とある変態男女の日常
1
あなたは痴女をどう思いますか?
痴女。その言葉の意味を知るために僕はウィキペディアを開いた。というのも自分が持っている辞書にはその言葉は載っていなかったのだ。
どうやら痴女とは卑猥行為を好む女性を指す俗語の一種であり、元々は性風俗業界の造語とも言われているようだ。
……なるほどなるほど。おかげで痴女について知識を得ることができた。ありがとうウィキペディア! って違う違う。僕が知りたいのは決してこんなことではないのだ。現在の僕が急ぎ必要としているのはその痴女と接する時にはどうすればいいのか――つまりはその対策なのだ!
ここで問いかけてみよう。
皆さんは痴女をどう思うだろうか?
いや、分かる。分かるよ。いきなりこんな質問をされても、「何を言ってるんだ? こいつは」という反応しか返せないということは。しかしどうか聞いてほしい。
ちなみに僕は同じ質問をされれば、どうも思わない、と即答することだろう。
だって考えてもみてほしい。痴女という存在をこの現実で目にしたことがあるだろうか? 痴女がこの世界に頻繁に登場するだろうか? 僕はない! 少なくとも僕の周囲にはそんな特殊な性癖を持った人はいなかった。
だから僕にとっての痴女とは、朝起こしに来てくれる幼なじみ、または兄のことが大好きな妹。そんないるかいないかも分からないフィクションの中の人物と同じくらい実在するかどうか疑わしい存在なのだ。
だからこそ無関心を貫くことができた。
しかし今、現在、その無関心を貫くことはとても困難なことのように思えた。
なぜなら今、僕の目の前にはその想像上のキャラクターであるところの痴女がいるのだから。
場所は誰もいない生徒会室。長机に囲まれたその中心で彼女は立つ。グラビアアイドルなのではないかと思わせる程のスタイルの良さ。特に胸元で大きく主張する二つの塊は、出会った人全員を振り返らせるに違いない威力を持っていた。
そんな彼女はまるで絵画や石像のモデルでもしているのかと思わせるような奇妙なポーズをとっている。しかも、そう……下着姿で、だ。
清楚とはこれだ! と主張するような純白の下着。フリルをあしらったそれは、見た目に反して可愛さを感じさせるが、今はそんなことはどうでもいい。
なぜ彼女は下着しか身につけていないのか。
そしてこんな時、僕はどのような反応をすればいいのか。
それをどうか僕に教えてください。
しかしその答えはどのように検索をしようとも出てくることはない。もういっそのこと知恵袋にでも質問すれば答えを教えてくれるのだろうか?
少なくとも現在の僕では、痴女をどう思うか? という質問には答えられそうになかった。
2
「消費税ってあるじゃん? というか税全般かな? あれって何で支払わないといけないんだろうな。いや、別に納税の義務を否定したいわけじゃないんだよ? でもさ、ふと思ってしまうわけなんだよ。なんであんなものを支払わなくちゃいけないのかって。何で自分に必要なものを買うのに、他人のために余分なお金を支払わなくちゃいけないのかって」
それが将来自分に返ってくるとは言うけれども、それだって今後どうなるのか分からない。ならば今の自分の為に全てを使うべきなのではないだろうか?
