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第1話:『俺を飼うのは、30年後の俺だった』


この物語は、24歳のニート・佐藤カズマが、突如未来の自分(猫)に監視されながら「人生更生」に挑む話です。

途中で奇妙な時間軸やパラドックスが登場します。よかったら、読んでみて下さい。

未来の俺は、ちょっと打算的で、かなり頭が残念です(笑)。

心臓が、ひどく不規則なリズムを刻んでいる。


「……あ、これ、ダメなやつだ」


 そう察した時、俺の体はゆっくりと、冷え切ったフローリングに沈んでいった。 視界の端で、テレビに画面に青白い文字で「信号がありません」と浮かび上がっている。部屋には俺以外、誰もいない。明日になっても、明後日になっても、俺がここで動かなくなっていることに気づく奴なんて一人もいないだろう。


 意識が遠のく中、脳裏に古いフィルムのような映像が流れ始めた。


 会社で失敗を叱責され、俯く自分。暗いオフィスで一人キーボードを叩く背中。退職願を渡しても引き止められなかった。コンビニの袋を提げて歩く夜道。誰とも喋らず、ただ「こなす」だけだった味気ない日々。何年も前に実家から届いた段ボールは開けてもなかったけ。 

 そして、引きこもるようになって起きては食べて、テレビをつけては寝る。それが俺の日常だった。


 最後に浮かんだのは、温かい食卓の風景ですらなく、半額シールの貼られた冷たい弁当の残骸だった。


【時空の境界線 - 虚無の中】


(やり直せるなら……今度はもっと、自分を大事にするのに……)


 そんな卑屈で、けれど切実な願いが虚空に響く。


  すると突然、全身を焼くような熱さのあと、視界がぐるりと反転した。 「ニャッ……!?(な、なんだ!?)」 驚いて声を出そうとしたが、出たのは情けない鳴き声。 重く動かなかった体は、驚くほど軽くなっている。 視界は地面スレスレ。目の前にあるのは、自分の手ではなく、茶色の毛並みに覆われた、小さな、けれど力強い肉球だった。


 俺は、「猫」に成り果てていた。


 混乱を振り払うように、俺は窓から外へ飛び出した。そこには、俺がまだ「人間」として絶望の淵に立っていた、あの頃の景色が広がっていた。




 六畳一間のワンルームは、もはや「部屋」というより「文明の墓場」だった。

 積み上がったコンビニ弁当の空き容器、脱ぎ散らかされたシャツ、そして液晶ディスプレイから放たれるブルーライトだけが、僕――佐藤カズマ(24歳、無職)の生存を証明している。


「あー……明日から本気出す。いや、明日が本気出すのを待ってやるか……」


 誰に聞かせるでもない独り言が、カビ臭い空気に溶けて消える。最後に他人と喋ったのは三日前、コンビニの店員に「袋いりません」と言ったのが最後だ。そんな自堕落な静寂を破ったのは、ベランダの方から聞こえた「カシャリ」という乾いた音だった。


 泥棒か。それとも取り立てか。  心当たりがありすぎて逆に冷静なまま、僕は窓のカーテンを恐る恐る開けた。


「……は?」


 そこにいたのは、泥棒でも借金取りでもなかった。  一匹の、やけに目つきの悪い茶トラ猫だった。

 猫はベランダの柵に座り、まるで品評会の審査員のような険しい顔で僕を見下ろしている。そして、信じられないことに、そいつは口を開いた。


『……おい。お前、まだそのTシャツ着てんのかよ。それ、首元ヨレヨレで三日後には穴が開くぞ』


 低く、どこか聞き覚えのある、くたびれた男の声だった。  僕は窓を閉めようとした。幻聴だ。栄養不足か、あるいはついに脳が「無職」という現実に耐えきれなくなってバグを起こしたのだ。


