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赤錆の転生リアリズム  作者: 白カラス
第一章 旅立ちの冒険者
2/11

ep.02

皇暦762年5月10日

 エインズワース皇国ノルン市にて、一人の少女が公園で項垂れていた。


「……ダメだ」


 ぽつり、とと何処までも蒼が続く空を見上げ、そう呟いた。

 彼女の名は『ヒナタ・シノサキ』という。茶髪をポニーテールにした茶目の少女である。

 六日前、辺境の地からノルンへと冒険者になることを志し、ワイバーン便を用いてこの地を踏んだ。

 ……が、しかし。彼女はまだレベル1。殆どのパーティーの募集要項には『レベル5以上』の条件が課されている為に入れるパーティーが無い。故郷から持って来た金も宿代て尽きかけており、今日又は明日にでもパーティーに入れなければ底を突いてしまう。

 深く溜息を吐きながらヒナタは立ち上がった。


(……虱潰しに声掛けてくかぁ)


 どこも入れてくれないならば自分でパーティーを作ればいい──そう考えたヒナタは中央の掲示板にパーティー募集の張り紙を貼り、街へと繰り出した。


「あ、あのすみません! 一緒にパーティー組みませんか?」


「なんだい? アンタ、レベルは?」


「……1です」


「悪いね、他を当たりな」


 十九人目。背の高い女性に声を掛けてみたが失敗に終わった。

 はぁ、とヒナタは肩を落とす。


(……わかってた。わかってましたとも)


 ヒナタは自身の何が問題かくらいはよくわかっている。

 彼女は二つの問題を抱えており、一つはレベルが低過ぎること、もう一つは職業能力(アビリティー)──その職業が持つ固有能力──が()()してしまっていることである。

 一つ目は言わずもがな、二つ目に関しては仮に一つ目を受け入れられたとしても望みが薄い。

 彼女の職業は〈盗賊〉で、〈透視〉や〈鍵開け〉等のスキル──後天的に習得する技能で職業ごとに異なる──を習得出来、ダンジョン攻略に強い。通常〈盗賊〉の職業能力は〈強運〉でパーティーメンバーや元々高い〈盗賊〉の幸運値を増大させることが出来るが、彼女の場合それと異なり幸運値が乱高下する〈狂運〉となってしまっている。〈狂運〉は〈強運〉と同じようにパーティーメンバー全員に効力を及ぼし、ある時は国宝級の宝を発見し、またある時は災害指定存在──存在そのものが災害とされる魔物──に出くわす等、その両極端さから弊害を来してしまうのである。パーティー結成を承諾してくれた人もいたが、彼女自身の職業能力の説明を聞いた途端に拒否されてしまった。


(家族の中で〈盗賊〉として産まれたの、私だけだからなぁ……)


 ()()()の兄弟姉妹達は『とても』という言葉で表現出来ない程強い父に憧れて旅に出た。彼等彼女等もまた、ヒナタと同じように職業能力が変質して産まれ落ちているが、彼女程使い勝手が悪いものは無い。

 力無く口から息を漏らしながらトボトボと歩いていると、どすん、と人とぶつかってしまった。


「……のわっ!?」


「……え、あ……すみません」


 慌てて頭を下げるヒナタ。

 ぶつかってしまった相手はどうやら年下思しき少年だった。首からドッグタグを提げているので冒険者であろう。

 目に止まったドッグタグをヒナタは凝視する。


「ったく……気をつけろよ」


 少年は灰の瞳でヒナタを睨む。

 年相応とは思えない、そのやさぐれたような、どこかくたびれたような雰囲気に怖気付きながらもヒナタは意を決する。


「あ、あの……! 私と、パーティー組みませんか!?」


 図々しいことを頼んでいることは重々わかっている。

 それでも、今の彼女には一緒にいてくれる、そして共に戦ってくれる仲間が必要だった。






 ライルがノルンに到着して暫くが経つ。

 欠伸をしながら寝藁から起き上がったライルは自宅から持って来ていた継ぎ接ぎが幾つか有る服を脱ぎ、宿泊している馬小屋の区分けされた部屋とも呼べるかも怪しい場所にロープで吊るした古びたレギンスと戦闘用の黒いインナーを着用した後、〈魔法使い〉が信仰している神〈グロリア〉──職業ごとに信仰している髪が違い〈グロリア〉は魔法と知恵、闇を司る──を祀った教会で配布されていた黒を基調とし、裾やファスナー部が赤いパーカー状の礼装を羽織りジッパーを閉める。配布、とは言うが実際は配布用の礼装が置かれた場所の近くに寄付箱があったのでタダではない。ライルは銀貨一枚──銅貨が百枚で銀貨一枚、銀貨が十枚で金貨一枚──という決して安くはない金子を寄付して予備を含めた三枚を受け取っている。がめついだなんて言ってはいけない。