「人間は一人では生きられないなんて立派な台詞を吐く奴もいるけどさ。逆だよな? 人間は一人で生きられないんじゃない。一人で生きさせて貰えないだけなんだよ。一人で生きたいと願ってもどこかで他人と繋がらなくちゃいけない。勿論強制的にな。これってどう思う?」
放課後、夕日の差す生徒会室で、ぼくは中学生が考えそうな持論を披露する。
相手は目の前でてきぱきと作業を進める先輩にして生徒会長の高城麗華。
整いすぎている端整な顔立ちに、十人が十人振り返るであろうビッグバン――もとい絶対的なスタイルの良さ。出るところは出ていて引っ込んでいるところは引っ込んでいる。どんな生活をすればそこまで理想的な体に近づけることができるのか。普段の生活を事細やかに記載したものを売れば何百万部と売れそうだ。
中々返ってこない答えに痺れを切らした僕が、何度見ても慣れることのない容姿に見惚れていると、先輩は眉一つ動かさずに、作業を進めながら答える。
「まず一人で生きたいなんて思うことこそが間違いなのよ。一人で逝きたいならまだしもね」
明らかに今、文字が違ってたよな? と思ったが、この先輩は自分の話を途中で切られるのを嫌うので、ここは沈黙に徹することにする。
「そもそも人が誰もが親から生まれている以上、どうしたって生まれた時から誰かと繋がっている。いくら逃げたって逃げ切れるものじゃない。だったらその繋がりを最大限活用すべきじゃない?」
「活用って例えば?」
「そうね……親にいい顔をしていれば、お金をむせび取ることができるわね。いい子にしていれば遺産も入ってくるかもしれないわけだし」
「そんな子供嫌だよ。親が死ぬこと前提じゃないか」
「所詮子供なんてそんなものよ。そうでもなきゃ、遺産相続の問題が浮き彫りになることもないでしょ?」
「そりゃそうかもしれないけど……」
まあそれもそれで、僕にとってはドラマの中の話で全然実感はないのだけれど。
「あなたの言う税金だってそう。将来の自分と国の未来の為に支払っていると思えばいいのよ。それこそ募金のようにね。日本人は好きでしょう? 募金。実際は何もしていないし、そのお金がどこへ行くのかも分からないのに、ただ自らの善意を満たすためだけに募金をする。あー。いいことした。私は善良な市民なんだって、ね」
「どう考えても会長の方が言ってること酷いし、そんな考えで税金を納めたくなんてないよ」
むしろ今の発言で税金を納める気が半減したよ。ただ無駄金を払いたくないなーって軽い話題から何でそんなに重い話題へシフトしてるんだよ。
「先輩」
「……えっ? なに?」
「二人っきりのときは先輩って呼びなさいって言ったはずよ」
「え、あ、ああ……。そういうことね。今、僕、会長って呼んだのか」
危ない危ない。基本的に放課後以外の学校で会う時は会長呼びだからついそっちを使ってしまう。なぜだがこの先輩は二人っきりの時に僕に会長と呼ばれるのを嫌うので、(なぜ僕が会長のことを先輩と呼ぶようになったかは語りたくもないが、一言、調教されたとだけ言っておこう)気をつけていたつもりだったのだが、先輩のあまりにもあんまりな発言に、つい動揺してしまったようだ。
「えっと何の話をしてたんだっけ……? ああ、一人で生きていくうんぬんかんぬんだっけ? じゃあつまり会長は人は一人じゃ生きていけないってことを言いたいわけ?」
「まあそうね。仮に一人で生きているなんて思っている人がいるのなら、その人が自意識過剰ってだけでしょ? 本当に一人になりたいなら後は死ぬしかないんじゃない? 私は死後の世界とかそういうのは信じてないし。なに? もしかしてあなたは死にたいの? 自殺志願者なの?」
「そんなんじゃないよ。ただ僕が言いたかったのは、そうだな……。確かに人は一人では生きていけないのかもしれない。でも一人で生きていけそうって人がいるのも確かだよなって」
「つまり? 悪いのだけれど、結論は簡潔に言ってくれないからしら。あなたの、こんなことを考えてますよアピールを聞いているのは不快以外の何物でもないわ。大したことを考えられない癖に頭を使っちゃって。言いたいことがあるのなら直接言いなさい」
「いや、そんなアピールをした覚えはないんだけど……」
まあ確かに先輩の言うとおり直接言うのが怖いから回りくどい方法をとったわけだけども。
「まあ僕が言いたいのは」
僕は視線を先輩から、目の前に大きく積まれたプリントの山へと移す。一瞬見ただけで弱音を吐きそうになる量に、今まで目を逸らしてきたのだが、さすがにどうにかしなければ。
「そもそも僕は正式な生徒会所属じゃないわけで。そもそも一年生は生徒会には入れないわけで。それに――」
「簡潔に」
「何で生徒会でもない僕が二人っきりの教室であんたの仕事を手伝わされているのかってことですよ! 痴女先輩」
「あら。あなたはこの私の完璧かつパーフェクトで、文句なしに理想的な完全無敵である私の裸体を盗み見たのだから。コレぐらいは当然の義務だと思うけれど? 変態後輩くん」
この人言葉を変えて自分の体が完璧であることを四回も主張しやがった。
「というかちょっと待て!! 盗み見たとか変態だとか! さっきからまるで僕が故意に先輩の裸を見たみたいになってるじゃないか!」
「間違っていたかしら?」
「間違いしかないよ! あれはあんたが勝手に脱いでたってだけだろ!! 僕はただプリントを届けに来ただけなのに!!」
つまりそういうことだった。
この完璧すぎる生徒会長は所謂、痴女というやつなのだ。とは言ってもこの人の場合は他人に見せて喜ぶのではなく、誰もいない教室で下着姿になることに興奮のようなものを感じているらしい。ちなみに今も先輩の下半身は下着だけだ。何とかそっちに目を向けないようにしているけど、この先輩はことあるごとに体勢を変えて僕に純白の下着を見せようとしてくるので気が気じゃない。
「先輩。先輩はあくまで誰もいない教室で下着姿になることに興奮を感じているのであって、誰かに見られるのは嫌なんじゃなかったのか?」
あの日――僕がこの学校に入学してから一週間が経ったあの日に、担任に頼まれ生徒会室へとプリントを持ってきた日のことを思い出す。僕はタイミング悪く会長が下着姿でポーズをとっているタイミングに遭遇してしまい、それからは一人しかいない生徒会にて、まるで奴隷であるかのように働かされている。
ちなみになぜこの生徒会が会長一人で運営されているのかというと、それは会長が優秀すぎるため、他の役員が仕事についてこれなかったから、ということらしい。会長一人で仕事をした方が効率がいいから、とかこの人どんだけ化け物なんだよ。
確かその時に受けた説明では、人に見せるためにやってるんじゃないとかそんなことを言ってた気がするんだけど?
