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としでんイマジネイト  作者: ばらっど
序章・根暗オタクと斧女
9/12

ロケットパンチは腕を射出する技であって投げつける技ではありません

「いやあ、なかなか無茶したね。だが……発想自体は良いよ、真白君」


 簡易ベッドの下から飛び出したロアは、以前購入した外出用のパンクファッションになっていた。どこから調達したのか、光りもののアクセサリーも増えている。

 ただやはり、余りに巨大な斧が彼女の外見にはミスマッチだった。


「ベッドという概念自体を用意して、私を強引に召喚する……要はそう言う事で良いんだ。発想力、想像力、それこそが私たちを操る力になる」


 ロアはくるくると斧を回すと、両手でパワフルに構えて見せる。

 視線の先では、吹っ飛ばされた晴香が既に立ち上がろうとしていた。それを見据え、ロアは苦々しそうに口を開く。


「……なるほど、厄介だな。以前の口裂け女はただの単独のイマジンだったが……今の口裂け女は人間に取り憑き、同調している。彼女の精神から延々と想像力を吸い上げて力に替えられる状態に在る」

「そ、それって、晴香は大丈夫なのか!? 危ないんじゃないのか!?」

「ふうん、彼女は晴香っていうのか……結論から言えば、危ないだろうね。苗床にされているようなもんだ。考えなしに暴れ続けられると、そのまま廃人コースもあり得る」


 ロアの口から、明確に晴香の危険が示された。

 俺は自分の脈が速くなるのを感じた。心地よさの無い鼓動だ。けれど、この状況に焦燥出来る自分を見て、少しだけだが、意外に思った。

 俺はまだ、三次元にも未練があるのか。


「……晴香を助けたい。どうすればいい」


 その言葉に反応したのは、ロアも、晴香も、同時だったが、先に口を開いたのはロアだった。


「彼女を助けるなら、口裂け女と引きはがさなきゃならない。口裂け女だけにダメージを与える方法を考えなければ……」

「そんな都合のいい方法が有るのかよ!」

「さあな。だが、君の方が詳しい筈だよ。なにせ、あれは君たち人間が作り出した『都市伝説』なのだから!」


 そう言うと、ロアは斧を振るって飛びかかった。

 刃は裏返してある。晴香が再度暴れ出す前に押さえつけようと言うのだろう。それはつまり、解決策を考えるのは俺に任せたと言う事だ。

 

