最終話 天国と地獄
私の手は、べっとりと血で染まっていた。
氷のように冷たい何かが、私の肩を掴む。
背後を振り向くと、そこには恨みがましい目をした愛ちゃんが立っていた。
「ねえ、何で私を殺したの?」
ポツン、と言葉をこぼす。
「私のこと、愛してなかったんだ。
私のこと、何にも理解してくれなかったんだ。
あんなに私に好きだ好きだと言っておきながら!!」
愛ちゃんは、どこからか出した石を握っていた。
愛ちゃんの手よりも一回りほど大きい石。
それを私の頭目掛けて振り下ろす。
頭の中でグシャン、と頭蓋が砕ける鈍い音が響く。
「死んでよ!お前もぉ!」
愛ちゃんがそう叫んだ瞬間、私ははっと目を覚ます。
脇は汗が染みこんでおり、肩で息をする。
この部屋は常に10度前後で寒いのに、身体が熱い。
悪夢を見ていた。まただ。
ここのところ、毎日同じような夢を見る。
隣のベッドには、愛ちゃんが眠っていた。
朝目覚める度に、その抜け殻が横にある。
寂しさを紛らわすように、抱きしめる。
やっぱり冷たいけど、もう慣れてきた。
いや、実は愛ちゃんの体温を忘れてしまった、の方が近いかもしれない。
もう私の人生は空っぽ。
その中に、愛ちゃんとの日々を無理やり詰め込んでる。
毎日毎日、愛ちゃんに語り掛ける。
「今日は晴れてるね」とか
「いつもより少し温かいね」とか
「たまには外出てみたいよね」とか
けど、最近は少しずつ愛ちゃんの声が思い出せなくなってきた。
何度語りかけても、愛ちゃんは答えを返してくれないから。
毎日はそれだけの繰り返し。
朝、昼、夜。一日がとても長い。
私が求め続けた愛ちゃんとの永遠は、こんなにも虚しいものだったのか。
じゃあ、私は何をしたかったのだろうか…
答えは分からない。分かりたくもない。
だって分かってしまったら、私の過去も、今も、未来も全てが否定されてしまうような気がしたから。
だから、私はこのぬるま湯につかり続けていればいい。
愛ちゃんとの日々を、誰にも邪魔をされないこの天国で。
ずっと離れないで、愛ちゃんへの愛を囁き続けて。
それだけで、良かったはずなのに。
ピロン。
スマホからLIMEの通知が鳴った。
馬鹿な。ありえない。
だって、LIMEの連絡先は全部消したのに。
《《ただ1人を除いて》》。
その1人は……
LIMEの画面が表示される。
相手の名は──愛ちゃん
私に送られてきたのは一件の動画だった。
言葉が出なかった。なぜ死人がLIMEを送れるのか。
そもそも愛ちゃんのスマホは私が持っている。
誰かが愛ちゃんに成り代わることすらできないはずなのに。
私は混乱でいっぱいだったが、震える指で何とか動画を開いた。
『美月、やっほー。どう、驚いた?』
愛ちゃんの声が流れてくる。
久しぶりに聞いた声。在りし日の記憶が鮮明に、鮮烈に蘇ってくる。
『えっと…まずは美月、ハッピーバースデー』
最初は急なその言葉が何を言ってるのか分からなかった。
けど、そういえばそうだ。今日は1月13日。私の誕生日。
日付という感覚がないから、すっかり忘れていた。
『きっと、動画も1月13日にこれは届いている…はず!てか、これ恥ずかしいな』
カメラに向き合った愛ちゃんは、照れながらも続ける。
『えっとね……もしかしたら、この動画で話すことめちゃくちゃ黒歴史になるかもしれないけど、今の私にとっては重要な問題だから、しっかり話すね』
愛ちゃん、何を言いたいの?
わざわざ誕生日に送られるよう、事前にセットして。
そこまでして伝えたい内容って何?
この時の私は少しイラついていた。
私の隣には、すべてを受け入れてくれる死体《愛ちゃん》がいるのに、干渉してこないでよ、って。
『今の私は、少し美月を避けています』
『きっと美月はすごく傷ついてると思う。本当に、ごめん。できれば対面で謝れれば良いけど、もしそれができなかったらこの動画で聞くことになる…のかな』
謝りたい……?
愛ちゃんが?私のことを友達とすら思ってないこの人が?