『待て待て待て! 閉めるなカズマ! 俺だ、俺だよ。……いや、お前だよ!』


「……猫が喋った」


「正確には、お前の三十年後の成れの果てが、猫の器を借りて喋ってるんだよ」


 僕は再びカーテンを全開にした。猫は器用にベランダから室内に飛び込むと、僕の枕元に陣取り、ふんぞり返った。


「三十年後の、俺……? 冗談は顔だけにしてくれ。猫のくせに」


『鏡を見てから言え。その死んだ魚のような目、二十代の頃の俺そっくりだ。……いや、正確には「別の世界の俺」ってことになるのかね』


 猫――自称・未来の俺は、前足で顔を洗う仕草をしながら、事もなげに言った。

 僕は混乱する頭を整理しようと、数少ない脳細胞をフル回転させる。


「おい、待てよ。タイムトラベル的な話なら、過去の自分に接触したらパラドックスが起きるだろ? 俺が更生したら、お前が消えるとかさ」


 すると猫は、鼻で笑うように「フン」と鳴いた。


『安心しろ。ここではなんとかなる。細かいことを気にするな。俺にもわからん。俺がお前を助けようが助けまいが、俺という存在は消えない。消えたところで、お前にはなんともないだろ。……つまりだ。俺はこの可愛い猫の姿のまま、お前に養われながら、この世界で二度目の人生をイージーモードで過ごすという完璧な計画を立ててきたわけだ』


「……。……は?」


 僕は絶句した。  未来から来た救世主かと思えば、こいつが言っているのはただの――。


「更生させる気、一ミリもないだろ! ただのヒモ宣言じゃねーか!」


『何を言うか。お前が働かないと、俺がチュールを食べられないだろうが。さあ、まずは履歴書を買ってこい。話はそれからだ』


 こうして、僕と「未来の俺(猫)」の、最悪に不純な共同生活が幕を開けた。


「……いいか。もう一度だけ確認するぞ」


 僕は、座椅子にどっしりと腰を下ろした茶トラ猫――自称・三十年後の自分を指差した。


「お前は未来で孤独死した。その原因は、今の僕がこのままニート生活を続けた結果にある。だからお前は、僕を更生させるために過去に来た。……ここまではいいな?」


『ああ、大筋は合ってる。付け加えるなら、孤独死した現場のアパートに、たまたま野良猫が迷い込んでてな。死にかけの意識の中で「猫になりてぇ……」って願ったら、どういうわけか魂がそっちにスライドしたんだ。おまけに気付いたら三十年前のこの部屋のベランダにいたってわけよ』


「……。で、お前の目的は、僕を立派な社会人にすることなんだよな?」


『そうだ。お前が立派に稼げば、俺は一生食いっぱぐれない。猫としてな!』


「ニャハハ」


「目的が不純すぎるだろ! 結局お前、自分のことしか考えてないじゃないか!」


『当たり前だろ、俺はお前なんだからな。自分を一番に可愛がれなくて何が人生だ。……ほら、そんなことより、喉が渇いた。水道水じゃなくて、あの……なんだ、ちょっと高い硬水のやつ。あれ買ってこいよ。あと、高級なパウチな』


「金があるわけないだろ! 貯金残高、三桁だぞ!」


 僕は通帳を投げ出すように机に置いた。すると、猫はスッと目を細めた。その視線には、かつての自分に対する憐れみと、同時に「未来を知る者」特有の狡猾さが宿っていた。


『カズマ。お前、三日後の日曜、商店街の福引きに行け』


「は? なんだよ急に」


『そこで一等賞の「黒毛和牛セット」を当てるんだ。それを換金……いや、隣のアパートの大家さんに譲って、恩を売れ。あの大家、肉に目がなくてな。恩を売れば、滞納してる家賃を一ヶ月分待ってくれるはずだ』


「……。なんでそんなこと知ってるんだよ」


『言っただろ、俺はお前だ。三十年前のこの時期、一等の鐘が鳴る音を、この部屋で指をくわえて聞いてたんだよ。悔しくて枕を濡らした記憶は、三十年経っても色褪せねぇんだわ』