「…………貴方、真白の家に入り浸ってる女ね?」


 晴香はロアを見つめ、その瞳孔を猫の如く細めた。

 腕をかざすと、口裂け状態になった無数の本が飛び交い、ロアへ向けて襲いかかる。


「ああ、入り浸って居るって言うか、住み込ませて貰っているけどね!」


 売り言葉を買うとばかりに、ロアは挑発的な台詞を吐いて斧を一振りする。

 斧の刃を横にすれば、さながらラケットのように面積の広い得物となる。その大きさを生かして、眼前に迫っていた本を纏めて叩き落とし、撃ち返す。


 しかし、本の弾幕の向こうからは既に、大きく口を開けた晴香が飛びかかっていた。



「があああああああああああああアアアアアアアアアアアアアAAAAAAAAAAA!!!」


 獣のような雄叫びをあげ、晴香の牙がロアに迫る。

 狙いは首元。身体の中心線に近い位置を狙い済まされ、まして滞空しているロアはこの攻撃をかわすのは難しい。

 それをロアも解ったのだろう。とっさに片腕を間に挟ませ、晴香の牙を受ける。


「ぐゥッ!」


 鈍い声が漏れて、ロアの腕から鮮血が飛び散る。

 イマジン等と言う怪物であっても、どうやら吹き出す血は赤い。

 などと冷静な感想を抱いている場合ではなく、俺も思わず叫ぶ。


「ロアっ!う、腕がっ……!」


 俺も一度、本の牙を食らっている。その痛みは鮮明に想像する事が出来た。

 まして、ロアは晴香本体に噛みつかれているのだ。俺よりも傷は深いだろう。


「気にするな真白君っ! こちとらこの程度の傷では死なないように出来て居てね……まあ、痛みとはまた別問題だが!」


 そう言うと、ロアは晴香を噛みつかせたまま、その腕を強引に振り回して地面に叩きつける。そのまま晴香の上にのしかかるようにし、マウントポジションをとろうとする。

 あの大斧を振り回す筋力だ。少女一人、片手でぶん投げるくらいは出来るだろうが、それにしたって凄まじい光景ではある。


「この晴香とか言う子は私が押さえる! 君は口裂け女を退治する方法でも考えろ!」

「で、でも、俺、別に怪談に詳しいわけじゃ……」

「馬鹿、此処を何処だと思っている! 答えならどこかに在る筈だ!」


 そう言われ、はっとする。

 

 その答えは床に散乱し、そして未だ棚にも無数に敷き詰められている。

 人間の作りだした知力と想像力の記録。

 数々の本が、そこにはある。


「……待っていてくれ、直ぐに探す!」


 俺は走り出すと、本棚の裏に回り込む。

 ジャンルを示すタグに目を通し、その中から「ホラー」の文字を探しだす。

 この時ばかりは、日ごろの図書委員としての自分に感謝する。地味ながら真面目な仕事を続けて居たのは無駄ではない。

 その棚に「実録、恐怖の都市伝説」なる作品が仕舞われている事を、俺は確かに覚えて居た。


 だが、目当てのそれを手に入れた時、俺は一瞬、気がゆるんでしまったのだ。

 まだ目的の情報を得たわけでもないのに、その本が見つかっただけで俺は、希望を手に入れた気になってしまった。

 喜びの表情を浮かべ、ロアへと声をかけようとしてしまったのだ。


「ロア、見つかっ――――」



 血の噴水、とでも形容すれば解りやすいだろう。

 ロアは晴香に腕を噛みつかれた事で、逆に彼女をそのまま自分に引き付け、抑え込もうとしていた。

 

 しかし晴香は、ロアの腕を「骨ごと噛み砕いた」らしい。


 その牙は続けざまに、片腕となったロアの腸を捉えて居た。


「……ろ、ロア……おまっ……」


 思わず本を取り落としそうになった俺を、ロアが吃と睨みつける。


「何をしている……情報は見つかったのかっ……」

「だ、だけど、お前……」


 口からも血を吐いている。

 内臓に傷を負ったのだ。

 いくら丈夫とはいえ、命に関わらない負傷ではない。


 しかし、ロアは血まみれの唇で笑みを作った。


「大丈夫……たかがメイン臓器をやられただけだ……」

「致命傷だよう!!!」


 焦って居る場合ではない。既にロアは少し錯乱している。

 俺は本のページをばらばらとめくり、その中から「口裂け女」のエピソードを見つけ出す。

 

 内容は、どこかで見たようなオーソドックスな物語。

 俺もなんとなくで把握している、口裂け女という怪物のエピソード。


 しかし、詳しく書いてある。

 

 農民の怨霊説やCIAの実験説。

 明治時代の類話。

 子供の夜遊びに対する戒めという説。

 精神病院からの脱走者説まで、今まで知りもしなかった全容が事細かに記載されている。

 

