第2話「静かな村と少女」
「……ここが、君の村?」
ミナトの声は、波の音に溶けるように柔らかく響いた。彼の隣を歩く少女――リーナは、小さくうなずいた。背中に小さな布袋を背負い、くすんだ色のローブの裾を引きずりながら、舗装もされていない土の道を案内している。
「人間が来るの……初めて、かも……」
ぽつりとつぶやいた彼女の声は、か細く震えていた。それでも、ミナトを案内しようと前を歩く背中には、確かな意志の強さがあった。
リーナが案内した村は、谷間にひっそりとたたずんでいた。木と石で作られた家々が肩を寄せ合うように建ち並び、所々からか細い水音が聞こえてくる。どうやら、村の中を小さな湧き水が流れているようだった。
「水も少しあるんだね」
「この村は……『湧水の谷』って、呼ばれてる……山の奥の泉から水を引いて、暮らしてるの……でも、ただでさえ少ないのに、冬になると凍ったり、量が減ったり……それで、困ってる……」
リーナは立ち止まり、小さな橋のたもとで振り返った。ミナトを見上げるその瞳は、どこか寂しげだった。
「さっきの塩……村に、少し分けてもらえないかな……? 少しだけでも……いいから……」
「もちろんだよ。むしろ、助けてくれてありがとう。今日一晩、泊めてもらえるなら、それ以上のことだってするさ」
ミナトの声に、リーナはぱちぱちと瞬きをして、それから少しだけ表情を緩めた。
村の人々は、最初こそミナトを警戒した。だが、リーナが「海から来た」と説明し、「塩を持っている」と伝えると、空気が一変した。飢えた目をしていた長老がすぐに駆け寄り、手を合わせるようにして塩の袋を受け取った。
「……これが……本物の、塩……」
震える手でひとつまみ口に含んだ長老の目に、涙がにじんでいた。
その夜、ミナトは村の空き家の一つに通された。かつて誰かが暮らしていたらしいその家には、簡素な寝台と、机と、古びたランプがあった。食事として出されたのは、野菜の煮込みと、硬いパン。しかしそこに、彼の持っていた塩を一振りするだけで、風味が一変した。
「……こんなに……味が変わるなんて……」
リーナは、感嘆の声を漏らした。彼女の口元には、ようやく年相応の笑みが浮かんでいた。
「塩ってね、ただの調味料じゃない。保存もできるし、体にも必要だし……昔は、それをめぐって戦争だって起きたんだよ」
ミナトは、遠い地球の話を思い出しながら、静かに言った。
「だったら……きっと、この世界でも……それは、大事なものだって、伝えていけるよね……?」
「うん、伝えよう。村の人たちにも、もっと伝えていこう。もしできるなら……君と一緒にね」
不意に差し出したミナトの手を、リーナはおずおずと見つめ、それからそっと握った。細く冷たい指先が、ミナトの温もりにふれて、わずかに震えた。
それが、ふたりの旅の始まりだった。