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2010年某日、伊豆にて。

自分が守られていると感じたことはあるだろうか? 身近なところでは両親、配偶者、恋人、友人、会社、自分の所属する共同体、あるいは守護霊でもいい。筆者は今回の取材を通して偉大な守り手たちの真実に触れることができたことを幸運に思う。なにより快くインタビューに応じてくれたMさんに対しては、心より感謝申し上げたい。――月刊パラノーマル2010年8月号No311 47ページ――

 

 

 

 「何って? 例の秘密結社のことですよ、話してくださるんでしょ?」

 高台にあるこぢんまりとした喫茶店の奥に、カジュアルな服装の青年と還暦ほどの老人が座っていた。店内は煎ったコーヒー豆の香りと窓から入ってくる潮の香りが合わさって心地よい空間を作っていた。平日の午後二時ということもあってか、客は青年と老人の二人きりだった。



 「そんな大げさなもんじゃない。“アレ”はただの互助組織だよ」


 「またまたぁ、そりゃフリーメイソンが友愛団体だって嘯いてるのと同じでしょ? 私が知りたいのは、日本のみならず世界に対しても絶大な影響を持つ“白桐講”という暗黙の秘密結社の内側についてです」


 青年こと穂積明彦はさる零細出版社の記者であり、名指しでの取材の申し込みを受け伊豆の温泉街までやってきた。事の始まりは一月ほど前まで遡るが、あの日の鮮烈な記憶を生涯忘れることはないだろう。


 「今となってはそのような悪評が立つのも仕方のないことだが、本来“講”という名が意味するとおり、我々は“ミウチ”同士で助け支え合う互助組織にすぎないのだよ。貧しい者、虐げられている者、能力や才能に恵まれながらもそれを発揮する環境にない者、そういった人たちが集まって助け合ったのが講の始まりなんだ」


 無精髭を撫でながら老人はそう答えた。ふさふさとした白髪頭に皺のある彫りの深い縄文系の顔、筋骨隆々とした肉体は着古したジャンパーとズボン越しに分かるほどであり、体格も今年で二七歳になる明彦より一回り大きい。同じ六〇代でも自分の父親とはえらい違いだ。


 「その悪い噂っていうのは政財界、マスコミ、警察、自衛隊、暴力団を支配下において日本を牛耳っているとかそんな類の話ですよね、幸い私はその手の稚拙な陰謀論には興味はないんですよ。私が知りたいのは、白桐講という結社がある特定の集団を母体としているのではないかという説についてです」


 「ほう、それはどんな?」


 微笑みながら老人は聞き返した。


 「たとえば神仏分離令によって信仰を禁じられた“修験者”が作った地下組織が元であるとか、かつて山域を徘徊し、竹で作った箕を売って歩いたという“サンカ”なる漂泊民が源流であるとか、様々な説がありますね、私としてはそちらの方に興味を引かれるんです」


 「フフッ、やはり血は争えないな……」


 「ん、なにか言いましたか?」


 老人は小声で何かをつぶやいたようだが、聞き漏らしてしまった。


 「いやいや、たくさん興味を持つのは良いことだと。無論、キミを呼んだのは全てを話すためだ……」


 老人は太々とした指でコーヒーカップの取っ手をつまみ上げると、黒々とした液体を一口で飲み干し、店員にコーヒーのおかわりとサンドウィッチを頼んで、再び明彦に視線を戻した。


 「語り終えるまで時間がかかる、昔話なんかも交えなきゃならないからね」


 「構いません、聞かせてください」


 明彦は即答した。


 「本筋に入る前にかいつまんで話そう」


 老人は瞑想するかのように目をつむり、ゆっくり呼吸を整えた。


 「白桐講は幕末の動乱期に現れた一人の男が創り上げた互助組織のことだ。かつて時代の変化の犠牲になった人間が大勢いた、彼らは職や地位を失い今日を生きることにすら難儀していたんだ。彼らを救うため男は講を創り、初めのうちは食い物や金銭、労働力なんかを互助しながら少しずつ講を大きくしていった。……男は長生きした方だが太平洋戦争が集結して間もなく死んだ。男の後継者にふさわしい人物は何人もいたが後釜を担ったのは財閥グループだ……」


 「グループ?」


 突然飛び出してきた横文字に明彦は首をかしげた。


「財閥のことだよ。創立されて間もなかった頃の講はミウチを守るため必死だった。大きくなりすぎたのが原因だったと思うが、講は明治政府の弾圧を受けた。横暴な官憲やその手先にあたるヤクザたちの不当な暴力の対象になった。自らを守るため講は地方の豪商たちと手を結んだ。商人どもは講の人脈と情報網を利用し、講もまた豪商の後ろ盾を受けミウチから多くの政治家や官僚を輩出していった……」


「その豪商たちが今の財閥グループというわけですか」


 明彦の脳裏に赤絨毯の敷かれたあの大広間が浮かび上がった。


 「そうだ。ヤツらは富と権力にものを言わせ講を乗っ取った。創立者である男を慕っていた古いミウチたちは皆抜けていった。そして残ったのは薄汚い力に魅了された亡者どもだ。キミはあの場で目にしただろう? ヤツらがそうだ」


