ep.03
ライルとヒナタの二人はパーティー結成に関する話し合いをする為に酒場を訪れていた。向かい合う形で席に座り、飲み物を注文する。ヒナタはジンジャーエール、ライルは麦茶だ。
さて、とライルは口を開く。
「話を聞かせておらおうか」
ヒナタはこくり、と頷きこう言った。
「私と一緒にパーティーを、世界の全てを見に行く為に、組んで欲しいんだ」
『世界の全て』──ヒナタが夢見る壮大な野望にライルは心做しか惹き付けられるものを感じた。
何故、と問い掛けるライル。するとヒナタはその瞳を輝かせながら、父が旅人で多くの遺跡や迷宮、未踏破地帯を冒険したことを話した。他の腹違いの兄弟姉妹達は父の強さに憧れたが自身は広い世界を旅した父に憧れたことが旅に出たきっかけであったことも話した。
(……腹違い)
その話を聞き、ライルの中でヒナタの父親が転生者である可能性がより高くなった。だが、彼女らの関係は話を聞くに良好であり、互いに影響を与えあっていることも読み取れた。
「……でさ、ここからが本題なんだけど」
ヒナタは自身の冒険者であることを証明するドッグタグを手に取り、表面に刻印された魔法陣に触れる。すると、ステータスが表示された。それを机に置いてライルに見せながら、自身の職業能力を指差す。
「……〈狂運〉?」
「……そ。詳細は……」
ヒナタは説明する。
彼女の兄弟姉妹も全員職業能力が変質しており彼女自身も例外でないこと、そしてこの職業能力がピーキーでとてつもなく運が良い時と悪い時があること、それが他のパーティーメンバーにも影響してしまうこと。
ここまで話すと大半の人間は拒絶する。誰だってリスクは取りたくないからだ。
「……それだけか?」
「……ほぇ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような表情をするヒナタ。だが実際ライルには些細な問題であった。彼にとって重要なのは『使えるか使えないか』そして『戦えるか戦えないか』の二つである。
(……〈狂運〉には大きなデメリットがある。でも、それを乗り越えれば更に強くなれる)
彼自身、ステータスが平凡故に〈魔法使い〉の戦闘セオリーから外れた戦い方をしなければ限界が来ることを、強くなれないことを早々に悟っていた。強くなる為に『苦難上等』の心構えでここ、ノルンに訪れている為にほぼ寄生している形の勇者パーティーとら反りが合わなかったのだ。だが、ヒナタがいれば話は別である。メリットで金稼ぎを、そしてデメリットでレベル上げが出来る。レベリングに関して、戦闘で使用する魔力量にレベル上昇に必要な経験値──魔物等を倒した際にある種の魂食いのような形で生命力の一部を吸い取る現象が確認されている──が比例する為、〈魔法使い〉や〈神官〉は他の職業と比べて成長が遅い。最近ではティタノボアを倒してもレベルが上がりにくくなってしまった為により強い魔物を求めていた所なので好都合であった。それに前衛職がいれば戦闘がかなり安定するはずである。
「……デメリットもやりようによっては大きな利益を産むってこと」
「なるほど」
打算による所が多く、それを直球で言うのは野暮という気がした為にライルはオブラートに包んで言った。だがヒナタはそれで納得したらしい。
「え……ってことは」
ここまでの流れで状況を少しずつ理解していくヒナタ。
「もしかして……組んでくれるってこと……?」
「ああ。平凡な〈魔法使い〉で良いならな」
おずおずと聞いたヒナタはぱぁ、と表情が明るくなり、ライルに飛び付いた。
「ありがとおぉぉ!! もうダメかと思ったんだよぉぉ!!」
「何だコイツ!? くっつくな離れろ! てか泣くな! 鼻水を拭こうとすんな汚ぇ!!」
その様子を見ていた他の酒場の客や店員は二人に暖かい視線を送っていたのだとか。
冒険者ギルドでパーティーの登録──冒険者の安全確保の為にパーティーやそのメンバーを登録する規則がある──を済ませた後、ライルとヒナタの二人は農地近くの森林地帯で身を隠していた。ライルは影から取りだした杖を握り、ヒナタはダガーを逆手で構えている。
「……〈潜伏〉使えないのか?」
「……後で教えてもらうつもり」
「……あ、そう」
ヒナタはまだレベル1。スキルもまだ習得しておらず、教えてもらう為の金も無い。
