でPTSDやトラウマを抱える退役軍人は、『VRゲーム』に触れるのかどうか。触れるのならば、どういう心境でプレイするのか。


また気が向いたら、同じ方針でまた何か書いてみたいと思います!

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