ep.05
皇暦760年6月14日〈マギア魔導自治領〉
ライルはマギア魔導自治領内に存在する教育機関〈マギア魔導学園〉にほど近い川辺で寝転がっていた。川の方では幼馴染や級友が魔法を放ち、威力の優劣を競っている。その光景をライルは何処か羨ましそうに眺める。
「──混ざらないのか?」
突如掛けられた言葉にびくり、と身構えるライルはその人物を認識するとふぅ、と小さく溜息を吐いた。
「……何だセンセーか。気配薄いんだから驚かすなよ」
『センセー』と呼ばれたその男の名はギルベルト・アーガイル、長身痩躯で無精髭を生やした黒髪黒目の中年の教師だ。また、ライルのクラスの担任でもある。
「……別に。そんな気分じゃないだけですけど」
「嘘だな。逃げてるだけだろ、お前」
(……こいつエスパーか)
つくづくこの人に隠し事は出来ない、とライルは内心毒吐く。
「……そーですよ。アイツら程俺に魔力は無い。魔法をポンポン撃てる程の余裕なんてあるもんか」
不貞腐れた様子でライルはそう吐き捨てる。
転生しても何か特別な才がある訳でもなく、どこまでも普通だったが為に同世代の才能人達との差を否が応でも痛感させられることとなった。今の彼は羨望や嫉妬、劣等感で構成されているようなものだ。あんな遊び二参加してしまえば余計惨めになってしまう。
「何か無いンすか? 少ない魔力でも強くなれる手段って」
ライルの質問にふむ、と暫くの間考え込むギルベルト。
「……一つある」
「マジっすか」
がばりと起き上がり振り返ったライル。
「けど、オススメはしない」
やり方を違えると最悪死ぬかもしれない、とギルベルトは釘を刺す。だがライルはそれでも構わない、と頷く。
「……わかった。お前、〈精密操作〉は出来るな?」
「ええ、出来ます」
〈精密操作〉とは〈魔法使い〉の職業能力である〈魔力操作〉──魔力を意のままに操ることが出来る──を更に強化する〈スキル〉でより精密に魔力を操り魔法の精度向上に貢献することが出来る。
通常スキルを教わる際は有料である場合が殆どだが、家族間や教育機関では無償で教わることが可能である。
「……よし。やる気あるお前にはもう一段階上のスキルを習得してもらうことにしよう」
「……そのスキルは」
「そのスキルはな……」
皇暦762年5月20日〈エインズワース皇国ノルン市郊外森林地帯〉
(──〈魔力圧縮〉!!)
体内の魔脈──魔力が流れる通り道で通常は視認出来ない──をライルの魔力が勢いよく流れ、高い圧力をかけて圧縮していく。未だ発達途中の肉体にまだこのスキルが馴染んでいないが為に全身を鋭い痛みが奔り、表情を歪ませながらもライルは自身の杖に圧縮した魔力を伝道、魔法陣を形成する。
「──尽くを焼き尽くす炎の波濤よ、〈フレアバースト〉……!!」
真紅の魔法陣から燃え盛る炎の波が激流の如く放たれ、超大型のティタノボアを焼く。
〈フレアバースト〉は火属性の中位魔法で、効果は炎の波で対象を燃やす魔法だ。数ある中位魔法の中でも威力の高い部類に入る魔法が、〈魔力圧縮〉により瞬間的な火力を高められ放たれたのだ。
「ギィィイイイ!?」
超大型の個体は苦悶二満ちた絶叫を挙げ、やがてそれも静かになった。ズシリ、と真っ黒に焦げた超大型個体は地に倒れ伏した。
「ッ……ゲボ、ゲホッ……!?」
「ちょ……ライル!?」
その様子を見届けたライルは全身を走る鋭い痛みに嘔吐き、凄まじい疲労によりぜえぜえと息切れを起こしてうずくまった。ヒナタは慌てて駆け寄る。
「大丈夫!?」
「わ、わり……少し、休ませて」
激痛に表情を歪ませながらよろよろと立ち上がるライル。ヒナタはそれを支え、樹木の側へと誘導しもたれさせた。
(……やっぱり身体がもたないか)
子の戦法自体あまりメジャーでは無い。身体に大きな負担を強いるくらいならより威力の高い、それこそ上位魔法を使った方が手っ取り早い為だ。しかし、ライルにはそれが出来る程の魔力の余裕は無い。故に、二年程前に教わった〈魔力圧縮〉のスキルで瞬間的な火力の底上げをする戦い方を教えてもらった。だが、その結果がこのザマである。
暫く休むと痛みや息切れ、嘔吐感が引いた。
ライルは〈シグナル〉で信号弾を撃ち上げた後、ヒナタと共に帰路へとついた。
皇暦762年5月21日
ライルとヒナタの二人は昼過ぎに酒場で昼食を摂りながら会議をしていた。
昨日はヒナタの〈狂運〉により超大型個体のティタノボアに出くわす、というアクシデントに見舞われ二人共少なくない怪我をしてしまい、〈神官〉の集う教会で治療を受けた為に報酬や売却で得た金子の実に七割が消えてしまった。超大型個体は危険度が高く、やむを得なかったのかもしれないが痛い出費であった。報酬がそれなりに高く、体内からも中程度のランクの魔石が出てこなかったなら借金していたのかもしれない。
「……とにかく、今の俺達には前衛で盾役を担える〈戦士〉、そして回復役の〈神官〉が必要だ」
「そうだねー……二人共耐久低いからなぁ……」
現在の二人のレベルはライルが8、ヒナタが7だ。