この異世界では学校、それこそライルが十~十三歳の時に通っていた魔導学園のような教育機関でも無い限り、スキル習得には金がかかる。汗水流して習得したスキルをおいそれと他人に教える訳にはいかないという理由が一番大きい。だが、人によっては自力で覚えることもあるのだとか。
今回は、というか今回もティタノボアの討伐である。
道中でライルはヒナタにティタノボアの習性について説明した。ティタノボアは気性が荒く、敵と見なした者に対しては容赦無く、その脚力による突進を見舞うこと、頭蓋骨が硬く正面突破が難しいこと、そして一度突進すると方向転換が難しく側面の防御が手薄になることを挙げた。
ソロで狩りをしていた頃のライルは草木に隠れながら魔法による攻撃で胴体側面を狙って倒していたが、今はパーティー。ヒナタが引き付けて陽動と分断を行い、ライルが側面から叩くプランを採用した。
狙うは大型の個体である。
「……見つけた」
「何頭だ?」
「一、二……六頭だね。大型は内二頭」
「親子って感じか」
声を押し殺しながらも森林から農地へと歩みを進めるティタノボアを観察し、二人は情報のやり取りをする。
戦闘は住居や人、作物に被害を出さぬよう森林の中に誘い込んで行う。また、子連れの親である可能性が高いことから警戒心も凶暴性も通常の個体より高いものと見ていいだろう。
「……んじゃ、頼んだ」
「おっけ」
ヒナタはライルと別れ、ティタノボアから距離を取ってそれらの後方に立つ。二振りのダガーを頭上で掲げ、ガキンガキンと何度か刀身を打ち鳴らした。
すると、ぴくり、と大型のティタノボアが反応して後ろを振り向き、小型のティタノボアを庇うように前に出る。
睨み合う一人と二頭。まだ様子見の段階である。
数秒後、ヒナタはぱっと後ろを向き脱兎の如く駆け出した。すると一頭のティタノボアがその後を追う。
(……生物は逃げる者を追う。それは魔物も例外じゃない)
本能を利用してまず一匹を引き離した。
小型のティタノボア四頭を守らんと大型一頭が右往左往する。ライルはその一頭に狙いを定め杖を構える。
小型の個体はさほど脅威では無い為無視していい。故にこの一頭を早めに片付けてヒナタの援護に回らなければならない。
ライルは小声で詠唱を始める。
「──影より鎖は呪うべし……〈シャドウバインド〉」
手から杖を伝うように噴き出す鉄が錆び付いたように赤い魔力オーラはやがて黒い魔法陣を形成していく。
その魔法陣から生成された黒い影の塊をライルは杖をバット代わりにし、見事な打球フォームで打ち、飛ばした。
飛翔する影の塊は空中をぶれながらティタノボアへと向かい、着弾。すると、
「フゴォォォオオ!?」
影はブワッと広がり、数本の鎖を形成し身体に絡みつくと同時にティタノボアは絶叫した。
闇属性中位魔法〈シャドウバインド〉──対象を呪いの込められた鎖で縛り痛め付ける魔法だ。この魔法の欠点として、鎖の起点となる影の塊の命中精度が低いことが挙げられるが、ライルがやったように杖をバット代わりして打ち出せば克服が可能だ。しかし、ライルの魔力量的には数十秒拘束するのが限界だろう。
「──〈ウィンドカッター〉」
拘束が解けない内にライルは風属性の低位魔法を発動。魔法陣から放たれた風の刃が大型個体の胴体に命中。切り裂かれた体表から血がブシャ、と噴き出る。
もうじき拘束が解ける。
よろめきながらも全身を奔る身体を捻じ切られるような痛みに耐え、反撃の機会を伺う大型個体。
ライルはとどめを刺すべく、詠唱。
「──螺旋の水は貫かん……〈アクアランス〉」
水属性中位魔法〈アクアランス〉──水で作られた突撃槍を放ち、対象を貫通することを目的とした魔法だ。
放たれた水の槍は真っ直ぐに飛び、大型個体の裂傷に命中し、胴体を貫き反対側へと抜けた。
肉がべチャリ、と爆ぜ断末魔の絶叫を上げる大型個体。パニックに陥った小型の個体四頭は一目散に逃げ出していく。
それを見送ったライルは大型個体へと近寄り、絶命していることを確かめる。
(……援護に行かないと)
杖を抱え、ヒナタがもう一体の大型個体と戦闘していると思しき場所目掛けてライルは走った。
後方から猛進する大型個体をヒナタは森の木々の間を縫うように躱していく。大型個体は気にぶつかる度にその気をへし折りながら突き進む。障害物などまるで意に介していない。
(あぁぁもう、しつこい!!)