『私、すごい酷いことしちゃったよね。けどね、信じて欲しいの。
私、美月を嫌いになったわけじゃない。むしろ、大好き』
そのまま画面の中の愛ちゃんは続ける。
『だからね、美月が私のことを好きって言ってくれた時、本当に嬉しかった。
初めて人を好きになれたし、初めて私を好きになってもらった。
今思えば、私って本当に幸せ者だよね。だって、相手が高野美月だよ?
美月は知らないかもしれないけど、実は裏で男女問わずすっごいモテてるんだからね。…あ、いや、それだけが理由じゃないけど、もちろん。
まあ…とにかく嬉しかったんだけどね、美月』
一瞬、愛ちゃんが目を伏せ、言葉が詰まった。
『私には、美月の気持ちを受け取る心の準部ができていなかったんだ』
にわかには美月の言ってることが信じられない。
だって……それは、私が思っていた愛ちゃんとはかけ離れていたから。
『私も思いとか伝えるの下手だからさ、ちゃんと届けられなかったんだけど…私はもっと美月のことを知ってから、恋人になりたかったんだ。
私、実は奥手で……いや実は、ってほどのものでもないけど。
それで、もっと長い時間を一緒に過ごしたかったんだ。
けど、美月はグイグイ来るからさ、ちょっと居心地が悪くなちゃって。
それで、逃げ出した。美月から』
愛ちゃんは、私の想像よりずっとたおやかな人だった。
本当に、愛ちゃんがただただ軽薄で、私を嫌っただけの存在だったらどれほど良かったか。ただ憎めればどれほど良かったか。
『改めて、ごめんね。
本当は、美月のことが大好きなの。本当に、一緒にいるだけで幸せなくらい。
だから、ごめんなさい』
ポロリ、と涙が落ちてきた。
どうして。愛ちゃんが死んだときは、もう何も感じなかったのに。
『今日は、美月の誕生日だから、言わせてよ。私からの告白』
一拍置くと、愛ちゃんは続ける。
『美月、好きです。私と付き合ってください』
ああ。愛ちゃん。私も……大好きだよ。
ボロボロと涙があふれて止まらない。身体の奥から、好きという気持ちが噴き出していく。
灰色の世界は、色づいていく。
愛ちゃんという名の色に、恋という名の色に。
華やかに、そして美しく生まれ変わっていく。
やっと私の思いが伝わってくれた。
いや、とっくの昔から愛ちゃんは気づいてくれたんだ。
その上で、私の気持ちに応えてくれた。
嬉しい。愛ちゃんと両想いになれて、嬉しい。
幸せで胸が満ちていく。
こんなに嬉しいのは、生まれて初めてかもしれない。
愛ちゃん、いや、私の愛おしい人。
『えへへ、こういうのも粋でしょ。美月』
そうだね。驚いたよ。
まさか愛ちゃんがこういうサプライズをしてくれると思ってなかった。
また私、愛ちゃんの好きなところが1つ増えたよ。
『美月、また一緒にタピオカ食べに行こうよ。あの時、本当に楽しかったし』
うん、私も行きたい。
『あと、遊園地も行ってみたいな。実は絶叫系とか好きだから乗りたい』
いいね、私も絶叫系好きだよ。遊園地にある絶叫系全部制覇しちゃう?
『あとは夜景とか見に行く?食べ歩きだってしてみたい。渋谷とか?都会にも行きたいなぁ~。美月の撮影場所に迎えに行くとか、彼女っぽいこともしたい』
全部全部嬉しいよ。
愛ちゃんが、こんなに私のことを考えてくれているだけで嬉しいんだよ。
『じゃあ、最後に……もう1つ言いたいことがあるの』
そう言うと、愛ちゃんは少し改まって話し始める。
『私、実は美月と同じ高校に行きたいんだ。
えっと、今の美月の志望校、白百合学園だよね。あそこ、すごく制服可愛いから私憧れだったんだ~。だからね、私これから勉強頑張るよ』
愛ちゃんは、そう微笑んでパラパラと勉強ノートを見せてくれた。
『これ、全部埋めるくらい勉強したんだから!
まだまだ美月の成績には遠く及ばないけど、頑張るから!絶対合格するから!
そしたら2人で最高の高校生活を送ろう!
勉強だけじゃないよ。私、美月の恋人になるんだから、美月にふさわしい女になれるようにする。
モデルの美月の隣は、まだ少し遠いけど、いつか必ず隣に立てるようになる。
そして、誰にも文句は言わせないから』
そう言うと、画面に向かってピースする。
そんな仕草まで可愛らしい。
『美月、私の話を聞いてくれてありがとう。
私を好きになってくれてありがとう。大好きだから。
私たち、ズッ友……いや』
愛ちゃんは、少し間を置く。
『ずっと恋人だからね!だからふらないで、お願い!』
その言葉を最後に、動画は終わった。
そっか、愛ちゃん。本当はそう思ってくれたんだね。
全部全部本当は私の思い違いだったわけだ。
思わず頬を緩める。
じゃあ……私、愛ちゃんと仲直りしないと。
そしたら、晴れて恋人どうし。
まずは──やっぱりタピオカ?
