二次元にも落とし穴はある
なあなあの協力関係だが、ペリーさんの申し出を受ける事になった俺らである。
それが決まって後日、俺たちはミーティングの名目で自室にペリーさんを招く事となった。
戦うのはロアやぺリーだが、その力を供給するのは俺の想像力なのだ。となれば、俺だって絶対的に無関係という訳にはいかない。
ロアたちに与える想像力をチャージするために、俺は俺で少しは頑張る必要があるのだった。
「…………だからってさぁ、真白くん」
鼻をつまみながら、ロアが言う。
「…………イカくせえの。デビルフィッシュルームなの」
目まで隠しながらペリーが言う。
そういうわけで、俺は未開封だった薄い本の中からお気に入りを選別し、それを実際に使用してみる作業を済ませた所だった。
なるほど、胸が温かい気持ちで満たされる。
自覚して見れば、これが想像力の満ちた状態と言う物なのだろう。今ならば、先ほど呼んだ同人誌の世界へと深く深く埋没出来る、そんな素晴らしい想像力が俺に溢れて居ると実感できる。
「つまり、俺がエロ同人でヌいたらお前らがすかさずエネルギーを吸う、と言うのが最も高効率だ」
「君が逐一パンツ脱いで事を済ませるのを待って戦いに入れってのかい!?」
「最悪の戦闘プロセスなの! 合体、変身シーンとは訳が違うの!」
「だが実際に、今の俺には凄まじいエネルギーが溜まって居る筈だ! 俺に賢者モードと言うのは存在しないからな! 今ならばさらにテンションを上げて二回戦に入る事が出来るだろう!」
「それが終わるのを延々と近場で待っている方の身にもなってみろよ!!」
「っていうか別に私たちは外で待ってたって良いと思うの!」
まあ、ペリーの言う通りではある。
なにせ三次元女に見られた所で興奮すると言う性癖も無いのだ。やはりこいつらには外で薄い本調達部隊になってもらうのが最適だと思う。
しかし、ペリーはどっからどう見ても幼女にしかみえない。
こいつに青年向け同人誌など買わせたら、俺が条例的な物によって豚箱で臭い飯を食う事になるだろう。
やはりこの仕事はロアに任せるしかないのだ。
「まあ、とりあえず今回俺が使用したのはサークル『むちむちプディング』の夏の再発行本『魔女っ子しばりⅢ』だ。この本の傾向をしっかりと理解し、ロアには買う本を厳選してもらいたい」
「……まあ、別に私も、今更こういうのを恥ずかしがるようなデリケートな女ではないけどさぁ。なんか、すごい屈辱感を感じるよ。女として」
「仕方ないさ。だってお前は三次元なんだから」
次元の壁は年の差よりも強固なのだ。
いくら俺がロリ趣味とはいえ、それは二次元の話。いくらペリーさんにコスプレさせても三次元幼女に胸がときめく事などあり得ない。っていうか、ときめいたら病気だ。
「いや、真白君も十分に病気だと思うの」
「そうか、お前らイマジンは大体、モノローグにツッコミ入れられるんだな。解った」
そうなると、ペリーさんにはぺリーさんの力を生かした役割を与えるべきだろう。
ネットワーク上へと意識をダイブさせる事が出来るらしいペリーさんは、人間のそれとはケタ違いのハッキング、アクセス能力を持つらしい。
インターネットでの同人情報収集をやらせれば、きっといい仕事もするだろう。
ロアとペリーさんがせこせこ働いて集めて来た同人誌で、俺が良い思いをするという構造になるのだ。
そして赤マントとかいうイマジンと戦う時までに、俺の想像力を出来る限り豊かにしておくと言う算段である。
「…………これ、切ない作戦だなぁ」
死にたそうな顔でロアが呟く。
ペリーさんも、ややげっそりした顔で力なく頷いた。
なんでこんなに落ち込んでいるのかは知らないが、こいつらは実際に前線に立つのだ。ポケット●ンスターで言うと手持ちポケ●ンの立ち位置なのだから、こんな調子では困る。
「というわけで、少しお前らに俺好みの同人誌を見分ける方法をレクチャーしておいてやろう」
そう言って、俺はベッドの下からずらりとコレクションを取り出した。
その同人誌の束だけで、もうひとつベッドが作れてしまいそうな量である。我ながらよくこれだけ集めた物だと思うが、もちろん、ロアもペリーさんもドン引きしていた。
「いいか? 萎える同人買ってこられてもマイナスにしかならんからな。お前らには良い同人誌を的確に見分け、俺のモチベを確実に上げられるようになってもらわなきゃ困る。そのためには、購買側としての同人知識が必要になるんだ」
