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20 大好きが止まらない

前回のあらすじ・・・

 自分が正式な婚約者になること間違いなしと思っていたマリアンネは、レジーナとルートヴィ

 ッヒの仲を知りその黒い本性を現す。

 窮地に陥ったダンスフロアを父王とルートヴィッヒの守護精で守る中、レジーナも懸命に抵抗

 する。その時立ち上がったのは、自分の守護精に自身のないハンスだった。

 王宮の救護部隊が客人の怪我を確認する間に、近衛兵は王の命によって迅速に動いた。

 気絶するマリアンネと茫然自失のゼーレンベルク侯爵夫妻は捕らえられ、いつの間にかどこかへと連れ去られていた。


 彼らは後に王によって裁かれ、2年後に爵位返上が決定した。

 領地は王家の直轄となり、新しい領主が置かれることとなる。

 2年の猶予は彼らにあるのではなく、ハンスの帰還を待つ間だ。

 

 クンストドルフ伯爵領を拝領するはずだったルートヴィッヒがゼーレンベルク侯爵領を拝領し、帰還後のハンスがクンストドルフ伯爵領を拝領することになったのだ。


 帰還するまでの2年間はルートヴィッヒがクンストドルフに向かうので、慌ただしい領主変更となるのだが。


 2年の間に現ゼーレンベルク侯爵が私財を溜め込むこともあるだろうが、爵位はく奪後は平民となる。贅沢に慣れた彼らがそれでどこまで持つかはわからない。


 そしてレジーナへの謝罪は一切なく、マリアンネに関しては最後まで刑を不服とした。


 ゼーレンベルク家の起こした事件に騒然となったホールには、怪我をしなかった来客が半分ほど残った。

 宴という気分ではなかったが、王が「残る気力のある者は是非最後まで楽しんでくれ」と言ったので、気持ちの切り替えの早い者はその場に留まった。


 レジーナは簡単な手当を受けると、裾が燃えて足が露になってしまったためドレスを着替えた。

 ルートヴィッヒが用意してくれた白いドレスを見つめ、溜息をついた。記念に取っておきたかったのに。


「レジーナ様、さあホールへ参りましょう。きっと殿下がお待ちですよ」


 レジーナはその言葉に小さく微笑むと、気を取り直してホールへと戻った。


「ルト様」


「ジーナ…怪我は平気か?魔力は?」


「そんなに心配していただかなくてももう大丈夫ですよ」


「よかった。重症人も出てはいないらしい。ご令嬢方の多くは退席してしまったがな」


 そう言うとレジーナを見つめた。

 パーティ向けのドレスはデビュタント用の一着しかなかったため、今のドレスは急遽母の若かりし頃のドレスを借りた。

 少し型は古いが、クラシカルな装いが好みのルートヴィッヒには好都合だった。


 楽団がゆったりした音楽を奏でている。

 先ほどまでの緊張した空気感が薄れ、序所に華やかさがホールに戻る。


「改めてジーナ、君と踊りたい」


「はい!」


 差し出されたルートヴィッヒの手を取り、今度こそ2人は踊り始めた。


「俺が見た時よりうまくなっている?」


「実はあのあとハンス様が練習に付き合ってくださったのです」


「なんだ、俺の時より上達するなんてちょっと妬けるな。ハンスに何か言ったのか?守護精のことで」


「私の体験をお話ししただけです。でも昨日お話ししてもうグリフォンの姿を見られてびっくりしました」


「だとしたら君のお陰だ。これで少しは自信をつけてくれたらいいのだが」


「きっともう大丈夫ですよ」


 踊りながら会話が続く。

 頭でステップを浮かべなくても、いつの間にか体が覚えていた。

 思ったより踊れて嬉しいのか、レジーナは頬を上気させ、目は輝いていた。


「ジーナ、可愛い」


「え…あ…」


 不意打ちのルートヴィッヒの言葉に、せっかく優雅に踏んでいたステップが乱れた。

 転びそうになったところを、ルートヴィッヒがうまくリフトでカバーした。

 ふんわりドレスが広がり、そっと着地するとレジーナは驚きの表情を浮かべたまま次のステップを踏んでいた。


「わ、私リフトなんて初めてです」


「意外とできるもんだろう?じゃあこれは?」


 掴んだ手を上げ、左手でそっとターンを促してやると、レジーナはくるりと回った後ルートヴィッヒと向かい合った。


「楽しいです!」


「それはよかった」


 今まで緊張の連続でしかなかったダンスが、急に娯楽に思えてくる。

 レジーナは興奮した面持ちで踊りきると、少し上がった息をつきながら足元に視線を落とした。