最初のデートの場所なんだし、ぴったりな気がする。
まあそんなことは後で考えよう。
そう思った時だった──
ベッドに横たわる愛ちゃんの遺体が、視界に映り込む。
そして、今までの記憶が頭の中を流れていく。
モニターに囲まれた部屋を見て絶望する愛ちゃん。
首を絞められる愛ちゃん。
苦しそうに首を抑える愛ちゃん。
力を失って冷たい床へと倒れる愛ちゃん。
誰がこんなことを──────
その途端、思考が止まった。
いや、全部私がやったんだ。
息が、できない。
吐き気がする。胸の奥の奥が気持ち悪い。
肺が焼けるように痛い。
身体中の震えが止まらない。
身体からサーッと血の気が引いていく。
まるで、愛ちゃんが死んだ時みたいに。
死ん、だ。愛ちゃんが。
ああ。私が、愛ちゃんを殺した。
《《殺したんだ》》。
「うああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
自分のものとは思えない獣のような咆哮が空を切り裂く。
床をひっかく。あまりに力を入れすぎて、皮がむける。血が出る。
一方の爪が抉れ、一方の爪が割れる。
けど、そうでもしないと気が狂いそうだった。
大好きな愛ちゃんはもういない。
殺したのは、私。
もう精神が耐えられなかった。
どれだけ求めても、愛ちゃんはもういないんだ。
せっかく両想いになれたのに、せっかく恋人になれたのに。
静かな愛ちゃんが瞳に映るたびに、心がナイフで激しく貫かれる。
「あああああ!!!あああああ!!!!」
涙を流しながら、頭を床に打ちつける。
額から大量の血が流れる。熱い。けど、もう痛くない。
身体の痛みなんて関係なくなるほどに、心が痛い。
自暴自棄になりながら、それでも愛ちゃんの身体を求める。
その身体に触れると、冷たさで、私の目が覚めた。
私の中で、誰かが囁く。
覚悟を決めて、って。
ゆっくりと息を吸い、吐く。
私は理解した。自分が何をすべきかを。
……愛ちゃん、待たせちゃったね。今いくよ。
私は、赤い紐をとる。
愛ちゃんの首を絞めた、赤い紐。取っておいたんだよ。
紐で大きな輪を作ると、天井に貼り付ける。
強い力が加わっても大丈夫なように、十分に対応する。
最後に愛ちゃんを頭をポスン、と撫でた。
最初に出会ったあの日と同じように。
~~
「!?」
「あれ~、照れてる?」
「て、照れてはないです!」
「ねぇ愛ちゃん、私と友達になってよ。転校してきたばかりだから知り合いもいなくって…」
~~
そんなこともあったな、と思いだすと、頬が緩む。
私は頭を撫でながら、小さな声で尋ねた。
「ねえ愛ちゃん、今も照れてる?私たち、恋人なんだよ」
愛ちゃんからの返事はない。
辺りには冷たい静寂だけが満ちていた。
でも……何だか愛ちゃんの顔は笑って見えたんだ。
もう迷いはない。
愛ちゃん、私を愛してくれてありがとう。
愛ちゃんと過ごしたすべての時間が私の宝物でした。
愛ちゃんと出会えて幸せでした。
世界で一番、愛ちゃんを愛しています。
好き。大好き。大大大大大好き。
私は、紐の下に設置した椅子へと登る。
ここが、愛ちゃんと永遠を過ごせる天国ならば、私がこれから行くのは地獄だ。
愛ちゃんはきっと地獄にはいないけど、愛ちゃんへの贖罪が叶うのならば───
輪廻転生して、また愛ちゃんと出会えるならば───
私にとって、そこは地獄じゃなくて、天国なんだよ。愛ちゃん。
首に輪っかをかけると、椅子から飛び降りる。
そのまま私は、愛ちゃんのいる方へ落ちていった。
最後までご覧いただきありがとうございました!
美月と愛の物語を紡げて、幸せでした。
そして、最後まで見届けてくれる人がいて、幸せでした。
本当に、本当に感謝です。
次回作も書いていきますので、乞うご期待ください!
最後に☆やコメントも残してくれるとすごく嬉しいです!
では、また会える日まで!




