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第2話 さよなら普通の生活


 頭が冷静に働くようになって、この状況が非常にまずいことに気づく。

 相手はどう考えても人ならざるモノ。そして、見た目からいって良い類のモノとは思えない。

 そいつが俺に一生付きまとい、俺を幸せにすると言う……


「あれ? 悪魔っぽいのに俺を幸せに?」


 思わず素直な疑問が口をつく。


「その通り、俺は悪魔だ。それも上級の! そして、そんな俺が貴様を幸せにすると決めたんだ! ようやく理解したか!」


 踏ん反りかえってるミカゲに、俺は頭を抱えたくなった。


「ちょっと待て。悪魔は普通人間を不幸に陥れて楽しむものじゃないのか?」


「そういう輩もいるが、それは力が弱い下等悪魔がやる事だ。俺くらい上級の悪魔になると、人間共に恐怖を植え付け、不幸に陥れる事など朝飯前だ。そんなんじゃ、つまらないだろ? だから、俺はゲームをする事にしたんだ」


「ゲーム?」


 二ヤリと口角を釣り上げるミカゲに釣られ、呼応する。


「そう、ゲームだ。人間界ではよく三つの願いを叶えるという事がキーワードになっている事は知っている。俺は三つなんてケチな事を言わず、主が言った願い全てを叶えてやれる。俺にはそれだけの力がある!」


 拳を握りながら力説するミカゲに頭が痛くなってくるが、話は終わらない。


「三つの願いだけで幸せになれる人間などこの世にいるはずがない! 人間は欲深で、何か得たとしても、得た分だけ次の何かを欲しがるものだ!」


「つまり、自分には人間の願いを全て叶える事が出来る力があるという事を証明する為と、人間がいかに欲深い生き物であるのかを確かめる為に、人間の犠牲者を一人探していたら、たまたま俺が引っ掛かった……という事?」


 熱が入ってきたミカゲと対照的に、心の芯まで冷えてきた俺は、淡々とした調子で整理する。


「犠牲者とは失礼なっ! この俺に選ばれるのは、非常に名誉な事だぞ!」


「ああ、うん。そこはわかったから。さっさと話を先に進めよう。あと、いちいち『この俺』って所強調しないでくれる? ウザイだけだから」


 最後の『ウザイ』だけ、心を込めてにこやかに言ってみる。


「永……何気にひどい事言ってないか? まさかそっちの趣味でも……」


「ないから」


 ミカゲの妙な考えを真顔でスッパリ斬る。


「そーか! それは良かった! 俺はどちらかと言うと攻――」


「誰も聞いてねーよ!」


 ミカゲがどんどん話を脱線させていく為、思わず声を張り上げてツッコミを入れる。

 この瞬間、ふと両親との会話を思い出した。


(そう、冷静さを失ったら負けだ。会話の主導権を握り、自分が聞きたい内容へと上手く流れを戻す事が大切……。両親との会話の成果を今出さずして、いつ出す!)


 自分に強くそう言い聞かせ、気持ちを落ち着ける。


「ミカゲ。俺の願いは、普通な生活を送り、普通な日常を楽しむ事だ」


 ミカゲが一番に食いつくであろう俺の願いを言い、話を元に戻す事にする。


「ほう。それが貴様の願いか。そんな願いなどこの俺がすぐに叶えてやる!」


 ニタリとした笑みを口元に浮かべ、目を細めるミカゲに対し、俺は最高の黒い笑みで言ってやった。


「そうか。なら、話が早い。さっさと俺の前から消えて、二度と俺の前に現れないでくれるかな?」


「……は?」


 今度は俺ではなく、ミカゲが呆ける番だ。


「俺は普通の生活がしたいんだ。普通の生活には悪魔なんてもの存在しないだろ? ミカゲ、お前はその存在自体が、俺の切実な願いを破壊する非日常の塊なんだ。わかるよな?」


「俺の存在自体が……ねぇ」


 そう呟き、少し下を向いてしまうミカゲ。

 顔に影が差し、表情が読み取れなくなる。


(言い過ぎたか?)


 悪魔と言えど、その存在自体を全否定されたら、さすがに傷つくだろう……


「おい……ミカゲ?」


 ちょっとだけ良心が痛み、下を向くミカゲに声をかける。心なしかミカゲの肩が震えているようにも見える。


(まさか……泣いてる?)


 一瞬、悪魔を泣かせた青年というテロップが自分の頭に流れ、もう一度ミカゲに声をかけようと口を開けした。


 しかし、その時、低く何かを抑えたような声が地に響く感じがし、再び口を閉ざす。

 そう、奴は――笑っていたのだった。


「クックック……そうか、そうか……俺自身がね」


 それはもう楽しそうに……

 そして、そのまま笑い続けるミカゲを見ていたら、無性に腹が立ってきた。


  カツカツカツ、バシッ!