 未来の知識が「福引きの当たり」という、あまりにも矮小な情報に使われていることに眩暈がした。しかし、同時に背筋が凍るような感覚もあった。  こいつは、僕がこの先たどる「後悔」をすべて把握しているということだ。


「……分かったよ。福引きには行く。でも、それだけで人生変わるわけじゃないだろ」


『ああ、分かってるよ。だからステップ・バイ・ステップだ。まずはその汚い部屋を片付けろ。猫は綺麗好き……というか、このホコリの量は肺にくるんだよ。お前、未来の俺を病死させる気か?』


 猫は前足で僕の脛をペシペシと叩いた。爪は出ていないが、地味にイラッとする絶妙な力加減だ。


「……。お前、本当に僕を更生させる気あるのか? むしろ僕をこき使って、自分が楽をしたいだけに見えるんだけど」


『おっ、鋭いな。さすが俺だ。いいか、カズマ。労働の喜びなんてのは、働きたくない奴が自分を騙すための幻想だ。俺たちは「働かなくていい未来」のために、今だけ嫌々動くんだ。……さあ、掃除機を出せ。それとも俺が近所に「この部屋にニートがいます!」って叫んで回った方がいいか?』


「やめろ! 喋る猫がそんなこと叫んだら、僕じゃなくてお前が保健所に連れて行かれるぞ!」


『……。あ、そうか。猫だった、俺』


 猫は一瞬だけ硬直したが、すぐにまた図々しく寝転がった。 どうやら、未来の自分は相当に「頭が残念」な状態で猫になったらしい。

 それでも、この奇妙な同居人が現れたことで、僕の止まっていた時間が、ゆっくりと、最悪な方向に動き出したのは間違いなかった。


 翌日、僕は生まれて初めて「猫に監視されながら」部屋の掃除をした。

 猫――自称・未来の僕は、僕が積み上げた雑誌のタワーが崩れるたびに『ほら、そこは埃が溜まってるぞ』『そのエロ本は捨てろ、どうせ十年後にはデジタルに移行して紙の価値はなくなる』などと、メタな助言を飛ばしてくる。


「うるさいな……。少しは手伝えよ、元・自分だろ」


『馬鹿を言え。俺には肉球しかないんだ。それより、ほら、窓を開けろ。空気を入れ替えないと運気が下がるぞ。孤独死へのカウントダウンを止める第一歩は換気からだ』


 もっともらしいことを言う猫に毒気を抜かれ、僕は渋々窓を開けた。

 二月の冷たい空気が流れ込む。その時、隣のベランダとの仕切り板の向こうから「あら?」という声が聞こえた。


「佐藤さん、珍しいわね。お掃除?」


 身を乗り出してきたのは、隣の部屋に住む大学院生の白雪しらゆきさんだった。  黒髪を後ろで一つにまとめ、眼鏡の奥の瞳が好奇心に揺れている。彼女はこのアパートで唯一、僕をゴミを見るような目で見ない貴重な存在だ。


「あ、はい……。ちょっと、変なのが転がり込んできまして」

 

僕が足元の猫を指差すと、白雪さんの顔がパッと輝いた。


「可愛い! 茶トラの猫ちゃん? 佐藤さん、猫飼い始めたの?」


『……ニャーン(訳:そうですよ、お姉さん。俺を拾ったこの男は頼りないから、君が面倒を見てくれないかな)』


 猫が、聞いたこともないような可愛らしい鳴き声を上げた。  僕は思わずそいつの頭を踏んづけてやりたくなった。さっきまでおっさんの声で「エロ本を捨てろ」と言っていた奴と同一猫物とは思えない。


「佐藤さん、意外と動物好きだったのね。少し見直しちゃった」  


 白雪さんはそう言って微笑むと、「今度、猫用のおやつお裾分けするわね」と上機嫌で部屋の中へ戻っていった。


「……お前、今の鳴き声は何だよ」


『フン、営業スマイルならぬ営業ボイスだ。いいか、カズマ。この女――白雪さんは、未来では若くして海外の研究機関に行ってしまう。今のうちに恩を売っておけば、将来お前が路頭に迷った時にコネが使えるかもしれん』


