第二章「ローマでの結婚式」第十三話
結婚式の当日。
あたしは段取りの覚えが悪く、次妹のドルシッラに怒られっぱなしだった。
「えっと、ドルシッラ。先ずはパラティヌスに行って、盛大な祝賀会だっけ?」
「アグリッピナ姉さん!いきなりパラティヌスにすっ飛んでどうするわけ?!」
「あ、そうだった」
「先ずは花婿が花嫁を迎えに来るから、私達は家族でここの入り口で迎えるの」
昔のあたしは、段取りとか、そういう面倒なしきたりとかを覚えるのが苦手だった。まぁ、年を重ねると変わってくるのだけど。
「あ、そうだった。それで次はパラティヌスで神々への供養と生贄を捧げるわけね」
「そう、それで私達は皇族だから、カエサルの神殿で結婚誓約書の署名」
「え?!あたしが署名するの?」
「証人の人がするから大丈夫」
「良かった~。そんなの手が震えて出来ないからさ」
「まぁ、アグリッピナ姉さんの汚い字じゃ、署名にならないだろうし」
「うるさいよ、あんたは。一言いちいち多いの」
ドルシッラは膨れてる。
私はため息ついてるが、ドルシッラは謝りもせずにさっさと進めた。
「はいはい、それで次は?」
「えっと、これは覚えてる。確か、儀式よね?」
「そう、花嫁花婿による宣誓。宣誓の言葉、ガイウスお兄様から教わったのをちゃんと覚えてる?」
「覚えてるって、"汝がガイアである限り、私はガイウス"だっけ?」
兄カリグラは、覚えの悪いあたしに何度も結婚式の練習をしてくれたけど、時たま女装をしてくるから爆笑しちゃってた。ドルシッラの冷たい視線があたしを射抜く。
「姉さん……。いつから男のガイウスになったの?逆!逆!」
「あああ、"貴方がガイウスである限り、私はガイア"だった」
「もう!しっかりしてよね?」
「分かった。もう、大丈夫」
いつになく母ウィプサニアよりも心配性なドルシッラは、まるで自分のことのように、カリカリしてる。そこへのんびりと末っ子の妹リウィッラが、ヘラヘラ笑いながらやってきた。
「ドルシッラお姉さん、もう少し肩の力を抜きなって。えへへへ」
「リウィッラ!あんたはヘラヘラしてばっかりで、アグリッピナ姉さんが失敗したら恥ずかしいじゃない!」
「失敗したらしたで、そん時はそん時でしょ?これでもアグリッピナ姉さんは本番には強いんだから」
ふむふむ、末っ子はちゃんと姉妹というものをよく見てるものだって感心していると、ドルシッラはますます怒ってどっか行ってしまった。
「リウィッラ、あいつ、肝っ玉小さいな?」
「アグリッピナ姉さんが肝っ玉大き過ぎなんじゃない?」
「あははは!」
しかしだ。
二人でドルシッラをからかっていると、さすがに三兄カリグラがゲンコツを落としてきた。
「いった~い!」
「イタタタタ」
「アグリッピナ、リウィッラ!お前達はふざけ過ぎだ。この結婚式は、カエサルの血脈を持つユリウス家の長女ユリア・アグリッピナが、長いローマの歴史に名を残すものなんだぞ!」
「はい」
「はい、お兄様……」
「いくら本番に強いからって言ってもな、人間間違える時は間違えるもんなんだ。その自覚をドルシッラが一生懸命促しているのが分からんのか?!」
兄カリグラから貰ったゲンコツの跡は、まだ頭をヒリヒリとさせてる。
「いいか?『ユリウス家の長女アグリッピナは、ローマでの結婚式で発した宣誓の言葉が間抜けだった』なんて伝えられてみろ。千年、いや二千年後の人達から笑われるのがオチだぞ!」
「ゲっ!確かに。それは格好悪いや」
「それだけじゃない。これから結婚式を迎える俺たちも、『あの!間抜けなアグリッピナの兄弟姉妹』って言われるんだ。ドルシッラが怒るのも無理ないだろう?」
「はい」
「すみませんでした」
「我らの祖先神君カエサル様も、『人は噂の奴隷であり、己が自分の好んだ物を信ずる』と仰っただろう?それにエジプト文明に伝わる……」
いつになく兄カリグラの説教は長かった。くどくどと偉人の言葉を引用して、母に止められるまでずっと。
「ほら!アグリッピナ、そろそろ服を着替えなさい!」
「はーい、お母様」
「リウィッラ、ドルシッラの機嫌を治してきて。あんた達じゃ、なーんも出来ないんだから」
まぁ、結婚式の当日に、ふざけ過ぎて兄からゲンコツと説教を貰い、母から諦められてるのだから、ユリウス家の長女である、あたしユリア・アグリッピナは、十分間抜けなのであった。
続く




