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第10話:『静寂の臨界点。耳栓「スルー・パッシブ」の真価。』

「――麗奈れいな捜査官。貴様の『現代における薬物配布記録』および『過剰なコスプレ経費』について、本局から説明を求められている。一ヶ月の停職処分、および強制帰還を命ずる」


アパートの廊下に響き渡ったのは、レオンよりも遥かに冷たく、重圧感のある「上司」の声だった。


白雪さんは「え~、せっかく新薬の臨床データ(カズマの反応)が取れてるのに~」と不満げでしたが、光のゲートに飲み込まれ、一瞬で姿を消してしまいました。


「ふぅ……。ようやく、あの『歩く薬物生成器』がいなくなったか」


レオンは、カズマの部屋でポテトチップスを噛み締めながら、せいせいしたという顔をしました。


「白雪さん、急に実家に帰っちゃうなんて……。レオン君、寂しくない?」


「全然! さあ、おにぃさん! 今日は白雪おねえちゃんがいない分、二人でいっぱい遊ぼうね!」



レオンの「仲良し大作戦」が始動。


彼はカズマの懐に潜り込み、この時代の『拠点』を完全に支配するつもりでいる。


しかし、そんな二人の背後で、大家のベルトによって強制腹筋をさせられ、限界を迎えている影がありました。


『……お、おい……カズマ……。助けてくれ……。もう腹筋が割れすぎて、チョコレートの板みたいになってるんだ……。白雪がいなくなって、レオンの監視が緩んだ今こそ……あの「耳栓」を……俺に……』