「……。お前、本当に打算の塊だな」


『打算がなきゃ三十年もニート生活を延命できない。さあ、次は福引きだ。そのヨレヨレのTシャツを着替えて外に出るぞ』


 僕は猫に急かされ、数週間ぶりに外の世界へと足を踏み出した。


 駅前の商店街は、福引き大会の最終日で賑わっていた。  ガラガラと回る抽選器の音と、時折響く「おめでとうございまーす!」という鐘の音。

 僕は猫を抱え(『お前が不正をしないよう見張ってやる』と言い張ったのだ)、行列の最後尾に並んだ。


「おい、本当に当たるんだろうな。外れたら恥をかくだけだぞ」


『黙って見てろ。三枚目の補助券を出した瞬間に、左手で回せ。一回転半で止めるイメージだ。当時の俺は、そこで力を入れすぎてスカ(白玉)を出したんだが……今の俺が横で念を送ってやる』


 順番が来た。

 僕は猫に言われた通り、三枚の補助券を係員に渡した。  左手でハンドルを握る。手のひらが汗ばんでいた。一回転、そして半分――。


 コロリ、と。


 受け皿に転がり出たのは、鮮やかな「金色の玉」だった。


「ひ……っ!」


 係員が目を見開き、特大のハンドベルをこれでもかと打ち鳴らした。


「おめでとうございまーーす! 一等賞、黒毛和牛セット、出ましたーーー!」


 周囲の視線が一斉に僕に突き刺さる。  信じられなかった。人生で一度も「当たり」なんて引いたことがない僕が。  腕の中の猫が、誰にも聞こえない低い声でボソッと呟いた。


『……よし。これで第一関門突破だ』


 景品の目録を握りしめ、僕は逃げるように商店街を後にした。

 帰り道、夕焼けに染まる河川敷で、僕は猫を地面に下ろした。


「本当に、当たった……。お前、本当に未来から来たんだな」


『今更かよ。だが喜ぶのはまだ早い。この肉は大家に渡せと言ったな? それが「未来の分岐点」の一つだ。お前は大家の機嫌を取り、そして来週から始まるコンビニの深夜バイトに応募するんだ』


「バイト……。やっぱり働くのか」


『当たり前だろ。お前が働かなきゃ、俺の生活が成り立たない。それに……』


 猫は、夕日を見つめながら少しだけ寂しそうな顔をした。


『……お前、このまま行くと本当に誰にも看取られずに死ぬぞ。俺は、その瞬間を二度と味わいたくないんだ。猫になって、お前を監視してでも、その未来だけは叩き潰す』


 その言葉だけは、これまでのふざけた態度とは違う、重い実感がこもっていた。 パラドックスなんて関係ない。

 別の世界の自分だろうが、猫だろうが、目の前の「俺」を放っておけない――。 そんな奇妙な「自己愛」が、そこにはあった。


「……分かったよ。肉、大家さんに持っていく。バイトも、探してみるよ」


『そうこなくっちゃな。あ、帰りにコンビニ寄れよ。一等の祝いに、一番高いカニカマ買ってくれ』


「結局それかよ!」


 僕と、未来の俺(猫)の、ちぐはぐな更生生活。  まだ一歩目を踏み出したばかりの僕たちは、オレンジ色の空の下、狭いアパートへの道を歩き出した。


「ニャーオ。(俺は、お前を孤独死させない)」


(第1話・完)


第1話はいかがでしたか?

猫になった未来の自分が、まさかここまで計算高く、そして自堕落な手段で監視してくるとは……。

次回からは、カズマが大家への恩を売る作戦、コンビニバイトへの第一歩、そして小さな福引きの事件が展開します。

ぜひお楽しみに!

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