〈魔法使い〉や〈神官〉のような職業は他の職業と比べてレベルが上がりにくく、逆に〈盗賊〉は他の職業と比べてレベルが上がりやすい傾向にあるらしい。また、二人の職業におけるステータス上の特徴は、〈魔法使い〉は〈魔力〉が最も高く次いで〈魔力耐久〉、〈敏捷〉と続き他のステータスは軒並みあまり高くない。〈盗賊〉は〈敏捷〉が最も高く次いで〈幸運〉、〈筋力〉となり他のステータスは〈魔法使い〉と同じように高くない。しかもヒナタの場合、職業能力が〈狂運〉である故に〈幸運〉の値がエラー表示となってしまっている。
誰かいないものか、いたとしても入ってくれるのかといった不安から二人は重苦しく溜息を吐く。
と、その時、
「ようお前ら。シケたツラしてんな」
「あ……おっちゃん!」
「どもです」
豪快な風貌の大男がニヒルな笑みを浮かべながら声を掛けてきた。ヒナタはぱぁ、と目を輝かせライルは会釈する。
その男はザイン・シュタットといい二人がパーティー結成時から先輩として何かと気に掛けてくれた〈戦士〉の男だ。彼は〈白銀の剣〉というパーティー二入っていると二人は聞いている。
「聞いたぜ。超大型個体を殺ったんだってな」
ちょっとした噂になってるぞ、とザインは付け加えた。だが、その事態を招く間接的な要因となってしまっていたことにヒナタはバツが悪そうに目を背ける。
「……別に。俺の魔法の流れ弾で叩き起してしまっただけっスよ」
嘘である。ヒナタの名誉を守る為にライルは嘘を吐いた。だが、ザインは信じたようだ。
「……ありがとね」
「……今度何か奢れ」
「……おっけ」
二人は小声でそうやり取りした。
「あ、そうだ。ザインさん、ちょっと相談なんスけども」
「おう、どうした?」
「実は……」
二人は事情を説明した。盾役をこなせる〈戦士〉と回復魔法──〈神官〉のみが使える光属性魔法の系統──が使える〈神官〉を探していることを。
ザインはうーん、と考え込み何か思い当たる人物がいたのか、口を開く。
「いるにはいるな」
「マジすか」
「本当!?」
「ああ。だけど……相当な変わり者でな……」
ザイン曰く、〈戦士〉は男なのに女のような格好をしていること。曰く、〈神官〉は無口でコミュニケーション能力が低過ぎること。
「この二人、殆ど人と関わらないせいで〈戦士〉はソロ、〈神官〉は教会務めなんだよ。実力は確からしいが……」
「うーん……」
「でも、人を選んでる場合じゃないよね……」
そうだな、とライルは天井を見上げ息をふぅ、と吐く。
「私は誘ってみようと思うよ。ライルは、副リーダーはどう思う?」
副リーダーとはライルのパーティー内での立場である。
「……わかった。誘うだけ誘ってみよう。それから先のことはその時考えればいいし」
「決まりだね。……じゃあ、ザインのおっちゃん、二人の居場所を……」
「ちょーっと待った」
突如会話を中断させたザインに二人は訝しげな視線を向ける。
「……報酬っスか? ビール大ジョッキ二杯ならどうにか出せますけど……」
「それもあるが違う」
「えっと……」
はぁ、とザインは溜息を吐く。
「……パーティー名だよ、お前らの。勧誘しようにもパーティー名が無いと」
「「あっ」」
「……忘れてたのかよ 」
金のやり繰りやどうしたら上手く立ち回れるかで頭がいっぱいいっぱいでパーティー名について考えることをすっかり忘れていたことに今更のように気付く二人。
「今後に関わることだから良い名前を決めておけよ? ビールは決まった時でいいぜ」
じゃあな、と言い残してザインは去っていった。
「……パーティー名」
「……考えよっか」
その後も議論は続き、ああでもない、こうでもない、と案を出し合った。やがて、一つの案に決まった。
皇暦762年5月22日
ライルとヒナタの二人は中央の掲示板に新しくパーティーメンバーを募集する旨の広告を出した。
先程冒険者ギルドにも申請を通した二人のパーティー名は───〈レネゲイダーズ〉。
はぐれた者の、はぐれた者による、はぐれた者の為のパーティーである。
『何故女の格好なんぞしておるのだ! 男として恥ずかしくないのか!?』
『貴方なんか……貴方なんか私の子じゃない!!』
『この出来損ないが!!』
僕は親からは邪魔者として扱われた。
『すまないが、お前のような人間を我々のパーティーに置くことは出来ない』
『この女男が!! 気持ち悪いんだよ!!』
『……恥ってヤツが無いの?』
人からは僕自身を否定する言葉を浴びせられ続けた。
「……僕は僕でいたいだけだ」
ランドリザードを大剣で斬り伏せた僕は大剣についた体液を振り払い、独り言ちる。
ただそういった服が好きで、可愛いものが好きなだけだ。僕自身わ知ろうとも、見ようともしない人間斗なんて関わりたくない。傷つけられるくらいなら、一人がいい。独りでいい。
「……はぁ?」
……そう、思っていたはずたった。
「あの……」
「私達のパーティーに、〈レネゲイダーズ〉に」
「「入ってくれませんか!?」」
そう頭を下げて頼み込んでくる〈魔法使い〉と〈盗賊〉の二人に出会うまでは、少なくともそう思っていた。
これは僕が僕の居場所を見つける、誰かにしてみれば至極どうでもいい、それでも僕にとっては大切な日々の始まりだった。
そのことを、この時の僕はまだ知らない。
次回も読んで頂けると幸いです!