ヒナタ自身、体力と足の速さにはかなり自信があったが少しずつ息が上がってきている。徐々に距離を詰めてくる大型個体への焦りも彼女の走るペースを乱す一因になっている。
逃げてばかりではいずれ追いつかれる──頭では分かっているがレベル1のステータスで真っ向から戦いを挑むのは愚作である、
〈盗賊〉は元来小賢しく立ち回るもの。小回りを用いて戦わなければ。
『─────ッ!!!!』
遠くから聞こえてくる絶叫。それはまるで断末魔だ。
(……ライルはやったみたいね)
こちらに向かっているのではあろうが、ここでヒナタはふと、ある考えが浮かんだ。
(私達はパーティー。一人に負担を強いることは許されていいはずが無いよね)
それに彼女はパーティーのリーダーだ。リーダーとしてしっかりしなければ。
ヒナタは先程の絶叫で自身を追う大型個体の動きが止まり、狼狽えているのを視界に収める。
やるのならば今──そう踏んだヒナタはダガーを木に突き立て、一気に駆け上がる。枝を蹴り、木から木へと飛び移り大型個体の頭上からダガーを逆手で構え、飛び降りる。そして……
「ッ!? ブギィィィイイ!!」
背中に取り付いたヒナタは暴れる大型個体に振り落とされないように必死にしがみつく。
「こン……のォ!!」
「ガ、ギィィィイイイ!?」
一振りのダガーをぶすり、と首筋に突き立てる。大型個体は首から大量出血しながらもその痛みに耐え、ヒナタを振り落とさんと暴れ回る。
「いい加減……!!」
歯を食いしばりながらヒナタはもう片方のダガーも首筋に突き立てる。噴き出す血で両の手を真っ赤に染めながらもヒナタは暴れ続ける大型個体に必死でしがみつく。
すると、ずしんと大型個体が地に倒れた。
未だに藻掻き続けているそれにヒナタは首筋に刺さったダガーを引き抜き、何度も何度も突き立てる。
「……死ね、死ね!!」
ダガーを振り下ろす回数が二十を超えようとした時、
「やめとけ。もう死んでる」
「……っ!? あ……」
ライルだ。
ライルのその言葉にヒナタは我に返り、まじまじの大型個体を見つめる。触れるとまだ暖かいが、既に脈は無かった。よろよろと彼女は立ち上がり、数歩後退ると力が抜け、へなへなとへたりこんだ。呼吸は荒く、冷たい嫌な汗が頬を伝った。
(……無理も無いか)
ライルはその様子を一瞥し、ふう、と息を吐いた。
文字通り命懸けで戦い、相手を殺める。肉を切り骨を断つその生々しい感触が武器越しに伝わり、生理的嫌悪を催す。新米冒険者は誰でも通る道だか、この先やっていくには耐性をつける必要があった。
「……立てるか?」
「少し……休ませて……」
「……そ」
木に寄り掛かり精神的に弱った瞳でそう答えたヒナタの心中を察するも、素っ気ない返答をするライル。この嫌悪感は肩代わりすることは出来ないし、一人で乗り越えなければ意味が無い、というのが彼の考えだ。
ヒナタ自身、今はそっとしておいて欲しいが為にライルのその態度はありがたかった。深呼吸し、メンタルを落ち着けていく。
「──〈シグナル〉」
ライルは頭上に杖を向け、一節詠唱。すると、小さな魔法陣から炎の玉が打ち上げられ、空中で三つに分かれた後それぞれ異なる色の火球が爆ぜた。
この魔法は火属性の低位魔法で信号弾として扱われる魔法だ。打ち上げた際の発光パターンは任意変更可能で、パターン毎の意味は〈魔法使い〉を統括する教会によって国際的な規模で取り決めがなされている。今ライルが放ったのは〈回収要請〉であり、ティタノボア等の魔物を回収する業者向けに放った信号だ。
(……来るまで時間があるな)
魔石──魔物の体内に存在する魔力が結晶化したもの──の回収をしなければ、と考えたライルは腰ベルトに吊っていたカトラスを抜く。そして、横たわる大型個体の胴体に突き刺し、中を探っていく。武器越しに伝わる肉の感触に表情を歪ませながらもこつり、といった感触が。ライルは忙しなくカトラスを動かし魔石を引きずり出す。
出てきたくすんで小さい魔石に溜息を吐きながらも光に透かした。
(……ダメだなこりゃ)
ランクは屑。魔石は特上、上、中、下、屑のランクに分けられ屑はどこにも買い取ってもらえない程に質が悪い。因みにティタノボアの魔石のランクは屑が大半を占めている。
要らねぇ、とばかりにライルは魔石を放り投げてしまった。
次回も読んで頂けると幸いです!