第12話:『白雪の帰還と、逆襲の監察官。』
「ただいまー! みんな、私がいなくて寂しかった……って、何よこれ!?」
アパートの廊下に光のゲートが開き、停職明けの白雪さんが意気揚々と戻ってきた。
しかし、彼女が目にしたのは、201号室のドアの前で、
「レオン君、はい、あーん!」
と高級エクレアを食べさせられ、完全に虚無の表情で口を開けている監察官・レオンの姿だった。
「あれ、白雪さん。おかえりなさい」
カズマが、もはや神の如き慈愛に満ちた笑顔で出迎える。
「……レオン君? あんた、未来警察の誇りはどうしたのよ。監察官がJKに餌付けされてるなんて、本局に知られたら今度こそ解体されるわよ?」
「……うるさい……。僕は今、この時代の『糖分』という名の重力に囚われているんだ……。白雪、助けてくれ……この女、僕を放さないんだ……」
レオンが涙目で訴える。
「白雪さん! この子、本当にいい子ですね! 私、毎日通っちゃいます!」
白雪さんのガントレットすら「カッコいいアクセサリー」程度にしか思っていない無敵のJKオーラを放っている。
『……フフン。白雪、お前がいない一ヶ月で、このアパートの「生態系」は完全に書き換えられたんだよ』
猫――未来の俺は、カズマの肩の上で勝ち誇ったように喉を鳴らした。だが、白雪さんはすぐに不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ……いいわ。レオン君が使い物にならないなら、私は私の『研究』を再開するだけよ。佐藤さん、これ、一ヶ月の反省を込めて作った、**最新版『スルー・パッシブ・エボリューション』**よ!」
白雪さんが取り出したのは、以前の黄金色とは一線を画す、透き通ったクリスタル状の耳栓だった。
「これをつければ、不都合な音を消すだけじゃない。**『自分以外の時間軸をスルー』**して、無限の昼寝が堪能できるのよ!」
『……なっ!? 「時間停止昼寝」だと!?』
猫の目が輝いた。
それこそが、未来の俺が追い求めていた究極の「スルー」だ。
「さあ、佐藤さん! 試しにつけてみて!」
「ええ~、また変なもの……。あ、でも、ちょうど大家さんの『スクワットの掛け声』が隣から聞こえてきたし、少しだけ……」
カズマが、そのクリスタルの耳栓を装着しようとした、その瞬間。
猫が脱兎の如き速さでカズマの腕を駆け上がり、その耳栓を横取りした!
『これは俺のものだぁぁぁ!! 現実よ、さらば!!』
猫が自分の耳にクリスタルを突っ込んだ刹那。
――カチリ。
世界の色が反転し、白雪さんも、レオンも、結衣も、そしてカズマまでもが、彫像のようにその場で静止した。
静寂。
真の、絶対的な静寂がそこにはあった。
『……はは……。やったぞ。ついにやった……。誰も俺を邪魔しない。大家の説教も、店長の脂っこい話も、白雪のドラッグ攻撃も……すべてが止まった。……さあ、最高の昼寝を始めるとするか』
猫は、カズマの動かない膝の上で丸くなった。
だが、誤算があった。「スルー・パッシブ・エボリューション」の効果は、あまりにも完璧すぎたのだ。
『……。……。……。……静かすぎて、逆に寝られねぇ。』
数分後、猫は目を開けた。
時間が止まった世界では、風も吹かず、光も揺れず、埃一つ動かない。あまりの「無」に、猫は次第に恐怖を感じ始めた。
『おい、カズマ! 起きろ! ……あ、止まってんのか。……レオン! お前、その変な飴の感想を言えよ! ……白雪、なんか変なお裾分けを持ってこい!』
どれだけ叫んでも、世界はスルーを貫き通す。
猫は悟った。
自分を悩ませていた「騒がしい日常」こそが、昼寝を「最高のご褒美」に変えていたスパイスだったのだと。
『……クソ……。外野の声がないと、自分の寝息すらうるさく感じるじゃねぇか……!!』
猫は必死に耳栓を外そうとしたが、未来の最新技術は「一度入眠(完了)するまで外れない」という、お節介な親切設計を搭載していた。
