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第3話 人間の心は難解


「ああ、疲れた……」


 洋館がある山を下りきった所で言った俺の一言に、ミカゲが眉をひそめる。


「だから言ったではないか。俺がふもとまで連れていってやる……と。それならばもっと短時間で来ることが可能であったし、疲労など感じる事はなかったはずだぞ!」


「ああ、はいはい」


 ミカゲの言葉をさらりと聞き流し、コンクリートの道を歩もうとして、はたと気づく。


(そういえば、基本、悪魔は他の人に見えないはずだ。このままコイツと会話していれば、俺は変人扱いされてしまう……)


「おい、どうしたんだ? 永?」


 俺が突然動きを止めた事を不思議に思ったのだろう。そんな事を言いながらミカゲが怪訝な顔をする。


「ミカゲ、ここから先、買い物が終わるまでは脳内で会話するぞ」


「ああ、別に良いが……突然どうしたんだ?」


 俺の行動を理解できないという感じでミカゲが首を傾げる。


「お前には分からないだろうが、俺は変人になりたくないんだ」


「ほう、そうか……これは少し人間社会について勉強する必要があるようだな」


『ん? 何か言ったか?』


 ミカゲを置いてさっさと歩き出した俺は、彼がぼそりと言った言葉が聴き取れず、脳内で聞き返した。


『いや、何でもない。それよりも永、あれは何だ?』


 脳内に直接響いたミカゲの声を受け、ちらりと横目に彼の視線の先を見る。


『あれはテレビだよ』


 店頭にある大きなガラスケースの中に陳列しているテレビ達から視線を外し、簡潔に答える。


『なるほど! あれがテレビというものなのか。実物を見るのは初めてだな……』


 ミカゲの声に再び脳内で返しを行おうとした時、ふと周りの視線がこちらに集中している事に気付く。


『あれ? なんで、皆してこっちを見て――』


『急に立ち止まってどうしたんだ、永?』


 道行く人々が時折こちらを指さしながら何やらヒソヒソと話している。

 俺はこの光景を知っていた。何度も経験してきた。あの両親のせいで……。

 そう、あの嘲りを含んだ目……あの瞳は――


『ミカゲッ――!!!』


『永、脳内リンクを行っている時にそんなに大きな思考を送ってくるな!』


 ミカゲが軽く頭を振りながらそんな抗議をしてきたが、俺はそれどころではない。


『お前は他の一般の人には見えないんだよな!? 霊感が強いとか、特別な力がないと見えないとか、そういう感じだよな!?』


『まあ、低級悪魔はそうだな。悪魔が地上に留まる為には魔界よりも大きな力が必要となるからな。しかーし! 俺くらいの悪魔になると、実態を保ったまま人間界に居続ける事ができ……』


 ミカゲの話から、俺はとんでもない勘違いをしていたことに気付く。


『つまり、お前の姿は周りにしっかり認識されているって事か?』


 冷汗が背筋を流れていく。


『ああ、もちろんだ!』


 ミカゲの言葉に、俺は思わず彼の胸ぐらを掴み、がくがくと揺さぶった。


「な・ん・で周りから姿見えなくしとかないんだよ! それ、他の人が見たらただのコスプレ野郎だぞ! 痛い人だぞ!」


 俺の言葉に、ミカゲは鼻で笑った。


『ふん、なぜ俺が下等な人間どもの為に姿を隠さねばならんのだ?』


「ああ、ああ、そういう奴だよな、お前は!」


 俺は頭を抱えたくなるのを抑えながら、ミカゲを見据える。


「ミカゲ、服装を変えろ」


『それはお前の願いか?』


 ニタリと笑う奴の顔を殴りたくなったが、俺は冷静に言うことにした。


「……ミカゲ、周りを見ろ」


『?』


「お前の注目されっぷりは分かるな」


『もちろんだ。俺は注目されるに値する強くて高貴な――』


「ミカゲ、周りの視線をよく見ろ」


『?』


「あれはな、珍獣を見る目だ。つまり、お前はその服装ゆえに馬鹿にされているんだよ」


「何ッ――!?」


「ここら辺は寂れた商店街、そんな恰好した奴なんかどこにもいないだろ!?」


 ミカゲが驚きに声をあげたことで、今まで俺だけが話していたことに気付き、なんだか少し泣きたくなったが……うん、あれは忘れよう。ただの黒歴史だ。






 ◇ ◇ ◇ 






 ――というわけで、さっそく服を調達。


 もちろん、購入場所は安くて有名なチェーン店のユニシロだ。白いシャツにワイン色のベストジャケット、黒いジャケットに細身の黒色パンツ。そして、ピカピカに磨かれた黒い靴……全体的に黒色に統一された服装をかっこよく着こなして隣を歩くミカゲは、俺からの初の貢ぎ物(ジャケットのみ。つーか、それでも高かった)に浮かれていた。ちなみに、角、黒い耳、黒い翼は全て収納済み。見た目はいたって普通の――いや、普通よりもかなり容姿の整った男がそこにはいた。