猫――未来の俺は、這うような動作でカズマの足元へ。


だが、「おにぃさん、あのアニメの続き見ようよ!」と袖を引かれ、猫のSOSに気づきません。


「……あ。そうだ、今日から店長が『揚げ物祭り・リターンズ』をやるって言ってたな。ハスハラ君も張り切ってるし、僕も行かないと」


『ニャアァァァッ!!(嘘だろ!? またあの地獄のコンビニに行くのか!? 俺はもう一歩も動きたくねぇんだよ!!)』


猫にとって、不都合な現実が次々と押し寄せます。


強制労働、腹筋の痛み、レオンのぶりっ子、そして店長の油っこい匂い。


すべてが「もう限界だ」と脳内でアラートを鳴らしたその時――。


棚の上に置かれていた、あの黄金のケースが。


大家のプロテインの振動でカタカタと揺れ、猫の目の前にポトリと落ちました。


黄金のケースが開き、中から乳白色の、どこか神々しささえ感じさせる耳栓が転がり出しました。


それこそが、謎の技術の結晶。


耳栓『スルー・パッシブ』。


その側面には、小さな文字でこう刻まれています。


「外野の声より、自分の昼寝。」


『……これだ。これさえあれば……大家の怒号も、レオンの媚びた声も、店長の油の弾ける音も……すべてを無に帰して、俺は……俺になれる……』


猫は、震える前足でその耳栓を掴みました。


猫の耳の構造にもフィットするよう、耳栓が意志を持っているかのように形を変えました。


――スッ。


猫の耳に、スルー・パッシブが装着された瞬間。


世界から一切の「色」と「音」が消え去りました。


「おにぃさーん、早く行こうよー! 猫ちゃんも連れて行っていい?」


レオンが猫を抱き上げようと手を伸ばします。


普段なら「触んなガキ!」と噛み付くところですが、今の猫には、レオンの姿すら「遠くの星の光」程度にしか認識されません。


『……あぁ……。静かだ……。何も聞こえない……。何もしたくない……。世界がどうなろうと、俺の知ったことか……』


猫はレオンの腕の中で、完全に脱力している。


白目を剥き、よだれを垂らし、魂がどこか別の次元へ行っているような、究極の

「昼寝モード」に突入。


「……あれ? 猫ちゃん、急にぬいぐるみたいになっちゃった。おにぃさん、この子、病気?」


「えっ、本当だ。……あ、でも、すごく幸せそうな顔をしてるよ。寝かせてあげよう」


カズマは、スルー・パッシブをつけた猫を、座布団の上に優しく寝かせました。  


猫――未来の俺は、ついに手に入れたのです。


21世紀という激動の時代において、唯一無二の、絶対的な「安眠」を。


猫が座布団の上で「幸せな死体」のように爆睡する中、コンビニ『マッスルマート』はかつてない緊張感に包まれていた。


白雪さんが停職で姿を消して三日。


未来警察の監視が薄れたことを察知した「時空のならず者たち」が、このエリアに続々と集結し始めていたのだ。


「……おい、密航者の松井。今日こそ貴様の『全盛期のレシピ』を奪わせてもらうぞ」


店の前に現れたのは、サイボーグ化した調理器具を全身に仕込んだ、未来の料理犯罪者集団だった。


「ひぃっ! カズマさん、また変な人たちが来ましたよぉ!」


レオンはカズマの背後に隠れながら、わざとらしく震えてみせる。


「大丈夫だよ、レオン君。僕が守るから……」


カズマは、精神的に成長した(というか、スルー・パッシブを見守りすぎて自分も半分悟りを開きかけている)穏やかな顔でレジの前に立つ。


その時。


「ヌンッ! 案ずるな佐藤! そして愛くるしき少年レオンよ!」


大家の轟さんが、プロテインを全身に浴びて黄金色に輝きながら乱入してきた。


「白雪麗奈が不在の今、この町の治安は私の大胸筋が守る! さあ、ハスハラ! 貴様の『更生筋肉』を敵に見せつけてやれ!」


「はい、師匠!!」


ハスハラは、店長からもらった「超圧縮・高カロリーおにぎり」を一口で飲み込み、上半身をバキバキに隆起させた。


「カズマ先輩……。僕、あなたの背中を守るために、この一ヶ月で人間を辞めることにしました!」


店長(密航者)を狙う未来の料理人。


それを迎え撃つ、大家(筋肉)とハスハラ(更生中)。


そして、恐怖に震えるフリをしながら指先で重力を弄び、敵をこっそり消そうとしているレオン。


この大乱闘の最中、アパートの座布団の上では――。


『……あぁ、深い……。深いぞ、静寂……。スルー・パッシブ、最高だ……。外野で誰が叫ぼうが、世界が燃えようが、俺の耳に届くのは心地よい「無」の振動だけだ……』


猫カズマは、耳栓の力で脳内を「お花畑」に固定し、不都合な現実を文字通り100%シャットアウトしていた。彼にとって、今この瞬間が人生(猫生)の絶頂だった。


数時間後。


マッスルマートは、大家の筋肉とハスハラの暴走により、敵を一人残らず「物理的に」粉砕して勝利を収めていた。


店長は、だるんだるんの体型に戻り、床に散らばったポテトチップスを悲しそうに拾い集めている。


「お疲れ様、みんな……。レオン君も、怖かったよね」


「う、うん……おにぃさん、怖かったよぉ。……(チッ、大家のせいで僕の出番がなかった)」


カズマとレオンがアパートに戻ると、そこには三時間前と全く同じ姿勢で、白目を剥いて寝続けている猫がいた。


「……猫ちゃん、本当にずっと寝てるね。耳栓がそんなに気に入ったのかな」  


カズマが優しく耳栓を外してあげようとした、その時。


ピピッ、という電子音と共に、猫の頭の上にホログラムが浮かび上がった。


【スルー・パッシブ:使用時間超過。強制覚醒シークエンスを開始します】


『ニャ、ニャアァァァァッ!!?』


強制的に現実へ引き戻された猫。


彼の目に入ったのは、戦いでボロボロになったカズマと、満面の笑みで「お腹すいたぁ、おにぃさん!」と叫ぶレオン、そして壁を突き破って「佐藤! 祝杯のプロテインだ!」と入ってくる大家の姿だった。


『……あ……。夢じゃ……なかったのか、この地獄……』


猫は、再び耳栓を掴んで耳に押し込もうとしたが、無情にも「バッテリー切れ」の表示が点滅していた。


「外野の声より、自分の昼寝。」


その夢の代償は、かつてないほどに五月蝿い、現代の現実カオスだった。


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