「……あうぅぅ、誰か……誰か俺の耳にデカい声で『プロテイン!』って叫んでくれぇぇ!!」
絶叫する猫。
しかしその声すら、止まった時間の中では自分にしか届かない。
白雪さんの帰還祝賀会は、猫一人だけの「永遠の孤独な昼寝(未遂)」から幕を開けることになった。
現れたのは、レオンをさらに大人にしたような、冷徹極まるスーツ姿の男。時空警察・広域捜査総監、通称**『長官』**。
白雪を停職にし、レオンが最も恐れる男。
彼が指を鳴らすと、猫の耳からクリスタル耳栓が弾け飛び、止まっていた時間が凄まじい勢いで動き出す。
「あ、アギャッ!? (現実が戻ってきたぁぁ!!)」
「ひっ……ちょ、長官!? なぜここに!?」
結衣に抱っこされていたレオンが、エクレアを口に含んだまま飛び上がり、床に膝をつき、白雪もガントレットを隠し、直立不動で震え上がっている。
「白雪。停職明け初日に、禁じられた『時間軸干渉型・睡眠具』の違法配布。レオン。監察対象と家族ごっこに興じ、JKに餌付けされるという職務放棄。……お前たち、まとめて**『原始時代への左遷』**を希望しているのか?」
長官の声が響くたび、アパートの空気が凍りつきます。
カズマですら「あ、この人……一番怒らせちゃいけないタイプだ」と直感し、首から下げた『スルー・パッシブ』を服の中に隠しました。
「ちょ、ちょ。あの、あの、長官……。これには深い筋肉的な理由が……」
白雪が言い訳をしようとしたその時、
“ド、ドーン。ガラ、ガラガラッ”
背後の壁が「ヌンッ!」という音と共に完全に崩壊する。
「誰だか知らんが、私の店で空気を冷やしているのは貴様かッ!!」
大家の轟さんが、長官の「威圧感」を「冷房の効きすぎ」と勘違いして殴り込んできたのです。
「……ほう。この時代の人間にしては、面白い生体エネルギー(筋肉)だ。だが、私の前でその『大胸筋』を誇示するのは計算違いだぞ。」
長官が眼鏡のブリッジをクイッと上げると、彼の背後に巨大な**【時空法典】**のホログラムが出現しました。
「大家さん、逃げて! その人は本気でヤバい……!」
カズマが叫びますが、大家さんは止まりません。
「何が長官だ! 法律よりも筋肉! 貴様、この少年を泣かせた罪は重いぞ! 今すぐプロテイン10リットルの刑に処す!!」
未来警察の最高権力者(長官)vs 現代最強の大家(筋肉)。
ついに、個人の「お裾分け」レベルではない、組織的な大騒動が幕を開けました。
201号室は、長官が放つ「未来の拘束光線」と、大家が放つ「筋肉の衝撃波」がぶつかり合い、異次元のサイケデリックな空間と化していました。
「……やれやれ。これだから過去の猿どもは野蛮だ。」
長官が呆れたように溜息をつき、決定的な一撃を放とうとしたその時――。
数分後。
「あの……長官さん。……お腹、空いてませんか?」
カズマが、壊れた壁の隙間から「余った鍋の残りで作ったおじや」を差し出しました。
「…………。……何だ、これは。私は『完全栄養素』しか口にしない……」
「白雪さんが言ってたんです。長官さんは、仕事が忙しくていつも胃が荒れてるって。……これ、卵がふわふわで、胃に優しいですよ」
長官の手が、一瞬止まりました。
彼は無言でおじやを受け取り、一口食べると……眼鏡が曇るほどの熱い吐息を漏らす。
「……ふん。……塩加減が、計算違いだ。……出汁が効きすぎている。」
長官の刺々しいオーラが、一気に消滅する。
白雪とレオンは、その光景を見て
「「……おじやで落ちた!?」」
「白雪。レオン。……貴様らの処遇は、一旦保留とする。私はこの『おじや』という名の21世紀の文化遺産をさらに調査する必要があるようだ。……佐藤カズマ、と言ったな。……しばらく、私もこの近くで『視察(昼寝)』させてもらう。」
「ええっ!? 長官まで住むの!?」
『……嘘だろ。おい、最強の上司まで味方につけやがったぞ、この天然男……』
猫は、カズマの驚異的な「餌付け(スルー・パッシブ・おもてなし)」能力に、今更ながら恐怖を感じるのだった。




