第11話 孤独──隣にいない彼女
時は過ぎ、日曜日は訪れる。
私──高野美月は出かける準備を進めていた。
灰色のパーカー。目深に被った帽子。
いつもなら着ないようなコーデ。
鏡の前でそんな自分の姿を確認すると、ぐっと息が詰まる感じがした。
あの日から一週間。少し、心境の変化があった。
最近、良心が訴えてくる。
愛ちゃんに直接干渉したら、迷惑なんじゃないか。嫌われちゃうんじゃないかって。
あの日──トイレで愛ちゃんのスマホを盗み見したとき
その時は思わずその場の勢いで突っ走っちゃったけど、今は冷静に判断しろって。
それと同時に、私の本能が訴えてくる。
ここで行かなければ、愛ちゃんの心は私から離れていくかもしれない。
それが嫌で、愛ちゃんに触れていたくて、そしてもっと2人で一緒にいたくて。
そして私のそばに愛ちゃんがいないのが辛い。
だから愛ちゃんを私のそばに置いておかないと…って。
その言い争いが、ガヤガヤとうるさい。
私はどちらの声に従うべきか、そんな迷いを抱えたまま家を出る。
その日は生憎の曇天だった。
曇り空の下を、私は1人歩き始める。
隣に並んでくれる人はいないまま。
~~
「ねえ愛ちゃん」
血しぶきに染まった真っ白のワンピースを着た美月が、私の前に立っていた。
真っ暗な夜の闇。私の部屋。美月の右手には、切っ先が赤い包丁。
「何で愛ちゃんは、私を見てくれないの…?」
重く張り詰めた空気だけが辺りに満ちている。
「愛ちゃん、愛ちゃん、愛ちゃん」
そう言うと、包丁を振りかぶって私に襲いかかる──
「──────っ!」
私──里中愛は、布団から飛び起きる。
はぁ、はぁと肩で息をする。
もうとっくに夏は終わっているのに、額には脂汗が貼りついていた。
ベッド横のデジタル時計は、7:41を指している。
悪夢を見ていた。
今日は日曜日。りせちゃんとの約束の日。
楽しみにしていたのに、1日の始まりがこれなんて最悪だ。
美月に申し訳なさを抱え、家の洗面所へ向かうと、歯ブラシをとる。
待ち合わせの時間は10時。場所は駅前。
親は今日いない。
冷蔵庫から食パンを取り出すと、トースターに入れる。
その間にフライパンを取り出し、その上に卵を割る。
コンロをひねるとチッ、チッ、チッ、チッ、という音と共に火がついた。
しばらくすると香ばしい匂いが台所に満ちていく。
目玉焼きとトーストをお皿に乗せ、野菜を添えればモーニングの完成だ。
トーストをかじると、サクッとした小麦の味が口に広がった。
我ながら悪くない。
次第に朝食を食べ終わると、髪を整え始める。
あの夜の日、お風呂を上がった後美月にドライヤーの仕方も教えてもらった。
美月のような髪を目指して、それを毎日続けている。
肌寒くなってきたから、今日はベージュのセーターを着よう。
一通り準備が終わると、バッグを持って家を出た。
駅に着いたのは集合の10分前。
にも関わらず、待ち合わせ場所にはすでにりせちゃんがいた。
「りせちゃん、久しぶり」
「愛~!会いたかったよ~!!」
りせちゃんは目を細めるとにこりと微笑む。
私たちは再会を祝して小さくハイタッチした。
「愛だけに、なんつって」
「もう、調子いいんだから」
「そりゃあ、愛がいたら調子も上がるでしょ」
そのまま、りせちゃんに連れられて私たちはショッピングモールへと向かう。
改札を通るとすぐに私たちが乗る電車が来て、ホームまで小走りする。
ホームへたどり着いたタイミングと電車の到着はほぼ同時だった。
電車の中は幸いにも空いていて、空いている席に2人で腰掛ける。
「りせちゃん、そっちの中学はどんな感じ?」
「いやぁ、もうみんな頭良すぎて大変でさ。
この前のテスト、校内偏差値35しかなくてやばい」
「それは大変だね…」
「そ。だから、今日愛の成分補給したら、また勉強頑張る」
しばらく電車に揺られていると、窓から目的地のショッピングモールが見えてくる。
最近行ったばかりで記憶に新しい。
まだ店内もちゃんと覚えているし、迷子になることはないだろう。
「うお、やっぱでかいねここ…」
「まあここらへんで一番大きいし」
「私は分からないから、ナビお願いします」
そう言うと私たちは、電車を降り、ショッピングモールへと足を踏み入れる。
そのままタピオカ屋へと向かって歩き出した時だった。
トンッ、と後ろから歩いてきた人とす肩がぶつかる。
「すみません!」
「…いえ、こちらこそ」
帽子を目深に被った女性だった。
ふわっと美月によく似た香りが漂ってくる。
彼女はそのまま足早に去っていった。先ほどの香りは気のせいだったのかな。
「今のって…」
「愛?どうかした?」
「ううん。なんでも」
「…財布、すられてない?」
そう言われてはっとした私はカバンとポケットを確認する。
「…すられてないよ」
「良かった~。じゃあ行こっか」
その言葉と共に、私たちは再び歩き始める。
先ほどの彼女は視界から消え、もうどこに行ったのか分からなくなっていた。
〜〜
何やってんだろ、私。
はあ、と大きなため息をつく。
私──高野美月はショッピングモールにある本屋の片隅、文芸小説コーナーの前で立ち尽くしていた。
本来なら、あの場で愛ちゃんとあの子──りせちゃんの間に割って入るつもりだった。
それで愛ちゃんに私をアピールするの。
そしてりせちゃんには、愛ちゃんに手を出すなって警告すればそれで万事解決のはずだったのに。
私は、あの2人の間に入ることができなかった。
愛ちゃんにぶつかったあの時、あの瞬間。
彼女は私に見せたことのない素朴な笑みを見せた。
そのせいで、言おうとした言葉はつっかえて出てきてくれなかった。
私はそのまま逃げた。
認めたくなかったから。愛ちゃんの隣にいていいのは自分だけだと信じたかったから。
悔しい。情けない。自分が惨めだ。
そして──寂しい。
ねえ愛ちゃん、私を1人にしないで。
思えばずっとそうだった。
転校してきた日も1人が嫌で、愛ちゃんと出会った。
愛ちゃんと一緒なら寂しくなかったから、ずっと一緒にいれた。
スマホを覗いたり、いけない事もしちゃったけど、愛ちゃんをそばに感じたかったの。
なのに…今の私はひとりぼっちだ。
ポロポロと瞳から幾つもの雫が流れる。
手を伸ばせば伸ばすほどに、触れたいと思えば思うほどに愛ちゃんは離れていく。
お願い──愛ちゃん
助けて──愛ちゃん
私のそばにいて。それだけでいいから。
ピロン。愛ちゃんに向けてLIMEを送る。
それは──この時は気づかなかったけど──私からのSOS。
少しでも私の気持ちを知って欲しかった。
また一緒にいて欲しかった。
そんな思いを乗せたメッセージ。それがLIMEを通じて愛ちゃんのもとへと伝える。
その切ない思いが愛ちゃんの心に届いてくれれば、どれほど良かったでしょう。
愛から恋愛相談を受けたりせ。
それを受けて愛から美月への想いはどう変わるのか。そして届かないSOSは2人の関係をどう歪めて行くのか──
次回──第12話 愛ちゃんの好きな人
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