第一話
目が覚めると、僕は何も無い空間にいた。
何も無いと言うか、コンクリートのような平たい地面に灰色の空が永遠と続いている。
それ以外は何も無い。まったく、平衡感覚が狂いそうだ。
本来夢を見ている時はそれが夢であることには気付かない。
「夢、か?」
いや、気のせいだ。夢であれば肌寒さなんて感じないし、何よりも腕をつねると痛みを感じる。
…足音、らしきもの、
後ろから足音らしきものが聞こえる。
今までに聞いたことのない足音。
ふと振り返る、案の定。
なんだろうか、黒い、何か、足はない。
いや、ある。人型であり、そうでない。
唯一確信できる事は、それが黒いモザイクのような何かであると言う事。
異様な音がした。空間に嫌と言うほど歪んだ音が反復する。
恐怖。
「それ」を目視しただけ、「それ」を認識しただけ。それだけなのに、今までにない恐怖が僕に襲いかかった。
情け無い悲鳴。僕は、全身の力が抜けるが如く、尻餅をついた。
黒い何かは動かない。動いていないはずなのに、近づいてくるような感覚が直接僕の脳に伝わってくる。
怖い。
僕は逃げた、慌てて、ガタガタの足で、逃げた。
それでもあの黒い何かはずっと真後ろにいる。
そう感じる。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
恐怖以外の何物でもなかった。
いや、恐怖だけが身体中に塗れていた。
走って、走って、力尽きた。
その身体で、死を覚悟し、後ろを確認する。
まだ振り向いている途中、視界に入っていない。僕はその一瞬、死を覚悟しただけでは足りなかったと、後悔した。死ぬ事以上に恐ろしい何かがくる予感が、嫌でも伝わってきたのだ。黒い何かがわざと教えてくるように。
唱えるように、直接脳内に。
足りない覚悟。
僕は後ろを向き切った。
恐怖が冷める。
そこにいたのは、黒い何かでは無い。
僕は恐怖の余韻がまだあるのか、喋ることはできなかった。
僕を眺めている。キョトンとしたような目で。
「どうして君がここにいるの?」
そう僕に言い放ったのは、
白髪の、綺麗な女性だった。