「確かにその通りね。私が下着になるのは一人のときだけ。でもあなただけは別なのよ」
「えっ!? そ、それって……」
「あなたのことは人間として見ていないから。そうね。言うならば……そこら辺を漂っている目に見えないゴミと同じかしら。いてもいなくても気にしない」
「……あ、そ、そうですか」
べ、別に期待なんてしていないんだからね!!
「あら? どうしたの? まさかなにか期待をしていたのかしら?」
僕の様子に気付いたのか、先輩は口元に淫らな微笑を浮かべながら挑発するような口調で聞いてくる。
「べ、別に期待なんてしてるわけねぇし!! 別に露出趣味のある女になんて興味ないし!」
焦っていたためか思わず出てしまった小学生のような、あからさまな台詞に先輩はムっと頬を膨らませる。
「……安藤俊君。君は一年生。しかもこの生徒会の雑用という立場よ。普通先輩であり会長である私には敬語を使うべきだと思うのだけれど?」
「何でいきなり。今までタメ口OKみたいなノリだったじゃん。というか敬語やめろって言ったの先輩じゃなかったけ?」
しかもなぜフルネーム?
「あなたは目上の人を敬うこともできないの? 同じ日本人として、いえ、同じ地球人としてとても恥ずかしいわ。同じ空気を吸っていたくないぐらい。もうあなた呼吸法を変えるか呼吸を止めるかして同じ空気を吸うのをやめてくださらないかしら?」
「無理だよ! はいはい。分かりました。分かりましたよ。申し訳ございませんでした。これからはきちんと敬語を使いますよ。それでいいですか? 会長」
「なによ安藤君。あなたと私の仲でしょう? 敬語なんてやめなさいよ」
「あんたは一体何がしたいんだよ!!」
もう僕にはこの人の考えていることが分かりません。あと先輩、何でこのタイミングで制服の上を脱ぎだすんですか!?
「確かに目上の人は敬うべきだわ。でも今の私は会長でも先輩でもなければただの露出癖のある変態。そして君はそんな私を見ても、誰に言うでもなくこうして付き合ってくれる変態。同じ変態として私とあなたは言わば運命共同体。そんな相手に敬語なんて使う必要はないわ」
下着だけを纏った姿で体を密着させてくる先輩。目を逸らしたくても、上目遣いで見つめてくるその瞳の破壊力に目を逸らすことなどできそうになかった。
仕方ない。これは仕方ないのだ。
だって僕はあの日、初めてこの人を見た時から、目を離すことができなくなってしまったのだから……色々な意味で。
3
「今日はこれぐらいで終わりにしましょうか」
すっかり外は暗くなり、短針がそろそろ7へ向かおうというタイミングで、先輩が立ち上がりながら言う。ちなみに今の先輩はきちんと制服を着ている。いや、学校なんだからそれが普通なんだけどさ。
「えっ? まだ終わってないですけど、いいんですか?」
僕の前には未だにプリントの山が転がっている。先ほどまでと比べれば確実に数は減っているはずなのだが、それでもまだ終わりが見える気がしない。
「後は私が家でやるわ。つき合わせて悪かったわね」
そう言って先輩は僕の前に置かれていたプリントをまとめて鞄へ詰め込んでいく。あの量を本当に一人でやるつもりなのだろうか? 勿論先輩ならばこなしてしまいそうだが……。
「ちょっと待ってよ、先輩。僕もやるよ。僕なんかじゃ力にはなれないかもだけど、やっぱり、何と言うか……ほら! それ僕がやるはずだった仕事だし。それをそんな量残したまま押し付けるとかなんか悪いし」
「……あなたはあれなの?」
「あれってなに?」
「何と言うのだっけ? ええっとあれよあれ……そう! ツンドラなのね」
「僕は気候とは関係ない」
「あら? あなたでもそれぐらいの知識は持っているのね」
「これぐらい知ってるよ! バカにするな」
「進学校入ったものの、最初から授業についていくことのできないおちこぼれなのに?」
「な、なぜそれを知ってる!?」
「あら。カマをかけてみただけなのだけれど……まさか真実とはね。良かったわね。ツンドラについて詳しく説明しなさいって言われなくて」