 「彼らが……」


  一月前のあの日、明彦はとんでもない場所に招かれた。出版社の社長から呼び出され、自分の代わりに親会社の主催するパーティに参加するよう頼まれた。なぜ他の役員ではなく入社して三年そこらの自分なのかと聞き返したが、社長は辞令だの一点張りで結局、明彦が行くことになった。経費として手渡された金でスーツを新調して、壇上で読み上げる祝辞の音読を繰り返し、今更ながらマナーやエチケットに関する本も読んだが、そんなものまるで意味を成さなかった。雲一つない五月晴れが強く印象に残っている某日、明彦は東京でも指折りの高級ホテルのエントランスにいた。受付で招待状を見せると大宴会場に案内された。眼前には別世界が広がっていた。赤絨毯や華美な装飾を施したホール内など視界から消えてなくなるような光景、そこには各界の著名人が大勢集っていた。総理大臣をはじめとした有名政治家、官僚、投資家、実業家、それから芸能人、特に驚いたのがCMや番組などで日に一度は目にする有名アイドルグループの上位メンバーや人気歌手に有名俳優女優などがいたことだ。明彦の頭は真っ白になった。こんな有名人ぞろいの中、一般人である自分が存在しているなど完全に場違いだった。



 「我ながら名演説だった」


 「私は気絶しそうでしたよ……」


  正直なところ逃げ出したくてたまらなかった。しかし社を代表して来ている以上そうはいかず、明彦はスピーチの順番がくるまでトイレに籠もって何度も原稿を読み返していた。時間に余裕もって宴会場に戻ろうと廊下を歩いていて驚愕した、すでに自分の名前がアナウンスされていたのだ。大急ぎで会場に戻ると、すでに壇上に上がっている者がいた。明彦は茫然自失となりその場から動けなかった、とんだ不注意で会社の顔に泥を塗ってしまった、クビは免れないだろう。そう思いながら明彦が呆然と見上げていると、壇上に立った人物がこちらに向かって手招きした。周囲の視線が一斉に明彦に向けられると、赤面を通り越して顔が真っ青になった。それからどうなったのかよく覚えていない。ただ気づけば宴会場にいる全員を見下ろせる場所に立っていた。



 「なんで自分がクビになっていないのか不思議なぐらいですよ……」


 思い出しただけでも喉が渇く、明彦はアイスティーを飲み干し氷も噛み砕いた。


 「出世こそすれクビになんてならんさ、キミんとこの達磨社長とは昔からの知り合いだからね」


 老人はにこやかに笑いながら言い、出来たてのサンドウィッチに手を伸ばした。


 「あなたは何者なんです? なんであんなこと……」


 自分は壇上にいた、だが一人ではなく隣に誰か立っていた。横目で見てみるとそこにいたのはドレスコードを完全に無視した登山服のような分厚いジャンパーとズボン姿の老人だった。そう、いま明彦の眼前に座っている人物だ。老人は気さくな笑みを浮かべ明彦を友人だと紹介した。もちろん面識などないが、これで場の空気が和らぐならそれでいいと思った。しかし実際は逆効果だった、絶え間なく談笑の声が聞こえていた宴会場はまるで葬儀のように静まりかえり、招待客からは冷たい視線を向けられた。露骨なまでに憎悪のこもった視線、まるで人ならざる怪物に怯えるような視線、様々な感情が壇上に注がれていた。いたたまれなくなり老人の方をみると、彼はにっこりと微笑んで心配ないと答え、そして話し始めた。



 「俺は講を“潰す”ために戻ってきた……か」


 「俺はの後の“こいつと一緒に”が抜けてますよっ! だいたいなんで私を巻き込むようなことを言ったんですか……。あの場には総理大臣もいたんだ、一時は本気で外国に亡命しようとまで考えたんですよ“俺”は」


 「総理大臣なんぞ講の走狗にすぎんよ、他にもやっかいな連中が大勢いる」


 老人はカカと笑い食後の一服を付けた。三等タバコの強烈な臭いが漂ってきたが、分煙意識が昭和で止まっている編集部ではいつものことなので特に気にもならなかった。


 「これから話すことはすべて事実だ、少なくとも俺の中ではね。むしろキミんとこの雑誌なら喜んで記事にしたがるネタが満載だ」


 「それはどんな……?」


 重要な質問をことごとくかわされ続け、明彦はムッとしながらも聞き返した。


 老人は視線を窓の外に向けた。高台からの眺めは良好で、視界いっぱいに相模湾が広がっている。無言のまま水平線をじっと見つめる老人の横顔には哀愁が漂っていた。


 「今のキミとそう変わらん。自分がどこにでもいる普通の人間で、普通に生きて、普通に死ぬのだと、そう思って疑いもしなかった特別な少年の話さ……」 


なんとか更新がんばります……

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