 だが、欲しいのはこんな情報では無い。

 肝心の「退治する方法」を見つけられない。


「真白君!」


 ロアの声が上がる。


「悪い、このままでは私がヤバそうだ……少し手荒にさせてもらう!」


 ロアは血を吐きながら、晴香を睨みつける。

 それに応えるように、晴香は思わず、食らいついていた腸を離してまで叫ぶ。


「真白君真白君って……なれなれしいのよアンタぁああああああああああっ!!」 


「ごめんねぇ、なれなれしくて……でも、離してくれてありがとう」


 ロアの顔が、思いっきり邪悪に笑った。

 間髪いれず、食いちぎられた自分の腕を掴んで



「ロケットパァ――――ンチ!」



 それを棍棒のように持ち、晴香の腹に突き入れる。


「グブッ……!」


 ロアの力で叩きこまれたのだ。並大抵の威力では無い。

 晴香は口から濁った物を吐きだしながら、その体を浮かせる。


「ハッハァ!」


 テンション高く笑い声を上げて、ロアはそこを続けて蹴り上げた。

 晴香の身体が天井に叩きつけられ、そのまま重力に素直に引かれて落ちてくる。それを狙い澄まして振りかぶられた斧が、アバラめがけて叩きこむ。

 人間一人の身体が野球ボールのように弾み、壁へと叩きつけられる。


「……ヤバい」


 ロアの命を心配して済む話じゃない。

 このままでは晴香が先に殺されてしまう可能性もある。

 お互い、殺す気で当たらなければ自分が死ぬ、そんなレベルでの睨みあいなのだ。改めて俺は、奴らが本質的にバケモノである事を思い知らされる。


 やはりこの事態を解決するには、口裂け女の弱点を一刻も早く探さねばならない。


「何かないのか、何か……身体に傷をつけない奴は!!」


 べらべらとページをめくり、必死に目線を動かして文字を斜め読みしていく。

 中学生のころに齧った速読の練習を、続けて居ればよかったと今ほど思った事はない。


「何か……何か……!」


 じゃきん、と鈍い金属音がする。

 ロアが斧を振りかざした。刃が床に擦れた音だ。


 対し、晴香は両手に自分の牙で傷をつける。

 その「傷口」から新たな牙を生やして、両腕までも口にしたキングギドラのような姿になり、相対する。


 間違いなく、お互いに相手を殺しにかかっている。


 時間は、ない。


 晴香が先に床を蹴った。

 その牙をガチガチと鳴らしながら、迫って行く。


 ロアがそれを迎え撃つように、頭上に斧を振り上げる。

 いくら峰打ちと言えども、あの斧をまともに食らえばひとたまりも無いだろう。


 その牙の鋭さと、斧の重量。

 晴香の素早さと、ロアの力。

 どちらが勝とうと、決まった瞬間にどちらかが無事では済まない。


 足音と、牙音と、バケモノ二匹が相対し、向かい合い、近づき、そして――――




「――――――――――ポマード!」




 一声の叫びと共に、その二人が止まった。


 叫んだのは、俺だ。


「……真白くん、何だって?」

「……ポマードだ」


 きょとんとして、首をかしげるロア。

 対照的に……晴香は口を押さえ、がたがたと震えだす。


「口裂け女を退散させる呪文……三回唱えると、口裂け女は逃げ出さなければならない」


 本のページを開いて見せながら、晴香へと歩み寄る。

 よほど苦しいのだろう、晴香は目をぎょろぎょろと動かしながら、涙とよだれとを噴きだして、こちらを睨みつける。

 

 そして、ようやく対処する優先順位を悟ったのだろう。

 ロアを尻目に、俺へと飛びかかって来る。



「やめろぉおおおおおおおああああああああああああAAAAAAAAAAA!!」



 その叫びは既に、晴香の声ではなかった。

 だから俺も、安心して最後の呪文が唱えられる。


「――――ポマード!」


 弾き飛ばされるように、晴香の身体から、赤い服を着た女が飛び出した。


 俺が晴香の身体を抱きとめると同時に、その逆方向――口裂け女が飛ばされた方には、ロアが斧を構えたままでいた。


 

「チェストォ――――ッ!!!」



 何らかの鬱憤を晴らすかのように、巨大な斧が叩きつけられる。

 ただし、今回は爆発はせず。


 振り降ろされた斧の「みね」に辺り、口裂け女は床に縫い付けられ、がくり、と動かなくなった。


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