そう言いながら、俺は一冊の同人誌を掲げる。
「ロア、この本をどう思う」
「どうって……まあ、表紙の絵は上手なんじゃないか? 肌のつやなんか、すべすべしてそうだし……赤らんだ頬や汗の表現も上手いと思うが」
「そこが素人の浅はかさじゃ!!」
俺はその同人誌のページを開いて見せる。
中腹ほどのページを開くと、ちょうど本番シーンが描かれている。カラーなのは表紙だけで、中身は白黒だ。
すると、ロアはすぐに異変に気付いた。
「あ、あれっ?」
「解るか、ロア。この本の落とし穴が」
描かれている絵は確かに、表紙と同じ絵柄ではあるのだが、全体的にのっぺりとした印象でシンプルな線。ページ全体が白く、平面的に見える。
「こいつはな、カラー表紙詐欺というものだ」
「……は、犯罪なのか!?」
「消費者層からすれば犯罪みてえなもんだ。表紙は線画だけを用意し、ほかの塗りが特異な絵師に彩色を頼んで発行する……だが、蓋を開ければこの通り。塗りでごまかされていた作者の腕が白黒ページでは隠しきれない!」
「な、なんかかなり怒ってるみたいだが、じゃあなんでその本キープしてあるんだ?」
「表紙絵がすごく好みだからだ!」
ちなみにペリーさんはもう横になってテレビを見始めて居た。
「こういう詐欺を回避するためには、新刊コーナーならば大体用意されている見本誌をチェックすることだ! あれは本の中身がサンプルとしてある程度覗けるようになっている! また、ショップのインターネットページやペクシブでサンプルを確認するのも効果的だ!」
「そうかなるほど! 土地神になるにあたってまず全く使わないであろう知識を手に入れる事が出来たよ!」
ロアが理解を示してくれたところで、次の講義に移る。
取り出したのは先ほどと同じような、表紙カラー、中身白黒の本だ。
「今度はこいつの中身をのぞいてみよう」
ぺらぺらとめくって見せる。
表紙絵のクォリティに恥じない、完成度の高い白黒絵による漫画が数ページにわたって掲載されている。
「あれ、なんかいきなり絵柄が変わったようだけど」
「そう……こいつは合同誌だ! 複数の作家が原稿を募って一冊の本にする形式の物で、言わば実際の雑誌のように色んな作家の漫画が読める!」
「ふむ、そう言われればお得な気がするな」
「おバカ! 表紙絵の作家と他の作家のレベルの開きを見ろ! どう考えても有名作家一人用意して、その尻馬におんぶにだっこしてる状態だろうが! ページ数が多い分だけ金を払わなければならんのに、その大半が要らん漫画では話にならん!」
「はぁ、確かにそうだ」
さらに別の同人誌を手に取り、今度は行き成りページを開いて見せつける。
「さらにこちらは触手本だ! 表紙やタイトルでそれが判断できないのに、だ! こちらはフタナリ、あまつさえこちらは寝取られだ!! これを前面に押し出した本なら良いが、覚悟が無いのに中身を目にして初めて内容を理解してしまうのは、まさに地雷ッ!! そういう嗜好が無ければ掴まされた方は溜まったもんじゃないぞ!」
「そうかそうか。ところで私はそろそろバーチャロンやりたいんだけど、その話はまだ続くのかい?」
俺はベッドの上で土下座のような体勢になって項垂れる。
そして深い深いため息を吐き、ロアを睨みつけて見せる。
「こんの……スカポンタンッ!! 貴様は勝ちたくないのか! 本来ならその要領に対して破格とも言える程の金を出して、がっかり同人誌を掴むような敗北を喫したいと言うのか!」
「もう自分で描いたら良いんじゃないかなぁ、好みの奴を」
「そぉおおれができたら苦労はしてなぁああいんだよぉおうおうおうおうおうおうおう!!」
ばしばしと布団を叩き、枕を殴りつけ、泣きわめきながら足をじたばたさせる。高校生にもなってここまで不満を態度に出せる男はなかなか居まい。
しかし全く、自分で好みの絵がかけたらここまで苦労はしないのだ。描けないから金を出して同人誌を買うのだ。
もし自分が指定した通りのストーリーやシチュエーションで同人誌を描いてもらえるのなら、この世から戦争は無くなっているに決まっている。
「第一、俺の美術の成績は2だ! 俺も中二のころにたっぷり絵の勉強はしてみたし、そこそこのレベルにもなったが、未だに顔以外のバランスが取れない!」
「なんかリアルな悲鳴だなぁ、それ」