「な、何をする! 気持ちよく笑っている所だったんだぞ!」


 おもいっきり頭を叩いてやると、少しだけすっきりした。


(心配して損した――)


「……で? 俺の言葉のどこにそんなに笑える要素があったんだ?」


 冷めた目でミカゲを見やる。


「よく言うだろう? 障害があった方が燃える……と」


「燃えなくて良いから。もし燃えるとしたら、燃え尽きて灰になってしまえ」


「まさか俺自身が壁とはなあ。クックック……ゲームは難しければ難しいほど、クリアした時の達成感が大きいだろう? 簡単すぎるゲームはつまらないしなあ?」


 俺のツッコミ(?)には全く応えず、上機嫌に言葉を続けるミカゲ。


「フッフッフ……この俺が絶対に貴様をこの世界で一番幸せにしてやる!」


 『幸せに世界で一番なんかあるのかよ』とか、『そもそもどんな基準で決めるんだよ』とか、言いたい事はたくさんあった。

 しかし、俺は自分のささやかな願いが、地下室全体に響くミカゲの声によって、無情にも粉々に砕けていってしまう音を聞く事しか出来なかったのだった……






 ◇ ◇ ◇






「はあああ……」


 思わず長いため息が出てしまう。


「フッフッフ! どうだ! これが俺の力だ! すごいだろう? 尊敬しただろう?」


 自慢気なミカゲを見ていると余計に頭が痛くなる。地下での出来事の後、俺達は玄関にある広間へとやってきた。そして、そこには地下へと続く大きな穴がぽっかりとあいていたのだ。


 そう、俺が地下に行く事を拒否した時にミカゲがあけた大きな穴が……


 当然俺は、ミカゲがあけた穴なのだから、責任をもって直せと言った。

 それなのに、ミカゲの返答はというと――


「それが最初の願いか? それぐらいこの俺にかかれば……」


 というものであったのだった。


「へえ、上級悪魔は自分のした事に責任すらもてないのか。知らなかったよ」


 俺が両親との会話の経験を活かし、ミカゲへとそんな言葉を投げかける。


「なっ! 上級悪魔であるこの俺は、いつも責任をちゃんととっているぞ! それに、最初の願いとしては味気がないと思っていた所だ。これぐらい願われずとも俺がやるに決まっているだろ!」


 案の定、そんな言葉を言いながら、彼は床の修復を一瞬でやってくれたのだった。


 もちろん、ミカゲが指を鳴らした瞬間、ミカゲを中心に広がった光が床を元へと戻していくという様子は、確かにすごいと思った――が、俺は屋敷の内装まで変えろとは言っていない。


 長らく人の手が加えられていなかったせいで古びてはいたけれど、この屋敷の内装は、藍色を主体とした落ち着いた雰囲気のものであった。しかし、今や赤を主体として、所々に金色が使用されている内装になってしまっている。さすがにこれはきらびやかすぎて目がチカチカするし、何よりものすごく居心地が悪い内装である。


「はあ……ミカゲ、誰が内装まで変えろと?」


「永はこの俺の主だろう? それならばあんなみすぼらしい内装ではなく、この俺にあった相応しい内装にすべきだろう!」


「待て待て。なんでお前にあった内装にしなくちゃいけないんだよ! たとえ内装を変えるとしても、そこは普通、俺にあった内装に変える所だろ!」


「なんだ? この内装が気に入らないのか?」


 ミカゲが面食らったような顔をしながら聞いてきた事に少しばかり呆れながらも問い返す。


「この内装のどこを気に入れと?」


「人間共の頂点に立つ者はよくこのような装飾を好んで使っているじゃないか。それに、この内装なら俺が住むのにぴったりだろう? 逆にどこが気に入らないんだ?」


「結局お前の好きな内装って事か。俺の意思は全部無視だし……」


 ミカゲの自己中ぶりに思わずぼやいてしまう。


「貴様は注文が多いな。ん? そうか! これが貴様の願いか!」


「……は?」


 突然の発言に対し思考がついていけず、間抜けな声を出してしまう。そして、そんな俺の反応などお構いなしにミカゲはどんどんヒートアップしていく。


「そういう事なら早く言えば良いものを! で? どんな内装が好みなんだ?」


 ずいっと俺に迫ってくるミカゲに圧されながらも、願いを言ってしまったら負けのような気がしてしまい、言葉に詰まってしまう。そんな俺の様子を自分の良いように解釈したらしいミカゲはなおも話を続ける。


「言葉にするのは難しいか? なら、頭にそのイメージを思い描け。俺がそのイメージを読み取り、貴様が望む内装に変えてやる!」


「……は?」


 またまたミカゲの言葉の意味を理解できず呆然としていると、ミカゲの手がスッと伸びてきた。その両手は俺の頬を優しく包み、少し上の方に向ける。

 悔しいけれど、ミカゲは俺よりも背が高い。だから今、俺はミカゲの顔に向き合うような形になっている訳だが……。


(なんというか、この体勢は……うん。気持ち悪いと言うか……イラつくというか……)


「ちゃんとイメージしろよ? イメージは細かければ細かい程良いからな」


 俺が何となく屈辱的な気がする……とかなんとか考えていたら、そんな事を言った後、ミカゲの顔が……近づいてきた?