 ライルはパーカーに備えられたベルトループにベルトを通して締め、ポーチとカトラスを納めた鞘を差した。壁に立て掛けていた安物の杖を手に取り、ポツリと詠唱する。


「───〈ストレージ〉」


 一節からなる闇属性魔法──闇属性魔法は〈魔法使い〉のみが扱える──の低位魔法──魔法には低位、中位、高位のランクが存在──だ。実は闇属性魔法自体あまりメジャーでなく、使用者はそう多くはないもののこの魔法は、というかこの魔法だけは殆どの〈魔法使い〉が使用している。効力は至ってシンプルで『自身の影に体重及び身長を超えない範囲で物を収納する』ことが出来る。

 ライルの詠唱と共に、彼が持っていた杖は彼自身の影にずぶり、と音を立てるように沈んでいった。


「……今日もバイトかぁ」


︎︎ ぽつり、と嫌そうに呟くライル。

︎︎ 冒険者としてはまだ駆け出しで未だロクな稼ぎも無い以上こうしてアルバイトの掛け持ちをするしか無く、はっきり言って生活は厳しい。

︎︎ ライルは日課と化した馬小屋掃除を早めに済ませ給金を受け取る。馬小屋での一泊は銅貨四十枚、そして馬小屋掃除の給金は銅貨三十枚──つまり毎日掃除をすれば一日あたり実質銅貨十枚で宿泊出来るのだ。財布が厳しい貧乏冒険者にとってはありがたい話である。

︎︎ 貸し出されているブーツと繋を洗って干した後、ライルは街へと繰り出した。次は酒場でのバイトである。


「っらっしゃあせぇぇ!! 二名様ご来店でぇす!!」


︎︎ とにかく元気良く、ライルは給仕としての仕事をこなしていく。注文を取り、料理や飲み物、時に昼酒を頼む客の為に注文された品を運んでいく。

︎︎ 給金は朝七時~昼十三時までの六時間で銀貨三枚程度──日本とのレートでは銅貨一枚約十円──とはっきり言って安いが朝と昼の賄い飯がついてくる為ライルは文句を言わずに続けている。

︎︎ バイトなシフトが終わり、賄いで出される昼食を食らいながらライルは今後の予定を立てていく。


(次のバイトが午後六時から。……ってことはティタノボアの討伐が少し出来るな)


︎︎︎︎ ティタノボアというのは猪の魔物で、成体になると平均三メートルに巨大化することからそう名付けられている。雑食かつとても貪食で、春先から食に溢れた個体が人の生活圏で家畜や農作物を食い荒らす被害が多発している。冬の禁猟期間──魔物も生態系の一つとして循環しており、生態系全般を保護する為に設けられており、違反すると罰金刑が課せられる──が終わった為日に二、三頭のペースでライルはティタノボアを討伐していた。

︎︎ 討伐後、肉は買い取ってもらえるが、多く流通している為にあまり高くはなく、キロ単価銅貨二十枚程度である。また、肉が通常の猪よりも臭い上に硬過ぎるということもあって評判も並又は並以下といった所だ。一頭あたり銅貨五十枚の報酬が出るが、運送料や手数料、税金といった諸々の額が出ていってしまうので救いにもなっていない。

︎︎ 昼食を食べ終え、ティタノボア討伐の申請──冒険者の安全確保の為、ギルドで申請と登録を行っている──をすべく街を歩いていると、横から衝撃。


「……のわっ!?」


︎︎ 見ると、自身より少し身長が高い──ライルの身長は158cm程──少女であった。すみません、と謝罪する少女に向けて、気を付けろ、と意図せず睨んでしまう。

︎︎ 立ち去ろうとした時、待って、と腕を掴まれる。

︎︎ 少女はこう言った。


「あ、あの……!︎︎私と一緒に、パーティー組みませんか!?」


︎︎ 不安げに、しかしそれを隠し強がっているよつにも感じるその茶の双眸にライルは一瞬、気圧される。何か、ただならぬものを感じたからだ。


「……アンタ、名前は?」


︎︎ あ、と名乗るのを忘れていたことに気付き少女は気まずそうな表情をする。


「……ヒナタ。私はヒナタ・シノサキ。〈盗賊〉よ」


︎︎ その名を聞いた時、ライルは眉を顰める。


(……明らかに日本の名前だ。転生者か?)


︎︎ 彼は確証を得るべく、前に所属していた勇者パーティーでもやった方法を試す。


『アンタは日本人か』


 ()()()でそう問うた。彼のような転生者はこの異世界の言語と日本語の二つが使えることが多い。彼女も同じ転生者なら理解出来るはず、と踏んだのだ。

 ヒナタの反応は……


「えっと……何て?」


……まるで理解出来ていなかった。


(転生者では無い、のか? と、なると親が転生者である可能性もあるな)


 こほん、と咳払いをした後ライルは異世界における言語でこう言った。


「……すまない、言語を間違えた。俺はライル・シュナイドだ。〈魔法使い〉やってる」


 小首を傾げ訝しげな視線をライルにヒナタは向けるが、とりあえずそれを一旦収め、右手を差し出す。

 よろしく、とライルもまたその右手を差し出し、しっかりと握手した。


「……詳しい話は酒場で頼めるか?」


「……うん!」


 この邂逅が、後に世界をひっくり返す出会いになる────のかもしれない。

次回も読んで頂けると幸いです!

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