第13話
「悠太、こんなところにいたんだ。」
「……真由。」
夜の街に点在する小さなバーのカウンター席。 薄暗い店内には数人しか客がおらず、ほんの少しけだるいジャズが流れている。
悠太はカウンターに肘をつきながらグラスを眺め、視線は定まらない。
「ごめん、まだ俺たちが未成年の設定だったら、ここで飲んでるのはフィクションってことで。」
「うん、大丈夫。私も冷たいジュースだけ頼んでるから。」
真由が隣に腰かけ、控えめにグラスを置く。 手の中のファイルがわずかに震えているように見えたが、その表情は硬いままだ。
「どうしてここに?」
「玲奈から聞いて……悠太が一人でバーに行ったって。心配になったから来ちゃった。」
淡々とした語り口ながら、真由の視線には焦りや不安が混ざっているように感じられる。
悠太は氷の音がカランと小さく鳴るのを耳にしながら、ため息まじりに口を開く。
「俺、玲奈を失ったのかもしれないって思ってさ。けど、止めたいような、止めたくないような……意味わからなくて。」
「……玲奈に、ちゃんと話を聞いた?」
真由がそっと問いかける。 悠太はグラスの中の氷を指先で回しながら、首を横に振る。
「ふつうの友達関係を超えた二人の仲の良さを見て、頭が真っ白になった。なのに変なんだよ……二人がハグしてるところ思い出すと、苦しいのにゾクゾクもする。」
「悠太……。」
真由は小さく息を飲む。
あのステージ裏でのハグは、玲奈と自分が本当の気持ちに気づくきっかけでもあったが、悠太にとっては混乱の種になっているのだとわかる。
「ごめん、こんなの迷惑だよな。俺は玲奈の彼氏だったはずなのに。真由の気持ちもわかってるつもりなんだけど。」
「迷惑なんかじゃない。私も、最初は自分の中の気持ちをどう扱ったらいいかわからなくて……焦ってばかりだった。」
店の奥から小さな音楽が変わり、しっとりしたピアノのメロディに切り替わる。
真由は意を決したようにバッグからスケッチブックを取り出し、悠太のほうへ向ける。
「これ、玲奈を描いた最後のイラスト。さっき展示会場を片づける前に回収してきたんだ。」
「……すごくきれい。けど、どこか儚い感じがするな。」
ページには、ダンスのポーズを取る玲奈の姿が大きく描かれている。
背景は淡い色彩の抽象模様で満たされ、見ているだけで胸が締め付けられそうな美しさが漂っていた。
「私、これを描いてる最中に『玲奈のことをこんなに好きなんだ』って、もう嘘をつけないって思った。だから、玲奈にも正直に言うしかないって決めた。」
「玲奈は……何て?」
真由はスケッチブックを閉じると、まっすぐに悠太を見つめる。
「『同じ気持ちかもしれない』って。それでも、悠太を傷つけたくないって涙ぐんでた。」
「そっか……。」
悠太は苦笑いしながら、もう一口だけグラスを傾ける。
先ほどより視界がわずかにぼんやりしているのを感じた。
「だったら、俺にはもう止める理由が見当たらないんだよな。二人が並んでるのを見ると、嫉妬もするけど、どうしようもなくドキッとしてしまう。この感情は何なんだろう……。」
真由は複雑そうな顔をしつつも、そっと肩に触れる。
その指先は微妙に震えているが、どこか決意めいたぬくもりが伝わってくる。
「玲奈に会いに行こうよ、今。私も逃げずに向き合いたい。」
「……うん。わかった。もう逃げても仕方ない気がしてるし。」
悠太はカウンターにお金を置き、マスターに軽く頭を下げる。
真由もスケッチブックを大事そうに抱え、ドアへ向かう。
「行こう。三人で、話そう。」
夜風が吹きつける店の外に出ると、空には少しだけ星が見えていた。
混乱と戸惑いの中に、ほんの少しだけ希望にも似た予感を感じながら、二人は玲奈のもとへ歩き出す。




