紙コップのゆくえ
窓の外は暗く、空気が無いためか、星々がよく映える。
永遠に続くと錯覚する暗闇、しかし今は夜ではない。
この部屋が人工的なライトに照らされているからだ。
私は紙コップを1つ置き、コーヒーサーバーのボタンを押す。
地球で注ぐよりゆっくりと落ちるコーヒーは、それだけで少し美味しそうだと感じてしまう。
少しずつ溜まっていくコーヒーを眺めながら、私の疲れも溜まってきている気がした。
この基地の開発計画や修繕計画、それに伴う予算や人員の確保など、やることは山積みだ。
デスクに戻り提出された資料を確認しながら、紙コップに入れたコーヒーを飲む。
人類が月面に基地をつくるようになってなお、紙のお世話になるとは思わなかった。
しばらく仕事に没頭していると、隣の同僚が思い出したように話しかけてくる。
「そういえば、もうすぐ返却期限だな。」
そうだな、と答えて手に持ったコーヒーを飲み干した。
紙コップの内側に、コーヒーの黒が染み込んでいる。
この基地では全ての物に返却期限がある。
古くなって壊れる前に、バラバラにして新しく作るのだ。
工事で使う道具も、機械も、コーヒーサーバーも、このデスクもだ。
月面の環境は過酷だ。
突然壊れて使えなくなりました、は通用しない。
その瞬間、天井のライトが紅く染まっていく。
オレンジ色の淡い光に照らされて、書類の文字が紙に沈んで消えた。
「おい、もう時間だぞ。さっさとかえろうぜ。」
隣で同僚が立ち上がりながら言う。
ふむ、まだ仕事はあるが仕方があるまい。
「忘れ物はないか?」
私は今日の返却期限リストを確認した。
あとはこれだけだ、とコーヒーを飲み終えた紙コップを手に立ち上がる。
返却期限は、守らなければいけないからな。