「――って! 出来るか!!」


 我ながらすごい一撃だったと思う。俺はミカゲの顔が近づいてきた瞬間、全身に鳥肌が立ち、反射的にミカゲの額に頭突きをしてしまったのだった。


「き、貴様! 何をする!」


 頭突きを食らった部分を抑えながら殺気のこもった視線を俺に向けてくるミカゲ……。冷静な時ならば、恐怖ですくみあがっていたかもしれないが――今の俺はそれどころではない。


「それはこっちのセリフだ! 見ろ! この鳥肌!」


 鳥肌が立った腕を見せながら思った事をぶつける。


「俺の意思関係なしに自分だけで話を完結させるな! それから、詳しい説明もなしにいきなり顔を近づけてくるな! そういう事は異性にやれ! 異性に!」


 一気に言った為、ゼーハーと息が荒くなってしまったが、文句を言っている途中で中断されたくなかったのだから仕方がない。


「ほう、この俺に二度も攻撃を仕掛けたばかりか、俺の殺気を受けても動じないとは……。まあ、主としては上々……か」


 スッと目を細め、俺の本質を探るように見てくるミカゲの視線に居心地の悪さを感じながら、俺は息を整えて口を開く。


「ふう……とにかく、俺はお前に願いを言う気はない。だから、勝手な事は……」


「なら、言う気にさせるだけだ」


「……は?」


 今日、何度目のセリフだろう……本当についていけない。


「俺は俺の好きなように『お前が幸せになるよう』全力を尽くす。お前は幸が薄そうだからな。きっとそういう幸せな経験が少ないんだろう? この俺がソレを教えてやる」


 ミカゲの形の良い唇が綺麗な弧を描く。


「人間というモノは、居心地が良いソレを知ってしまったら、ソレを無くすのを怖がり、もっとソレを欲しがるものだろう? お前は根本となるソレを諦めているように思えるからな」


(すごく失礼な事を言われている気がする……)


 しかも、幸せを諦める原因になっているのはミカゲ自身であるのに、そこは完璧にスルーときた。


「はあ……つまり、お前はお前で勝手にやる……という事か」


 諦めて状況を整理する。それに対し、そういう事だとニタリと笑うミカゲ。

 今日、俺は何回絶望しなくてはいけないのだろうか……

 とりあえず、俺は手始めにこの屋敷の新たな内装に慣れなくてはいけないらしい。

 そして、俺はこの瞬間確信した。もう、こいつから逃げる術はないという事を……


(ああ、こいつがいる限り俺の願いは……)


 そう思うと思わず自傷的な笑みがこぼれてしまう。




  ――さようなら俺の求めた普通の生活――






 ☆ ☆ ☆






「ところで、さっきは何をしようとして顔を近づけてきたんだよ」


 話は途中から大きくそれたが、あの動作の意味が気になり聞いてみる。


「さっきも言っただろう? この俺がわざわざお前のイメージを読み取ろうとしてやったんだ! それなのに頭突きを食らわすとは……」


「俺からイメージを読み取ろうとしたのはわかった。でも、どうやって読み取るのか具体的に言ってなかったじゃないか」


 ミカゲはふと少し考えた後、ああ……と呟きながら、説明をしてくれた。


「互いの額同士をくっつけてイメージを読み取るんだ。感覚をつなぐ作業だから、俺も意識を集中させていたのに……まさかそこを目掛けて攻撃されるとはなあ……」


 じと目で俺を見てくるミカゲ。


「はあぁ……俺も悪かったと思ってるって。でも、お前の説明不足も原因の一つだろう? だから、あいこって事じゃダメか?」


「まあ、俺は寛大な心の持ち主だからな。特別に許してやる!」


「あー。はいはい。アリガトウゴザイマス」


「ああ、ちゃんと俺に感謝しろ! そして敬え!」


 俺の感謝の言葉はめちゃくちゃ棒読みだったはずなのに、すごくご機嫌なミカゲ。


(……あれ? というか、ミカゲいわくではあるが、一応俺がミカゲの主なんだよな? なんか、コレ……おかしくないか?)




 俺の考えなど無視して、今日も異常な世界が回りだすのだった……




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