「ジーナ」


「はい、申し訳ないです…」


 油断したのか、最後のステップを踏んだ時、レジーナのつま先がルートヴィッヒの足を踏んでいた。


 周りで踊っていた人々から笑い声が聞こえたが、それは嘲笑ではなく初々しい令嬢と彼女を優しくリードする若き王子を微笑ましく思った故の笑い声だった。


「ふふっ」


「ふっ…」


 釣られて2人も笑うと、場の固かった空気はすっかり払拭され、次々とダンスホールが埋まっていった。


「少し風にあたるか?」


「はい」


 テラスに出ると、そこには既に何組かの男女がいた。

 ホールとは違い、こちらは暗がりの中少しばかり大人な空気が漂っている。


 王子が令嬢を連れ出てくると、先にテラスにいた2組の男女が気を遣い場所を譲ってくれた。

 レジーナとルートヴィッヒの周りだけ、ぽっかり空間ができた。


 庭にせり出したテラスの柵にもたれ、なんとなしに見上げた空には一面の星が広がっていた。

 ルートヴィッヒの旅に同行したばかりの夜空を思い出し、レジーナはくすっと笑った。


「どうした?」


「ルト様と出会ったばかりの頃、星の数を数えようとしたことを思い出しました」


「ああ、本当に数えるとは思わなかった」


「無知ですよね」


「可愛かったけどな」


「え、あの時の私は男装していましたよ?」


「それでも可愛かったんだ。俺は君が女であることを知っていたし」


「そうでした…もう、あんまりそうやって人前で言わないで下さい…」


「じゃあ2人きりならいいのか?なる?2人きりに」


 意味深に腰を抱き寄せ、ランプの灯りに照らされたレジーナの目を覗き込む。

 すぐにレジーナの顔は夜でもわかるほど赤くなり、目を潤ませた。


「そういう顔してると、今なら遠慮なくするけど?」


 さすがにこの状況で「何を?」とは言わない。

 でも本当にそうなることがちょっと怖くて、すっと目を逸らしてしまった。


「もう、ルト様はすぐそうやって私をからかう…」


「からかったわけじゃない」


 せっかく夜風に当たったと言うのに、レジーナはまた体が熱くなるのを感じた。

 ささやかな風は止まってしまい、ポケットから扇子を取り出すとパタパタと胸元を扇いだ。あまり照れていると、また何か言われそうな気がする。


「ジーナ、好きだ」


 ぽつりとルートヴィッヒが言った。

 改まったわけでもなく、話の続きのような調子で。


「え…」


 何を言われたか一瞬理解できず、扇いでいた扇子が止まった。

 今度は向き直り、彼女の目を見て言う。


「ジーナが好きだ。ずっと言うのを我慢していた。君の勉強を妨げたくなくて。でももう我慢する理由もない。好きだ。ずっと傍にいて欲しい」


 咄嗟に言葉が返せず、視線をさ迷わせる。

 レジーナもルートヴィッヒが好きだが、唐突に告白されるとは思ってもなかったし、そもそも恋愛の好意を向けられているとも思っていなかった。


 いや、心の隅ではそうだったら嬉しいのにとは思っていたが、もしかしたら妹のように可愛がってくれているのかもしれないという思いも捨てきれなかったのだ。

 そう思っていれば、今日この日、万が一候補者の誰かが選ばれてしまっても傷が浅くなると思ったから。


 どうやって答えたらよいのかわからず、持っていた扇子を無意味にいじった。閉じたり開いたりを繰り返し、心を落ち着けようとする。

 ちらっとルートヴィッヒを見上げれば、熱をはらんだ目で自分を見つめていた。

 黙ったまま返事を待っている。


 私も好きですと答えていいのだろうか。

 それとも何か作法があるものなのだろうか。


 あれこれ考えているうちに、閉じた扇子で口元を触ってしまった。


「へえ、いいんだ?それが答え?」


「あ…」


 自分の行為に気づき、慌てて扇子を離す。


 口元に閉じた扇子をやるのは、女性から男性にキスを求めるということ。


 かつてルートヴィッヒにそう教わり、そして今の彼女はいくつもの扇子言葉を知っていた。


「ルト様…」


 これ以上ないくらいに赤く染まった顔が、泣きそうな瞳が、ルートヴィッヒの顔を見上げた。


 もう遠慮などしない。

 ここでする遠慮になんの意味もないだろうから。


「ほら目逸らさない。こっち向いて?」


「こんな所で恥ずかしいです…」


 すると彼はおもむろにドラゴンの翼を広げた。そしてそっとレジーナを囲うように翼を折りたたむ。

 鋭くなった爪先で、俯いた彼女の顎を上に向かせた。


