第10話 りせちゃんって誰?
日常に終わりはなく、どこまでも続いていくのだと。
私たちはいつか死ぬことを知っていながら、どこかそう思っている。
それがどれだけ尊い日々であるかも知らずに。
いとも容易く壊れてしまうことを知らずに。
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あの雨の夜から数日後。
私たちの関係は少しギクシャクしていた。
いや、多分他の人たちから見ればいつも通りに見えるだろうけど、正直なところ私は美月の接し方が分からなくなっていた。
私は、今までと同じように友達として接したい。
けれど、美月は私に恋人としてふるまって欲しい。
あの日から、はっきりとは言わないけれど、美月はそれを求めてることが仕草の端々から伝わってきていた。
そして、私にはそれが重かった。
美月のことは大切だし、ずっと親友でいたいと思っている。
けれども──美月といると疲れてしまうのだ。
自分の気持ちを押し殺して、美月と付き合うのはそれこそ私の望んでいたことではなかった。
だけど今の関係を壊してしまうのが怖くて、美月に向き合うのを避けていた。
もしもここで私が美月に向き合っていたら──彼女は私を受け入れてくれただろうか。
今になるとそんな想像ばかりが頭を駆け巡る。
どう後悔してもあの時に、あの日常に戻れることはないのに。
~~
そんなある日のことだった。
小学校からの友達であるりせちゃんと久々に連絡がつき、来週の日曜日、彼女と遊びに行こうという話になった。
美月以外の友達が少ない私にとっては、嬉しいお誘いだ。
「行ってきます!」
軽い足取りで家を出ると、学校へと向かう。
朝の日差しは燦燦と道を照らしているが、空気は冬の訪れを告げるように冷たくなっていた。
「おはよー!愛ちゃん!」
通学路の半ばに差し掛かったところで、背後から美月が抱き着いてきた。
思わずビクッと身体を震わせる。驚きのあまり身体が委縮してしまう。
「お、おはよう美月…」
「愛ちゃん!今日は冬服にしたの!どう?似合ってる?」
美月はそんな私の気も知らずに上機嫌に話しかけてくる。
今日の美月は黒いセーラーに身を包んでいた。
相変わらず黒い服が良く似合うと思う。
ただ、今日は何だか惚れるような胸のときめきは感じなかった。最近は美月を見慣れたからかな。
「うん、すごく可愛いよ」
「そう?やった!」
美月はニコニコと笑う。やはり最近の美月はどこか浮かれている…というか異様にテンションが高いように思える。
「ねえ、愛ちゃん!」
「何?」
「来週の日曜日、また一緒に遊びに行かない?」
「…!」
来週の日曜日は、ちょうどりせちゃんと遊ぶ約束をしてしまっている。
こんなにも楽しそうな美月を断るのは、申し訳ない。それにもし断ったらどう思われるか…
言い出すのは億劫だったが、胸の奥から言葉を絞り出す。
「…ごめん。日曜日は予定があるの」
「…………」
「美月、どうした…?」
「ううん、じゃあまた別のタイミングね」
美月は気道が塞がれたように、すごく苦しそうな様子でそう答えた。
しばらく話していると学校へ着く。
上履きへと履き替えると、教室へと歩いて行く。
机に鞄をかけると、
「美月、私ちょっとトイレ行ってくる」
そう言って、席を立ち、教室を出る。
廊下を歩いて右。
少し湿った空気のある女子トイレに入った時、後ろからポン、と肩を叩かれる。
「…っ!?」
「愛ちゃんやっぱり私も行きたくなっちゃって」
「う、うん…」
そう言った時の美月の瞳はあまりにも冷たく、光がないような気がした。
思わず毛穴が粟立ち、寒気を覚えた。
〜〜
「美月、私ちょっとトイレ行ってくる」
愛ちゃんはそう言うと、教室を出る。
私──高野美月は、それを確認すると愛ちゃんの机にかけられた鞄を開ける。
そのまま手を突っ込み、漁ると愛ちゃんのスマホがあった。
私は鞄のチャックを閉め、スマホをスカートのポケットに入れると、愛ちゃんのいる方へと駆け出す。
トイレの手洗い場に愛ちゃんの背中が見える。
そっと近づき、優しく肩を叩くと愛ちゃんはビクッと震えた。
「愛ちゃんやっぱり私も行きたくなっちゃって」
「う、うん…」
愛ちゃんは虚を突かれた様子で、そのまま個室へと入る。
私も隣の個室へと吸い込まれるように入った。
便座に座ると、太ももにひやりと冷たい感触が伝わる。
ポケットからスマホを取り出すと、愛ちゃんのパスコード「14394」を入力する。
この作業も手慣れたものだ。
いつもは写真アルバムを真っ先に開くけど、今日の目的はそれじゃない。
画面右下に固定されているLIMEを開く。
さて、私と愛ちゃんの時間を奪う不届きものは誰かな〜?
触れる時間も長くないので、上から表示されてるLIMEアカウントを片っ端から見て回る。
私が探していたものは、上から4番目の「Rise」でヒットした。
>愛は行きたいところある?
>ん〜、タピオカとか?前行った時美味しかったんだよね
>それはあり!
>とりあえず来週の日曜日でいい?
>空いてるよ〜
>じゃあ決まりだね!
少女たちのそんな無垢な会話が残っていた。
「りせちゃんって誰?」
隣にいる愛ちゃんには聞こえないように、そう呟いた。
愛ちゃん、タピオカ屋行くんだ。
あそこ、私が教えたのに。
あそこ、私と愛ちゃんだけの聖域だと思ってたのに。
愛ちゃんは容易く他の女を入れちゃうんだ。
心に、失望という名のどす黒い染みがじわじわと満ちて行くのを感じた。
場所と時間は覚えた。私はニンマリと笑う。
再びポケットにスマホを入れると、個室の外へと出る。
愛はすでに洗面台で手を洗っていた。
「ごめん、愛ちゃん!待った?」
「別に待ってないよ。てか別に待ってても怒らないし」
「そっか、そうだよね」
愛ちゃんは素っ気ない顔でそう言う。
まるで、私なんて見てないみたいに。
まあ、今はそれでもいいや。
愛ちゃん、待っててね。
あなたの隣にいていいのは私だけって事、教えてあげる。
次回──第11話 孤独──隣にいない彼女
愛とりせとの久しぶりのデート。
2人の時間に、美月という異物が混入する。
その時、愛と美月の関係は──
愛のパスコードの「14394」の意味は、
I love you beautiful moon
の文字数から取られたものです。




