第17話 美月の本音
「バイバイ、愛ちゃん」
「うん、気を付けてね。美月」
日が暮れる頃になって、美月は私の家から出ていく。
その後ろ姿はすぐに闇に飲まれて消えていく。
結局、美月が何かいつもと違う素振りを見せることはなかった。
私は、玄関でしゃがみこんだ。
どっちが本物か、なんて結局分からないまま。
私はため息をつく。
ふとポケットに入ってたスマホを取り出し、LIMEを開く。
すると、上から1番目にりせちゃんが出ていた。
え…
思考が止まる。りせちゃんはあの日っきり連絡とってないのに、どうして1番上にあるの?
何で…何で?
身体の上を寒気が這い上がっていく。
せっかく美月の手料理で身体温まってたのに。
震える指で個別LIMEを開くと、あの日のメッセージの下には、私の知らないやり取りがあった。
>もし辛かったら何も言わなくてもいいんだけどさ
>その子と…今どうなってる?
>仲直りできたよー
>りせちゃんのおかげ!
>そっか…
>愛、何かあった?
>どうして?
>いつもと雰囲気違くない?
>気のせいでしょ
>りせちゃんこそ大丈夫?
>ならいいの
>ごめんね、変なこと聞いちゃって
メッセージはそこで途切れていた。
嘘だ…
当然だけど、全てのメッセージには既読がついていた。
美月が、やったんだ。
そっか。あの夜のことは、私の幻でも何でもなかったんだ。
そう思うと、指先から身体中が凍えていく。
身体の中からガラスのコップが割れたような音が、聞こえた。
私の中で、何かが壊れる。
それが友情なのか、信頼なのか、はたまた恋なのか。
分かる日は来なかった。
だって、それはもう壊れて修復できないのだから。
私は玄関で横たわったまま、ぐしゃぐしゃの感情で泣き続けていた。
~~
愛ちゃん、ごめんね。
私──高野美月は、ひんやり冷えた夜の街をひとり歩いていた。
実は私、嘘をついてたの。
愛ちゃんの家に入ったのは今回が初めてじゃない。
あなたが、私の心を踏みにじったあの日、私は愛ちゃんの家に忍び込んだ。
愛ちゃんの鞄を漁った回数は何度もあって、その時に鍵の形状も覚えたんだよ。
それさえ分かってしまえば、鍵をかいくぐるのは案外難しいことじゃない。
それからは、ずっと愛ちゃんを監視してた。
文字通りずっとだ。
愛ちゃんをずっと見ているのは、楽しかった。
彼女の知らない一面が見えるから。
寝てるとき、左向きに寝る回数が一番多いとか
お風呂でシャンプーしてる時、実はずっと目をつぶってるとか
洗濯ものをタンスに入れるのは決まって一日後とか
本人しか知らないようなこと
本人すら知らないようなこと
ぜーんぶ把握済みだ。
あなたが私を拒むほどに、私はあなたを手に入れたくてたまらない。
辺りはすっかり暗くなっていた。
車が道路を通るたびに、自分のシルエットが道端に照らし出される。
ところで、愛ちゃんは今頃あのLIMEに、気づいているだろうか。
いや、多分気づいているよね。
だって、愛ちゃんがりせちゃんのLIMEを見逃すとは思えないから。
りせちゃんは、前々から話してみたかった。
私と愛ちゃんの恋路を邪魔する虫だから。
でも、それでいて愛ちゃんのそばに私より長くいるんだから、面白いと思った。
だから、愛ちゃんの情報を引き出した後で、愛ちゃんと金輪際関われないようにでもすればいいと。
そのつもりだった。
けど、りせちゃんは、想像以上に鋭かった。
ただの文面なのに、私が愛ちゃんではないと見破った。
愛ちゃんのLIMEでの癖は研究したし、完璧だと自負していたのに。
それで、思わず引いてしまった。
もし…そんなことありえないけど…
彼女が私より《《愛ちゃんの事を理解してたら》》?
それを思い出すと、先ほどまでの全知による高揚感は消え失せ、代わりに腹が煮え立つような怒りを感じる。
道端の石ころを道路に向かって蹴る。
それは、車に轢かれてぐしゃりと潰された。
愛ちゃんのことを私はよく知っている。
だからこそ、あの2人は嘘でも何でもない絆で結ばれているのを知っている。
それが心底許せない。
愛ちゃんの隣にいていいのは、私だけ。
何度でも心の中で言葉にしてやる。
しばらくすると、家が見えてきた。
私だけの砦。
私を守ってくれる砦。
ありのままの私を認めてくれる砦。
家は暗かった。
当然だ。親は帰ってない。
それどころか、次はいつ帰ってくるのかも分からない。
私にモデルをやらせるのは強要してくるくせに。
けれど、親への不満も今の不愉快さに比べれば可愛いものである。
私はゆっくりと階段をのぼる。
部屋の扉を開けると、6枚のモニター、ピンク色の照明がきらめいていた。
最初はさすがに居心地悪かったけど、もうこの部屋も見慣れたものだ。
というか、自分で作っておいて居心地悪いって意味わからないけど。
モニターに映ったリビング、脱衣所、お風呂、トイレ、愛ちゃんの部屋、キッチン。
どこにも愛ちゃんの姿が見つからない。
モニターを切り替えると、愛ちゃんは玄関でうずくまって泣いていた。
それを見ると、心が痛くなる。
けど、私を拒むからこうなるんだ。当然の報いだ。
当然の……報いだ…
心に、もやがかかる。
最悪だ。
もう、開き直らなきゃやっていけないのに。
もう私に近寄って来ないでよ。
愛ちゃんも。
罪悪感も。
人間の心も。
私は、その痛みを誤魔化すように、強く唇を噛んだ。
こんなことしても何にもならないのに。
遂に、時は訪れる。
愛が、美月の本性を知るあの日が──
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