第6話:「星空の誓い ~交差する夢と現実~」
藤葉学園の天文台。夜空に無数の星が輝く中、佐伯楓と月城遥の姿があった。二人は、学校の天文部が主催する星空観察会に参加していた。
「わぁ、きれい……!」
遥が息を呑む。その声には、純粋な感動と同時に、何か切ない響きが混じっていた。
「うん、本当に……」
楓も同意する。しかし、その目は星空ではなく、横顔の遥に釘付けになっていた。
望遠鏡を覗きながら、二人は星座を探していた。しかし、楓の心はどこか落ち着かない。手紙の件以来、二人の関係は微妙に変化していた。より親密になった反面、どう接すれば良いのか戸惑うこともあった。その不安が、今夜の星空の下で一層強くなっていた。
(遥さんは、僕のことをどう思っているんだろう……)
楓は、自分の気持ちを素直に伝えられない自分にもどかしさを感じていた。数学の問題なら解けるのに、心の中の方程式は簡単には解けない。
「あ、見つけた! カシオペア座だわ」
遥が嬉しそうに声を上げる。その瞳は星空を映して輝いていた。
「本当だ。Wの形をしてるね」
楓も望遠鏡を覗く。星座を見つけた喜びよりも、遥と同じものを見ているという事実に、心が高鳴るのを感じた。
「ねぇ、楓くん」
遥が静かに呼びかける。その声には、いつもと違う真剣さがあった。
「カシオペア座って、ギリシャ神話の美しい王妃の名前なんだって」
「へぇ、そうなんだ」
楓は興味深そうに答えたが、同時に遥の表情の変化に気づいていた。
「うん。でも、その美しさゆえに悲劇も起こるの……」
遥の声が少し寂しげに響く。楓は、その言葉の奥に隠された遥の思いを感じ取ろうとした。
(遥さんは、自分自身のことを重ね合わせているのかな……)
楓は、遥の横顔を見つめた。星明かりに照らされた彼女の表情が、いつになく神秘的に見える。その姿に、楓は言葉を失いそうになった。
「遥さん、将来の夢って何?」
思わず、楓は質問していた。その瞬間、自分の声が震えているのに気づいた。
遥は少し驚いた様子だったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。その表情に、楓は心を奪われた。
「私ね、作家になりたいの。心を揺さぶる物語を書きたいの」
遥の目が、夢を語る瞬間に輝きを増した。楓は、その輝きに魅了されながら、同時に自分との距離を感じていた。
「そっか。遥さんなら、きっと素敵な物語が書けると思う」
楓の言葉に、遥の瞳が潤んだ。
「ありがとう。楓くんは?」
「僕は……数学者になりたいんだ。まだ誰も解いていない難問を解きたくて」
楓は自分の夢を語りながら、それが遥の夢とは全く違う世界のものだと痛感していた。
遥は楓の言葉に、深く頷いた。
「楓くんらしいわ。きっと、素晴らしい発見ができると思う」
二人は互いの夢を語り合い、いつの間にか時間が過ぎていった。他の生徒たちは既に帰り始めていたが、二人はまだ星空を見上げていた。
「ねぇ、楓くん」
遥が真剣な表情で楓を見つめる。その目には、不安と期待が混在していた。
「私たち、これから……どうなるのかな……」
楓は、その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。しかし、遥の真剣な眼差しを見て、自分の気持ちを伝えなければならないと感じた。
「遥さん、僕は……」
楓は言葉を選びながら話し始めた。心臓が激しく鼓動するのを感じる。
「遥さんと一緒にいると、心が落ち着くんだ。そして、遥さんの夢を聞いて、僕も頑張ろうって思える」
遥の目に、涙が光った。楓は、その涙が喜びのものか、悲しみのものか、判断できなかった。
「私も同じよ、楓くん。楓くんといると、私の世界がもっと広がる気がする」
二人の手が、自然と重なる。その触れ合いに、楓は電流が走るような感覚を覚えた。
「ねぇ、約束しよう」
楓が言った。その声には、今までにない決意が込められていた。
「僕たち、お互いの夢を応援し合おう。そして、どんなときも一緒にいよう」
「うん」
遥が頷く。その瞬間、遥の頬を一筋の涙が伝った。
「私、楓くんと一緒に物語を紡いでいきたい」
その瞬間、流れ星が夜空を横切った。
「願い事、した?」
遥が楓に尋ねる。その声には、かすかな期待が含まれていた。
「うん」
楓は微笑んだ。その表情には、決意と愛おしさが混ざっていた。
(でも、もう叶ったみたいだ)
二人は再び星空を見上げた。カシオペア座が、二人を見守るように輝いている。この夜、藤葉学園の天文台で、楓と遥の新しい章が始まったのだった。
帰り道、二人は言葉少なに歩いていた。しかし、その沈黙は心地よいものだった。時折、互いの手が触れ合うたびに、二人の心臓が高鳴る。
(これが恋なんだ……)
楓は初めて、自分の感情に名前をつけることができた。
(楓くんと一緒なら、どんな物語も書けそう)
遥は、胸の中で新しい物語の構想を練り始めていた。
学校の門に着くと、二人は名残惜しそうに立ち止まった。
星空の下、二人の新しい物語が始まろうとしていた。それは、数式では表せない、詩のような物語。二人の夢と現実が交差する、かけがえのない青春の1ページが、今ここに刻まれたのだった。