 そう、思わずそのピカピカに磨かれた靴を思いっきり踏みたくなるほどの男がそこに……。


「!!! ひ、永、いきなり足を踏むとは何事だ!」


「いや、なんでも? つーか、上級悪魔なんだろ? それくらい避けろよ」


「その攻めっぷり……永、やはりお前――」


「あらぬ誤解を招くような考えをすんのはやめろ。それよりも買い物行くぞ」


 俺はミカゲが変なことを口走る前にそそくさとスーパーへと入っていった。まあ、商店街付近が寂れるのは当たり前だよな。そこを抜けた先には安価な品物が並ぶスーパー。ついで、そこの周辺にはさっき俺達が行ったユニシロや百円均一のタイゾー、飲食店も多々ある。


(やっぱ、商店街よりもこっちに来ちまうよな……)


 そんなことを考えながら、俺は買い物カゴの中へと食材を入れていく。もちろん、品定めはしっかりと行っている。


(でも……閉店間際のセールに来るには時間的に厳しそうだな)


 どこのスーパーでも大抵は閉店間際に、その日出した惣菜関係や魚などをより安く販売してくれる。ここのスーパーも例外ではなくそれをやっているようだが……。


(今の俺の家って言えば山の上だからな……)


 あまり遅くなると、暗い山道を重い荷物を抱えて登ることになってしまう。さすがに、それは避けたい。


(あの山、変なモノが住み着いてたしな)


 ミカゲに会う前に体験したあの声と黒い塊を思い出し、思わず身震いする。


(あんな体験、もう二度とゴメンだ)


 買い物カゴをレジへと持っていくと、レジにいた女性がカゴの中にレジ袋を入れ、ニッコリと笑った。


「0円になります」


「あ、はい、0円ですね…………って、んなわけあるかあ!」


 思わずそのまま流しそうになったが、この流れはおかしい。俺のカゴの中にはたくさんの品物が入っている。それをそのまま流していいはずがない。


「いえ、0円ですよ?」


 女性は笑顔で俺にそう言い張る。


(うん……明らかにおかしい。そして、俺はその原因に心当たりがある)


「ミカゲ、元に戻せ」


 俺はその原因を睨みつけた。


「何故だ? タダならば良いだろう? 先ほどの礼もかねて、俺からのプレゼントだ」


「はあ……お前さあ、こんなので俺が喜ぶわけないだろ」


「そうか、お前は現金をそのまま欲しかったのか。それは気が回らず――」


「現金もいらん」


「??? じゃあ、どうしたらいいんだ」


「だから、元に戻せって言ってるだろ!」


「……つくづく、お前の考えはわからん。普通、人間はこういう状況になれば喜ぶものだろう?」


「俺は普通の生活を送りたいんだ。普通の生活のどこに『買い物は全て顔パスでタダ』とか『現金が湧いて出てくる』とかあるんだよ!」


「ふむ、そういうことか。永、お前よく頭が固いって言われないか?」


「悪いが柔軟性はある方だよ。非現実の状況にしっかりと対応できていることとかな!」


「ほう、なかなか言うではないか」


 ニタニタと笑うミカゲにイライラしながらも、俺はちらりとスーパーの天井を確認した。


(よし、やっぱりあるな……)


「それから、ミカゲ。ここには監視カメラがある」


「監視カメラ? それは、金融や公的機関などで侵入者および不審者の監視や記録に使われるものではないのか?」


「……なんかすごい言い方だけど、まあ、そんなもんかな。それがここの店の天井にもついてるんだよ」


 俺は天井を指差し、ミカゲの反応をうかがった。


「それがどうしたと言うんだ?」


 キョトンとしたその顔に頭を抱えたくなる。


「だ・か・ら! その映像は誤魔化せないだろって言ってんだよ! いくらレジの人や周りの目を誤魔化せても、あれは機械で誤魔化しはきかない。それじゃあ、俺はすぐに犯罪者になっちまうだろ!」


「ふむ、ではあれを壊せば文句はないのだな」


「そういう意味で言ってんじゃねーよ! いいからとっとと――元に戻せ!!!」






 ◇ ◇ ◇






(人間の考え――もとい、心というものは難しくてよくわからん……やはり、もう少し情報を収集する必要があるようだな)


 永が普通にレジをすませ商品を袋に入れようとした時、俺が使い魔を使って入れようとしたら、また怒鳴られた。人前で妙な力を使うな……と。しかも、レジ袋なるものを持ったまま永に蹴り飛ばされ、外へと出されていた。永はスーパーの近くに点在している店を回っているようで、俺はここで待っているのだが……なんだか、釈然としない。俺は人間という生き物を甘く見すぎていたのかもしれない。


(やはり、長年外に出ていなかった分、認識などに偏りがあるようだな。早々にこのブランクを埋めるためにも、情報収集を――)


 考えを巡らしている途中で、足元に何かがあたった。


「?」


 見ると、そこにはオレンジ色の何かが転がっていた。


(これは……みかん?)


