第3話
勤務一日目に偶然天使と遭遇してしまった俺は天使を宿す者、天子となった。突然の事実を受け入れられないでいたが、天使はお構いなしに話し始めた。
「さて、俺を宿す事ができた幸運の持ち主であるお前の名前を聞こうじゃないか」
「……エフィム・セルトサム」
随分と自信が強そうな天使だと思ったが、今は聞かれた名前を答えるので精一杯だった。
「エフィムか。よし、じゃあ行くぞ!」
名前を聞くなり天使は机から降りて俺の右腕を掴んで外に出ようとする。この時になってやっと、俺の右腕にさっき見つけた腕輪が着いている事に気づいた。
「ま、待ってくれ!行くってどこにだよ!?」
腕を振り払おうとしたが天使の反感を買っては不味いと思い、なんとか足を踏ん張らせて長身の天使を見上げる。天使は顔だけ振り向き、少し呆れた表情を浮かべた。
「どこって勿論教会だろ。この世界じゃ天使を宿した人間は教会で正式な儀式をして天子にならなきゃいけないんだろ?」
驚いたことにこの天使はこの世界の制度を把握していた。確かに天使の言っていることは正しいが、その前にいくつか確認しなければならない事がある。
「教会に行く前に、おま……じゃなくて貴方の名前を教えてくれませんか?」
さっきは思わずため口になってしまったが、目の前にいるのは天使だ。敬う気があるかはさておき、最初は敬語を使っておこう。
「変な口調使うなよ、気持ち悪ぃ」
もの凄く嫌そうな顔をされてしまった。そう言うなら次からは普通に話しかけよう。
「俺の名前は……ルシルとでも呼んでくれ」
少し考えたようだったが、その理由を今問い詰めても適当にはぐらかされそうなので素直に頷く。
「わかった。よろしく、ルシル」
「よし、じゃあ教会に行くぞ」
「待て、まだ待ってくれ」
教会へ急ぐルシルを再び止め、さり気なく腕を振りほどいた。今度は体ごと振り向いたルシルの表情は明らかに面倒臭そうだった。
「今度は何だよ」
「アルバトフさんに挨拶だけさせてくれ。それが済んだら教会に行くよ」
そう告げるとルシルはいい加減そうに頷き、出入り口の横の壁にもたれ掛かった。俺は部屋の隅で腰を抜かしているアルバトフさんの元へ歩み寄って片膝を着いた。
「どうやら天子になったようなので、残念ですがここで一緒に働くことは出来なさそうです。すみません」
俺の声を聞いて漸く我に返ったのか、アルバトフさんは慌てた様子で立ち上がる。合わせて俺も立ち上がると、アルバトフさんは両手で自分の頬を叩いた。それがあまりにも勢いが良かったものだから、俺は思わず顔を引きつらせた。
「そうか!天子様か!はっは!参ったなぁこりゃ、お前の親父さんによろしく頼まれていたんだが、俺が面倒を見るわけにはいかなくなっちまったな!」
「本当にすみません。勝手に神器に触れてしまったばかりに……」
「なぁに気にすんな!天使は宿主を選ぶって言われてんだ、エフィムが天子様になったのは運命ってやつなんだろうよ」
いつも通り豪快に笑うアルバトフさんだったが、俺は違和感を感じていた。いつもなら肩か背中を力強く叩かれている場面なのに、それが一切ないばかりか話す距離も心無しか遠い。俺もアルバトフさんも信心深い方ではないが、それでも互いの距離が遠退いてしまうほど、天子とは特別な存在なのだ。
「教会に行くんだろ?なら俺の方で教会とか親父さんに連絡しておくぜ」
「ありがとうございます。助かります」
ありがたい申し出を受けて俺は頭を下げる。
「良いってことよ。それより天使様を待たせちゃぁいけねぇ、早いとこ教会に向かいな」
「はい。それでは失礼します」
もう一度頭を下げて挨拶をし、ルシルの元へ向かった。
「もう良いのか?」
教会に行く事を急いでいた割りにルシルの態度は落ち着いたものだった。てっきりイラついていると思っていたが意外だ。
「ああ、待たせたな」
「お前に会うまでの年月を考えたらこんなの待った内にはいらねぇよ。じゃあ教会に向かうか」
ルシルがドアを開けて外へ出ていき、俺もそれに続いた。
ドアが閉まり、静寂に包まれた事務所でアルバトフは怪訝そうな表情を浮かべた。
「(この遺跡じゃ神器なんて見つかってないはずだが、一体どこから出てきたのか)」
顎に手を当てて暫く考えていたが答えが出るはずもなく、その内に教会とエフィムの父親に連絡することを思い出すと、書類の山から電話を引っ張り出して受話器を取った。