7ー2 少年と少女と女
「部屋付きのシャワーもあるぞ。冷え切る前に浴びてくるといい」
ルートヴィッヒの方が濡れていたしお先にどうぞと言えば、風邪でもひかれたら困るからと言われ、先に浴びることにした。
着替えも濡れてしまったので、借りたバスローブを持ちシャワールームへ行く。
確かに、指先は冷えて震えていた。
「あ…れ…?なにこれ、あれ?固いのかな…栓が動かない…」
濡れた服も脱いで素っ裸になったところで、シャワーの栓が硬くて全く動かなかった。
「っくしゅん」
プレッツェルまで出て来て捻ろうとしたが、ぶらんとぶら下がって遊んでいるだけにしか見えなかった。
仕方なく外にいるルートヴィッヒに助けを求める。
しかしバスローブを着てから呼べばよかったものを、焦ってしまったため栓と悪戦苦闘しながら呼んでしまった。
自身も濡れた服を脱いでいたところに、「栓が硬いんです!」と中から聞こえたルートヴィッヒは、まさか彼女が全裸だとは知らず扉を開けてしまう。
腰まである長く濡れた赤毛は纏めて前に流され、綺麗な背筋のその先にある小ぶりのお尻が目に入った。
凹凸が少なく、これから大人の女性に変わる過渡期の後ろ姿を見て見ぬふりをし、彼女の肩に手を置くと、背後から右手を伸ばして栓を捻ってやった。
男を装うのなら、詰めを甘くしないで欲しい。
「あ…ありがとう…ございます」
無事シャワーヘッドからお湯が出ると、彼はすぐに扉を閉め溜息を1つついた。
「プレッツェル、私、今見られちゃったよね?」
プレッツェルの目の前で、宿主の顔は青くなったり赤くなったりしている。
「でもでも!気づかなかったんじゃない?何も言ってなかったし、ジーナ胸もお尻も小さいし!」
「う…それ、ちょっと傷つくわ…」
妙に沈んだ気持ちでシャワーを済ませると、今度はしっかりバスローブを着て部屋に戻る。
そっと覗き込めば、彼もバスローブを羽織った姿で温かいお茶を飲んでいた。
『大丈夫そうね』
『大丈夫そうだね』
「お待たせしました。ルト様もどうぞ」
「ああ」
そう言うと彼は足早にシャワールームへと消えた。
『坊や、まだ動揺してるわね?』
『しない方がおかしいだろう…あと坊やはやめろ』
『襲っちゃだめよ?』
「うるさい」
笑いを含んだプロミネーアの言い方に最後は声に出てしまったが、シャワーの音はそれを隠してくれた。
午後には雨も上がった。ルートヴィッヒはまた何か用事があるそうで、部屋に1人残ったレジーナはプレッツェルと「秘密の特訓」をしていた。
「どう?なにか感じる?」
「うーん…わかんないや。ねぇ本当にボクってドラゴン?」
「あなたがそこを否定してどうするのよ。絶対あなたはドラゴンよ。ルト様だって言ってたじゃない!」
「そうだけどさあ。プロミテウス種なんて見ちゃったら、ボク自信なくなってきたよ」
レジーナは守護降ろしの儀の際、初めてプレッツェルと出会った時に彼をドラゴンだと思った。
守護精との出会いは物理的に出会うわけでなく、自分の精神世界に潜んでいると言っていい。
儀式に挑む者は誰であれそんな精神世界にトリップして己に宿る精を認識し具現化させるが、現実に戻る寸前、彼女は背中に翼のあるドラゴンを見たのだ。
プレッツェルは普通のフレイムリザードとは違い、背中の翼の位置に突起物がある。
レジーナは、いつかそこから翼が生えてくると信じていた。
「ねえ、高い所から落としたら翼が出たりしないかな?」
「え、やだよ落ちるの怖いよ!」
「大丈夫よ、私だって3階から落ちたのよ?ベッドにそっと投げるだけだから」
「ほんと?変なとこに投げないでよ?」