 確か、先ほどのスーパーで売っていたものだ。一つ手にとったところで、再びコロコロと複数のみかんが転がってきた。


「???」


 とりあえず、全部のみかんを拾っていく。


「ああ、すみません。ありがとうございます」


 ついで、妙齢の婦人が二輪車――いや、確か自転車というのだったな……を置き、こちらへとかけよってきた。






 ◇ ◇ ◇






(まったく……ミカゲのせいで余計に疲労が……)


 全ての買い物を終え、ようやく外へと出る。もちろん、山歩きしやすいよう、買った物のほとんどはリュックの中だ。


(さて、諸悪の根源のミカゲは――)


「あらヤダ、ミカゲちゃんったらお世辞が上手いんだからあ!」


(そうそう、ミカゲちゃんは――は?)


 俺は目の前の光景に呆然とした。俺の買い物中、邪魔をしてほしくがないために外で待たせていたミカゲ――そのミカゲが、なぜかおば様達に囲まれていた。


「お世辞なんかではない。お前達のように生き生きした魂はそうそうないぞ? それこそ、死神も裸足で逃げ出すほどだ。老い先が短いなんて言うのはお前達自身に失礼だ」


「もう、ミカゲちゃんってば! でも、ありがとう。そうね、老い先短いなんて言うのはダメね。これからも元気で頑張るわ!」


 開いた口が塞がらないとは、こういう状況の事を言うのだろう。


(いったいどうしてこうなった……? 誰か、説明をしてくれ――)


「あら、もうこんな時間!」


 おば様達の一人が慌てたような声を発した。


「そろそろ行かなくちゃ昼食作るの間に合わないわ」


「ああ、そうか。時間というものはあっという間に過ぎ去ってしまうな。また次の機会に話を聞かせてくれ」


 ミカゲがおば様達にそんなことを言い、おば様たちも口々にミカゲへと言葉をかけ、去っていってしまった。


「ああ、永、もう買い物は終わったのか?」


「え? あ、ああ」


 ミカゲが俺に気付き、こちらへと歩いてくる。先程の光景があまりにも衝撃的すぎて、俺の反応は少し遅れてしまった。


(こいつ、何を考えているんだ? そもそも、おば様達と何を話して――)


「永、その荷物、俺が持ってやろう」


「は?」


 考えを巡らせている間に、ミカゲは俺が持っていた袋と背負っていたリュックを無理やり取り、さっさと歩いて行ってしまった。


「あ、え? おい!」


 俺は急いでミカゲを追いかける。


「てか、いったい、何の話してたんだよ」


 ミカゲへと追いついた俺は小声で奴へと話しかけた。


「世間話だ。永との会話で人間という生き物が難解だということがよく分かったからな。今の世の人間という生き物をもう少し知ろうと思ったのだ。いわゆる情報収集というやつだ」


「まあ、変なことしようとしたわけじゃないなら良いけど……何かあらぬ誤解を招くようなこと言ってないだろうな」


「別段変なことは言ってないぞ? ただ、永はよく怒鳴るとは言ったが――」


「何気に俺の近所評判落とすなよ! そのせいで、『ああ、あの子がミカゲちゃんの言うキレやすい子ね』って感じで見られたらどうするんだよ!」


「永がキレやすいのは事実ではないか。現に今、こうして怒っているだろう」


「それはお前が……はあ、もう良い。それよりも、その荷物返せ」


「俺がきちんと屋敷まで運んでやる。人間にはこの荷物も重いのであろう?」


「いいから返せ。俺は入学式まで体力つける必要があるんだから。いらないおせっかいだ。家出る時にも言っただろ?」


「ああ、そうだったな。人間とは難儀なものだな」


 そう言って、ミカゲは荷物を返してくれた。たぶん、荷物を運ぶという行為もミカゲの優しさ(?)だったのだと思う。それは分かったのだが、ついつい嫌な言い方をしてしまった。


(ちょっと言いすぎたかな……)


 心の中で反省しながらも、今更『ありがとう』や『優しさだけはもらっとく』などと言うのも気恥ずかしくて、帰り道は終始無言で歩いてきてしまった。


 ほんと、変なところで素直になれない自分が嫌になるよ……。

ミカゲじゃないけど、人間……特に心というやつは――難解だ。



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