「これで見えないだろ?」


「見えないですけど…」


 身を屈めると首を傾け、まだ躊躇う彼女の唇にそっと自分のそれを重ねる。

 硬直したまま微動だにしない彼女の唇は、柔らかくて温かい。

 ただ押し付けただけのキスは、両者の体に電流のような痺れを巡らせた後、数秒して離れた。


 レジーナの唇が外気を感じ、ルートヴィッヒが離れたことが分かると恐る恐る目を開けた。


「好きって言ってくれないのか?」


 初めて見る切ない眼差しでそう尋ねた声は、熱っぽい上に掠れていた。

 至近距離で乞われてしまえば、レジーナももう考える必要などどこにもないだろう。


 翼の中の2人の空間で、しっかり彼の瞳を見つめ返すとやっとその言葉が出て来た。


「ルト様、好きです。私もルト様が大好きです」


 言ってしまえば、自分の中でくすぶっていた想いはルートヴィッヒに対する強烈な恋情だとわかった。

 憧れでも兄でもない、1人の男性として彼が好きでたまらなかったのだ。


「ルト様、好きです。私ずっとルト様が好きだったみたいです。恋なんて初めてで、よくわかっていませんでした…好き、ルト様大好きです」


 真っ赤に俯いた時とは打って変わって、今度は堰を切ったように好きが溢れる。

 極端な変化に今度はルートヴィッヒの方が慌てた。


「ジーナ…物凄く嬉しいけど、そんなに何度も言われると…連れ去るぞ?」


「連れ去って下さい」


「こら、意味わかってないだろう?参ったな…はぁ、あまり無邪気に誘われるのも困ったものだな」


 レジーナは何が困るのかよくわからなかったが、1つだけわかったことがある。

 もう1度、きちんと恋を自覚した状態でルートヴィッヒにキスをして欲しかった。


 右手で握りしめたままになっている閉じた扇子を思い出し、ゆっくりとそれを唇に当てると、恋に焦がれた瞳で彼を見上げた。


 一瞬ルートヴィッヒの動きが止まったのは、情熱的かつ煽情的な大人の表情をレジーナに見たからかもしれない。

 いつどこで、彼女はこんな大人になったのか。


「駄目だそんな目で見たら…君に対してはそんなに理性は強くないんだ」


 翼に隠れた中で、レジーナの踵が上がった。

 同時にルートヴィッヒも屈みこみ、2人の唇が再び重なった。


 1度目とは違い、想いを伝え合う熱のこもったキス。

 ただ唇を重ねるだけなのに、こんなに全神経を痺れさせるとは、レジーナも、そしてルートヴィッヒも知らなかった。


 呼吸の仕方がわからなくて、同時に離れる。

 もっと欲しいのに、初心者同士でなんだかもどかしい。


 その時、コホンと咳払いが傍で聞こえたが、無視してもう1度口づけをする。

 柔らかな感触をまた唇に感じ、すればするほどに欲しくなった。


「殿下…」


 国王の伝言を預かった使用人が目の前の王子の様子に困ったが、声をかければ片手で制されてしまった。


 翼の中で完全に2人の世界に入ってしまったルートヴィッヒとレジーナは、気が付いた時には家族と客人に囲まれていた。


「ルトよ」


 呆れたような声の主は父王。

 くすくすとした笑い声が、翼の向こうから聞こえる。


「ジーナ…」


「はい…」


 完全にやらかしてしまい、気まずい表情でお互いを見る。

 だが次の瞬間、ルートヴィッヒはいたずらでもしそうな表情を浮かべた。


「逃げるぞ」


「え?きゃっ!」


「こらルト!待たぬか!」


 レジーナの膝裏に手を差し込み、一気に跳躍したルートヴィッヒは空を翔けた。

 びっくりして彼の首に捕まったレジーナも、上を見たまま呆気にとられる客人を見ると笑ってしまった。


「ルト様、叱られますよ?」


「伯母上に100回叱られようとも、今この瞬間の方が俺には大事だ」


「では私も一緒に叱られますね」


 そう言うと自分の翼で羽ばたき、ぽかんとした群衆を後目に2人は手を繋いで高度を上げる。


 後に彼らが王太子と王太子妃となる時まで、デビューしたばかりの令嬢と王子の逃走劇は語られることとなるのだった。

次回・・・「忙殺の日々、煩悩の王子」

 旧クンストドルフ伯爵領を立て直すために新領主として任命されたルートヴィッヒ。そして彼

 を補佐するため猛勉強を重ねるレジーナ。

 あまりの忙しさに同じ城にいながら会えないことに寂しさを感じるレジーナ。だがそれは当然

 彼女だけでなく、ルートヴィッヒも感じていることだった。

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