「まあ確かにツンドラについて詳しく説明しろよ言われたら説明はできなかったけれども! というかあんたが言いたかったのはツンデレだろ! 僕はツンデレではないけどな!! というかそもそもツンデレというのはだな――」
「そんなことはいいから、ほら早くしなさいな」
「はっ?」
僕が必死に否定をしている最中に既に帰宅の準備を終えていたらしい先輩が急かすように言う。その言葉に首を傾げていると、
「あなたが言ったのでしょう? 手伝うって。だったらあなたの一緒に来るしかないじゃない」
「そりゃそう言ったけど。えっと来るって、まさか……」
「勿論、私の家に行くに決まっているでしょ。勿論あなたも一緒にね」
「えっ……ええええええええええええええええ!!」
……安藤俊。高校一年生。初めて女の子の家に行っちゃいます!
4
「先輩! 先輩ってば」
「何よ後輩くん。さっきから」
「いや、だってもうこんな時間だしさ。親御さんとか大丈夫なのかな? とか」
先輩の家へ向かう道すがら、僕は何度目になるか分からない質問を先輩へ投げかける。
だって心配じゃん。ほら親御さんとかいると色々あれだし、もうこんな時間なわけだから異性が部屋に行くっていうのはあれであれがあれなわけで……って何を考えてるんだろうね! そうですよ! 舞い上がってますよ! だって女の子の家に行くとか今回がはじめてだもん! 仕方ないじゃん!!
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私は両親とは一緒に暮らしていないの。親は私に愛想をつかして私にマンションの一室を与えて二人でどこかへ行ってしまったわ」
……重い!!
まさかの重い家庭事情にどう踏み込んでいいものか迷うんだけど……まさか先輩の露出癖ってそんな両親との関係のストレスから?
「ちなみに私の露出癖は両親に愛想をつかされるよりも前のものよ。というかその癖が原因で親に愛想をつかされたと言っても過言ではないわ!」
「僕のシリアスを返して!!」
「なによ。勝手にシリアスムードに入ったのはあなたでしょう?」
「そりゃそうだけどさ。でもだったら何で先輩はそんな癖を発症するに至ったの? というか何で痴女になったの?」
「痴女とは失礼ね。私は見せるのが好きなんじゃなくて、開放するのが好きなだけよ」
「同じだよ。というか僕には見せてくるじゃないか」
これでもかとばかりに。
「きっかけは何だったかしらね。忘れてしまったわ。でも私は昔から家の都合で外面の良い娘の仮面を被ることが多くてね。そういう取り付くようなものが辛くなって、そしたらいつの間にか……露出していたわ」
「凄い飛んだな」
「まあ人の趣味なんて実は明確な始まりなんてないものなのよ。あなたの盗撮癖だっていつの間にかやっていたことでしょう?」
「僕にそんな特殊な癖はない」
「まあそれで家の中や学校で露出をさせていたらさすがに色々な人に引かれてしまったの。親には見離され、友達や恋人のような人ができることはなかったわ」
「当たり前だよ!」
「それでさすがに隠れてやることにしたのだけれど、そうするためには必然的に人との繋がりを断たなければいけなくなってしまって、現在では必然的に一人だわ」
この人が生徒会の仕事を一人でやるのはそういうことなのか。要は放課後、一人で肌を露出できる場所を確保したいから、というそれだけの理由。こんなに綺麗な人なのに彼氏や友達がいない理由が今、やっと分かった。
そしていつものように一人、肌を露出させていたところを、
「覗いてしまったのが僕、というわけか」
「そうよ。まさか見られるとは思っていなかったけど……。おかげで一人の時間にはいつもあなたがいる。あなただけなのよ? 私の下着を見せるのは」
「…………それってつまりどういう」
心臓のドキドキが止まらない。
正直この先輩が何を言いたいのか、何をしたいのか。その半分以上が僕には分からない。ただ一つ分かることは……。
(この人はどうして僕の心をこんなにも揺らすのだろうか)
「さてどういうことかしら。さっ、着いたわよ」
見上げるとそこには明らかに場違いな超高層マンションが一つ、建っていた。
5
「少し待っていて。お茶を持ってくるわ」