「想像力だけは有り余って居るのに、それを出力する力がない! それだけに、自分の求めている物にストライクな同人誌を見つけた時の爆発力と言うのは凄まじいんだ!」
「ぐっ……そう言われると、納得できんこともないな」
ロアはぽりぽりと頬を掻きながら、困ったように笑う。
そろそろ面倒くさいとか思っているのだろうが、そう簡単に引き下がる俺では無いのだ。ロアもそれを解って居るのか、どうにかしてこの話題と作戦に落とし所をつけようと考えている。
その末、ロアから飛び出した解決策と言うのが、
「あの、私は君の大好きなアニメの、ごしっく☆シャロンとかいう奴がモデルになって具現化した訳じゃないか」
「まあ、そうだな。ちょっと色合いは違うが」
「シャロンに関しては、とりあえず私の身体で、君の妄想するシチュエーションを再現できるのではないかな?」
「ホワッツ!? 何言ってるの!?」
ぺリーさんが物凄い勢いで振り向いて目を剥いた。
そりゃあそうだ。ロアの発言も相応にとんでもない。
まあロアの提案は一見、とても魅力的には思える。思えるのだが、やはりそこには強大な壁が立ちはだかるのだ。
「俺は三次元女を抱く気は、無いっ…………!」
「…………こっちのジャップも何言ってるの……」
ペリーさんの目が二日放置された鯖みたいになってきた。
しかし、こればかりは引く訳には行かない。
エロければ良いと言う物ではない。ロアは幾ら可愛くても三次元。二次元上に描かれた妄想を再現する事など出来ないのだ。
まして、世の中には三次元じゃ物理的に不可能なシチュエーションも存在する。ロアが人間じゃないとはいえ、所詮、三次元の身体では俺の嗜好にはついてはこれないだろう。
それも俺が三次元に絶望している要因の一つなのだ。
「お前では俺の領域についてこれない……っ!」
「何を言っているのかは解らんが、君は普段、脳内でアニメキャラに何をさせて居るのかね」
とにかく、ロアの提案は根本的な解決にはならない。
やはり彼女たちには金銭を稼がせ、同人誌を貢がせる以外にないのだ。
というか俺がそれ以外考えたくないのだ。楽して同人誌が読みたいのだ。もっと自由に金をゲームとかに回したいのだ。寝てて金が稼げる生活がしたいのだ。
「まあ、それこそロアが言ったみたいに、自分で描ければ良いんだけどさ。今から絵の練習をしても一朝一夕でレベルは上がらない。それまでに赤マントに襲われちまうのがオチって話だ」
「バイトさせる時間はあるのにか……」
「絵ってのはそれほど時間がかかるんだよ……こんな素晴らしい一枚絵が、一晩頑張っただけで再現できると思うか? 今あるコンテンツを買うしかないんだ。二次元ってのは崇高で、貴重で、気高いものなんだよ………………って、何をしてるペリーさん」
気付くと、ペリーさんは机に向かっていた。
手元に同人誌を一冊用意し、その横にメモ帳を置いて、ペンを走らせている。
殊勝に作者名やサークル名のリストでも作って居るのかとおもったが、どうもちがう。ペンが物凄い速さで動き、細かな線が一気に刻まれていく。
「…………なっ、ま、まさか……」
「……おい、真白くんっ、これは……!」
「ネットワーク侵入するって言うのは、自分をデータ化することなの。そういう特性もあって、私は絵は得意なの。昔から好きで、ちょっとしたセンスの心得もあるの。」
ペリーさんのメモ蝶には、美麗な白黒絵が完成していた。
それも、元にした同人誌の絵をそのまま縮小したような精巧な模写。短時間で描いたが故に省略されている所もあるが、それも違和感なくデフォルメ等の処理が施され、一枚の作品としてこれ以上ない完成度を誇っている。
「……なんか、これが一番手っとり速いと思うの。身体を使わせるのは嫌だし、同人誌を探すのも骨が折れるの」
溜息をつきながら、ぺリーさんはこちらを向く。
ちんちくりんの幼女でしかなかった筈のペリーさんが、今は後光の指す天からの遣いにすら見える。
文明開化で西洋文化を崇拝した日本人たちは、こんな気持ちだったのだろうか。
そうと決まれば、方向性は決まったようなものだ。
ぺリ―さんと言う即戦力が居る。もはや、バイトして金を貯めて同人誌を探すという、まだるっこしい作戦よりも良い方法が有る。
「ぺリーさんに俺好みの同人誌を書かせ、それを売って得た資金でさらに好みの同人誌を買おう!」
二人分の、とてもとても深い溜息が聞こえた気がした。