レジーナはベッドから少し離れると、そこに向けてそっと投げてみる。
弧を描いて着地したプレッツェルの背中は相変わらず何もない。
もう少しだけ離れて、ぽーんと投げてみる。
空中でくるんと回ったけど、背中には何もない。
「あははは!ねえこれおもしろいよ!」
「じゃあもっと遠くからやるわよ」
プレッツェルは投げられる感覚が楽しくなってしまい、レジーナも本来の目的を忘れ、いつの間にか狙った場所に着地させる遊びになっていた。
「うひひ、ジーナもやりなよ」
「私は無理よ。でもそうね…背中から倒れるのはどうかしら?」
「やってやって!」
ベッドの傍に立ち、目を閉じるとそのまま後ろに倒れた。
ひゅっとおなかが浮くような感覚がして、ちょっとしたスリルが味わえる。
「うふふっ。これおもしろいわね!」
「でしょ!でしょ!」
「きゃーっ。落ちちゃうかと思うわ!」
「あははは!」
「うふふっ!」
「楽しそうだな」
「はい楽しいです!きゃぁルト様っ!?」
いつの間にか戻ったルトが、笑みを浮かべ戸口に立っていた。
レジーナは慌てて服を正すと、髪を手櫛で整えた。
ちなみに服はもう乾いたのでブラウスとキュロットに戻っているが、髪はおろしたままだった。
「お、おかえりなさいませ…あの、これにはちょっと訳が」
「ほう?」
「プレッツェルも空を飛べないかなって…それでベッドに投げてみて…」
「楽しくなってしまったと」
「そうなんです!あ、すみません」
てっきり呆れられるかと思ったが、ルートヴィッヒはレジーナの隣に立つと、同じように背中から倒れた。
レジーナでは問題なかったベッドも、ルートヴィッヒの体を受け止めれば軋む。
「なるほど、この浮遊感が楽しいのか」
「わかります!?」
レジーナがスリルを共感できたと思ったのか、目をキラキラさせている。
あの“女と女の子の中間”のような後ろ姿と、今のこの子供っぽい行動にはかなりの落差がある。本当に13歳だったとしても、こういう遊びは卒業していそうなものだが。
彼女は頬を上気させて喜んでいる。
……可愛いやつだな。
「俺はプロミネーアがいるからな」
「あ、そうでした」
プロミテウス種のドラゴンは火属性最大のドラゴンだけあって本来は巨体だ。ルートヴィッヒ1人を乗せて飛ぶことなど造作もない。
それに融合すれば、もっと自由に飛べるはず。
ちょっとだけ表情が暗くなったレジーナに気づき、隣りに座らせた。
「どうした?」
「僕、プレッツェルって本当にドラゴンだと思ってるんです。プレッツェルもそう思ってるけど、全然そんな気配なくて。でもほら、背中に突起物があるじゃないですか。いつか翼が生えたらなって…だって守護降ろしの時、そう見えたんです…小型の炎のドラゴン…イグニス種のドラゴンに」
ルートヴィッヒの手が、レジーナの頭を撫でた。
そのまま、膝の上にいるプレッツェルの背中も撫でてやる。
『大丈夫よ。私が保証してあげる。まだ何者なのか自覚してないだけ。この子も、宿主もね』
「プロミネーアも俺もプレッツェルはドラゴンだと思っている」
「本当?」
「最高峰のドラゴンのお墨付きを得ている。心配するな」
「だってさ、プレッツェル」
『ボクいつか絶対ジーナを空に連れてって上げるから!』
「うん、楽しみにしてるね」
そう言うとレジーナはプレッツェルのおでこのあたりにキスをした。
次回…「美しき世界と汚れた路地裏」
1つしかないベッドをどちらが使うかで揉める2人。
そして迎えた朝、ルートヴィッヒの行先はある寒村。
レジーナはそこで、貧しさに喘ぐ人々がいる現実に直面する。