そう言って席を立った先輩を待つこと数分、いやもしかしたら数秒しか経過していないかもしれない。とにかく僕は先輩が帰ってくるまでの間、ずっとそわそわしながら待っていた。
なんかもう、見るもの全てが新鮮に見えてくるというか、女の子の部屋にあるというだけで全てがこの世の宝なんじゃないかとすら思えてしまう。それになんか……いいにおいがするような、ってこれじゃあ本当に変態みたいじゃないか!! いかんいかん。
今日は別にやましい目的があるわけじゃなく、あくまで残っている生徒会の仕事をするために来ているのだ。先輩もそのつもりで別になにかをしてくるわけでは……。
「待たせてしまったかしら? お茶を持ってきたわよ」
「あ、いえいえ。全然待って……ってえええッ!?」
お茶の乗ったお盆を片手に戻ってきた先輩は……下着姿だった。それ以外は一切何も纏わず、自慢の素肌を晒している。
「な、なんで下着なんですか」
「ん? きちんと部屋用の下着に着替えたわよ?」
「そういう問題じゃないんだよ!! なんでこれから生徒会の仕事をする時にわざわざ下着に着替えてきたのかって聞いてるんだよ!!」
「ははっ。おかしなことを言うわね。この後輩は。生徒会室で下着になる私が――部屋で裸にならないわけがないでしょう!」
言い切ったよ。言い切りやがったよ。この人は。
まあ確かに予想していなかったわけじゃないですよ? そんな予感はしてたんですよ? でもさ。こっちがはじめての女の人の部屋にそわそわしている時に相手は何も気にせずいつも通りの露出とかさぁ。やっぱりそりゃないよ! って思っちゃうわけですよ。
「まあまだ裸じゃなくて良かったですよ。誰に見られることのない家だったら裸なんだ! とか先輩なら普通に言いそうだし」
「その通りだけど?」
「そうそう。その通りって……えっ?」
今のは聞き間違いだろうか? 今、僕の耳には確実に「その通りだけど?」って聞こえたんですけど……ま、まさかね。
「せ、先輩。まさかと思いますが、自分の家では?」
「裸! 裸よ! 何も身につけていないわ!」
「胸を張って言うなああああ!!」
この人まさかと思ってたけどここまでとは。いや、別に一人暮らしなら誰が文句を言うこともないけど、でも、でも……そんな家に異性を軽々しく呼ぶなああ!!
「何を怒っているの? 今はちゃんとこうして下着を身につけているでしょう?」
「あなたといると感覚おかしくなってくるんですけど、普通、下着を身につけていることは普通で、その上に着るべきなんですけどね」
「そういう考え方もあるわね」
「まるであなたの考え方が一般的かのように言うのはやめてください」
「そこまで言うなんて。まさかと思うけど、あなたは私の裸を見たくはないの?」
「僕があなたの裸を見たいということ前提で話すのは――」
「見たくないの?」
いつの間に近づいたのか、先輩は四つん這いの体勢で僕を見上げる。
明らかに挑発するような姿勢に僕は……、
「ま、まあ見たくないって言ったら……嘘になりますけど」
正直な気持ち……だったと思う。そう僕ぐらいの年頃の男子だった皆が思うこと……。
顔が熱い。なんかもう先輩の顔をまともに見れそうになかった。
「そう。でも残念ね。さすがに私の完全な裸体をただの後輩に見せるのはちょっとね」
「…………」
なぜだろう? 凄く悔しい。それこそ先輩がこんなに近くにいなければ涙が溢れてきそうなほどに。
「そう。だから俊君。あなた……私のことを麗華って呼んでみない?」
一瞬意味が分からなかった。いや、この先輩の言っていることなんて今まで分かったことの方が少ないけれど。でも、これは……。
挑発するような視線をこちらに向ける先輩。しかしその頬は微かに赤く染まっている。そう見えるのは僕の妄想だろうか。
「それって……期待とかしちゃってもいいんですかね?」
「あなた次第よ。あなたは私をどう呼びたい?」
「…………」
あなたは痴女をどう思いますか?
あの頃の僕は答えられなかった。でも現在の僕ならきっと……。
「そんなことより早く仕事をしちゃおうよ。――麗華先輩」
僕の選択に先輩は微笑を浮かべる。
つまり、そういうことだ。