第2話
春休みが終わり、高校三年生となった俺は就職試験のために履歴書を書いたり面接の練習をしてりして過ごした。
この世界の高校では基本的に高二の間に具体的な進路を決め、高三ではそれぞれの進路に向けて動きだす事になってる。
大学に進学する生徒は冬に行われる入学試験に向けて、今まで通りの座学に加えて希望先の大学へ体験入学してレポートをまとめる事になる。
就職希望者は新学期が始まったら直ぐ就職試験に向けて準備しなければならない。就職試験期間は初夏までであり、就職希望者は慌ただしい新学期を過ごす事になる。そして合格者は就職先の指示によって働く事になるのだが、来年の春に卒業式を行うまでは在学扱いとなっている。このため、生徒会選挙や文化祭などの学校行事には参加する必要がある。
説明はこれぐらいにして、俺も就職試験に向けて準備をしよう。履歴書の清書や面接の練習なんて面倒な事を、いつまでもやりたくはない。
俺は朝日に照らされながら走る列車の中で長椅子に座っていた。車内は特別空いてもいないし満員というわけでもなく、俺が乗っている車両は取り敢えず全員が椅子に座れていた。
就職試験に無事合格した俺は国立歴史研究所リュンリグネ支部の社員となった。一週間の研修を終えて、今日から発掘現場での作業が始まる。とは言っても現場作業初日の今日は見学と説明が主体となるだろう。
緑の少ない荒野が車窓の奥に広がっており、日当たりの悪そうな所にはまだ雪が残っている。代わり映えのしない景色をぼーっと眺めながら列車に揺られること約三十分が経過し、目的の駅に到着した。鞄を持って電車を降り、切符を駅員に渡して駅を出る。駅前は寂しいもので、駅の隣りに売店、四階建てぐらいの雑居ビルが数軒、二階建てのアパートが数軒しかない。俺は駅前の建物に入らずに道を進む。
ビルやアパートが視界から消え、民家が点々と建っているだけの道を歩いて行くと二階建ての建物が見えてくる。
「あれが事務所か」
腕時計を見て時間を確認すると、問題なく予定通りの時間に到着できそうだ。発掘現場に入るのは初めてだから緊張しているが、担当している発掘班の班長と父親の仲が良く、たまに家に来た時は俺も話しをした。父親はどちらかというと物静かな性格だが、班長は豪快というか気前の良い性格をしている。
思い出を振り返っているうちに事務所の前まで着いた。俺は深呼吸を一つしてドアを開けた。
「おはようございます」
普段より気持ち明るく挨拶をして室内に入る。しかし、挨拶は返って来なかった。
室内を見渡すと折り畳み式の机と椅子が乱雑に置かれており、部屋の奥には書類の入った棚と折り畳まれた椅子が数個立て掛けられているだけで、人の姿はなかった。怪訝な表情を浮かべて腕時計を確認するが、時間に間違いはない。場所にも間違いはない筈だが、不安は消えない。一応確認しようと鞄からプリントを出した瞬間に外から階段を下りる音が聞こえてくる。俺は出したばかりのプリントを鞄に戻し、ドアを開ける。
「おお!エフィム、来てたか」
ドアの向こうに立っていた男は一瞬驚いた表情を浮かべたが、直ぐに愛想の良い笑みを浮かべた。防寒用のつなぎを着ていても体格の良さが分かるこの男が発掘班の班長、ロジオン・アルバトフさんだ。
「おはようございます、アルバトフさん。これからお世話になります」
「はっは、そうかしこまるな!もっと楽にして良いぞ」
挨拶を済ませるや否やアルバトフさんは笑い飛ばして俺の肩を力強く叩き、事務所の奥に入って行く。
「いくつか書いてもらう書類があるから、最初に渡しておくな」
棚から適当にファイルと書類を抜き取り、目的の物を探しているようだが中々見つからないようだ。結局棚に入っていた書類の半分以上を抜き出している。
「これと、これと……あれ?足りねぇな。スマン、少し待っててくれ」
ここまで見つからないとは思わなかったのだろう、アルバトフさんは苦笑いを浮かべる。釣られて俺も苦笑いすると目の端で何かが光ったような気がし、視線を向けた。窓際に置かれた机の上に黒い腕輪が置かれてあった。腕輪は全体が光沢を持つ黒色をしており、中央には金色の星の装飾が付けられ、星の左右には翼のレリーフが彫られていた。遺跡から見つかった物にしては綺麗過ぎる腕輪に俺は惹かれるように手を伸ばした。
「うわ!」
俺の手が腕輪に触れた瞬間、腕輪から強烈な光りが発せられ、思わず目を閉じて仰け反る。
「お、おい!何だこの光りは!?」
アルバトフも驚愕し、手で光りを遮りながら薄目を開けて事態を把握しようとするも、見えるのは光りだけで近くにいる筈のエフィムの姿すら見えない。
光りは数秒で収まり、少しずつ目を開ける。霞の掛かった視界が次第に鮮明になっていき、腕輪があった机に誰かが座っているのが分かる。
「あー、やっと表に出られた」
若い男の声がし、声の主は両腕を上げて体を伸ばしているようだった。男の伸びが終わるのとほぼ同時に視界が元に戻り、男の姿を捉える事ができた。
男は白を基調とした上下一体の服の上に黒のマントを羽織り、フードを目深にかぶっていた。
遺跡、見たことのない腕輪、光りと共に現れた男。目の前で起きた事に驚愕しながらも俺の頭は男がどういう人物なのか答えを出していた。しかし、口は思うように動かず、情けなくも半開きのままだ。
「おいおい、驚くのもかまわねぇが、もっと喜べよ人間さん」
男はフードを取り、シルバーホワイトのセミロングの髪を舞わせながら端整な顔を露わにした。そして、俺と目が合うと切れ長の目を少しだけ細めて歯を見せるように笑った。
「俺という優秀な天使を宿せたんだからよ!」
そうだ、この男は天使。そして宿主となるのは……
「俺が、天子!?」